【試し読み】生き餌によるモフモフ猛禽飼育記~異世界トリップしたら、姫巫女召喚のおまけでした~

作家:瀬尾優梨
イラスト:紫藤むらさき
レーベル:夢中文庫アレッタ
発売日:2022/3/4
販売価格:900円
あらすじ

後輩の姫巫女召喚に巻き込まれ、一緒に異世界トリップしてしまった優月。姫巫女のおまけとして理不尽にも邪魔者扱い。「私にもできる仕事はありませんか」……そう尋ねたのは確かだ。でも、身ぐるみ剥がされ魔獣の生き餌にされるなんて聞いてない!! けれど、猛禽系モフモフ魔獣は優月には懐いてくれた! なんとか命拾いした優月は飼育員に就任し愛情込めて魔獣のお世話にいそしむ。この先どうなるんだろう……そんな不安のなかでも、優月にぬくもりを分け与えてくれる魔獣は美しく、どこまでも優しい。なのに──「ユヅキ。これから先、君のことは俺が守るよ」 まさか魔獣が成人男性だったなんて!?

登場人物
平河優月(ひらかわゆづき)
ごく普通のOLだったが、突然召喚に巻き込まれ後輩と共に異世界へトリップする。
ホーク
人と獣二つの姿を持つ亜人種。鳥類型魔獣として囚われていたところ、優月と出会う。
試し読み

記録0 ただのOL

 今日も疲れた。
 重い足を引きずりながら、私は会社の自動ドアをくぐり抜けた。エントランスの階段付近はまだ照明があるけれど、アスファルトの道に足を踏み入れればそこはもう真っ暗な闇の中。今日も随分残業してしまった。
 革製の鞄を担ぎなおし、雲一つない群青の空を見上げる。
 冷蔵庫、何か残っていただろうか。冷凍のたこ焼きくらいならあったかもしれないから、コンビニでつまみとビールでも買って一人タコパにでも洒落込しゃれこもうか。
「あっ、平河ひらかわセンパーイ! お疲れでーす!」
 色気のない夕食メニューについて考えていると、背後から華やかな声が飛んできた。名前を呼ばれたのだから無視するわけにもいかず、ゆっくり振り返る。
 階段を軽い足取りで下りてくる、若い女の子。若いといっても私より三つ年下なだけなんだけど、見た目だけじゃなくて動作も見るからに若々しい。
 ふわっとウェーブの掛かった茶色の髪に、ぱっちりとしたおめめ。仕事終わりに化粧を直したようで小さな唇はつやつやに潤っているし、マスカラもぱりっとしている。一日働きづめで化粧はどろどろ、汗で鼻の頭のファンデーションも剥げたまま放置している私とは、大違いだ。
 彼女は、るんっという効果音が出そうなほど軽やかに階段を下りて私の前に立ち、にっこりと笑った。
「あのですね、あのですね。あたし、これから居酒屋に行くんです」
「……ああ、そうなのですか。だからばっちりお化粧しているのですね」
「そうなんです! それでですね、それでですね。もしお時間があるなら、センパイも一緒にいかがですか?」
 ほら、と彼女が自分の背後を手で示す。今気づいたけれど、エントランスには背広姿の男性社員が数名立っていた。なるほど、彼らに誘われてこれから一杯飲みに行くんだね。今日、金曜日だし。
 ……こうやって話している間も、「いや、おまえは呼んでいないから」と言わんばかりの視線をビシビシと感じる。
 ……ええ、ええ、分かってますよ!
「ありがとう、二宮さん。でも私は大丈夫だから、楽しんできてくださいね」
 そう言ってやんわりお断りしたんだけど、彼女──後輩の二宮にのみや莉子りこはとたんに大きな目を潤ませ、私のよれたジャケットを掴んできた。
「えっ、そんな、寂しいです。あたし、センパイと一緒にお酒を飲みたいなぁ、ってずっと思ってたんです」
 目をうるうるさせて悲しそうに言う姿は、なんとも庇護欲をそそる。たとえるなら子リスって感じ。ふわふわの髪がリスの尻尾っぽいし。
 さて、可愛い女の子がせっかく先輩を食事に誘ったのに当の先輩は気乗りしない様子だからか、それまでエントランスからこっちの様子を窺っていた男たちが、今度は私を睨むように見てきた。
「莉子ちゃん、遅くなるから行こうよ」
「そうそう、平河は帰るみたいだし、無理に誘うのもかわいそうだろう?」
 男たちは、二宮さんに優しく声掛けしてきた。同時に、「おまえの方からも、もう一度断れよ」と目で言ってきたので、そのとおりにさせていただく。
「そうですよ、二宮さん。また月曜日に会いましょうね」
「あっ、センパイ──!」
 これ以上やり取りを続けると月曜日に出勤したときに男連中に文句を言われそうだから、私はさっさときびすを返して夜の歩道に足を進めた。

 時刻は夜の九時半。
 私の勤める会社は最寄り駅から徒歩五分の位置にあるわりに、夜になると周辺の人通りはかなり寂しくなる。
 薄暗い道を歩きながら、私はふーっと息を吐き出した。そしてまだ首から提げたままだった「平河優月ゆづき」の名札を外して鞄に入れながら、二宮さんのことを考える。
 二年前に高卒で入社したとたん、二宮莉子は我が社のアイドルになった。若くて可愛くて素直。仕事の出来は並だけれど、愛想がいいのでみんなに愛される。当時入社三年目だった私は何の因果か、そんな二宮さんの教育担当になった。
 可愛くて素直な子に「センパイ」と呼んでもらえるなんて……と嬉しかったし、二宮さんはいい子だった。でも、彼女がミスをしたことを注意すれば、「平河が二宮さんをいじめている」と言われ、偶然彼女が私よりもうまく資料を作成すれば、「平河より二宮さんの方がよくできる」と言われ、たまたまメイクがうまくいった日には、「平河が二宮さんと張りあおうとしている」と言われる。
 あーあーうるさいうるさいーと思いながら過ごすこと、二年。
 私に謎のやっかみを向けてくる連中はいまだにいるし、さっきみたいな親衛隊も存在するけれど、私は図太くやっていた。上司や社長はいい人だし、ほとんどの女性陣は味方になってくれる。
 それに、二宮さん自体は可愛くていい子だから、問題なし。「いつか二宮さんが自分を超えるんじゃないかって、カリカリしているんだろう」なんて言われたこともあるけれど、そんなわけない。後輩が正当な理由で私を超えるのなら、先輩として祝福するべきじゃないか。
 さて、そんな鬱陶しい親衛隊とも月曜日までは顔を合わせなくていいのだから、土日はまったり過ごそう。とりあえず今日の晩ご飯はたこ焼きとビールとおつまみで、頑張った自分へのご褒美にアイスも買っちゃおうか……。
「センパーイ!」
 ……聞き覚えのありすぎる声に、私は足を止める。
「センパイ! やっぱりあたし、センパイとご飯を──えっ?」
 陽気な二宮さんの声が、いきなり焦ったような響きを持つ。
 私は振り返った。
 街灯の寂しい光に照らされ、二宮さんの体が淡く光っている。街灯の下に立っているからかと思ったけれど──あれ? いや、もしかしなくても、街灯に照らされているんじゃなくて、自分から光っている──?
「え? ちょっと、なに、これ……?」
「二宮さん……?」
「セ、センパイ! なんかあたし、変で──!」
 自分の体が発光していることに、本人もすごく驚いているようだった。二宮さんは両手を握ったり開いたりしながら、私を見てくる。
「センパイ! あたし、なんで光ってるんですか!?」
「そ、そんなの私だって知らな──」
 言葉の途中で、それまで淡くぼんやりとしていた光が、急に輝きを増す。
「うっ!?」
「きゃあっ!?」
 強い輝きに怯えた声を上げた二宮さんが、私にしがみついてくる。その拍子に私と彼女が持っていた鞄が落ち、二宮さんに右足を踏んづけられたため私のローファーも右足だけぽろりと外れた──直後。
 目の前が真っ白になり、私にしがみつく二宮さんの感触以外、何も分からなくなった。

「莉子ちゃーん! 平河なんていいから、早く行こうよー……あれ?」
 数秒後。
 角を曲がってきた男性たちは、そこに誰もいないことに気づいて互いに顔を見合わせる。
 ついさっきまで女性たちの声がしていたそこには、二人分の仕事鞄と、右足だけのローファーが一つ転がっているだけだった。

記録1 ただのOL→異世界召喚のおまけ

 白い光に包まれて気が付くと、そこは知らない場所でした。
「セ、セセセセンパイぃ……どこですかぁ、ここぉ……」
 ついさっきまでLED電灯のごとく輝いていた二宮莉子は私の正面から抱きつき、すんすんと泣いていた。
 そんなこと私が知りたいけれど、なけなしの年上のプライドを振り絞り、私は可憐に震える二宮さんを抱きしめつつ周囲の様子を窺った。
 私たちは今、真っ白で大きな部屋の中央に座り込んでいた。見上げるほど高い天井には、風景画みたいなのが精緻な筆致で描かれている。
 私たちの足元は周辺より少しだけ高い壇上らしく、へたり込む私たちを数名の──ファンタジー映画に出てきそうな衣装の人たちが取り囲んでいた。
 皆、金色や銀色、明るい茶色などの髪色で、移動に不便そうな裾の長いローブのようなものを着ている。
 彼らはしばらくの間、私たちを見てヒソヒソ言葉を交わしていた。でもやがて、皆の中でもひときわ偉そうなおじさんが進み出て、私たちの前にひざまずいた。
「ようこそおいでになった、異世界の姫巫女よ」
「……ひめみこって何ですか、センパイ?」
 二宮さんが震えながら私に耳打ちする。
 私だって聞きたいところなので、おじさんに問うことにした。
「あの、すみません。ひめ──」
「貴様には聞いていない。……姫巫女よ、お心細いこととは存じるが、どうかそのかんばせを我々に見せてくださらないか」
 私の質問を皆まで聞かず一刀両断した後、おじさ──オッサンは小さくなる二宮さんに猫なで声で呼びかける。
 ……え? 私に対しては「貴様」で、二宮さんにだけ話しかけるの?
 職場のみならず、こんな場所でもえこひいきがあるの?
 私は思わず唇を尖らせたけれど、二宮さんはほちょんとして私の顔を見上げてきた。
「……センパーイ。かんばせって何ですか?」
「顔のことです。みんなに顔を見せてくれ、って言っているのですよ」
「わ、分かった」
 私が取りなしたからか、二宮さんがおずおずと振り返った──とたん、おおっ! と野太い声があちこちから上がった。どうやら、彼女の美貌はこの外国人顔ファンタジー衣装のおじさんたちにも通じたようだ。
「なんとお美しい……このお方こそ、姫巫女に間違いない!」
「これで我が国も安泰だ!」
「……あのー、ここってどこですか? それと、おじさんたちって誰ですか?」
 まだ私にくっついているけれど、さっきよりは落ち着いてきたらしい二宮さんが尋ねる。
 すると、さっき私には「貴様には聞いていない」と言い放ったオッサンが、恭しい口調で説明を始めた。

 オッサンの話は修飾語が多くて難しい言葉遣いも多いので、二宮さんは何度も私に解説を求めてきたけれど──つまるところ、二宮さんは「姫巫女」というものらしくて、この国を守るために異世界──地球から召喚されたそうだ。
 ここはアロイス王国といい、異世界から姫巫女としての能力を持つ女性を呼び寄せて国の象徴としてあがめ奉っている。先日先代の姫巫女が老衰で亡くなったので急ぎ儀式を執り行った結果、二宮さんが召喚されるに至ったそうだ。
「姫巫女はアロイス王国の象徴。姫巫女には末永くこの国でお暮らしいただくことになる」
 オッサン──どうやらこの国の王様らしいけれど、気に入らないからオッサンでいいや──曰く、召喚された姫巫女は元の世界に戻れず、この世界に骨を埋めることになるそうだ。それを聞いた二宮さんはさっと青ざめたけれど、「どうしようもありません」と言われると、ぷるぷる震えながら考え込んでいる様子だった。
「あなたの生活は我々が保証する。姫巫女には生涯幸福に暮らしていただく。姫巫女の心の平安のためであれば、我々は何でもいたそう。恋愛や結婚も自由。姫巫女のご意向に従うことを、誓おう」
 ここまで至れり尽くせりなのは、姫巫女の心のケアのためという理由もあるし、異世界から無理矢理誘拐してきたという負い目もあるからだろう。
 ……なるほど。
 で、私は?
「あのー、二宮さんのことは分かったんですが、私はいったい何なんですか?」
「口を慎め。貴様に発言権はない」
 オッサンに睨まれた。他の連中も、私を忌ま忌ましそうに見てくる。えっ、なにこの扱いの差。
 まだ少し混乱している様子の二宮さんだったけれど、今のやり取りで私が貶されたというのは分かったようで、むっとしてオッサンに視線を向けた。
「そう、そうよ。あたしのことは分かったけど、センパイはどうなるの?」
「……その女はセンパーイというのだな」
「違うけど」
「黙れセンパーイ」
 ……危なかった。こんなシリアスな場面だというのに、噴き出しそうになった。
 黙れセンパーイ……なかなかのパワーワードだ。
「姫巫女が疑問を抱かれているようだが……なぜ貴様まで召喚されたのかは、我々には分からん。おそらく、召喚魔法が発動されている最中に貴様が姫巫女に触れ、巻き込まれたのであろう。自業自得だ」
「いや、しがみついてきたのは二宮さんの方──」
「一度召喚された者を元の世界に戻すことはできん」
「えっ! じゃあセンパイはどうなるの!?」
 二宮さんが声を上げると、オッサンたちはうっと言葉に詰まったようだ。
 その反応って、もしかして……と思っていると、何か思いついたらしい二宮さんが声を上げた。
「まさか、センパイにひどいことをするつもりじゃないわよね!?」
「そ、そのようなことは決して!」
 そう答えたのはオッサンじゃなくて別の男の人だけど──もしも二宮さんが私のことを気にかけなかったらそのまま私は捨てられていたんじゃないかと思われて、ぞっとした。
 気づいたら、私は二宮さんのジャケットの袖をぎゅっと掴んでいた。
 ……さっきまでは先輩風を吹かせていたというのに、いまではこの体たらくだ。情けなさと恥ずかしさで、胃がきりきり痛くなる。
 オッサンは私と二宮さんを交互に見て、やれやれと言わんばかりの溜め息をついた。
「……姫巫女がそのようにおっしゃるのであれば、そのセンパイとやらは離宮に住まわせよう」
「本当? ……あのさ、あたしが姫巫女ってのでお仕事をしている間も、センパイには会える? お話しできる?」
 重ねて二宮さんが問うと、ものすごく渋った後にオッサンは頷いた。
「……姫巫女がそうおっしゃるのであれば」
「よかった! ……センパイ、センパイ。あたし、怖いし、こんな人たちと一緒にいるのは嫌だけど、センパイと一緒なら大丈夫ですから!」
 くるっと振り返った二宮さんはそう言って、私を見つめてきた。「こんな人たち」扱いされた皆様が気まずそうに視線を逸らしている中、大きな瞳が私を映す。
「……あたしたち、ここで暮らすしかないんですよね? どうしようもないんですよね?」
「……ええ、そのようですね」
 正直、これは悪い夢だと思っている。
 仕事からの帰り道で二宮さんが追いかけてきたのも、彼女の体が光ったのも、こんな場所に連れてこられたのも、全部悪い夢。
 そう思いたいのに、私にしがみついてくる二宮さんの熱が、これが現実であると教えていた。
 ……元の世界には、帰れない。
 私は──私たちは、ここで生きていかないといけない。
「……センパイ。あたしのせいでセンパイを巻き込んじゃったみたいですし、あたし、頑張ります!」
 ぎゅっと私の手を握り、そう宣言する二宮さん。
 これまではずっと頼りない可愛い後輩だと思っていた彼女は、私が思っていた以上にタフだったみたいだ。

※この続きは製品版でお楽しみください。

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