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【3話】お薬の時間です!~狼騎士隊長の担当看護師に任命されました~

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 ニーナも溜息をつき最後の消毒を終えて、診察室に入り所定の位置に戻す。
 その隣で億劫そうに今日の予約分のカルテを見ていたヤマトが大きな欠伸をした。そして眠気を覚ますように瞼を何度も瞬かせた後、思い出したように視線を上げた。
「そうじゃニーナ。診療前にちょっと話があるんじゃがいいかの?」
「はい……?」
 珍しく置かれた前置きに首を傾げつつ、ニーナはヤマトのそばへ歩み寄ると、促されるまま患者席に座った。
 そして数分後。

「私が、ですか?」
 ヤマトの話は至極単純だった。
 夕方の決められた時間にヤマトの知り合いの家に往診し、注射を打って欲しい――との事で、話自体はそう珍しくない内容である。
 ヤマトが調合した薬は生薬も多く、混ぜ合わせてから一定期間内に服用しなければならない薬は、患者にも何度か処方していた。
「診療所に来れないくらい重篤じゅうとくな患者さんなんですか?」
「重篤……まぁ、そういう事になるかの。それよりもな? 今回患者に処方する薬は儂が新しく開発した薬なんじゃ。じゃからニーナには、薬を投与してから三十分は患者の側にいて、経過観察してもらいたいんじゃよ」
「はぁ……」
 どこか得意そうに言ったヤマトにニーナは曖昧に頷く。
 渡されたメモに書かれた患者の家は、特に遠くもない。経過観察し特に際立った変化がなければそのまま家に帰ってもいいとまで言ってくれているので、勤務時間は普段よりずっと短いくらいだ。その上、患者はお金持ちで手間賃としてニーナにも――ちょっと驚くくらいの金額をくれるらしい。
 実はつい先日、ニーナは万年新婚夫婦の両親から六人目が出来た、との手紙を受け取ったばかりなのである。お祝いがてら先立つものを送ってやりたいと思っていたところなので、まさに渡りに船の申し出だった。
「ああ、それに患者は男じゃが、同じ建物に同僚が何人も詰めておるから安心せい。まぁそんな事をする男でもないしな」
「そうなんですね……」
 同僚が詰めている、という事は、どこかの大店の寮か何かなのだろうか。
 しかしそれならば何も心配はない。むしろ貴重な臨時収入である。
 ついでに診療所はニーナの代わりに、マリアが夕方にやって来て後片付けをしてくれるそうだ。むしろ二年前まで現役の看護師だったマリアならニーナ以上にてきぱきと仕事を終わらせてくれるだろう。
(お金以外にも何か送れそうだわ……何を買おう? 新しい産着? それよりもお母さんに滋養のあるものを送る方がいいかしら?)
 ニーナは思いがけない臨時収入にほくほく気分で、薬を届ける事を了承したのだった。

     *

 その日の夕方。
「……本当に、ここ?」
 ニーナは貴族街でこそないものの、賑やかな通りから少し離れた場所にそびえ立つ大邸宅を見上げて、顔を引き攣らせた。
 何度も視線を往復させてヤマトから渡されたメモと、玄関扉の横の鉄板に記された数字を確認する。何度見てもここがヤマトの知り合いである患者の住居である事は間違いない。
 生まれた時から庶民であるニーナには、かなり敷居が高い建物で、玄関口に使われている大理石に乗る事すら躊躇してしまう。
 よく磨き込まれた大理石の床は、強張ったニーナの顔を映しており、凝った玄関明かりも真鍮の取っ手やドアノッカーまで、それほど詳しくないニーナが一目でわかる程、高価なものだ。……確実に足を踏み入れるには前日から心の準備が必要な建物である。
(ちょっとヤマト先生! こんなに立派なお屋敷に住んでるような患者さんだって、最初に言っといてください!)
 つい三十分前、少し早めに診療所にやって来たマリアと共に、見送ってくれたヤマトの顔を思い出して頭を抱える。
「……ああ、もう」
 とはいうものの、こんなところでぼうっとしているわけにもいかない。何しろ今ニーナが持っている薬は、時間制限があるのだ。効果が薄れたり、なくなってしまえば困るのはヤマトではなく、患者である。
 ヤマト曰く患者の病にはまだ名前がついておらず、先天性であり感染する事はないが、不定期に発作に襲われるらしい。特効薬はまだ開発されておらず、ニーナが持っている薬が試薬第一号という事で責任重大なのだ。
『それくらい重要な仕事なら、最初くらいヤマト先生が行った方がいいんじゃないですか?』
『いや、その……う、な。……ああ! 実はその薬、抽出するのに酷く時間がかかるんじゃよ。直接様子を見たいのはヤマヤマなんじゃが、こちらも目が離せなくてな。すまんが、儂の分もしっかり観察してきておくれ』
 患者の病状について説明された時の会話を思い出せば、なんとなく……いや確実に、何か企んでいるような物言いだと今更気付いてしまった。
(……訪問先が大豪邸だって知ってたからかな?)
 前もって患者は貴族か、金持ちだと言われていたら、おそらくニーナは断っていただろう。使用人だという可能性も残っているが、そういった場合、裏口から来るように促されるものだ。
 しかしあの態度なら他にも何かありそうだ。指定された時間まで余裕がなかったので、そのまま話を切り上げて診療所を出てしまったが、明日はきっちり問い質さなければ。

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