【試し読み】死刑執行官の魔法使い

作家:白土夏海
イラスト:昌未
レーベル:夢中文庫アレッタ
発売日:2021/3/9
販売価格:800円
あらすじ

ここは魔法界唯一の「死刑執行所」。歴代最強と呼ばれる死刑執行官・ニルのもとに、久々の新人が配属される。新米執行官のスピカは、おっちょこちょいで養成学校の成績は最下位。その上、不死の呪いをかけられており、隙あらば死のうとする厄介な魔法使い。ぶつかり合ってばかりのちぐはぐなふたりだが、恋する教誨師や、愛煙家の医官、そんな個性豊かな面々に囲まれ「死」の最前線で働き続ける。そんなある日、収監されていた死刑囚の大魔女・ムズィカの悪あがきに、ふたりとその周囲が巻き込まれてしまって……!?

登場人物
スピカ
「死刑執行所」に配属された新米執行官。養成学校の成績は悪く、おっちょこちょいで死にたがり。
ニル
歴代最強と呼ばれる死刑執行官。冷静沈着で淡々と業務をこなす。対照的なスピカとは言い争うこともしばしば。
試し読み

一、ovo

 モーガンルフェイ刑務所は、魔法界に九つある刑務所のうち、唯一死刑執行所が併設された刑事施設である。つまり死刑判決を言い渡されたすべての魔法使いは、すべからくこの土地で死を迎える。『モーガン送り』というのが、死刑の代名詞だ。
 魔法使いの寿命は数百年とも数千年ともつかぬ途方もない長さなので、モーガンルフェイで働く人間の中には、祖父の代に投獄された魔法使いが、孫の代でようやく死刑執行されたというエピソードも珍しくない。
 人間と魔法使いに適用される刑法は別物だが、倫理観はおおむね共通と言っていい。他者を殺したり、かどわかしたり火をつけたりすると重罪だ。人間からすると、魔法使いに科される刑罰は非常に重く見える。並大抵の人間は、その詳細を聞くことさえ耐えられず、残酷非道だと眉をひそめる者も多いが、並大抵の人間とは異なる基準で生きているからこその『魔法使い』だ。魔法界でも定期的に法曹ほうそうの見直しはおこなわれるものの、刑罰そのものが軽減される予定は今のところ皆無である。
「五〇五号室、囚人番号九億六千八十七番。本日十時に執行だ」
 死刑執行の決定は、当日朝におこなわれる。これは一部の人間社会と同じだ。執行の最終判断こそ大臣の管轄だが、日程の調整は刑務所の所長が担当している。
 死刑執行官は、朝一の執務室で執行を告知されたら、まずは自身の装備点検をおこなう。いつもより念入りにおこなうようにとマニュアルに記載までされているのは、自暴自棄になった死刑囚対策のためらしいが、歴代の現場担当者に言わせると、こんなものは机に座って物を考えるだけの、世間知らずによる注釈に過ぎないそうだ。どんなに凶悪な死刑囚でも、執行当日ともなれば大抵はしおらしくしているもので、幾重にも張り巡らされた結界をぶち破ろうなどという気力は抱いていないと。
 当代の死刑執行主任、ニル・エヴァンズもこれには同感だ。執行に際して、担当官の自分に加え警備官が三名も増員されることも、とても無駄な人件費だと思う。
 とは言え、苦言を呈するまではしない。ニルのような死刑執行官は、魔法国家に採用された公務員であり、大きな歯車のひとつである。自身に直接的な被害が及ばない内容に関しては、ことごとく口をつぐんでおいた方がうまくいくのである。
 そうしてぞろぞろ、パレードのように廊下を行進し、敷地内の拘置所へ向かう。該当の死刑囚が収容されている独房の前に立ち、鉄扉を二度ノック。
 返事は待たない。間髪容れず、問答無用で扉を開ける。
「シスターが待ってるよ」
 死刑とか、執行とかのキーワードは使わない。理由はいくつかあるが、近隣の独房に収容されている他の魔法使いへの影響を考慮したところが大きい。良くも悪くも、彼らを刺激するべきではない。この後も続く処刑場に向かうパレードによって、大抵の事情は察されてしまうにしても。
『シスターが待っている』というのは嘘ではない。
 独房を出て、警備官に引きずられる死刑囚が、まず放り込まれるのが『前室』。窓のない小部屋だ。椅子も机も、イコンも聖像もないが、正装した教誨師きょうかいしが待っている。それがシスター。彼女は刑務所の職員ではなく、外部の由緒正しき教会から呼ばれた、れっきとした聖職者だ。簡単ではあるが、死刑囚のために祈りを捧げ、賛美歌を歌い、手や髪を聖水で清め、一輪の花を手向けてくれる。この花は死刑囚が手に取ると、ぼうっと青い光を放ち、空気に溶けるように消えていく。
「あなたの魂が、澄んだ旅路をゆけますように」
 花の残光が見えなくなったら、祈りの時間はおしまい。シスターは部屋を出て、ニルのような死刑執行官と入れ替わる。彼らは改めて執行の告知をおこない、死刑囚との短い会話を済ませ、杖を構える。まずは視界を封じる魔法をかけるのだ。
 そうして執行官と死刑囚は、カーテンで隔てられた執行場に向かう。
 ──ここからが、魔法使いならでは。
 犯した罪に相応しい、様々な死刑がおこなわれる。
 これから処刑される死刑囚は、金品目的で誘拐事件を引き起こし、幼い子どもを含む一家全員を惨殺した上で、その家に火を放ち、証拠隠滅を図った魔法使いだ。日ごろから炎魔法が大層得意だと豪語していたそうで、被害者たちは骨どころか灰の一片も残らず焼き消え、葬式の際はからの棺を燃やしたという。その残忍で私欲的なおこないは重罪と判断され、死刑罰のひとつ・火刑に処されることとなった。
 火刑は至極シンプルで、その上で加減の難しい処刑方法である。文字通り炎魔法で死刑囚を焼き殺すのだが、一瞬で消し炭にしてはいけない。一方で、拷問にしてもいけない。死刑囚本人の確かな死を確認するため、まずは肉体を焼き殺し、その後飛び出してきた魂を焼き殺す。この火力調整に、死刑執行官の裁量が垣間見える。そもそも魔法使いというのは非常に頑丈な生き物なので、まずはその肉体を焼き殺すだけの火力が必要になる。加えて、肉体の死後に飛び出してきた魂をまたも焼き殺さなくてはならない。この魂というのがいよいよ複雑な物質、もとい現象なので、処刑として適切な時間内に破壊しきるのは至難の業だ。下手な魔法使いだと、肉体の死が遅すぎて火炙り状態になってしまったり、魂がうまく焼けきらず瀕死の魂と鬼ごっこをする羽目になってしまったり、とにかく散々な事態となる。
 ただし本日の処刑に関して、このようなトラブルが起きる可能性は皆無だ。ニルはこの道三百年のベテランで、火刑においてもプロフェッショナルの極み。周囲も本人もそれを十二分じゅうにぶんに理解している。
 それでも、死刑直前の空気は、今日も今日とて重く苦しい。死刑は死刑。死は死だ。
 停滞した空気の中、ニルがゆっくりと杖を構える。
「《Bonan nokton kun flamoj》」
 いつ魔法を発動するかは、執行官に一任されている。具体的な合図はない。焦らすのも自由、覚悟の隙を与えないのも自由だ。
 ニルの執行タイミングは、歴代の中でも早い部類に入る。
 生まれたての真っ青な炎が、死刑囚を一瞬で包み込む。あとは、ただ見つめるだけだ。炎の轟音が、断末魔を覆い隠すが、それもごく短い時間である。間もなく肉体の死が訪れ、男の内側からなまめかしい光が滲み出てくる。
 大きく立ち上っていたニルの炎は、細い帯状に姿を変え、光を包み込み収縮していく。水をかけられた焚き火のようなじゅうじゅうという音を上げながら、光の方もみるみるうちに消えていく。
 これでおしまいだ。
 部屋の中心には、魔法使いの焦げた死体がひとつ。
「検死するぞーい」
 場違いな鼻歌交じりに、検死官のキーノが近づいてくる。矯正医官も務めている、医療魔法のエキスパートだ。
 彼がぞろぞろ引き連れる部下たちは、皆目だけが露出した白装束に身を包み、伝染病患者でも相手にするような出で立ち。一方のキーノ自身はマスクひとつ着けず、お情け程度の白衣をひらめかせ、杖を指先でもてあそんでいる。緩慢な仕草で、黒焦げの耳元に囁きかけた。
「《Responda maŝino》」
 今度は口元に耳を寄せ、相手の返事を待つようなポーズを取って。
「……うん、確かに死んでおるの。肉体も魂も」
 いつも通りの穏やかな口調で、ニルに微笑みかける。
「さすがニル執行官。歴代最強の執行官。鮮やかな手さばきじゃ」
 老人のような喋り方とは裏腹に、キーノの外見は人間で言うところの三十代半ばほど。そのギャップを自ら楽しんでいる節がある。
「良い焼き加減じゃ。こんがりばっちり、美味しそうな仕上がりじゃな」
「じゃあ食べれば?」
「ステーキはミディアムレア派なのじゃ。それ、遺体処理はお任せして、俺たちも帰ろうかのう」
 キーノの言葉に従うわけではないが、ニルは彼と肩を並べて部屋を出た。既に立会人は皆退場しており、清掃員たちが入室し始めている。焼け焦げた壁や天井、染みついた臭いはすべて専門業者の手によって掃除され、また次の執行日まで静まり返るのだ。
「のうのうニル。今日って遺体の引き取り手はおるのかえ?」
「いないよ。面会もいなかったでしょ」
「遺族がおったろう、若い娘だったか?」
「断られた」
「ではまた共同墓地か。そろそろキャパオーバーになっちゃうんじゃないかのう?」
「来年には拡張工事するから。ようやく許可が降りたんだよ」
「民家の拡張魔法は自由使用なのに、墓地の拡張魔法は申請制っていうのはなんなんじゃろ」
 この百年で何十回とこぼし合った愚痴を言い合い、飽き飽きしながら廊下を進む。そのまま執務室に向かおうとすれば、キーノが外を指さし、片手で小箱を揺らして見せた。
「煙草を吸わんか? ひと休憩じゃ」
煙管キセル忘れたから」
「巻き煙草分けてやるぞい」
「キーノ先生の煙草不味いんだよね。いつも薬品みたいなやつ吸ってるじゃん」
「あのほろ苦さが醍醐味じゃというのに。おぬしは本当に子供舌じゃのう」
 小馬鹿にされて腹は立つが、外の空気を吸いたい気分ではあったので、キーノの不味い煙草を一本受け取る。行き先は正式な喫煙所ではなく、勝手に喫煙所に設定しているだけの場所だが。
「今日も曇りか。そろそろお天道様が拝みたいのう」
「おかげで雲の上では龍漁がピークらしいよ。市場でお肉のたたき売りしてた」
「おっ、じゃあ歓迎会は龍料理にするかの?」
「歓迎会って誰の……ッゲホ、やっぱまず」
 薬草臭い煙にむせていると、キーノが「信じられん」と目を見開いている。
「おぬし……」
「何」
「忘れておるのかえ……?」
 煙草の件ではないらしい。
「だから何を」
「歓迎会。新人が来るのじゃよ。いやはや、さすがに冗談じゃろ?」
「……あー」
「うわ、本当に忘れとったんじゃな。薄情な男~」
「うるさいな、仕方ないでしょ。この百年で新人何十人入ってきた? そのうち何人が残ったと思う?」
「0人じゃけども」
「そりゃ期待もしなくなるでしょ」
 現在のモーガンルフェイ拘置所に、死刑執行官はニル一人きりである。死刑執行の専門家ということで、そこまで大所帯になる部署でもないのだが、それでも拘置所の規模を考えれば通常二、三人が在籍して当たり前。大きな戦争や革命の後は、死刑の需要が高まるため、十人を超えることもあった。
 そもそも執行自体、専門の執行官がペアで立ち会うのが通例である。比較的落ち着いた時代が続いているとはいえ、ニルがあまりに腕が立つためなあなあになっているだけなのだ。
 無理もない話ではある。国家魔法使いの中でも、死刑執行官は圧倒的な不人気職だ。刑務官の養成学校でも、死刑執行官の希望者は毎期0名で、第一希望にも第二希望にも第三希望にも第四希望にも通らなかった新卒者が、上から命じられてしぶしぶ赴任してくるのである。それでも仕事に耐えきれず、早い者は死刑に立ち会った初日に退職してしまう始末なのだ。
「ニルのとこ、新入りさんの情報ってどのくらいきとるんじゃ?」
「何も。学校出たばっかの新入りってだけ」
「あ、じゃあ俺の方が詳しいの。今度は期待してもいいと思うぞい」
「どういう意味?」
 薄荷はっか色の煙をくゆらせながら、キーノがニヤニヤ笑っている。
「死刑執行官の適性試験、歴代一位だそうじゃ」
「うそ」
「で、同期の養成学校の卒業試験は最下位」
「うそ」
「ははは、うそみたいじゃろ」
 どうやら、どちらも嘘ではないらしい。
「適性が高い出来損ない、ってこと?」
「このデータだけで判断すると、そうなるのう」
「うええ……僕がその面倒見なきゃいけないわけ?」
「当たり前じゃろ。執行官はおぬししかおらんのじゃもん」
「うえええ」
 ただでさえ口に合わない煙草が、いよいよ不味く感じられてきた。ほろほろ落ちて飛ばされていく灰を、現実逃避気味に目で追いかける。
「煙草を吸っているのはどなたですか! そこは喫煙所ではありませんよ!」
 突如、花や小鳥が喚くような、控えめな怒り声が飛んで来た。

※この続きは製品版でお楽しみください。

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