【試し読み】狼娘の巻き込まれ妖祓い

作家:Mikura
イラスト:昌未
レーベル:夢中文庫アレッタ
発売日:2022/4/22
販売価格:400円
あらすじ

満(みちる)には人間にあるはずのない特徴が備わっている。頭の上には大きな白い耳、そして腰のあたりには同じ色の大きな尻尾が生まれた時から生えていた。とはいってもそれは普通の人には見えないものらしく、いわゆる霊感体質、幽霊の見える者にだけはっきりと視認できる。ある日、人間に化けて女性を困らせていた妖怪を満が退治したら、その場面を見ていた自称陰陽師・春明から「あやかし祓い」を手伝ってほしいと土下座付きで頼み込まれた。春明は怪異の知識はあるものの、実際にそれらを祓う術(すべ)は何一つ持っていなかった。危険に自ら首を突っ込みそうな彼を放っておくことができず、満はあやかし祓いとやらに協力することになり……

登場人物
神之山満(じんのやまみちる)
妖混じりの家系に生まれた女子高生。狼らしき耳と尻尾が生えているが、普通の人間には見えない。
加茂春明(かもはるあき)
普段は僧侶をしている自称陰陽師。怪異に詳しく正義感も強いが、妖を祓う力はない。
試し読み

壱  狼女子高生と自称陰陽師

 先祖返りという言葉がある。普通は現れるはずもないほど大昔の先祖が持っていた形質が現れることで、人間でいえば毛深いだとか尾てい骨が長いだとか、まるで猿のような特徴を持って生まれた子供を指すものだ。
(まあ、うちの場合は猿じゃなくて狼だってだけの話で)
 神之山じんのやまみちるには人間にあるはずのない特徴が備わっている。頭の上には大きな白い耳、そして腰のあたりには同じ色の大きな尻尾が生まれた時から生えていたのだ。とはいってもそれは普通の人間には見えないものらしく、奇妙な子供が生まれたと噂になることはなかった。いわゆる霊感体質、幽霊の見える者にだけはっきりと視認できるようで満以外だと母と祖母にしか見えない。入り婿である父や、父方の祖父母や親戚一同には全く見えていないようである。
 見えなければ存在しないのと同じだ。髪の色は獣の耳尾と違って明るめの茶髪であり、やや目立つが〝普通〟の範囲内。他の子供と同じように育てられ、現在は私立高校に通っている。十七年の満の人生の中で、その特別な容姿が家族以外に見えたことも、知られたこともなかった。
(それでも言い伝えがあるから、母さんの方の親戚は見えないのにみんな私に耳と尻尾があるんだって信じてるんだよね……)
 神之山家に伝わる話によるとこの家の先祖には白狼がいるという。遥か昔、まだ人と妖怪の暮らしが交わっていた頃。白い狼の妖怪と結ばれ子を成した者がおり、その子孫が神之山家だと聞かされた。
 与太話のようだが全くの作り話という訳でもないのだろう。そうでなければ満に獣の耳と尻尾が生えるはずもない。
(これで困ったこともないし……)
 普通の人間には見えない、実態があるかも怪しい耳と尾だ。もし誰にでも見えるのなら化け物と呼ばれたかもしれないが、見えた人間が身内以外にいないため問題が起きたことはない。むしろ五感や身体能力は狼の力のおかげか人並み以上にあり、それに助けられることも多々あった。
 とにかく耳や尻尾があっても普通の人間と変わらない生活ができている。満に霊的なものが見えるためか、魑魅魍魎ちみもうりょう、つまり妖怪と呼ぶような人外の類にちょっかいを出されることもあるが、それ以外は至って普通の女子高生だ。
 そして普通の学生とは勉強に勤しむものである。一学期の期末テストが近いため、満は普段よりもいっそう勉強に力をいれようと準備をしていた。机に教科書とノートを広げ、あとは飲み物を用意するだけだ。勉強のお供はいつも決まって有名メーカーのペットボトルの紅茶なのだが──冷蔵庫を開けて、それを切らしていたことを思い出す。
(他は……水くらいしかないね)
 環境というのは大事なもので、いつも通りでないとどうにも落ち着かず勉強に集中できそうにない。すぐに買いに行くことを決めた。
 寝間着代わりのジャージに財布とスマホだけを持ち、靴を履いているところで母が声をかけてきた。
「こんな時間にどこいくの?」
「紅茶なかったから、コンビニに行ってくる」
「そう。早く帰ってくるのよ」
 時間は午後八時。辺りはもう暗くなっているが、近所のコンビニにとはいえ夜道を行く娘を心配する様子は見られない。
 満は女子にしては背が高く一七〇センチを超えている。髪も短いので一見男子にも見えなくはないし、華奢な女子に比べれば身の危険は少ないのかもしれない。だが母が娘をあまり心配していないのは容姿のせいではなく、たとえ誰かに襲われたとしても簡単に逃げきると思われているからだろう。それほどに神之山家の者は白狼の力を信用しているのだ。
 実際、わんぱくだった幼少期には普通の子供なら死んでいるような事故に遭ったこともあるが、かすり傷で済んだ。満自身も自分が不思議な力を継いでいることに助けられてきたため、厄介だと思ったことはなかった。……この日までは。

 コンビニでお目当てのペットボトルを三本買い、帰宅する途中。どこかから人の争うような声が耳に入ってきた。
 一つ隣の細い路地の方からだ。距離はあるが狼の耳を持つ満にはしっかりと聞こえてくる。それがどうも嫌がる女性と乱暴な口調の男性のものであり、不穏な空気がひしひしと伝わってきて、人としてこれを放っておくことなどできない。……最近は物騒な事件が多いし、尚更だ。
(トラブルに自分から巻き込まれに行くの、馬鹿だって分かってるんだけど)
 困っている人間を見かければ助けたくなるし、頼られればできる限りの力で応えてしまう。それは良く言えばお人よし、悪く言えば余計なお世話、お節介であると自覚もしている。
 ただ、気づいているのに何もしなかったらずっと後悔することが目に見えているため、面倒事だと予測できても首を突っ込んでしまうのだ。誰かに親切にしたくなるのが人情というものだろう。だからこれは仕方がないことなのだと己に言い訳をしながら、家路を外れ脇の細道へと足を向ける。
 やがて見えてきた人影は三つ。薄暗く細い路地で二人の若者が女性を壁際に追い詰めていた。
「少しくらい付き合えよ」
「こ、困ります……やめてください……」
「すぐに用事は済むから」
 まさかこんな強引なナンパをこの時代に見ることになるとは。漫画にありそうなテンプレシーン。どうやって仲裁するべきかと思いながら近づいていくと、特に足音を立てた訳でもないのに、女性に夢中だったはずの男達が同時にぐるんとこちらを向いたので少し驚いた。
「えっと……通りすがりなんですけどね。その人、嫌がってるみたいだったから」
 二人の意識は完全に満に向いている。救いを求めるようにこちらを見る女性と目が合ったので、小さく頷いた。二人の気が逸れているうちに逃げればいい、あとは任せてもらって構わない。そういう意味を込めて。
 彼女は一瞬ためらう素振りを見せたが「人を呼んできます!」と声を上げながらすぐに走り出した。
 一方、ナンパ相手に逃げられたはずの男達は何故か満を凝視したまま動かない。声を上げたのだから女性がいなくなったことは分かっているはずなのに、そちらには全く目もくれず満だけを見つめている。……なんだか様子がおかしい。
「あの……? うわッ」
 突然、無言のまま一人が殴り掛かってきた。それに対してつい、条件反射でいつものように拳を繰り出し、それが見事に顎へと当たる。考える間もなくもう一人も飛び掛かってきており、伸ばした腕を戻すのは間に合わずもう片方の手は買い物袋で塞がっていたため、そちらは蹴り飛ばすことになってしまった。
「あっ……すみません、大丈夫ですか……!?」
 やってしまってから慌てて声をかけるが、地面に倒れ込んだ二人から反応は返ってこない。自分の腕力が人並外れている自覚のある満は青ざめた。
 普段から喧嘩に明け暮れている訳でも、何かしらの武術を学んでいて体に技が染みついている訳でもない。ただ、小さい頃から時々襲ってくる〝妖怪〟を己の身一つで返り討ちにしてきた経験からくる条件反射だった。
 男達が怒りを露わにしたなら満も即座に走って逃げたことだろう。しかし彼らは何故か無言で見つめてくるばかりで、そんな彼らの反応に戸惑っていたところに不意打ちをもらい、思考する余裕もなく打ち沈めてしまったのである。
(警察、いや救急車を呼ぶべき……?)
 咄嗟に手加減をしたとはいえ、骨の一つや二つは折ってしまったかもしれない。正当防衛ではなく過剰防衛をしてしまったのではという気持ちが強い。
 人を殴ったのは生まれて初めてだ。だからこそ相手がどうなっているか分からず狼狽していると、向かい側から誰かが駆け寄ってくる。混乱でどうするべきか迷っていた満はその人物に助けを求めようとしたのだが、肝心の相手は容姿が判別できる距離までやってくると勢いよく人差し指を突き出して、こう言った。
「おい、見たぞ! 人に化けたあやかしめ……!」
「は?」
 思わず辺りを見回すが満の他には倒れた二人しかこの場にいない。だから人差し指は満に向けられたもので間違いないのだけれど、その男は確かに「人に化けたあやかし」と言った。
(もしかして、私の耳と尻尾が見えてる……?)
 おそらくそうだ。彼には人に見えない満の耳と尾が見えており、それを見て人外の存在だと判断したのだろう。ぐっと眉間に力を入れてこちらを睨んでいる。しかし何故か迫力がない。その瞳から怒りや恐怖のようなマイナスの感情が感じられないからかもしれない。
「人に仇をなす妖怪を祓うのが陰陽師の役目、覚悟するんだ」
「いや、私は……」
「問答無用!」
 訳の分からない状況のせいで逆にだんだんと冷静になってきた。陰陽師を自称する男よりも先に殴ってしまった二人の救護が先ではないだろうか。ひとまず二人の状態を把握し、必要ならば救急車を呼ぶべきだ。重傷なのはどちらかといえば蹴りを入れてしまった方だろうから、まずはそちらに向かおうとした。が、目の前に数枚の紙を構えた男が立ちはだかる。
「くらえ!」
「え、うわ……っ」
 持っていた紙を投げつけられた。特に痛くもかゆくもないが、視界にばっと広がった紙に驚いてそれらを掴み取る。一体何を投げたのかと見てみれば、奇妙な模様の描かれた紙と、そしてコンビニのレシートだった。……財布にでも入れてあったのだろうか。
「そんな、俺のふだが効かないなんて……!」
「よく分かりませんが……レシート交じってましたけど、要ります?」
「うっ……ど、どうも……」
 彼は恥ずかしそうに満の差し出すレシートを含めた紙束を受け取った。奇妙で失礼な男だと思うのだが、慌て気味に財布にレシートをしまう姿を見ているとなんとなく憎めない。
 そんな彼の背後でゆらりと影が立ち上がる。ついさっき満が蹴り飛ばした男だ。無事でよかったと胸を撫でおろすより先に、その形相が随分と人間離れしていることに驚いた。
 人間にはないはずの牙を剥き、血走った目で満を睨み、長い爪のある手で自称陰陽師の男の頭を掴む。人間の耳があったはずの場所には、代わりに獣の耳が生えていた。
「あ、あやかし……!?」
 彼の言葉通り、その姿は人ならざる者──妖怪に他ならない。ちらりと視線を向けたもう一人もゆっくりと立ち上がるところで、そちらにも同じように獣の耳があるのが見えた。どうやら〝人に化けたあやかし〟は相手の方だったようだ。

※この続きは製品版でお楽しみください。

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