【5話】亡霊騎士と壁越しの愛を

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 トランペットなど管楽器が主体となった音楽で、ステイツでは酒場や町中などで演奏されるらしい。ヘイムではまだ馴染みがないジャズを低俗だと言う人もいるけれど、突き抜けるような管楽器の音色と軽快なリズムがミシェルは好きだった。
 誰もいないときは音楽を聴きながら、運動がてら一人で踊る事もある。
 長いこと感情を抑えてきたせいで表情が変わらないため、ミシェルが踊る様は少々間抜けに見える。だが、あいにく部屋に入ってくるのはジェーンくらいなものだし、彼女はむしろ不気味な怪奇小説を読んでいるときより音楽に合わせて踊っているときの方が機嫌が良い。
 だから朝食が運ばれてくる前に、音楽に合わせて軽く身体を動かそうかと思い、ダンス用のナンバーをいくつか取り出す。
(朝だし、ピアノとトランペットがメインの曲にしようかしら)
 などと考えながら一枚のレコードを取り出し、さっそく蓄音機にセットする。
「あれ……」
 しかしレコードをセットしようとしたミシェルは、そこでハッと動きを止める。
 レコードはまだ回ってさえいないのに、今まさにかけようと思っていた曲がどこからか聞こえてきたのだ。
 耳を澄ませると、それは壁の向こうから聞こえてくるようだ。
 もっとよく確認しようと壁に耳を当ててみると、確かにミシェルが大好きなジャズの音色が響いている。
(でもこれ、私の持っているレコードとアレンジが違う。もしかして、別のバンドが演奏したものなのかしら)
 ジャズは同じ曲でも奏者によって雰囲気がだいぶ変わる。その違いを楽しめるのも、ジャズの魅力だ。
(あああ、このトランペット凄く素敵。ピアノはちょっと軽いけど、これはこれで悪くないわ)
 いったい誰が演奏したものなのだろうと俄然興味が湧いたが、部屋を出て聞きに行く勇気はない。
 しかし誰がかけているのかはわからないが、選曲の良さを賞賛したい気持ちが芽生え、ミシェルはレコードの棚に飛んでいく。
 その中から引っ張り出したのは、賛美歌を元にしたジャズのレコードだ。ステイツでは有名なもので、『あなたの音楽にキスを』というタイトルだ。
 もし相手がこの曲を知っているのなら、ミシェルが選曲を褒めた事に気づいてくれるかもしれない。
 そんな思いで隣の部屋から曲が途絶えたタイミングで、ミシェルもレコードをかける。
 だがその直後、あまりに予想外の事が起こった。
 曲が流れてすぐ、屋敷がドンッと大きく揺れ、もの凄い倒壊音が隣の部屋から響いたのだ。続いて、誰かが廊下を走ってくる足音が響く。
「旦那様!! 朝っぱらから暗黒魔法を暴発させるなと、何度言わせれば気が済むんですか!」
 聞こえてきたのは、昨日ミシェルを大歓迎で屋敷に迎え入れてくれた家令の声である。
「お隣には奥様もいらっしゃるのですよ! びっくりして逃げ出されたらどうするおつもりです!」
 どうやら今の音はミシェルの夫ガウスが出したものらしいとわかる。
 驚いていると、朝食を手にジェーンが戻ってくる。青い顔をしているところを見ると、今の音に彼女も相当驚いたらしい。
「ご無事ですか?」
「わ、私は大丈夫だけど、何があったの……」
「旦那様が魔法を暴発させたそうです。旦那様もミシェル様同様に魔力が感情に呼応するタイプのようで、時々ですが魔法が意図せず発動してしまうのだとか……」
 危険ですねぇとジェーンは不安そうにしているが、それ以上に気になる事にミシェルは気づいてしまう。
「ねえジェーン、もしかして旦那様はお隣の部屋にいるの?」
「当たり前でしょう。お二人の事を配慮して扉は閉めていますが、元々ここは夫婦用に作られた続き部屋ですよ?」
 そう言ってジェーンが指さしたのは、先ほどまで音楽が聞こえていた壁である。
(じゃあ、さっきレコードをかけていたのは旦那様なの?)
 ここに来て初めて、ミシェルは未だ顔を合わせた事のない自分の夫に興味を覚えた。
「ですが扉は閉めておいて正解かもしれませんね。あんな大きな音が立つほどの魔法を放つなんて、旦那様は危険人物に違いないわ」
 そんな事を言いながらジェーンはテキパキと朝食の用意をする。
 目ではその動きを追いながらも、ミシェルの意識は家令にひどく怒られている自分の夫へと向かっていた。

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