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【2話】溺甘弁護士の真摯なプロポーズ~三年越しの約束を、もう一度~

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 合格率が三十パーセントという狭き門だというのは百も承知だし、ストレートで合格できるなんて最初から考えてはいなかった。だけど三度目となれば焦りは出てくる。
 司法試験の受験資格は、法科大学院修了後五年以内。試験は年に一回しかないので、受験資格を得てから五年のうちに、最高五回の受験機会が認められている。
 私が試験を受けられるのは今年を含めてあと三回だ。
 弁護士を志すようになったきっかけの人物である我妻先生は、二度目の司法試験で合格したそうだ。
 父親の不倫が原因で両親は離婚し、母親とふたりで慎ましく暮らしてきた。
 慎ましくといっても、希望する大学に入学して法科大学院まで通うことができたのは、父親から慰謝料を受け取り、成人するまでしっかりと養育費を払ってもらえたからである。
 それもこれも裁判が有利に展開するように、手助けしてくださった我妻先生のおかげだ。それだけでも頭が上がらないというのに、法科大学院修了後に自分の勤めている事務所に来なさいと仰ってくれて感謝しかない。
 そしてもうひとり感謝している人物がいる。
 司法試験に二度落ちても腐らず今も前を向いていられるのは、彼のおかげだ。
「珍しいですね。あさひさんの方が先に着いていますよ」
 文乃ちゃんの声にその場で立ち止まり、駅構内の入り口の一点に目を向けた。
「いつ見ても惚れ惚れしますね……」
 柱を背にして佇む、ネイビーのスーツをパリッと着た黒髪の男性を眺めて、文乃ちゃんは感嘆の声を漏らす。
 彼を視界に捉えた瞬間、胸がギュッと鷲掴みにされたように痛んで息がしづらくなった。
 今年で交際八年目を迎えるというのに、いまだ彼に胸をときめかせている。
 付き合い始めたのは私が大学二年生で彼が大学四年生の初夏。
 大学に入学して、英語を中心とする語学サークルで知り合った旭に一目惚れをした私は、迷惑にならない程度にアプローチを続け、二年間の片想いを経て彼から告白してもらった。
 旭は、『最初は妹のように思っていたけど、二年間なんだかんだ一緒にいるうちに好きになった』と言っていた。
 こういうのを粘り勝ちというのだろうか。女性陣の憧れの的である旭に告白をされたときは、うれしさよりも衝撃が大きくて卒倒しかけた。
 腰を抜かした私を、とても心配して介抱してくれたんだよね。
 当時を思い出しながら彼のもとまで歩み寄ると、私たちに目を留めた綺麗な顔がほころぶ。
「お疲れさま」
 周りの喧騒なんて関係なく、旭の甘い声は耳に真っ直ぐ届き、たったひと言聞いただけなのに鳥肌が立ちそうになった。
「今日は早いですね」
 文乃ちゃんの言葉に、旭は「ああ」とうなずく。
「久しぶりに莉奈と食事に行くから、定時ちょうどで上がった」
 さらっと放たれた台詞に顔が熱くなる。
「めちゃくちゃ素敵な彼氏!」
 文乃ちゃんが私の心の声を代弁してくれて、思わずこくこくと頭を上下に動かしていた。
 旭はおかしそうにクスクスと声を立て、優しく細めた目を私たちに向ける。
 本当にそう思う。私にはもったいない人だ。
「それじゃあ私はここで失礼しますね」
「うん。また明日」
 文乃ちゃんは私たちに手を振って、駅構内を行き交う人の波に消えていった。
「三十分は待つかなって思っていたんだけど」
 身長百七十八センチの旭を見上げて目を瞬かせる。
 弁護士である彼、藤崎ふじさき旭が、仕事帰りに私より先に待ち合わせ場所にいるのは稀だ。
「今日は特別な日だろ。さすがに莉奈を待たせるような真似はしないって」
「そっか。ありがとう」
 多忙の身である旭の心遣いが胸にじんと染みて頬が緩む。
 今日は四月生まれの私と、この春で三十歳になった旭の誕生日のお祝いをすることになっている。
 それぞれの誕生日当日にお祝いしたかったけれど、仕事があるしそうは言っていられない。
「行こうか」
 旭が私の手に指を絡ませる。長くてごつごつした男性的な手はとても魅力的で、私が好きな彼の身体の部位トップスリーに入る。
 旭はアイドル顔と呼ばれる類の美形で中性っぽい顔立ちだ。笑顔が優しく、全身から甘い雰囲気が漂っている。
 だからこそ節くれ立った指や、美しい首筋に浮かぶ喉仏、細身なのにバキバキに割れている腹筋など、男性的な部分を見せられるとギャップにやられてしまう。

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