【試し読み】宮廷薬剤師の過保護な執愛~花開く幼馴染の煌めく祈り~(上)
あらすじ
宮廷でも評判のオートクチュールを扱うメゾン・アルバートル。先代の母のあとを継ぎ、クチュリエール(女性裁縫師)となったチャーリーはアトリエで多くのお針子を抱え、さまざまな顧客と向き合う毎日。そのメゾンを古くから贔屓にしてくれているブルーエ公爵家の子息・ジェラルドとは幼馴染。彼は士官学校に進んだが今は宮廷薬剤師となり、チャーリーの家に居候している。チャーリーの胸には彼への想いを閉じ込めた小瓶が──『貴族に深入りしては駄目よ』亡き母の言葉にとらわれながらも、ジェラルドに迫られ距離は縮まるばかりで……。その一方、メゾンではなにやら不穏な空気が流れはじめ……!?
登場人物
貴族人気が高いオートクチュール工房のクチュリエール。幼馴染のジェラルドに密かに恋をしているが…
宮廷薬剤師。身分の違いからか、自分と一定の距離を保とうとするチャーリーの体調や心を気遣う。
試し読み
どこかの国の言葉では、このガラス粒のことを〝祈り〟と呼ぶらしい。
布地に咲き誇るモチーフが、その煌めく一粒一粒の祈りの答えならば、わたしの願いは粒子を繋ぐ糸が切れて地面に散らばっているだろう。
決して花開くことはなく──
馬車や車が行き交う大通りには、多くの洋服店が軒を連ねている。
各店舗の陳列窓では、煌びやかな衣装を着たマネキンが人々の視線を誘っていた。
「停めてちょうだい」
馬車の窓から、それらを流し見ていた貴婦人が御者に命じる。
蹄と車輪の音が、ある店の前で止まった。
御者にエスコートされ、つばの大きな帽子を被った貴婦人は、扉の向こうに足を踏み入れた。
「あら? ここはオートクチュールのメゾンでは、なかったかしら」
洋服店の中を見回し、扇子を手にした貴婦人がつぶやいた。
店内にはハンガーに掛けられた様々なデザインと豊富なサイズのドレスやスーツが、ずらりと並んでいる。
「これからはプレタポルテの時代ですよ」
ドレスを物色する彼女に、オーナーの中年男性は得意げに答えた。
オールバックの髪にネクタイを締めた中肉中背の姿は、いかにもやり手な印象である。貴婦人が手にしたドレスの襟首には〝qualité〟と店名が刺繍されたタグが縫いつけられていた。「このご時世に、いちから手作業なんて時代遅れですよ」オーナーはふんぞり返る。
「機械に任せれば質の高いドレスやスーツが大量に作れます。そのぶん価格も抑えられますし、手仕事服と同じくフルオーダーも可能ですよ」
顧客を逃すまいと彼は畳みかけるも、ドレスは貴婦人の手からその群れへと戻された。
「その時代遅れを仕立てている組合に所属したままでいいの?」
「……特に入会資格は、ありませんからね。脱退資格もありません」
一瞬、眉を顰めるが、オーナーは他人事のように両腕を上げる。
「でも、メゾン・アルバートルは今も続けているわよ。シャルロット・アルバートルのオートクチュールは宮廷内でも大評判よ」
その言葉に彼の眉毛がピクっと吊りあがった。こびへつらっていたセールストークがわずかに綻びる。
「あそこは先代が死んで、今は、その娘が後を継いでいますが。あんな小娘、ブルーエ公爵家の援助がなければ、とっくに店を潰していますよ」
「もう! いつまでこのままなワケ!?」
メゾン・アルバートルの試着室に女性のヒステリックな叫びが響き渡る。
声の主は、本日ブライダル・ガウンの打ち合わせで来店していた貴族令嬢だ。
本生地で仮縫いした物を試着し、サイズ調整のため長時間直立不動。
白い身頃に閉じ込められていた彼女の我慢は限界に達したらしい。
「あんたも、さっきから何度同じ事ばっかりやってるのよ! 足が棒になってしまうわ!」
「も、もうしわけございませんっポリーナさまっ」
指差された担当のお針子はコメツキバッタのように頭を下げる。
はるばる遠方から船を使ってまでやって来たのだから、ポリーナの怒りも無理はないだろう。
しかし、この終わりの見えない、かかし状態がオートクチュールを注文した客の宿命なのである。
お針子とドレスのアトリエ主任は平身低頭で謝罪をくり返すが、彼女の苛立ちはおさまるところを知らない。
「こんなに無駄な時間を使うならプレタポルテの方が良かったわよぉ」
今度は泣き出す令嬢にふたりは辟易としていた。
「プレタポルテはオートクチュールよりも早く仕上がりますが、お時間を掛けました分、お式も含めポリーナ様にとって一生ものの価値あるお品物になります」
「なれなれしいわね! 見え透いたお世辞なんてうんざりよ!」
主任の穏やかな声も、ポリーナにとっては威嚇の起爆剤である。
駄々をこねる子供を相手にしているような状態に頭が痛い。
時間がもったいないが、彼女たちは根気強く向き合うしかないのだ。
これ以上激怒されて最悪仮縫い中のガウンを引き裂かれれば、デザインから仮縫いまでの労力が水の泡になってしまう。
歯痒いが腫れ物に触るようなご機嫌取りを続行するしかない。
「もうイヤ!」
だが、疲労困憊で感情の激しい振れ幅をぶっ続けるポリーナは、ひっかくように着ているガウンを掴んだ。
「失礼いたします」
ふたりの健闘虚しく純白の衣装が布切れと化す直前、緊迫した室内に凛とした声が入り込む。
それは、はちみつ色の髪をシニヨンにまとめた人物だった。
「マドモアゼルっ」
アトリエ主任が自分よりも幾分年下の彼女にすがる。
〝マドモアゼル〟と呼ばれた少女は、今にもガウンを八つ裂きにしそうな令嬢の前に歩み寄った。
そのキャラメル色の小鹿みたいな瞳をした姿は、まるで獰猛な肉食獣の前に立った怖いもの知らずの子どものようである。
「サイズは、これでぴったりだわ。本縫いに進んで問題ないわよ」
彼女は一目見るなりやわらかな口調で断言した。
「なっ、なによ! じゃあ何時間も突っ立ってなくたって良かったんじゃないの!」
極限にあった怒りが、さらに急上昇し、ポリーナは顔を真っ赤にしながら天井を突き破らんばかりのキンキン声でわめき散らした。
事態の悪化にビクつくアトリエ主任と担当のお針子は、元凶の少女へ恨めしそうな視線を送った。
当の本人は、そんなことなどおかまいなしに無邪気とも取れる優雅な微笑みをたたえている。
「ポリーナ様のプロポーションが素晴らしかったからでしょう。当店のマヌカンでも、ここまで均整の取れた者は、なかなかおりません。ですから担当の者も見とれてしまっていたのです」
「は?」
予想外の言葉にポリーナがいっしゅん目をぱちくりさせる。
みるみる内に顔が元の肌色に戻るやいなや、ぽっと頬がピンク色に変わった。
それを見逃さず、マドモアゼルは担当者たちに目くばせする。
「は、はい! 美しいボディラインに目を奪われてしまい、手元が留守になっておりました」
「それじゃあ仕方ないわよね……。じゃあ、その目に焼き付けた、わたくしの美しさを引き立たせるように仕上げてちょうだい」
「かしこまりました!」
お針子が駆け寄るとポリーナは笑顔で次の要望を言い始める。
事態が丸く収まったのを確認し彼女は、そっと部屋を後にした。
「大変失礼いたしました、クロエ様」
「さすがは、メゾン・アルバートルのクチュリエールね。チャーリー」
隣の試着室へと戻ったマドモアゼル──チャーリーは、姿見の前に立つクロエ・ミュール伯爵令嬢に腰を折る。
亜麻色の髪と濃い紫色の瞳は上品ながらも勝ち気なクロエの性格を物語っている。
チャーリーは、ブライダル・ガウンのトワルを着た彼女の横に移動し、手首に嵌めたピンクッションからシルクピンを抜いてサイズ調整を再開した。
「すごい声だったわね。鶏でも絞殺されたのかと思ったわ」
クロエが笑い混じりに話しかける。
先ほどの一触即発だった試着室とは打って変わって、こちらは、ゆったりとした時間が流れている。
白を基調とした室内には、やわらかな陽の光が差し込み、優美な曲線の花や植物のウォールオーナメントの造形をふわりと浮かび上がらせていた。
「長い時間立ったままですから無理もありません」
「舞踏会の社交辞令と嫌味のフルコースに比べたら、よっぽど楽だわ。せっかくの人生の門出なんだからマネキンの真似事くらいはしないとね。」
軽く答えるクロエだが、彼女はポリーナよりも二時間も前からこの状態を続けている。
「うーん……チャーリー。もっとスカートのボリュームを増やしたいわ」
幾重にも重なったスカートの腰回りを見てクロエがつぶやく。
「かしこまりました。表面に使用するチュールを増量いたしましょう」
すぐさまチャーリーは傍らのテーブルでペンをとった。デザイン画の隙間に〝チュール増量〟と書き記す。
そこにはビーズ刺繍のユリが目を引く、とても華やかなブライダル・ガウンが描かれ〝Charlie〟とサインが入っている。
余白にはすでにたくさんの指示が連なっておりクロエのこだわりが如実に表れていた。
「あなたに直接作ってもらえるなんて本当に幸運だったわ! ヴィヴィアンヌ様とジェラルドには感謝ね!」
滑らかに動いていたチャーリーのペン先が止まる。
「まぁ、テオドルにも感謝しておくわ。ついでに」
「本日もユリの花の贈り物ですか?」
クロエの言葉を引き継ぎ、チャーリーはペンを置いて話題を振った。
「ええ。まったくバカのひとつ覚えに毎日毎日。そういえば今日なんて私好みの香水まで、おまけに寄越したのよ。どこで覚えたのかしら」
手足は直立不動のまま、この場に不在の婚約者を罵る彼女の頬は赤く染まっている。
クロエが纏う、フローラルの甘さに僅かだがスパイシーな刺激を絡ませたような匂いが色濃くなった。
「トワルのスカートも増やしますので、お待ちください」
花嫁の可愛らしい反応をチャーリーは微笑ましく思っていた。
式を控えた彼女たちは大抵、惚気るか照れ隠しを口にするのだ。
クチュリエールとして幸せの瞬間に花を添えられるのは、何度体験しても新鮮で胸に響くものがある。
部屋の隅に置かれたシーチングを長机の上に広げ、チャーリーは手で裂き始めた。
「ねえ、チャーリー」
「はい。なんでしょうか?」
鏡越しにクロエが、いたずらっぽい視線を向けてくる。
「ジェラルドのこと、本当はどう思っているの?」
名前にチャーリーの手が、ふたたび止まる。
「ジェラルド様はヴィヴィアンヌ様のご子息で──……」
細い指先は、すぐさま薄布を掴み直した。
顧客からの質問に返答する声よりも、布を裂く音の方が大きくなる。
「パトロンである〝ブルーエ公爵夫人の長男とクチュリエール〟なんて。そんなこと聞いたらジェラルドが泣いちゃうわよ。あなたたち幼馴染なんでしょ?」
クロエの困ったような声が答えを先回りするのと、ほぼ同時にチャーリーはシーチングを裂き終えた。
「幼馴染とは申しましても幼い頃二年ほど遊び相手として、おそばにいただけですから」
必要分のシーチングを持って、クロエのもとに戻ったチャーリーは謙遜気味に答えた。
それが事実だからだ。
「チャーリー。男女の間には時間なんて意味ないのよ。どんなに一緒に過ごした時間が短くても、どんなに長い時間離れていても。お互いを求めあう気持ちが途切れなければ」
クロエの言葉で手元が狂いそうになるのを抑えながら、チャーリーは屈んだ体勢でスカート部分に布を留めつけていく。
「わたくしは当時六歳で、あの方は十一歳でしたので」
「気心知れていると、何かと楽よ?」
所詮は子供の頃のことだと年齢での弁解をするも、首を傾げるクロエと視線がぶつかり少々居心地がよくない。
確信を得てか「それに」とクロエが続ける。
「あなた、ジェラルドと同じ香りがするわよ。この間、彼と会ったときもこんな香りがしたわ」
彼女のとどめの指摘にチャーリーの心臓は大きく跳ね上がった。
「似たような香りの香水は多いですから」
クチュリエールの顔を貼りつけ、チャーリーはクロエの詮索を受け流した。
「そういうことにしておくわ」
ふっとため息をつき、クロエは鏡の中へと視線を戻す。
「テオドルも、ここでタキシードを作れば良かったのに。せっかく腕利きの元・テーラーがいるんだから」
軍服で挙式に臨む婚約者に未だ納得してないらしく口を尖らせた。
「着慣れている恰好のほうがいいだなんて。れっきとした正装に文句つけるなって偉そうに!」
今度は頬を膨らませる彼女にチャーリーは、ゆったりと言葉をかける。
「クロエ様の花嫁姿をとても楽しみにされていると伺っております」
「あんなのは式のおまけにでもしてやるわ」
紅潮する頬をごまかすようにクロエは目をつぶりツンとそっぽを向いた。
チャーリー自身は、まだテオドルと会った事はないが、このふたりがとてもお似合いなのは、よく知っている。
思わず笑みを零していれば、極まりが悪そうな上ずった声が頭上に降ってきた。
「そんなことよりも! ベールのビーズ刺繍も楽しみにしているわよ」
「ありがとうございます」
「そういえばジェラルドがいつもしているリボンの刺繍も、あなたがしたんでしょ?」
思い出したように明るく問いかけてくるクロエにチャーリーは困惑するしかない。
「腕が未熟な頃に刺したものです」
そのままの事実を定型文のごとく受け答えた。
「だったら、なおさら彼のことを顧客の息子だなんて可哀想よ」
クロエは楽しそうに笑う。
普段身に付ける物に刺繍をするというのは、ただならぬ仲であると公言しているようなものだ。
「あなたのブライダル・ガウンはさぞかし見ものでしょうね」
彼女が指しているのはチャーリーが手掛けた衣装のことではない。
チャーリーが自分の結婚式で着るであろう衣装のことを意味している。
クロエが純粋にそう思っているのは痛いほど理解してはいた。
でも、その言葉をそっくりそのまま受け取ることがチャーリーはできなかった。
「ブライダル・ガウンは溺れるくらい仕立てておりますので」
未来への幸福が感じられる笑顔と汚れのないトワルが目に沁みる。
チャーリーは胸の軋みを職人の微笑みで覆い隠した。
「クロエ。チャーリーに頼んで正解だったでしょ」
打ち合わせが終わり、大通りに面したメゾン・アルバートルの店舗玄関前でチャーリーはクロエを見送っていた。
迎えのミュール伯爵家専用馬車には伯爵と夫人、そしてブルーエ公爵夫人・ヴィヴィアンヌが乗っていた。
「ええ、さすがブルーエ公爵夫人贔屓のメゾンですわ」
クロエの弾ける笑顔にヴィヴィアンヌは、うふふっと満足げな笑みを浮かべる。
まるで娘を褒められたかのように上機嫌だ。
「まだ仮縫い中なのだから、あまり、はしゃぐのではありませんよクロエ」
「だいじょうぶよ、お母様。何かあったらチャーリーが直してくれるもの」
ヴィヴィアンヌの向かいに座る伯爵夫人は娘をたしなめてはいるが、その表情は同じくらい幸せそうである。
「ジェラルドにも感謝ね! こんなに腕のいいクチュリエールと幼馴染なんだもの」
「恐れ入ります」
振り返るクロエにチャーリーはお辞儀をする。
──六度目の幼馴染の名前。傾けた体の下で心臓の鼓動を隠す。
耳に入っただけで高鳴ってしまう胸が荷厄介だ。
「ひきつづき、お願いね」
クロエのしとやかな手が職人の手を握る。
「はい」
チャーリーは姿勢を戻し愛想の笑みを浮かべた。
顔を上げるまでに落ち着かせたかったが、思いとはあべこべに騒ぐ鼓動は、おとなしくなってはくれない。
ボンネットを被った訪問着姿の令嬢と、ローブ姿のクチュリエールは長年の友人のようだ。
「次は私のドレスもお願いしたいわ。今後とも末永くお願いね」
ふたりの様子を感心したように見つめていた伯爵夫人が声をかける。
「はい。大変光栄に存じます」
「お父様だってエンリコのスーツを着たら、きっと若返るわよ!」
チャーリーの手を握ったまま、クロエは嬉々として伯爵のほうに顔を向けた。
「着飾るのは、おまえたちだけで充分だろう」
愛娘の提案に伯爵は、あきれたような返事をする。目尻を緩く下げた父親の様子にクロエはニッと口角を上げた。
「ジェラルドにもよろしくね」
握られた手に、ぎゅっと力が込められる。
チャーリーは心臓の脈動まで握られたかのように錯覚した。
御者の手を借り馬車に乗るクロエを愛情に満ちた両親の眼差しが迎えている。
幸せを絵に描いたような家族の姿に視線を外しながら、チャーリーは玄関側へ退いた。
「あっ、そうだったわ!」
御者が馬車の扉を閉め発車準備を始めた瞬間、ヴィヴィアンヌが、はっとした様子で叫んだ。
「チャーリー。これ、みんなで召し上がってちょうだい」
たった今閉めた扉を御者が慌てて開ける。
ヴィヴィアンヌは膝に乗せていた大きな菓子缶を抱えて、──しかも裾の長いドレスでクロエたちを跨いで馬車を降りようとしていた。
「ヴィヴィアンヌ様、危ないですから」
「だいじょうぶよ! あっ」
──直後。賑やかな金属音が鳴る。
貴婦人の手から滑り落ちた菓子缶は石畳の上を数回跳ねて転がった。
「あ、あらイヤだわっ! 中身のクッキー割れちゃったわよね」
しゅん、とつぶやく表情はとても名門家の公爵夫人とは思えないほど天真爛漫だ。
「ご心配ありません。量が増えてみんな喜びます」
転がる缶を拾い上げチャーリーは微笑んだ。
「もう! あなたは娘も同然なんだから他人行儀は必要ないのよ。ジェラルドだって、いつも世話を焼かせているでしょ」
ヴィヴィアンヌはチャーリーの頬っぺたを両手で包み込んだかと思うと、むいっと引っ張った。「めっ!」とちいさい子供を叱るように顔を顰める。
だが、そんな公爵夫人の突飛でもない行動よりも、チャーリーの心臓は彼の名の響きを求めて弾んだ。
チャーリーは思わず胸元をぎゅっと握りしめた。
彼女が何度も跳ねてしまう鼓動を必死で押し戻している間に、ヴィヴィアンヌは御者の手を借りて馬車に戻り、今度こそ馬車の扉が閉められる。
真昼の光の中に馬車が駆けていく。
その残光をメゾンの白い石造りの壁が受け止めていた。
チャーリーは遠ざかる蹄の音を背中に聞きながら、木製扉を飾る蔦を模したアイアンの取っ手を押す。
チリンッとドアベルが鳴った。
木製扉の、はめ込みガラスのレリーフ越しに、はちみつ色のシニヨンが揺れる。
ふたたびドアベルがチリンッと鳴り、扉が閉まった。
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