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【3話】高良さんに逆らえません!~過保護な俺様社長は甘すぎて危険。~

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「佐和ちゃんありがと。ほんと助かる……!」
 先ほど高良から命じられたツクイの案件のスケジュール調整。高良が関わっている時点でACTにとってはかなりの重要案件だ。通常規模のチーム編成では人が足りず、途中から別チームもヘルプに入ることになっていた。そのチームのリーダーが小川だ。
(小川さん達が早めに入ればいけるかも)
 明莉は勢いよく椅子から立ち上がった。

 *

 年々夏の期間が長くなっているのか、九月の半ばを過ぎても、アスファルトに突き刺さる日差しの強さは一向に弱まらない。明莉は待ち合わせのカフェの前に立つと、額に滲む汗をバッグから取り出したハンドタオルで拭った。ついでに首筋を伝う汗を押さえるようにして拭き取ってから、ぐいっと勢いをつけて扉を向こう側に押しやった。
「明莉。こっち」
 店内に入るとクーラーで冷やされた空気が熱くなった身体を包む。声に釣られたように目を向けると窓際に座る見知った顔が目に入った。明莉は軽く手を上げてから席に歩み寄ってその人物の向かい側の椅子に腰を下ろした。
「ごめん。待った?」
「全然。まだ注文前だよ」
 よかったと声を漏らすと、前に座る由衣子ゆいこは笑ってメニューを差し出した。今日は土曜日。会社は休みで明莉は高校時代からの友人である前橋まえばし由衣子と一緒に昼食を食べる約束をしていた。お互いの最寄駅のちょうど間ぐらいに位置する駅から少し歩いたところにある、ランチもやっているカフェで待ち合わせをしていたのだ。このエリアは駅前に商業ビルも建ち並んでいて、ランチ後は一緒にショッピングもしようと約束していた。
 ランチプレートの種類は多くはないので二人はすぐに決めて注文をお願いした。由衣子とは高校卒業以来定期的に会っているが、ここ最近はタイミングが悪く予定が合わない日が続いていたので会うのは少し久しぶりだった。それもあってランチプレートが届くまでのしばらくの間、軽く近況を報告し合うような会話が続いた。
「私、結婚することになった」
 それは、そんな会話がふっと途切れ、明莉が運ばれてきたランチプレートのサラダに手をつけている時だった。いつもあっけらかんとしている由衣子が少し照れくさそうな顔で口にした言葉を聞いて、明莉は思わず目を瞠った。
「うそ。プロポーズされたの?」
 はにかみながら頷く由衣子の顔をまじまじと見つめる。高校時代から知っている由衣子が結婚。長い付き合いであまりに近しい関係だからか、すぐに実感が湧かなくて、明莉は思考が停止したかのように驚きのまま動きを止めた。
 しかしそれはすぐに喜びの感情へ取って代わる。今まで見たことのないような幸せそうな顔で由衣子が笑ったからだった。
「おめでとう。うそやだすごい。何か泣きそう……」
 急に実感が押し寄せたと思ったら、なぜか娘を送り出す母親のような心境になった明莉は熱くなりそうな目頭を誤魔化すかのように瞬きをした。
「なんで明莉が泣くの」
「だって結婚だよ? めちゃくちゃ嬉しいよ。高校の時はクレーンゲームにはまってバイト代ほとんどつぎ込んで大きなぬいぐるみを取って誇らしげにしてたあの由衣子が……」
「それはもう忘れて。黒歴史」
 悪ノリした風を装って目元を押さえる真似をすると、由衣子は大げさに顔をしかめて見せた。二人が通っていたのは女子校で、高校時代はお互い全く男っ気はなかった。大学は別々になり、由衣子は同じ学部に彼氏ができ、その男性とはしばらくして別れたが、就職して今度は職場の先輩社員と付き合うようになった。性格が合っていたようでその付き合いは長く続き、確か三年ほど続いていたと記憶している。
「結婚式には呼んでね」
「もちろん。でもまだ全然決まってないけどね」
 由衣子の彼氏には会ったことがある。どこか飄々としたところがある由衣子をどっしりと受けとめてくれそうな、懐の広そうなタイプの男性だった。そんな二人の結婚式を想像しながらほんわかした気分に浸っていると、ふっと由衣子の表情が少し案じるような雰囲気に変わった。
「明莉は? 何か進展あった?」
「進展? 何の?」
 何について言われているのか、さっぱり心当たりのなかった明莉は不思議そうに首を傾ける。
「ほら……あの社長と」
 その途端、今までのほんわかとした気持ちが一瞬にして霧散し、明莉は、ぎゅ、と心臓を掴まれたような心地に陥った。
「なにも……ないよ。ある訳ないじゃん」
 虚勢を張るように笑ったが、その声は少し弱々しいものになってしまった。明莉はそれを誤魔化すように、半分ほどに減ったアイスカフェオレに口をつける。
「じゃあもう……ふっきれ、てる?」
「……うん」
 由衣子の目を見ないまま、明莉は頷く。
「そっか。ならいいんだけど。ほら、もううちらって二十九歳になるじゃん。もちろんさあ、結婚の時期なんて人それぞれだし、焦ることなんて全然ないと思う。でもさ明莉はさあ、そろそろさあ……」
 珍しく言いにくそうに語尾を途切れさせた由衣子に明莉は何度も同意するように頭を上下させた。
「わ、わかってる」
 由衣子はそこでひたりと明莉に視線を定めた。
「別の人にも目を向けれる? 明莉さえその気になれば出会いなんてまだまだたくさんあると思うよ。でもさ、そうやって選べる時期にもある程度タイムリミットはあると思う。なんかさ、こんな話の後に言うのもって感じなんだけど、まあそろそろ考えた方がいいタイミングだと思うから」
「……うん」
 観念するように頷きを返した明莉に、由衣子は宣告をするかのような顔で口を開いた。

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