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【2話】高良さんに逆らえません!~過保護な俺様社長は甘すぎて危険。~

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 明莉は現在二十八歳。ACTで働き始めて六年が経っていた。ここで働くことになったのはちょっとした縁からだ。大学時代のゼミ仲間でもあった友人の兄が高良の後輩だったのだ。当時、明莉は自分の進みたい道が決められず、業界選びに迷っている内に就職活動に出遅れ、そのスタートの悪さを引きずってなかなか就職が決まらず困っていた。それを見かねた友人が、いい会社があるとACTを紹介したのだ。
 ACTは当時人材不足に陥っていた。高良が手掛けた電車内ビジョン広告が「思わず見入ってしまう」と話題になり、一躍注目を浴びたところだったからだ。その反響は凄まじく、新規案件が次々と舞い込み、それまでの社員だけではとても回せず、何件も断る羽目に陥ったとも聞いている。
 タイミングが良かったのだろうと、今考えれば明莉は思う。もちろんそれなりの選考はあったが明莉は面接をパスし、大学卒業とともにACTへと就職した。
 入社して一年はひたすら雑用だった。制作はチームで行う。人手が足りないチームのアシスタントとしていくつかのチームをぐるぐると回され、割り振られた仕事を必死にこなす。最初は右も左も分からずきついこともあったが、そうやってやっている内にどのようにして案件を回しているのか、動画やコンテンツを作っているのかが分かってくる。自分がどのように動けばいいのかが分かってくると、仕事に楽しさややりがいを覚えるようになった。
 そうやって過ごして入社から二年ほどが経過したある時、驚くべきことが起こった。いきなり、高良の専属アシスタントに抜擢されたのだ。
 それは、明莉にとって寝耳に水のような話だった。それまで高良とは、時折声を掛けられるぐらいの間柄で、もちろん仕事上では全く関わってなかった。何と言っても高良は社長で、自分はただの一社員。言葉を交わすのだって、ACTがそこまで大きい会社ではないから、おそらく高良の従業員への声かけの一環に過ぎない程度のものだった。自分がはっきりと高良に存在を認識されているとは思っておらず、明莉はこの突然の抜擢に相当戸惑った。
 世間から注目を集めた、高良の手掛けた広告は明莉も見たことがあった。
 何のCMなのか、一目では分からないような謎めいた導入で始まり、何となく惹き付けられて見ていると、途中であっと思う形でそれが分かる。その構成や展開が見事で、記憶にはっきりと残っていた。友人から紹介され、そのCMを作った会社だと知って面接を受けようと思った理由だって、CMの印象に寄るところが大きかったところもある。そんな人々の記憶に残るようなすごいものを作っている会社で自分も働いてみたいと思ったのだ。
 だから、高良は明莉の憧れの人物ではあった。能力が秀でているのはもちろん、ACTの前は大手の広告代理店に勤めていて、そこでもかなり優秀だったらしい。そんな華々しい経歴を持つ、雲の上のような人物。そんな人物のアシスタントに、まだまだ経験の浅い自分が抜擢されたのだ。
 しかもこの抜擢は高良の気まぐれや適当な人選の上のものでは決してなかった。会社が拡大するにつれて、高良の忙しさは年々ひどくなっていった。これ以上自分だけで回していくのは困難で、細々としたことをしてくれる、秘書のような存在が必要だと思った高良は社内でそれに適した人物を探していたらしい。
 けれど、あまり重要なポジションに就いている者は、自分の専属にはできない。それはそれで仕事が回らなくなるからだ。そこで白羽の矢を立てたのが明莉だった。高良曰く、明莉は全体を見て仕事をしているというのだ。周りを見て自分が何をすればいいのかが判断できる。細かいことによく気付く。高良があたりをつけて見ていた数名の中で、一番、アシスタント業務に適した能力があったと言われた。
 それを聞いた時、内心、明莉はとても舞い上がった。憧れの人物に自分の仕事ぶりを認められる。こんなに嬉しいことはない。性格的に決して自分に自信があるようなタイプではなかったが、そんな風に言ってもらえるなら、がっかりされないように死ぬ気で頑張ろうとまで思った。
 しかし、それからの毎日は想像以上に苦難の連続だった。高良は仕事に厳しかったし、行わなければいけない業務もそれまでとはレベルが違っていて、分からないことや戸惑うことも多かった。けれど当然ながら、忙しい高良に手取り足取り教えてもらう訳になんていかない。しかも高良はそんな細やかな面倒見のいいタイプでもなかった。
 できないなんて言わせない。高良には有無を言わせないような雰囲気があった。初日から気遣いも一切なく次々と仕事を覚えさせられた。そして、明莉はすぐに高良のその性格を知ることとなる。確かに仕事はできる。感性も鋭い。遠くから見ている時は、どこか豪快な雰囲気も漂わせていた彼だったが、自分の主張を突き通すことに長けた俺様タイプだったのだ。
 それは特に明莉に対する態度に顕著で、しかも年数を経て段々とエスカレートさえしているように感じていた。見ていると、他の社員にはそうでもないのだ。ある程度仕事のやり方を分かってくるようになるまでは、本当に毎日必死だった。それでも何とかアシスタントから外されることなくこれまでやってきた。さすがに今は大体のことは対処できるようになったが、それでも時折、こうやって右往左往させられることがある。
「これ、差し入れです」
 佐和田が手に持っていたものをちょこんと明莉のデスクに載せた。見るとそれはチョコレートの小袋だった。七海さん、がんばって、と言って佐和田は励ますように笑った。
「ありがとう」
「あ、そういや、小川おがわさんところ思ったよりも早く今の案件終わりそうだって言ってましたよ」
「え、それってほんと!?」
 どうやら佐和田の本当の差し入れはこちらの情報だったようだ。明莉は弾かれたように佐和田を見た。
「はい。さっき話してましたよ」
 佐和田は意味ありげに頷く。彼女は手配関係の業務を請け負っている。だから幅広く社内で人と関わっていて、情報が早いのだ。明莉は高良のスケジュール管理をしている関係で高良が関わる案件の進行を把握、時には調整を行わなければならないが、たまに制作チームと上手く折り合いがつかない時がある。そんな時に佐和田からのちょっとした情報がすごく役立つことがあるのだ。

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