【試し読み】うちのタマ、見ませんでした?~平凡な私と弱すぎ守護霊のありきたりな非日常~
あらすじ
どこにでもいる平凡な大学生の五月には、ちょっと特殊な能力がある。実は、幽霊や妖怪、果ては神社に御座す神様までもが見えるのだ。祖母の教育があって無事成長した五月だが、ある時から祖母の愛猫タマが守護霊となった。タマはいい子だが、弱かった。そりゃもう貧弱だった。道行く猫に驚かされてはどこかに飛ばされ、見知らぬ神社に行けば成仏させられそうになり、道でたゆたう浮遊霊にも弾き飛ばされるほど。五月は今日もまたどこかに飛ばされてしまったタマを捜すのだが──神田明神の御祭神まさかど様とその娘、滝夜叉姫。祓い屋を営む鹿賀地家の兄弟・湊人と信也が加わって、五月の平和な毎日に非日常が歩み寄る……!?
登場人物
カフェでアルバイトをしている。彼氏は募集中。神田明神の近くに家がある。
元々は捨て猫。五月の祖母に拾われ大事に育てられた。ご近所の神社などにいる猫(生きてる)たちが守ってあげるくらい弱い。
試し読み
序 おばあちゃんと、タマと、私
「おばあちゃん、いっちゃうの? おじいちゃんも……」
私が涙ながらにそう言えば、青空を背にやや透けた姿の祖母は、困った顔をして笑った。
その向こうには祖母と同じように困った顔をした祖父がいて、私の後ろにも祖父がいる。
家族の啜り泣く声が、絶えず私の背後から聞こえた。
そんな中、私のことも後ろにいる家族のことも、切なそうに見ていた祖父は、ただ困ったように微笑んだのだ。
そして祖母は、ぐずる私の傍を離れてそんな祖父の横に寄り添うように立った。
二人は、優しい笑みを浮かべている。
それを見て私は『ああ、これは本当にサヨナラなんだ』と実感して、寂しくて、本当はそんなことを言ってしまっては二人を困らせるだけだとわかっていても、我慢ができなかった。
「行かないでよう」
『五月ももう中学生だ。大きくなって、おちびさんじゃなくなったでしょう? 泣くのはおよし、アタシがいなくたってもう、アンタなら大丈夫だからね』
「おばあちゃん……」
『アタシはね、ずぅーっとアンタの味方だよ。おじいちゃんだってそう。だから泣かずに、見送っておくれでないかい』
「……うん」
『オバケはまあ、ちょいと怖いかもしれないけどね……でも、大丈夫。おばあちゃんが教えたことを、ちゃあんと守るんだよ』
「うん……うん」
私には、オバケが見えた。
それこそ、物心がついた時から。
両親と兄、それから祖父母と暮らしてきたが、残念ながら私の言葉は家族にとって首を傾げるものでしかない。
そりゃそうだ、見えないものは見えない。
だけど私には見えるのだ。
幼子特有の、架空の友達でも見えているのだろうと両親と兄は笑ったが、私は笑えない。
理解してもらえないことで私はとても苦しい思いをしたものである。
幸い祖母が同じように見える人であったから、私は孤独にはならなかった。
むしろあれこれと対処の方法を祖母が教えてくれたから、なんとかやってこれたものだ。
内容としては何が良くてどれが悪い霊なのかといった見分け方、見えない人たちとトラブルにならない方法や助けになってくれる神様へお礼の仕方、それから信心を怠らないように……など様々だ。
でもその頼みの綱である祖母が亡くなって、祖母の愛猫であるタマもそれに釣られるように死んでしまった。
それが、小学生の半ば頃だった。
当時の私は、寂しくて泣いてばかりだったと記憶している。
泣き濡れる日々の中、祖母が幽霊となって現れたのだ。『成仏できやしない』と呆れていたから、相当心配をかけたのだと思う。
そして泣き虫な私のために、なんと守護霊になるため戻ってきてくれたというからもう驚いていいやら、喜んでいいやら……。
とにかく気持ちが追いつかなかったことは覚えている。
でも、そのおかげで寂しい日々は終わりとなった。
とはいえ、その日々だって永遠に続くわけじゃない。
時間は、平等に過ぎていくのだ。
そしてその日は、ついにやってきた。
祖父が天寿を全うし、それを機に祖母もあの世に行くと決めたのである。
なんせ若い頃の祖母は、町中で見かけた祖父に一目惚れして押しの一手で口説き倒して結婚までした女性なので、祖父があの世に旅立つならそりゃそうなるだろうねと納得である。
でも、私はおばあちゃんっ子だったから、それはとても悲しいことだった。
(二人とも、ここにいてくれたらよかったのに)
それはいけないことだとわかっていても、願ってしまった。
幽霊でいいから、ずっと、ずっと、ここにいてほしい。
そう、願ったのだ。
でも当たり前だけどそれは叶わない願いで、私にできたことは二人をただ見送るだけ。
祖父母が手を取り合って、空へ昇っていく姿を、私はいつまでも見ていた。
そう、いつまでも、いつまでも。
私の足元に寄り添う、一匹の子猫の霊と一緒に。
つまり、この日から祖母の愛猫・タマは現世に残り、祖母に代わって私の守護霊になったのである。
そうして二人三脚の生活が始まって早数年が経過したところ、私たちは結構上手くやっている。
しかし、問題があった。
「あれ? タマ?」
このタマ、元々は野良でカラスに攫われかけたところを祖母が拾い我が家の一員となり、その愛らしさから瞬く間にうちのアイドルとなった存在で、ニボシが大好きで割と臆病な子だった。
野良だったこともあって年齢はハッキリしていないけど、老衰で天寿を全うした。
守護霊になってからは何故か子猫姿なんだけど……その方が私と遊べるから、らしい。
「タマ~?」
残念ながら、我が家のアイドル・タマがそこにいるのに、家族にはその姿は見えない。
祖母と私はオバケの類いが見えるクチであったが、他の家族は違うのだ。
だから、見えることはナイショなのよ……そう祖母と約束して以来、私はそれをずっと守っている。
「ちょっと、タマ? どこにいるの?」
守野五月、現在十九才の大学生。名前の通り五月生まれだ。
何故か守護霊である愛猫に振り回されて、逆に保護者になってしまった。
あれっ? タマの生前と変わんないじゃん!! まあ、いいけど……。
先に言っておくと、タマはいい子である。
非常に愛くるしく、私が落ち込んでいれば寄り添い慰めてくれて、ベッドも一緒。
レポートなどで忙しい時は大人しく一人で遊んでいてくれるし、守護霊になってからは言葉も交わせるようになったので一人で留守番の時などは退屈しない。
要するに可愛い上に万能じゃない? これ。
だが、勿論、そこには欠点があるのだ。
タマは、いい子である。
ただし、非常に弱かったのだ。守護霊としてはね!
道行く猫に驚かされてはどこかに飛ばされ、神社に行けば成仏させられそうになり、道でたゆたう浮遊霊にも弾き飛ばされる勢いなのだ。
え? タマって私の守護霊なんだよね?
おかしいな、守護霊って成仏するの?
っていうか、祟るとかそういうレベルに達してない浮遊霊に守護霊が負けるってだめじゃないの?
そういうレベルなのだ。
「……夕べ猫の喧嘩する声が外でしてたけど、それかなあ」
朝から姿を見せないのは、生前の名残で縄張りチェックにでも行っているのかと思ってたんだけど……それでもお昼前にはいつも帰ってきていたのに、今日はまだのようだ。
(お昼ご飯のお供え物のネコ缶、ツナがいいかササミがいいか聞きたいんだけどなあ)
この時間になっても帰ってきていないってことは、本格的に探さないとだめか。
私は諦めてコートとマフラーを装着して、タマを探すために外へと出たのだった。
第一章 タマと椿のお屋敷と滝夜叉姫
冬の町は、ちょっと空気が違うと思う。
田舎と都会じゃあまた少し違うんだって大学の同級生は言うけど……私にはちょっとわからない、かなあ。
いや、なんとなく違うんだろうっていうのはわかってるよ。
でも私が生まれ育ったこの東京だって、それほど悪くないと思うんだ。
まあ、うちの家はそんな観光地から一本外れた住宅街にあるから、そこまで賑やかってほどじゃあないのでそう思えるのかもしれないけどね!
ちなみに私の家があるのは千代田区の外神田だ。
都内の、それも随分な一等地に暮らしているんだって自覚はある。
父方の先祖が代々暮らしていた土地にそのままずーっと住んでいるってだけであって、私が偉いわけじゃあないんだけどさ。
とはいえ、区画整理だなんだとあれこれあって一軒家と土地を売った代わりに、そこに建ったマンションを格安で購入させてもらったそうだけど……詳しいことは知らない。
なんせ、私が生まれる前の話なので!
でも神田明神も近けりゃ隅田川の花火大会で場所取りに苦労したこともない、それってかなりすごいことなので、自慢である。地元万歳。
うちは聞いた話によると、江戸時代よりも前からこの土地に住んでいる由緒正しき一般人ってやつらしく、祖父は錺職という伝統工芸の技術を使った貴金属加工の職人さんだったそうで……まあ、その息子である父は普通のサラリーマンなんだけども。
祖父は祖母に手作りの簪を三本贈ってプロポーズしたらしいよ。
押しまくって口説いたのは祖母だけど、最終的には相思相愛で祖父はかっこよく決めたらしい。
さんざんその話を祖母から聞かされたもんだよ。
耳にタコができるくらい聞いたからか、羨ましいより微笑ましいになったもんだよね……今となっては懐かしい。
ちなみに同じような話を聞かされて育った五つ上の兄はとっくの昔に家を出て、今は結婚し大黒柱として頑張っている。滅多に帰ってこないが、我が家では昔から〝便りがないのは元気な証拠〟と言っているので多分、元気だ。
でも正月くらい顔見せればいいのに。
今年は奥さんと海外旅行だとか言ってハガキ一枚だけ送ってきた、薄情者である。
ちなみにお土産はいつもないので、今回もないだろう。
「おお、さむ……!」
厚手のコートを着てしっかり防寒対策をしてきたとはいえ、寒いものは寒い。
もうお昼の時間で日も高いからまだマシな方だけど……やっぱり冬は寒いよね、しょうがない。
ご近所さんの庭では椿の花が鮮やかな色で咲き誇っていたし、もう少ししたら春もくるんだろう。
(しっかし、今日は大学が休みの日で良かったなあ)
普段は大学に通う身なので、なんだかんだタマがいてくれないと困るのだ。
確かにタマは弱っちくてあっちこっち飛ばされてしまうけれど、そこは守護霊、ヤバそうなやつがいたらすぐに教えてくれるのだ!
それがわかっていればこちらだって対策を取ることができるわけですよ。
勿論、タマも身を張って守ってくれているしね。
(とはいえ、どこにいるかなあ)
道行く人に話を聞くわけにもいかないし、そもそも平日の昼間だからそんなに人の姿もないし。
まあ、まるっきりアテがないってこともない。
「しゃあない、一回帰るかあ」
このまま〝守護霊なし〟の状態で出歩くのは心許ない。
私は見えるだけで、何もできないのだ。
見えてからじゃ遅いこともあるって祖母から再三言われたし、一応お守りは持っているものの、そういうのは不意打ちに弱いらしい。
まあ、要は私に隙があるといくらお守りを持っていても、相手が強い怨霊だったりしたらヤバいって話らしいんだけど……幸いにもこれまで生きてきた十九年、そういうやつには出会ったことなんてない。
幼い頃は守護霊である祖母が守ってくれたし、その後はタマが……うん、アラームになってくれて危機回避できているからね!
それに、私には強い味方が他にもいるのだ。
(こういう時は、あそこに行くに限るよね)
一度家に戻って、財布を引っつかんで炬燵に足を突っ込んだままうつらうつらしている両親に向かって軽く手を振る。
父は本日夜の会食、母は休日ということで二人揃ってのんびりしている。
「ちょっくら神田明神に行ってくる。帰りはそんな遅くならないつもりだけど、なんかあったら連絡して。お昼は先に食べちゃってていいよ、私もどっかで食べてくるから」
「おうよ、いってらっしゃい~……」
「五月、帰りにみかん買ってきてちょうだぁい」
「はいはい、そのまま炬燵で寝ないのよ!?」
だらけた返事を受けて苦笑しつつ、私は家を出たのだった。
いつまで経っても仲の良い夫婦であるのは良いことだけど、こたつむりもどうかと思うよ!
※この続きは製品版でお楽しみください。