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【5話】お薬の時間です!~狼騎士隊長の担当看護師に任命されました~

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 後ずさってしまいたいくらい強烈な視線に、思わず回れ右して部屋から出て行きたくなったが、投与しなければならない薬がある。何かやってしまったかと、自分の行動を振り返ったニーナだが今来たばかりだ。心当たりなどあるはずもない。
 ニーナは心の中で三つ数えて自分を落ち着かせ、口を開いた。
「……あの、驚かせてしまって申し訳ありませんでした。ヤマト先生の診療所で看護師をやっているニーナです」
 とりあえず状況を説明する。もしかしたらヤマトが言っていた患者は彼ではないかもしれない、と一瞬思ったものの、こちらを見る獣人の男の顔は熱に浮かされたように火照っている。男性にしては長い銀の睫毛に縁取られた目元まで赤く潤んでいるので、間違いなく発熱しているだろう。分かりやすく患者。間違いない。
 しかし、それにしても、だ。
(……かっこいい顔だわ)
 そんな場合ではないと分かっていながら心の中で唸る。
 今でこそ汗で張り付いているが、癖のない銀色の髪に厳かな深緑色の瞳。すっと伸びた鼻梁は男らしく少し厚い唇も形が良い。さすが獣人、というような精悍で整った顔立ちだった。――なので、そんな造形の彼に穴が空くほど凝視されると、逆に迫力いっぱいで怖い。
(……勝手に寝室に入った事に怒っているのかしら。もしくは発作からくる痛みで意識が朦朧としてるか……あ、拘束は彼の同意のものじゃなくて起きたらこんな状態で驚いたのかも)
 尚も継続中である厳しい視線に、眉をひそめたニーナは思考を巡らせる。
 治療中に発作や何らかの中毒症状が出て、暴れる患者は時々いる。こうして拘束する事も適切な治療を受けるために必要な場合もある。
 ニーナは一旦サイドボードに鞄を置き、中から薬瓶を取り出した。持ち込んだ銀のトレイに注射に使うガーゼや消毒液……いわゆる注射セットを並べていく。
「今から注射を打ちますね……、ぁ」
 安心させるように穏やかに呼びかける。ニーナは普段そうしているように名前を呼ぼうとしたが、獣人の男の名前すら聞いていなかった事に気付いた。渡されていたヤマトのメモには住所しか書いておらず、自然と誤魔化すように言葉が尻つぼみになってしまった。
 曖昧な声掛けが気に入らなかったのか、獣人の男はニーナを睨んだまま、ぐうっと大きく背中を丸めた。まるで今にも飛び掛かってきそうな態勢に、ニーナは一旦後ろに下がって避難する。
(ちょ……っ怖い! さっきの執事さん呼んできた方がいい? もう! どうしたらいいのよ!)
 見るからに立派で丈夫そうな寝台だというのに、大きな地震がきたようだ。ぎしぎしっと大きく揺らされ天蓋が大きく傾いた。
 ぎょっとしたニーナは再び寝台に駆け寄り、手を伸ばして男の上半身を押さえつけた。
「危ない! 暴れないでください!」
 そう言いつつも、てっきり身体を捩って振り払われるのを覚悟していた――が、意外な事に、ニーナが叫んだ途端、ぴたっと男の身体は固まったように静止した。
 あまりにも唐突だったので、男の手を掴もうとしていたニーナの手が空振り、中途半端に宙を掻いた程だ。
(んん? ……聞いてくれたって事……?)
 少々拍子抜けしたニーナは、おそるおそる寝台に膝を置き乗り上げ、男の顔を上から覗き込んでみる。
 熱に浮かされてぼんやりと天蓋を見ていた獣人の男は、視界に入ってきたニーナを見とめると、先ほどまでの暴れっぷりが嘘のように身体から力を抜いた。そして。
 銀色の大きな耳もくたりと後ろに倒れ、暴力的で近寄り難かった雰囲気が、たちどころに柔らかくなる。細まった深緑の瞳が穏やかに綻んで溶けていくような、無防備な笑みを向けられ、ニーナは呆気に取られ男を見つめ返した。
(……なんか可愛い……)
 つい先程まで睨まれていた反動か、完全に面食らってしまい、妙な照れ臭さを覚えさせた。
 そんなニーナの心の中を知ってか知らずか、獣人の男は汗ばんだ額の銀髪を振り払うように首を振った。その拍子に手首に触れた柔らかな感触は男の獣耳らしい。
(うわ……もふもふ……。……撫でくり回したい……)
 思いがけない久しぶりの癒し要素に、ニーナの指が一瞬撫でようとして宙に浮く。
 ここ最近忙しかったし、特に昨日は手痛い精神ダメージを受けたので、余計にそう思えたのかもしれない。もともとニーナは動物も子供も好きだ。特に牧羊犬達は生まれた時から側にいたのもあって、家族同然の親しみを感じていた。ニーナが実家に帰ると、身体を撫でろ、とでもいうように競って足に頭をぐりぐり押しつけてくる懐っこさ……。二年前一番可愛がってきたヨーゼフが死んだと聞いた時は三日三晩泣いたものだ。
 ヨーゼフの毛皮によく似た獣人の男の髪色を改めて見つめて、ほうっと息を吐く。
 ……きっと彼は高い熱で朦朧としているのだろう。そうでもなければ、初対面の女にこんな風に笑いかける必要なんてないし、もしや恋人の夢でも見ているのかもしれない。
 しかし落ち着いているのなら、今がチャンスだ。
「注射しましょうね。きっと楽になりますから」
 そう声を掛けると、獣人の男の瞳にふっと力が戻った。今度こそ深緑色の瞳にニーナがしっかりと映っている。
 ちゃんと大人しくしていてくれそうだ、と確信したニーナは急いで銀のトレイにセットした注射を掴んだ。慎重に薬瓶から薬を吸引する。
 注射を打つには大きな寝台は広すぎる。少し迷ってからニーナは、獣人の男に話しかけた。
「寝台に上がらせてもらいますね」
 一応そう断ったニーナはブーツを脱ぎ捨て、トレイを手に持ち、寝台に上がり込んだ。

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