【試し読み】サンドリヨンはもういない~意地悪な継姉に転生した私の華麗なる回避劇~
あらすじ
私の名前はアメリ。私には母と姉、それから義父とその娘、つまり義理の妹がいる。私たちが家族となった日、義妹のエラと握手をした時だった。──なんとビックリ! 私は前世の記憶を取り戻し、そして前世の私がこの状況に対して訴えた。あれ、これってもしかして〝シンデレラ〟じゃない? ……ってね! もしこれが本当に「シンデレラ」や「サンドリヨン」と呼ばれる物語なら、私が向かうのは因果応報のバッドエンド。そんな最悪な結末を避けるため、私たち家族はみんなが幸せになれるよう手を取り合い始めたけれど、エラの幸せの前提にあるのは〝不幸になった主人公〟なわけで……変わり始めた物語が向かうのは、幸せな結末? それとも──?
登場人物
次女:アメリ
三女:エラ
長女:ロクサーヌ
お母様
試し読み
プロローグ
あれ、これってどこかで見たことがある状況じゃない?
そう思ったのは、母親の再婚相手とその娘──つまり、私にとって新しく家族となった妹に握手の手を差し伸べた瞬間だった。
私の名前はアメリ、十二歳になったばかりである。
家族は母と姉が一人、それからつい最近母が再婚したので義父とその娘、つまり私にとって義理の妹が一人。
そんなこんなで結婚式を終えた後、当たり前なんだけど私たちは新しい家族として一緒に暮らし始めたのだけれど……コレがなかなか、驚きの展開を迎えることになるなんて、少し前の私は知らなかったのだ。
再婚にあたり、普通は双方の家族で顔合わせをしなくてはいけない。お互い新しい関係を築くのだ、時間をかけてわだかまりなどないようにするのがスマートだろう。
たとえ時間をかけていられないにしても、本来なら再婚とはいえ結婚式より前には顔合わせくらいするものなのだが、私たちにはそれがなかった。
大人たちには大人の事情というものがあったらしく、お姉様と私に与えられた情報は母から『結婚が決まった。再婚相手には連れ子がいる』という最低限のものだったので、おそらく義妹の方も似たような感じだったに違いない。
そんな状況だったので、お互いが持つ印象も何もハジメマシテ状態で、ハイ新しい家族ですよ! ときたもんだから、とてもとても微妙な空気が流れたのは察してほしい。
そんな誰でも想像できそうな状況の中で、私は義妹と握手をした時に、なんとビックリ! 前世の記憶というものを思い出したのだ。
といっても『ここではないどこかの世界』で生きていた私がいたという程度のもので、周囲には私が緊張して棒立ちになったとかそんな風に見えていたと思う。
だが、その時……前世の私が、この状況に対して訴えたのだ。
あれ、これってもしかして〝シンデレラ〟じゃない? ……ってね!
シンデレラ。
それは前世で知らない人はいないんじゃないのかってレベルで有名な童話だ。サンドリヨンとか、灰被り姫とか、色々な種類がある世界中で愛されている物語。
物語としては主人公の父親の再婚相手である継母や、義理の姉たちに虐められる中で、王子に見初められてハッピーエンドを迎えるという王道もの。
この物語自体はとても有名で、内容については色々なパターンがある。まあ大筋は同じだけれど細部が違うっていうのが特徴だ。
ちなみに、主人公が虐めによって召し使いみたいな暮らしをしているから『灰被り』っていうタイトルなんだよね。
つまり、『灰被りのエラ』って主人公をからかうところから『灰被り姫』になったと。
……有名なのはガラスの靴だけど、それが金や銀の靴だとか、舞踏会に行くのは一晩じゃなくて二晩だとか、魔法使いがいたりいなかったり、そりゃもう色々なパターンがある。
(だけど、その中で変わらないのが『継母や義理の家族による主人公虐め』なんだよなあ!)
虐げられた主人公が羽化する蝶のごとく幸せになっていくためのステップといえばそうなんだろうけど……何よりも恐ろしいのが物語の終わり方。
(これが〝サンドリヨン〟なら、王子に見初められた主人公は虐めた義理の家族たちを許して和解。でも〝シンデレラ〟だと因果応報が起きたりするパターンもあるわけで……)
ぐぬぬ。どっちだ、どっちの未来を歩んでいるんだ!
むしろその二つだけじゃない他のパターンとかもあるかもしれないけど、私はこの二つしか知らないぞ!
残念ながら、私としては将来を考えると頭と胃が痛いばかりである。
なんせ義妹になったエラは表面上笑顔でいるようだけど、どこか距離を置いている。内心では私たち家族を歓迎していないんだろうな。
母の再婚相手である義父も、その様子を咎めるでもなくほっぽってるのが現状だ。
義父にしてみればエラのために再婚しただけであって、母に対して愛情はこれっぽっちもないのが子供である私にもバレバレ。その上、商人だからなのか仕事人間だからなのか、あまり家にいないっていうのもよろしくない。
つい今朝方も忙しない様子で挨拶もそこそこに仕事に行ってしまったのを、半ば呆然と見送ったよ……エラの様子からするといつものことみたいだったけど。
せめて新婚の時期くらい、新しい家族を大事にする父親として、大黒柱として、大事な役目を果たしてから仕事に行けばいいのに!
(……いやまあ、養ってもらっている身でそんな文句を言うもんじゃないな……)
とにかく、そんな状況で母もストレスが溜まっているのだろう。
母は懐かない義理の娘に愛情が持てないらしくエラに冷たくしているし、姉は姉でそんな母の機嫌を損ねたくないからやっぱりエラに冷たい。
館で働く使用人たちも、女主人には逆らえないのかエラを庇う人は少ない気がする。
義父が新しい妻と娘たちに一応気を使ってくれて、館で働く人間を一新したのだ。
亡くなった妻とお母様を比べるヤツがいたら宥めるのが面倒だと思っているのが透けて見えて、とても嫌な気分になったけど……まあそれはそれ、これはこれ。
とにかく、そんな状況である以上昔からの知り合いすらいなくなってしまったエラにとっては、義父がいてくれたらそれだけで気持ちが落ち着いただろうに……。
残念ながら、頼りになるはずの義父が行商から帰ってくるのは数ヶ月後なんだって。
まったく困ったもんである。
(なんだなんだ、まったくもう! 負の連鎖ってヤツか!)
誰が悪いってわけじゃないんだろうなあとは思うし、再婚だってお互いの利があってのことだし……エラはエラでまだ十歳だもの、新しい家族をすぐに受け入れるなんてできるわけがないのだ。
(……要はさ、シンデレラにしろサンドリヨンにしろ、イジメなきゃいいんでしょ?)
家族仲良くとまでは言わないけど、ギスギスしない程度の関係が築けたらいいのでは。
そう私は結論づける。
どうやってとかそういうのは後回し!
とりあえず、やってみようの精神だ。
今は子供なんだから、大体のことは許されるに違いない。
(エラだってまだ十歳だし、私だって十二歳。お姉様だって十四歳。いくらだって未来は切り開けるだけの若さなんだから!)
第一幕 むかしむかし、あるところに……
そんなこんなで私が決意を固めてまず行動するにあたり、いくつか考えてみた。
一つ目。母を説得する。
うん、無理無理。あの人は大人な分、娘である私の言い分はちゃんと聞いてくれると思うけれど、いきなり『義理の娘に優しくしてやってくれ』とか言ってどうにかなるならそもそも冷たくしないって。まあ、表面上は落ち着くかもしれないけど……それじゃあ根本的解決にならない。後回し!
(エラに対してだって、義父に対する鬱憤も含まれているんだろうし……エラ個人を見る余裕ができたら、それが説得する時じゃないかなあ)
二つ目。姉を説得する。
これは母に比べるとイージーモードではありそうだけど、これはこれで難しい。
何故ならこの再婚で思うところがあるのは母だけではなく、姉もなのだ。私は記憶がないけれど、私たちの実父は碌でもない男だったらしく……姉はそれを覚えている。
しかし基本的には私にとって優しい姉であるので、時期を待って説得するのがよさげ。
(お姉様が味方になってくれたら、多分お母様の説得も楽になる気がするし!)
そして三つ目。エラと仲良くなる。
コレが本命だ!
そう、一番難しそうに見えてこれがベストなんじゃないかと思っている。
普通に考えれば、主人公であるエラと接触しないで当たり障りない生活をするのが一番無難っちゃ無難なんだけど……それは私に限っての話になってしまうのだ。
というか、母と姉が虐めていたら結果として私も直接的に関わらなかっただけで、助けなかったという同罪扱いになるじゃないか。
それなら、エラに対して私が敵対するつもりはない、味方だぞってアピールをしてみてはどうだろうかと思ったわけですよ!!
(……ただまあ、どうしたもんかなあ)
私はため息を吐き出した。
行動指針が決まったことはとても良いことだ。やることが明確になっている以上、あとはそれに沿って行動するだけだもの。
ただね、エラがこう……私たちを避けているし、明らかに目も合わせてくれないし、話しかけようにもタイミングってものがだね……。
下手すると姉や母に見つかって、エラが叱責されて、彼女がまた私たちを嫌って……っていう悪循環パターンが見える! 見えてしまう!!
(あああ……やることは見えているし一つ屋根の下に暮らしているっていうのに、なかなかタイミングが掴めないってどういうことなの……)
なんにせよ、まずは姉妹仲を深めないことにはどうしようもない。
使用人たちを頼ろうかとも思ったんだけど、彼女たちもクビにされたくないからかお母様の顔色を窺っている感じがするし、頼みづらいんだよなあ。
(それにお金に余裕ができたからか、作法の勉強とかキツキツに入れられてるんだよなあ)
転生したけどギチギチな勉強生活が待っているとかなにこれ苦行?
大変参っちゃう状況である。いや、大事なことではあるんだけど。
元々、お母様はとある男爵家のご令嬢。教育の大切さを知っているのだ。
お母様は貴族家の繋がりで結婚し姉と私を儲けたけれど、男児がほしかったあちらのおうち……つまり私たちの実父は愛人を作ってそのまま離縁となったわけだ。
お母様は出戻りとして実家で腫れ物扱いされ、有無を言わさずこうして再婚を余儀なくされた……と。
(まあ、再婚自体は悪い話じゃなかったんだよな……思惑はともかくとして)
本来ならコブ付き再婚は結構難しいらしく、姉と私は男爵家側で修道院に預けるか、どこか嫁ぎ先を見つけるかまで話がいっていたんだとか。
嫁入り先って。
うちらまだ子供の域を出ていませんが……って思うけど、そのくらいコブ付き再婚は難しいらしいのだ。
義父がその話を聞いて、可哀想だからと私たちも込みで迎え入れると言ってくれたらしく、それが決め手だったようだ。
何故それを知っているかというと、今度は絶対に離縁なんてことになるな……と祖父であるジジイが厳しくお母様に厳命するついでにあれこれ言っていたので私も知っているのだ。
私たちを孫として可愛がってくれたことなんて一度もなかったので、あんなヤツはジジイ呼びで十分である。
(あのジジイもジジイで貴族としてあれこれ大変なんだろうけど)
まあ、この世界はそういうところがあるから仕方がないのかもしれない。
平民に嫁入りしたお母様とその娘たちは今後一生縁がないと思っているのでもう知らない人だけどね! こちらは勝手に幸せになってやる!
ただこの再婚のおかげでお母様は実家にあれこれ言われることもなくなったし、私たち姉妹は離れ離れにならずに済んだ。それは事実であり、ある意味幸せなのだ。
でもそれは……エラにとってはどうなのかって話。
私たち母娘にとってはこの再婚は悪いものじゃない。お金の苦労もなくなって、人間関係からの脱出だってできた。少なくとも、義父は私たちに関心がないだけで、自由にさせてくれている。
しかし再婚した当人である義父と、その娘のエラにとってはどうなのだろう。
(……あの子は、なんて聞いているんだろう)
仲良くなりたい、ならなきゃって思いから少しずつあの子の様子を見るようになって、気がついた。
エラは、朝早くに起きて花壇に行っている。
物語と同じように動物に好かれやすいのか、あの子が庭にいると、小鳥や小動物の姿をよく見かける気がする。そして、花壇の手入れをしている時だけ、あの子が笑っているのを私は知っている。
私たちが起きてくる頃には家の中に戻ってくるのだけれど、その時にはエラの顔から笑顔は消えているのだ。
(……そんなに、私たちといるのが苦痛?)
初めの頃は、義父の手前もあったとはいえ、お母様だってエラに歩み寄ろうと頑張っていた。話しかけて、共通の話題を探ろうとしていたし、プレゼントだってしていたと思う。
エラはきちんとそれに応えていたし、お礼も言っていたし、失礼な素振りは何もなかったと思う。
だけど、見えない壁が確かにそこにはあって……何を話しかけても、あの子には届いていないんだなって近くにいた私にもわかった。
人は、拒絶されることに弱い生き物だ。
少なくとも、私は拒まれたら傷つくし悲しくなるタイプだ。
それでもまあ、転生して記憶がある分、『しょうがない、合わなかったんだ』と割り切るくらいの図太さも持ち合わせているのでなんとかなる……と、思う。
しかし、お母様とお姉様は違った。
あの二人は拒絶されることに苛立ちを覚えているのだと、思う。
エラに拒絶される度に傷ついて、それより以前……つまり、私にとっての実父に拒絶された記憶が二人に蘇ってより傷ついているんじゃないかなと推測している。
なんでそんなことがわかるのかって?
お母様はわからないけれど、お姉様が時々、「ここでも捨てられたらどうしよう」って呟いていたからだよ!
それも私が寝ていると思っての呟きだから、大体真夜中なワケ。ホラーか!
(まあ、それはともかく)
あの二人はそういう事情があるからこそ、エラの拒絶が許せない。
だけどエラにはエラの、拒絶する理由が勿論存在するわけで……。
それを一挙に解消できる便利な方法なんて、私が知るわけもない。ただ、知らないなら知ることはできるのだ。
こっそりと、使用人たちにも見つからないように行動する。
エラの行動パターンは既に把握済みだ!
朝は花壇の手入れ、それから家族揃っての朝食、お母様からお説教という名のイビりタイムを経て、自室で勉強をするように言われてお昼まで出てこない。
ちなみに私も勉強するようには言われているが、今日はお母様とお姉様が揃ってお洋服を作りに行ったからいないのだ!!
コレはチャンス、チャンス以外の何ものでもない!
(ふふふ……あの二人の誘いを断るのは大変だったけど、今日を逃したら次がいつになるかわかったもんじゃないからね……!!)
お姉様の成長に合わせてドレスを作るなら姉妹平等に作りましょうねって誘われたんですよ、しかしそこにエラがいないのよなあ!
まあ、記憶を取り戻す前の私だったら多分大喜びでついていって、ついでにエラに自慢までしていたと思う。
(……そうやって考えると、シンデレラのエンディングで意地悪な姉たちの末路は、なるようにしてなったとしか言いようがないな……?)
サンドリヨン版では反省して許しを請うわけだけれど、それも虐めた義妹が王子の妻になるって決まったことで報復を恐れただけのような気もするし……まあ、今は『私』だからどうでもいいか。
大事なのは、この世界を知って今後どう行動していくかなのだから!
そして、私が踏み出す第一歩は決めている。
エラと仲良くなること、それだけだ!
※この続きは製品版でお楽しみください。