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【2話】お薬の時間です!~狼騎士隊長の担当看護師に任命されました~

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 ヤマトは昔、薬学の研究者として王城勤めをしていたほど優秀なのにもかかわらず、自分の好きな研究だけをしたいからと言って、町医者になった変わり者だ。
 しかも没頭すると寝食すら忘れてしまうので、寝不足や貧血で倒れたヤマトをニーナが寝台まで運ぶ事数十回。まさに医者の不養生をそのまま体現したような人物だった。
 最近も何やら新しい薬を研究しているらしく、昨日ニーナが散々言っておいたにもかかわらず、結局徹夜したのだろう。
(もう、先生ったら! マリアさんにまた叱ってもらわなきゃ!)
 マリアというのは、街で人気のパン屋に嫁にいったヤマトの娘だ。母親を早くに亡くしているせいかしっかりした娘で、結婚するまでニーナに看護師としての知識と技能を叩き込んでくれた先輩でもあった。
 研究馬鹿にくわえて、男やもめである父が心配らしく、嫁にいってからも一週間に一度は診療所に顔を出し、だらしないヤマトを叱り飛ばしている。
 そして毎回ニーナに『逃げないでね?』『お父さんをよろしくね?』と念を押しては、お菓子を差し入れてくれるのだ。甘いものが大好きなニーナにとっては、ちょっとした楽しみの一つになっていた。
 マリアの賄賂……いや、気遣いなのだろうが、今のところニーナに診療所を辞める理由はない。だらしないヤマトに呆れる事はあるが、全く言う事を聞かなかった弟達より百倍マシである。
 ほどなくして二階から、ぎしっと床を踏む軋んだ音が聞こえた事を確認してから、ニーナは裏口すぐ近くの小さな部屋の扉を開けた。
 元は裁縫室だったらしいそこは、今ではニーナの更衣室だ。予備のシーツや備品が積み上げられた一角で、ニーナは身支度を整える……とは言っても、下ろしていた髪を纏めてボンネットを被り、白いエプロンを身につけるだけなので、五分もあれば完了だ。
 おかしなところはないかと姿見の前に立てば、そこにいるのは『ヤマト診療所のしっかりした看護師ニーナ』だった。五人姉弟の長女に生まれたせいか、もはや『しっかりした』というのは、幼い頃から常にニーナにくっついてきた枕詞だ。
 ……嫌でもないが、嬉しくもないそれは、いつからか『可愛げがない』に変わっていた事を知ったのは、つい昨日の事。
 仕事帰りに近くの食堂で隣り合わせた客の話を偶然聞いてしまい、発覚したのである。
『あんな可愛げのないババア、誰が嫁に貰うんだよ!』
 よくよく確認すれば、その前の日に擦り傷でぎゃあぎゃあ叫んで、並んでいた子供を押しのけ、診察室に乗り込んできた大工の男だった。ただの擦り傷だと診断した後も、椅子を空けようとしない男に少々苛立ち、頸動脈けいどうみゃくを指で撫でながら『手元が狂ったら入院する事になりそうですね?』と、にっこり脅したのが悪かったのだろうが――。
 しかしまだ二十歳であるニーナに『ババア』とは言い過ぎだが、心当たりがない訳ではない。
(ひっつめてボンネットに全部髪の毛を押し込んじゃうのが、年上に見られる原因なんだろうけど……)
 カウンターの真横にいたのにもかかわらず、男が気付かなかった事から察するに、看護師姿のニーナは相当老けて見えたのだろう。
 ――その後同じように聞いていた食堂の肝っ玉の据わった女将が、男を蹴り飛ばして追い出してくれたのだが、それでもニーナの心が晴れる事はなかった。
 結婚適齢期真っ只中にいるニーナだが、いわゆる恋人いない歴イコール年齢でも焦らずに済んでいるのは、このまま独身でも一人で暮らしていけるだけの稼ぎがあるからだ。
 しかし、別に頑なに一生独身でいたいと思っている訳ではない。一年前に実家に戻った時も、両親は口を揃えて、『こっちに戻ってもうそろそろ結婚したら?』なんて無邪気に促してくるし、口の悪い弟達は『おっそろしーねーちゃんと結婚してくれるような人、いるわけないじゃん!』などとのたまう始末。
 ニーナだってうら若き乙女だ。素敵な人がいるのなら普通に結婚したいが、なにせ毎日が忙しく出逢いがない。週に一度の休みも家の掃除や食料品の纏め買い……と細々とした事に時間を取られて、一日があっという間に終わってしまう。
 そんなこんなで、『一生独身だったらどうしよう……』と思考の迷路に陥り、孤独死という人生の終盤まで想像してしまい、眠ったのは明け方近く。つまりそれが今日寝過ごしてしまった理由だった。
 ――なので少し埃の被った姿見に映るニーナの顔は、どことなく暗い。
 唯一の自慢である母譲りの明るいミルクティー色の髪も、丁寧に梳かす暇もなかったので、ボンネットからふわふわと幾筋も零れていた。
「世間はほつれ髪が色っぽいって流行りなのに……」
 ニーナがやれば、ただの生活に疲れたおばさんである。『こなれ感』というものがどこかに売っているのならば、お金を払ってでも買いたいものだ。
 そうして、後れ毛をしっかりとボンネットにしまい込むと、『しっかりした看護師ニーナ』へと頭を切り替えた。

 診察室や待合室の掃除の類は昨日には済ませているので、少なくなってきた薬の在庫をリスト化していく。
 その後、予備の医療器具を丁寧に消毒していると、二階へ続く階段からヤマトがのっそりと下りてきた。かろうじて白衣を身に着けているものの、その下のシャツは草臥くたびれていてズボンからはみ出しており、ニーナはそれこそ弟にしていたように腰に手を当てた。
「もう、先生! そんな格好で患者さんの前に出たら、駄目って言ってるじゃないですか!」
 そう注意すれば、ヤマトは「朝から元気じゃのぉ」と肩を竦ませて、適当にシャツを押し込むとそそくさと診察室へ入っていった。

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