【試し読み】溺愛副社長の蕩けるキスとプロポーズ

作家:水杜
イラスト:まりきち
レーベル:夢中文庫クリスタル
発売日:2020/1/29
販売価格:400円
あらすじ

幼い時の誘拐事件が深いトラウマとして刻まれ、若い男性に対する極度の恐怖症をかかえている小絵。現在、父の友人が経営する会社で社長秘書を務めていたが、その社長が倒れ入院することに。急遽息子の光成が副社長に就任して社長代行を務めることになり、小絵は光成の秘書に任命される。若い男性は困る、とはいえ社長命令だというから仕方がない。距離を取る小絵に対し、なにも知らない光成は距離を詰めてくるので大困り。やがて事情を知った光成は距離を取って丁寧に接してくれるようになる。誠意ある彼の態度に小絵の恐怖心はゆっくりと溶かされてゆく。そして自分にとって光成が特別な存在であることに気づくのだが――

登場人物
天野小絵(あまのさえ)
幼少期のトラウマで男性恐怖症に。社長代行となった光成の秘書として距離をとりつつ仕事をするが…
紫藤光成(しどうみつなり)
社長である父が過労で倒れたため社長代行を務める。小絵の事情を知り、距離を取りつつ誠実に接する。
試し読み

第一章 苦手なのに、ありえない

 ここは、通信機器メーカー『バイオレット株式会社』の総務部。私は壁際の一番端の席で、息をひそめていた。存在を隠すように。
 しかし、隠そうとしても隠しきれるものではなくて、呼ばれてしまう。
天野あまのさん、ちょっと来てくれるかな?」
「はい」
 身長一六三センチの私はけして小柄とは言えなく、平均身長より少し高めである。だから見つかってしまった?
 呼んだのは五十代前半の総務部長の古川ふるかわさん。信頼できる上司だから、呼ばれたら付いていくしかない。しかし、どこに行こうとしているのだろう?
 首を傾げながら、部長のあとを追って、エレベーターに乗る。部長は最上階である十五階を押していて、総務部のあった十階から上昇していく。十五階にあるのは、社長室と応接室と、先日できたばかりの副社長室。
 現在、社長室に主はいない。紫藤しどう吉成よしなり社長は、先週倒れて入院中だ。
 倒れた原因は過労だが、もともと胃腸が弱いからと検査と療養をかねて、しばらく入院することになった。
 部長は誰もいない社長室を通り越して、副社長室をノックする。中から「どうぞ」の声が聞こえて、電子ロックされているドアのパスワードを入力する。
「失礼します。ほら、天野さんも入って」
「あ、はい。失礼します」
 デスクでパソコンを見ていた副社長である紫藤光成みつなりさんが顔をこちらに向けた。
「こちらの人が親父の秘書の方?」
「はい。天野小絵さえと申します」
 腹部あたりで両手を軽く重ねてお辞儀をすると、紫藤副社長が近付いてきた。近付いてきたことで、私よりも二十センチは高いと思われる高身長なのがわかったけれど、私は半歩下がった。
 彼は紫藤社長の長男で、先日までグループ会社に勤めていたが、父親の緊急入院で急遽副社長に就任した。社長不在の間、社長代行をすることになった。
「天野さんって、もしかして天野教授の?」
「そうです。副社長もご存知の天野教授の娘さんですよ」
 私の父はとある大学で教鞭を執っている。父と紫藤社長は親友関係にあるから、副社長も父のことは知っているようだ。
 私も副社長の存在は父や社長から聞いていて、知っていた。それに副社長となってからは遠くから姿だけは見たことがあった。でも、対面したのは今日が初めてだ。
 彼と話をすることはないと思っていたのに。
「へー、うちにはコネで入ったの? で、なんで離れる?」
「こ、コネではないです。ちゃんと入社試験を受けて、合格して採用していただきました。すみません、近付かないでください」
 私との距離を縮めてくる副社長に思わず後ずさると、彼は「は?」と訝しげな声を出す。そんな副社長と私との間に部長がそっと入る。部長の背中で副社長の顔が見えなくなり、ホッとした。
 しかし、ホッとしたのは一瞬だけ。部長はクルリと私の方へ顔を向けて、信じられないことを言った。
「天野さん。申し訳ないが、社長命令です。副社長の秘書に任命されました」
「えっ? 私がですか? だって、副社長の秘書は古川部長が兼任されているのでは……」
 私は入社二年目から社長の秘書として勤務している。社長が入院してしまい、私だけがひとりで社長室勤務をするわけにはいかず、一時的に総務部の配属となった。
 早く社長が回復して、復帰してくれないかと心から望んでいるのに、なぜ私が副社長の秘書を?
 そんな命令を下すなんて……。社長、ひどいです……。
「古川さんが忙しいなら、別に秘書はいらない。スケジュール管理や身の回りのことくらい自分でできるから」
「いえ、そういうわけにはいきません。社長命令なので従ってもらいます」
 社長命令だからと頑なに言い切る部長に、副社長は渋々受け入れて、私に手を差し出す、たぶん握手を交わそうとしているのだろうけど、その手には触れられない。
「そういうことらしいから、よろしく」
「はい、よろしくお願いいたします。あの、心の準備があるので、明日からでいいですか?」
「かまわないけど、心の準備?」
 私が握手しないから、差し出した手は行き場をなくしていて、副社長はその手をズボンのポケットに入れた。そして、また私との距離を縮めようとするから、部長がまたもや間に入る。
「今日これから引き継ぎをしますので、明日からこちらに来てもらうようにしますね。なにかありましたら、私に連絡をください」
「了解」
「それと副社長。もう少し愛想よくされたらどうでしょうか? 険しい顔をされているから天野さんが怖がっています」
 私は部長に隠れた状態でうんうんと頷いていた。
 社長はいつも優しくて、ニコニコしていた。そんな社長の息子なら、せめて愛想よくしていただきたいものである。
「俺に愛想よくと要求するなら、まずそっちが愛想よくしたらどう? 天野さんも無愛想だと思うけど」
「いえ、天野さんは愛想いい人なんですよ。まあ、へらへらしてはいませんが、にこやかに笑う人です」
「へー。じゃあ、俺に笑って見せてよ」
「む。無理です。いきなり笑えません」
 副社長が意地悪そうな顔で近付いてきたから、私は壁際まで体を寄せた。
 彼は腕組みをして、低い声を出す。
「昔はかわいく笑っていたのに……」
「えっ?」
 離れてしまったから、呟きのような彼の声が聞き取れかった。だが、もう一度言ってはくれなかったので、わからない。なんと言ったのだろう?
「とりあえず、明日からよろしく」
「はい」
 部長と私は副社長に向かって頭を下げてから、ミーティングルームに行った。部長の向かい側に腰を下ろすと、部長は持っていたファイルから一枚の経歴書を出して、私側に向ける。
 一番上に副社長の名前が書いてある。つまりそれは副社長の経歴書で、まずは生年月日を確認した。私と年齢が近いという社長からの情報はあったが、詳しくは聞いていなかったのでここで初めて二つ年上の二十九歳だと知る。前職は『バイオレット』のグループであるソフトウェア会社の開発部長。
 この年齢で副社長に就任したのは社長の息子だからというのもあるが、前職が部長なら納得の人事かもしれない。
 しかし、もう少し年齢が上でおじさんといえる見た目なら難なく秘書を引き受けるのだが……。
 長身ですらりとした体型の副社長は端正な顔立ちで、世間一般的に見たら誰もがイケメンと認める容姿の持ち主である。私も例にもれず、かっこいい人だとは思った。
 だけど、私は近付けないし、私に近付かないでほしい。
 若い男性が苦手で、中学、高校、大学は女子校で過ごしてきた。就職も女性が多いところを望んでいたが、父が紫藤社長と仲がいいことからこの会社に入社した。
 大学生のうちに秘書技能検定一級を取得していたから、総務部勤務でいずれ秘書業務をしたいと希望した結果が現在に至っている。
「俺としてはいい機会かなと思うんだよね」
「いい機会ですか?」
「うん。こんなふうに言うのは、セクハラ発言になってしまうけど、天野さんもいい年頃のお嬢さんだから、いつまでも若い男性を苦手としていては良縁があったとしても逃してしまうのではないかと心配でね。秘書として、副社長と接することで苦手を克服できるかもしれないよ」
「そうでしょうか……。でも、社長命令だというのなら引き受けるしかないので、がんばってみます」

 秋晴れの気持ちのいい朝、私の心はどんより曇っていた。
 今日から副社長の秘書……昨夜から胃がチクチク痛んでいる。社長が退院するまで私も自宅療養していたい気分だ。
 逃げ出すこともできないからとりあえずかんばってみようと、社長秘書の時にも着用していた薄グレー色のスーツで副社長室に出勤した。
 昨日部長に教えてもらったパスワードを入力して、ロックを開錠する。
 おそるおそる足を踏み入れたが、副社長はまだ出社していないことを確認して安堵した。十月も半ばを過ぎて、朝晩は冷え込むようになってきた。空気がひんやりしている部屋を暖めるため、エアコンと加湿器を稼働させてから、デスクと応接セットのテーブルを拭く。
 拭き終わってから、部屋を見回す。殺風景に感じたのは花がないからだ。社長室にはいつも花が飾られていた。
 一週間ごとにフラワーショップから取り寄せていて、毎日水替えは私が行っていた。ここにも花があったほうがいい。
 花は部屋を明るくするし、潤いをもたらしてくれる。
 だけど……、副社長に提案するのは気が重い。面と向かって話をするのをできるだけ少なくしたい。
 そうだ、メールで問い合わせよう。メールならば滞りなく会話ができる。
 善は急げで起動したノートパソコンのメールボックスを開いて、副社長宛のメールを作成して送信。
 あとは返事を待つだけ。それよりも出社してくるのを待たなくてはいけないが、テレワークしてくれないかなと勝手な考えが脳裏に浮かんだ。
 九時五分前になって、ドアを開錠する電子音が聞こえたので、立ち上がって入室する副社長を迎える。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
「コーヒーかなにか飲まれますか?」
「いや、今はいらない」
 あくまでも社長と同じように接する。部長からも同じようにしてと言われている。社長には用件をメールで伝えたことはないが。
「小絵」
「えっ? あの、できましたら天野と呼んでいただけないでしょうか?」
「ん? 昨日親父に聞いたら、小絵ちゃんと呼んでいると言っていた。さすがに俺はちゃん付けでは呼べないから、小絵と呼ぶことにした」
「そうですか……」
 こちらの了解を得ることなしに勝手に決定されても困るが、これ以上反論する気にもならない。
「それよりさ、このメールはなに?」
 早々と私が送信したメールを確認したようで、副社長はデスクを指でトントンと叩いた。部長から少々短気な部分があるとは聞いているが、苛立ちを見せられて私はビクッと体を縮みこませる。
 怖い……。メールで聞くのは失敗だった。この距離であれば、話もできたのに。副社長のデスクから対角線上の位置にあるデスクに私は座っている。
 少々苛立っている様子の副社長は横目で私を見てきた。彼と視線を絡ませないようパソコン画面に視線を移す。
 明らかに避けているのは見て取れるだろう。
「言いたいことがあるなら、ちゃんと顔を見て言って」
「はい、申し訳ありません」
 冷たい声で注意されて、おずおずと副社長に顔を向けるが、目を合わせないように首辺りを見る。男らしい喉仏が動く。
「で、花だけど、小絵があったほうがいいと思うなら飾ってくれていいから」
「はい、ありがとうございます」
 許可してもらえて、ホッと胸を撫でおろす。
 社長と違って、無愛想な人ではあるが、悪い人ではないようだ。その後、ファイルの整理など頼まれた業務の報告をしたら「ありがとう」と感謝の気持ちを伝える人だったから、思いやりのある人かもと思った。
 私は副社長が席を外した時にササッとデスクに置くという失礼な態度を取っていたけれど。

 なんとか近付くことなく二日は過ごせたが、三日目に危険が迫ってきた。この日の午後、来客があった。取引先の社長と専務で、挨拶と社長へのお見舞品を持ってこられたのだ。
 どちらも私が苦手としない年配の方なので、お見舞いの品は私が受け取った。苦手な副社長から手渡しされるよりも私が受け取る方が安心できる。
「では、紫藤社長の早いご回復を心から願っています」
「お心遣いありがとうございます。父にも伝えます」
 二人の退室を見送ってからカップを片付けていると、背後に人の気配を感じた。誰かが近付いた時はすぐ察知できるはずなのに、気付くのが遅れてしまった。
 振り返るとすぐそこに副社長がいて……。
「小絵、後ろに糸くずが……。えっ?」
 私は持っていたトレイをガシャンとテーブルに置いて、サッと壁に動いた。副社長の伸ばしかけていた手は行き場をなくした状態で、唖然としている。
「なんで、そこまで離れる? 糸くずを取ろうとしただけなのに」
「あ、すみません。だ、大丈夫です。糸くずなら自分で取りますので。あ、ごめんなさい!お手洗いに行ってきます」
「えっ、ちょっと!」
 副社長の焦る声が聞こえたが、無視して女性用トイレへと急いだ。ここなら副社長は入れない。カップを片付けていないことが気にかかるが今はそれどころではない。
 滲み出た額の汗をハンカチでそっと押さえて、鏡を見る。顔色がよくない……。ああ、だけど、自分のことを気にしている場合はない。副社長に失礼を働いてしまったから、気を悪くしているかもしれない。どうしよう、どう説明したらいいのだろうか。戻らなくてはいけないのに、戻れない。
 いつまでもトイレにこもってはいられない。でも、足が動かないどころか隅で身を丸く縮こませてしまっていた。
 体を震わせていると「天野さん?」とドアが開いた。総務部に勤務している一年先輩の橋本はしもとさんが心配そうな顔で入ってきた。
「大丈夫? 部長に言われて様子を見にきたけど」
「部長にですか?」
「うん、副社長から天野さんがお手洗いに行ったきり戻ってこないと連絡が入って、部長も女性のところには入れないからと私が頼まれたの」
「ありがとうございます。すみません、まだ気分が優れなくて、このまま早退したいので私のバッグを持ってきてもらっていいでしょうか?」
「いいけど。天野さんから副社長に言ったほうがいいと思うよ? それとも副社長室まで戻るのも辛い?」
「はい、すみません」
 今は無理だ。明日になれば大丈夫かもしれないけど、今は副社長の顔を見るのが怖い。
 橋本さんは小さくため息をついて、私の希望を聞いてくれた。
 待つこと数分、私の黒いバッグを手にした橋本さんが戻ってきた。
「副社長、ものすごく心配していたわ。天野さんの顔が見たいと言っていたけど、ひどい状態だから見られたくないと言っていますと話したよ。家に着いたら、到着したとメールでもいいから連絡してって」
「わかりました、橋本さん、本当にありがとうございます」
 カップの片付け途中だったことを思い出し、それも橋本さんに頼んでから私はエレベーターに向かった。
 下から来たエレベーターのドアが開くと、そこには部長がいた。会釈して入れ替わりに乗ろうとしたが、制止されてしまう。
 部長も私を心配してくれて、ここまで来たそうだ。
「大丈夫かい? 副社長と何かあった?」
「何もないです。副社長はただ服に付いていたゴミを取ろうとしてくれただけですが、いきなり近付かれたので怖くなって……」
「そうか。俺から副社長に天野さんの事情を話しておくよ。心配しているからね」
「すみません、お願いします」
 避けているだけでは対処しきれない。自分からきちんと事情を話すべきだった。よけいな心配をかけさせてしまい、部長や天野さんにも迷惑をかけてしまった。
 無事家に到着しましたと副社長にメールを送信するとすぐに着信が入る。メールではなくて、電話で返事が来るとは予想外だったけど、スマホを耳に当てる。
『大丈夫か?』
「はい、ご迷惑をおかけしてすみません」
『いや。古川さんから聞いたけど、知らなかったとはいえ、驚かせてしまって悪かった。今度から気を付けるから、小絵もなにか気がかりなこととかあったら、なんでもいいから話して』
「はい、わかりました、ありがとうございます」
 いつもよりも早い時間に帰ってきたから、母も心配していた。二十七歳にもなって、周囲に心配させて、迷惑までかけるなんて……自己嫌悪に陥り、ベッドにうつ伏せになった。
 明日、ちゃんとお詫びをしなくては……。

※この続きは製品版でお楽しみください。

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