【4話】亡霊騎士と壁越しの愛を

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 しかし僅かな喜びは、続いた父の言葉で落胆に代わる事になる。
「前からガウスにミシェルを売り込んでいたんだ。引きこもり同士なら気が合うだろうし、お前を貰ってくれないかと顔を合わせるたび口説いていた」
「それって、もしや無理矢理頷かせただけなのでは……?」
 元国王――それも騎士団時代の元上官に『娘を嫁にしろ』と詰め寄られて、断れる騎士はいないだろう。
「そんな事はない、最後は笑顔で『ミシェル様を妻に』と言っていたぞ」
「人前で仮面を脱がない方なのでは?」
「仮面の下は笑顔だった……と思う」
「それ、絶対笑顔じゃないです」
 もし笑っていたとしても、引きつっていたに違いない。
「だが奴が同意したのは事実だ。それに奴が提示した結婚の条件は、お前にとっても良いものだと思うぞ」
「条件?」
「これだ」
 そう言って父が差し出したのは、男らしい字で書かれた結婚の承諾書である。
(これは、ガウス様が書いたものかしら?)
 受け取った承諾書には条件としてこう書かれていた。

『夫婦は両者が望まない限り、会話・接触(性交渉を含む)を強要せず、それぞれの生活を邪魔しない事』

「これって、会って話したりしなくて良い……という事です?」
「そうだ」
「性交渉もなしって事は結婚後の義務も……」
「果たさなくて良い。もちろん、お前たちが望めば別だが」
「お父様はこれを許可したのですか?」
「これくらいの条件がないと、お前もガウスも結婚しないつもりだったのだろう? ならば許可せざるを得ないし、ガウスならばお前の身の安全だけは保証出来るからな」
 どうせ結果が同じなら、安全な居場所と結婚という事実は作っておいた方が良いとレイスは思っているらしい。
「それに一緒に暮らしてみれば、愛情が芽生える可能性もあるだろ」
「でも、顔を合わせたり会話をしなくても良いんですよね?」
「それでも、壁越しに育まれる愛があるかもしれない」
 さすがにあり得ないだろうと思ったが、口にしなかったのは提示された条件がミシェルにとっても都合が良いものだったからだ。
(結婚しても引きこもっていられるなんて、私にぴったりだわ)
 そしてガウスもまた同じように考えているのだとしたら、彼はミシェルに必要以上に干渉してこないだろう。
 父や家族はミシェルに甘く、結婚を勧められたのはこれが初めてだが、王女である限りいずれは嫁ぐ事になるだろうと覚悟はしていた。
 ならば普通の相手より、自分と共通点のある変わり者に嫁いだ方が良いに違いない。
「私、ガウス様と結婚します」
「本当か!」
「ですがその……、私からも条件がございます」
「なんでも言え。お前が結婚してくれるなら願いは何でも叶えてやる」
「結婚式はなしにしてください。庶民の方は、書類に名前を書いて終わりにするのでしょう?」
「いやしかし、せめてドレスくらい……」
「私はもちろん、ガウス様もそう望むはずです。ですから出来るだけ注目を集めずに済ませたいのです」
 レイスは不満そうだったが、ミシェルがじっと見つめれば最後は折れてくれる。
「まあ式だけならあとでも出来るしな」
「絶対しませんよ」
「この世の中に、絶対なんて事はないさ」
 父は笑ったが、ミシェルはあり得ないと断言したのだった。

   ◇◇◇      ◇◇◇

 ヘイムの北の外れ、魔力が一際濃い湿地帯の奥にガウスは屋敷を構えている。
 王都からは距離があるが、ガウスは長距離を一瞬で移動出来る移動魔法が使えるらしいので不便はないのだろう。
 家から一歩も外に出る気がない上に人間が苦手なミシェルにとっても、人気のない場所にある屋敷はなかなかに居心地が良かった。
「それになにより、お屋敷の後ろにある沼地が良いわ……」
「そんな事を言うのはミシェル様くらいのものですよ。いつも霧に覆われているし、バケモノでも出てきそうであたしは怖いです」
 侍女としてついてきたジェーンは老いた顔をしかめながらため息をつくが、ミシェルは「そこがいいのに」と上機嫌だった。
「いっそ、なにか出てこないかしら」
「ご冗談でもよしてください。ほら、ご朝食をお持ちしますから早く着替えてくださいまし」
「ねえ、音楽を聴きながら食べてもいい?」
「構いませんが、まずはお着替えをなさってください」
 ジェーンの手を借り着替えを済ませると、ミシェルは城から持ってきた蓄音機とレコードの山の前にしゃがみ込む。
 レコードは、あまり贅沢をしないミシェルの数少ない収集品だ。
 ヘイムで開発された蓄音機は、本来ならば使うのに魔力がいる。けれど父が改良してくれたものなので、魔力のほとんどを失ったミシェルでも簡単に操作する事が出来るのだ。
 それでかけるのは、西の大国『ステイツ』で流行っている『ジャズ』というジャンルの音楽だ。

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