【試し読み】ポンコツ王子は軍人令嬢の愛がほしい!

作家:イチニ
イラスト:三廼
レーベル:夢中文庫プランセ
発売日:2022/8/5
販売価格:600円
あらすじ

「お前は僕の愛の奴隷だ! 永遠に僕に服従し、仕えるがよい!」――王国の兵士である伯爵令嬢のエステルは、この国の第二王子、幼馴染のセドリックに突如求婚(?)される。幼い頃は愛らしかった彼だが、今や横暴な態度で嫌がらせをしてくる日々……この求婚もその一つだろうと、エステルはそれを流した。一方、エステルにフラれ傷心のセドリックは、彼女と他国の貴族が懇意であるという噂を耳にする。二人の進展を阻止せねばと思いついたのは……女装!? そしてまさかのことに、媚薬を使われ襲われかけてしまう。そんな熱に浮かされたセドリックをエステルが介抱することに……「エステル……すきだ」――ポンコツ王子の愛は届くのか……!?

登場人物
エステル・フーリル
フーリル伯爵家令嬢ながら近衛師団所属兵士。幼馴染の第二王子セドリックから突然求婚(?)されてしまい……
セドリック・ヴァティスト
ラザンド王国第二王子。幼い頃は純粋で可愛らしい性格だったが、エステルのある思いを知りこじらせてしまった。
試し読み

 エステル・フーリルは朝一番で屋敷に届けられた荷を開封し、眉をひそめた。
 中にはヒラヒラとしたレースがふんだんにあしらわれた新緑色のドレスと、同色の靴。金製のイヤリングとネックレスが入っていた。ネックレスには楕円形にカットされた大きなエメラルドまでついている。
 エステルは名門フーリル伯爵家の長女であったが、ドレスや装飾品についてはうとい。しかし流石に、これらが高級品であるのは一目見てわかった。
 荷の一番下にカードがある。エステルはカードを手に取った。
『今晩は僕たちにとって忘れられない夜になるだろう。僕のために着飾って出席するように。十二年間、そして生涯続いていく想いを込めて』
 神経質そうな筆跡で書かれた文面の下には、セドリック・ヴァティストと署名がしてある。
「……どうした?」
 テーブルの上に広げた荷を前に溜め息を吐いていると、背後から低い声がした。
「兄上」
 銀灰色の短髪に、青灰色の切れ長の双眸そうぼう。長身でがっしりとした体つきの兄、マチアスが開きっ放しにしていたドアの向こうに立っていた。
「今日は遅いのですね」
 軍服姿なので休みではなさそうだ。
 休日以外のマチアスは、たいてい日が昇る前に屋敷を出ていた。この時間に屋敷にいるのは珍しい。
「ああ。視察で今夜の帰りは遅くなる予定だ。お前は休みか」
 エステルも兄と同じで、休みでなければすでに屋敷を出ている時間帯だった。
「今日は休みです。ですが夕方には王家主催の夜会がありますので、そちらに向かう予定です」
「そうか……。それは、何だ?」
 マチアスがテーブルに置かれたドレスに目を留め、訊いてくる。
「これは……セドリック殿下の嫌がらせです」
 マチアスは僅かな沈黙のあと「……そうか」と頷き、その場を離れた。
 エステルはテーブルに広げていたドレスや装飾品を箱の中に詰める。
 エステルは不器用だ。そのため、なかなか元通りに収まらなくて、何度もやり直した。

   ◆ ◇ ◆

 王家主催の夜会は、年に四回開催される。
 建国記念日、王妃の誕生日、王太子の誕生日、春祝いの四回だ。時期的には春に一回、夏が二回、冬が一回である。
 セドリック・ヴァティストは『春祝い』の夜会を自分たちの――エステル・フーリルと自分との記念日にするべく、準備を進めてきた。なぜなら夜会の開催日が、自身の誕生日の十日後だったからだ。
 ラザンド王国では、男女ともに十六歳から婚姻が許されていた。けれども許されてはいるものの推奨されているのは二十歳からで、十代での婚姻は平民ならばともかく貴族の間では、揶揄の対象となった。
 セドリックはラザンド王の次男で、王子という立場にある。王族たるもの、民や臣下、貴族たちの見本とならねばならない。
 早く結婚したい。エステルを手に入れたい。そう希求ききゅうしながらも、セドリックは二十歳になるまで耐えていたのだ。
 本当は婚約だけでもしておきたかったのだが、エステルの家――フーリル家はラザンド王国の高位貴族の中でも特別な家柄だった。
 セドリックは第二王子で、王位継承権のある王族だ。
 セドリックとエステルが婚約することにより、派閥争いが激化しては困る。
 自分の恋心も大切だが、国の安定や王家、エステルの家も同様に大切だった。
 けれども、王太子である兄が結婚をし、王太子妃が双子の男児を産んだ。ラザンド王国の法では、直系の子のほうが継承権は高いので、セドリックの継承権は下がった。
 ――そう、時は満ちたのだ!
 セドリックは二十歳になった。
 王族としての立場も弱くなったので、派閥争いをするほどの価値もない。
 父や母、兄も、エステルが同意するなら結婚してよいと言っていた。
 自分たちの愛を阻むものは何ひとつなかった。
 セドリックは意気揚々と、エステルに荷を送った。
 新緑色のドレスはこの日のために三か月前から準備をしていた。装飾品の類いも、隣国から取り寄せた希少なものだ。
 エステルもセドリックが長年、婚約したくともできなかった事情に気づいていたはずだ。ようやく求婚してくれるのだと、喜ぶに違いない。
 自分の用意したものを身に纏った最愛の女性の姿をセドリックは想像する。
 こみ上げてくる笑みを堪えきれず、自室で延々と「ふふふふふ」と笑っていると、掃除に来た侍女から不審な目で見られた。

「殿下……どうされたのです? なぜ入られないのですか」
 近衛兵が、庭の木陰で身を潜めているセドリックに気づき声をかけてくる。
「主役は遅れて登場するのだ」
「は……?」
「僕のことは心配いらない。持ち場に戻れ」
「え? ああ……はい。春といえども夜風はまだ寒いので、お風邪を召しませんように、殿下も早く中にお入りください」
「うむ……気遣いありがとう。あ、待て。エステルは到着しているか?」
「来ておりましたよ」
 セドリックはニヤリとわらいながら、不審げな目を向けてくる近衛兵を手で合図し、追い払う。
 ――きっと、僕を待ちわびているだろうな。ふふ……恋というのは待たされるほどに、燃え上がるものだ。
 セドリックは先日読んだばかりの恋愛小説を思い出しながら、大広間の様子を窺う。
 この移置からだと、め殺しの窓から大広間がよく見えた。エステルの姿は確認できないが、ずいぶん人が増えてきた。招待客も、ほとんど到着したのではなかろうか。
 あまり遅くなると、兄に叱られるかもしれない。それに。
「くしゅん。……た、確かに肌寒いな。風邪をひいてはならない。そろそろ、よいだろう」
 セドリックは寒さに震えながら大広間へと向かった。
「殿下、捜しに行こうかと思っておりました」
 大広間に入ったところで声をかけられる。
 冴え冴えとした青灰色の瞳。艶やかな銀灰色の長い髪はひとつにまとめて結い上げている。女性にしては長身で、すらりとした体つき。端正だが、冷たげな顔立ちの女だ。
 セドリックの最愛の女性エステルである。
 今夜、彼女に会ったら口にする言葉はすでに考えていた。
『僕が贈ったドレスを上手く着こなしているではないか? 流石は僕が生涯の伴侶に選んだ女だ』
 エステルは頬を赤らめ、『……伴侶?』と問い返してくるだろう。
 そこで、セドリックは正式に求婚するのである。
「僕が贈ったドレスを上手く…………お、お前……なぜ……軍服を着ている……? 僕が贈った服はどうしたのだっ!」
 練習したとおりに口にしかけたセドリックだったが、エステルが見慣れた青の軍服姿なのに気づき、声を荒げた。
「先ほど殿下の部屋を訪ね、侍女殿に返しました」
「侍女に……返した……だと……」
「ええ。侍女殿は困っておられましたが、私も困りますので」
 エステルは無表情で言う。
「困る……? 何が困るというのだ……お前はカードを。僕の書いたカードを読まなかったのか」
「もちろん読みました」
「ならなぜ、ドレスを着てこないのだ!」
 僕のために着飾ってほしい――そう書いていたはずだ。
 エステルはふっと息を吐いた。
「殿下……今夜は王家主催の夜会です。流石に、このような場で嫌がらせをされては、私も困りますので」
「嫌がらせ……だと……お前は何を言っているのだ!」
「殿下……お声が大きいので小声でお話しください」
 言い合っているのに気づいた招待客たちが、チラチラとこちらに視線を向けていた。
 セドリックはハッとする。
 ――そうだ。言い合いをしている場合ではない。
 エステルがドレスを着用していなかったため、予定とは違ってしまっていたが、今夜が二人にとって大事な夜なのには変わりがない。
 セドリックは長年、エステルの好みの男になるべく努力してきた。しかしやはり、求婚ともなれば不安にもなる。
 不安を解消するには知識が必要で、セドリックは『これで惚れない女はいない! 女を射止める十箇条』という恋愛指南書を手に入れた。そこには様々な求婚の仕方が書いてあって、もっとも成功率が高いとされている技に『公開求婚』があった。
 公開求婚――つまり大勢の人が集まっている中で、みなに見られながら求婚するのである。周囲を気にし、女性は断りづらくなるらしい。
 それもあって、セドリックは自身の誕生日に近く、大勢の人が集まる『夜会』を求婚の場に選んだのだ。
「エステル・フーリル!」
 セドリックは高らかに愛しい人の名を呼ぶ。
「殿下……そんなに大きな声で名を呼ばなくとも、近くにいるので聞こえますよ」
 エステルが小声で何か言っていたが無視する。
「お前は僕の愛の奴隷だ! 永遠に僕に服従し、仕えるがよい!」
 セドリックは堂々と胸を張り、エステルに求婚した。
 エステルは頬を赤らめ、頷くだろう。もしかしたら、嬉しさのあまり涙を流すかもしれない。そう思っていたのだが――灰青色の双眸が、呆れたようにセドリックを見つめていた。
「私はラザンド王国、国王陛下、ヴァティスト王家に忠誠を誓っております。もちろん殿下にも生涯お仕えするつもりです。ですが……臣下は奴隷ではありません。殿下は殿下にお仕えしている者たちを奴隷のように思っておられるのですか。だとしたら、それは考えを改めるべきだと、私は思います」
「……奴隷というのは比喩表現だ。お前を奴隷扱いしているわけではない」
「比喩表現だとしても、みなが見ている前で口にするには不適切な言葉です」
 ――なぜ、僕は説教されているのだ……。
 疑問に思いながらも、確かに臣下を奴隷扱いするのはよくないと思った。
「確かにお前の言うとおりだ。撤回しよう」
「殿下も成長されましたね」
 エステルはかたちのよい唇を、僅かに緩ませた。
 エステルは幼い頃から、表情がほとんど変わらない。長い付き合いだが、大笑いした姿も怒った姿も見たことがなかった。
 だから微笑みは希少だ。セドリックは久しぶりに微笑んでもらえ、有頂天になり、この求婚の成功を確信した。
「そうだ。僕は二十歳になったのだ!」
「先日、二十歳におなりでしたね」
「覚えていたのか!」
「もちろん覚えておりましたが……朝早くに訪ねて来られたでしょう?」
 誕生日の日。セドリックはエステルに祝って貰おうと、フーリル家を訪ねていた。
 誕生日の贈り物が欲しいと強請ねだると、エステルは屋敷近くにある焼き菓子の店に走った。買ってきたばかりの焼き菓子は、ほんのり温かく香ばしくて美味であった。
「焼き菓子が美味しかった!」
「それはよかったです。今度また殿下のお部屋にお持ちいたします」
「そうだな、お願いする! いや……待て、そうではない。僕は二十歳になったのだ! 結婚できる年齢になったのだ! だから――お前を妻にする!」
 エステルは頬を赤らめ『嬉しい』と言って……と妄想を膨らませているセドリックの耳に、長く重い溜め息が聞こえた。
「……殿下、このような場所で、そのような冗談を。からかうのはお止めください」
「からかうだと……。僕は……本気で……」
「本気で言っているとみなに思われたら困るでしょう。みな様、セドリック殿下のご冗談ですので、本気になさらないようにしてください。では、殿下。私は外の見回りに行きますので、これで失礼いたします」
「ま……待て……」
 エステルは颯爽さっそうときびすを返し、広間から立ち去ろうとする。
 セドリックは慌ててエステルの腕を掴んだ。
 エステルは不機嫌そうに眉を顰めると、そっとセドリックの耳元にかたちのよい唇を寄せた。
 幼い頃は、セドリックのほうが身長が低かった。けれど今はセドリックが少しだけれど、エステルより背が高い。
 温かな吐息が耳にかかり、セドリックは胸を高鳴らせたのだが――。

※この続きは製品版でお楽しみください。

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