【試し読み】因襲御曹司の執着愛に溺れる贄(下)

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あらすじ

千晴は遠縁の優斗や姉の妨害にもめげず、俊介と結婚までこぎつけ、前時代的な「盈月の儀式」も二人で乗り越える。だが、甘い新婚生活は長くは続かなかった。同級生たちの噂話を偶然耳にし、俊介との出会いから結婚まで全てが仕組まれていたのではないかという疑惑を持ったのだ。何が本当で嘘なのか、混乱する千晴。セレブはやっかまれるものだと甘く諭す俊介を信じていいのだろうか。知らないことを知りたい、ただその一心で、千晴は俊介に内緒で優斗に会うために京都へと向かう。とうとうこの婚姻の背景にある「因襲」を知ってしまった千晴はある決意をし……!? いちゃらぶ番外編もたっぷり収録!

登場人物
月出千晴(つきいでちはる)
美人な姉へのコンプレックスがあり恋愛には消極的。一人暮らしの資金を稼ぐために料亭でバイトを始める。
清宮俊介(きよみやしゅんすけ)
端正な顔立ちで知的な雰囲気の財閥の御曹司。突然千晴の前に現れ、バイトを斡旋し結婚をせまる。
試し読み

第十一話 儀式~今宵はまるで処女のように~

 幸せな日々はあっという間に過ぎ、十月になる。修士課程の院試が終わり、仲人が両家を行き来する正式な形での結納が行われた。
 そんなある夜、俊介しゅんすけは義父と酒を酌み交わしていた。
「全て順調だな」
 義父がお猪口ちょこをくいっと傾けて一気飲みしたので、俊介が徳利で酒を注ぐ。
「ええ。お陰様で。ちなみに結納金はおいくらなんです?」
「四億」
「それはそれは……」
 俊介が想像していたより高額だったが、なるべく驚きが顔に出ないようにした。
清宮せいみや家と月出つきいで家はこうして支え合ってきたんだ」
「そうですか……」
 裏で、俊介が義父とこんな会話をしていることも知らずに、千晴ちはるは修士課程の院試に合格し、幸せの絶頂にいた。
 だが学食で隣に座る莉奈りなに「千晴は今年のイブ、婚約者と過ごすんでしょ?」と、悲しげな視線を投げかけられると、千晴は昨年までの辛さを思い出してグッとなった。
 莉奈は、毎年クリスマスイブに居酒屋で、ともにクダを巻いた明田女めだじょ仲間の一人だ。いわば戦友。
「でも夜中には帰っちゃうから、夜中からのオールには参加させて?」
「え? どっかに泊まるんじゃないの」
「おうちが厳しくて結婚まで清い関係でいないといけないんだ」
 と、千晴は答えたが、棒読み状態だったかもしれない。
「嘘ー! 何それっ! 彼氏、社会人なのにー!?」
「私は処女です」
 千晴は莉奈を裏切るような気持ちになりながらそう答えた。アイアムアガール並みの棒読みになっていたような気がする。
 千晴は友人に嘘をつくたびに後ろめたく思うのだが、彼女たちはそこで優越感を抱くらしく「やだー、千晴、まだ子どもー」と、うれしそうになるので、嘘も方便のような気がしてきた。
 逆に「彼氏に大事にされている証拠だよ」なんて言われるほうが複雑な気持ちになってしまう。その説で行くと千晴は婚約者に全く大事にされていないことになる。
「あ……はぁ……あ……あぁ」
 千晴の部屋のベッドがギシギシと小刻みに揺れる。ベッドの端で、〝彼氏に大事にされていない千晴〟は股を開かされ、彼氏に欲望をぶつけられていた。ベッドの上にいるのは千晴だけで、床に立つ俊介が、仰向けの千晴に腰をぶつけている。そのたびに千晴は後退していく。
「んっ……しゅん……はぁ……あっ……んん」
 俊介がベッドに乗り上げ、片膝を立てた。千晴は両脚を彼の腰にからめ、シーツを掴んで腰を浮かせる。
 俊介が覆いかぶさり、乳頭にかぶりついてくる。千晴は顎を上げて喘ぐことしかできない。
 俊介が胸から唇を離す。
「千晴……」
 切なげに彼女の名を呼び、すでに剛直で奥まで埋め尽くしているというのに、さらに先があるかのように、俊介がしなやかに背を反らせて腰を押しつけてくる。
「しゅん……すけ……ふぁ……ぁ……」
 これ以上近づけないのに、近づきたい、そんなセックスだった。だが、二人の間には0・1ミリのゴムの壁がある。
「は……あぁ!」
 千晴は絶頂を迎えた。
 このベッドでもう何度目かわからない。結局ベッドだけは近場で買わずに高級なものを買った。ダブルベッドにすると清い関係でないのがバレバレなので、シングルサイズだ。
 だが俊介がここを使うのは彼女を抱くときだけだったので問題なかった。どうせ二人、体を重ねるのだからこのサイズで十分だ。
 俊介は肉体関係を疑われないように千晴のマンションに泊まらないようにしていた。

 そうこうしているうちに、生まれて初めての〝彼氏がいるクリスマスイブ〟がやってくる。
 俊介が提案してきた過ごし方は王道だった。銀座の高級フレンチレストランでディナーだ。連れて行かれたその店の壁はベルベットローズで白いテーブルクロスの中央には情熱的な赤い薔薇とロウソクが置かれていた。料理は美味しいだけでなく見た目がいちいちアートだ。
 そして客の中で二人が最も若いカップルだった。
「イブを〝翔くん〟と過ごせる日がくるなんて、夢みたい……」
 瞳を輝かせる千晴に「再会できてよかった」と微笑む俊介。
「俊介も彼女とイブを過ごすの、初めて?」
 俊介が何か考えるような表情になったあと、半笑いで「初めて」と答えた。
 ──今の、怪しい……。
 千晴は半眼になる。
「絶対、嘘ね」
「ほんと、ほんと。小さいころから千晴一筋だから」
 俊介が笑ったあとすぐに真顔になった。スマホが振動したようだ。画面を目にして顔がみるみる曇っていった。
「ちょっと会社で問題があって、一旦戻らないと……でも食事はいっしょに終えよう」
「いいよ。無理しなくて。戻ったら?」
「え、うん、ごめん」
 俊介がそう言って会計だけ済ませて出ていった。仕方ない。イブとはいえ平日だ。いつも平日は俊介が忙しくてあまり会えない。今思えば再会したばかりの二週間はかなり無理をしていたのだろう。
 千晴は一人で食事を続けた。

 そのころ、千歳ちとせと千晴が二人で住んでいたマンションのリビングルームでは、千歳と優斗ゆうとがカセットコンロで鴨鍋をつついていた。テーブル上にある赤ワインのボトルは一本が空になっていて、二本目を開けたところだ。二人とも顔を少し赤らめ、饒舌じょうぜつになっている。
「なーにが『いずれ千晴さんは僕に連絡してくるはず』よ! あと三ヵ月で結婚しちゃうじゃない」
「せっかちですね。僕は長期戦の覚悟ですから。結婚後も視野に入れています」
 優斗は鴨の切り身を口に入れる。
「そんなの遅すぎよ」
「今ごろ、二人盛り上がってセックスしてはるんでしょうね」
 千歳が目を眇めた。美人なのでこういう表情に迫力がある。ヤクザ映画に出てくる女優のようだ。
「なわけないでしょう? 清宮と結婚したいなら処女を守らないといけないのよ」
 優斗がぷっとバカにしたように笑った。
「本当に、あの二人に何もないと思うてはるんですか?」
「どういうこと?」
「春、校内で見かけたときの親密さからして、絶対ヤってますよ」
「そんなの、わかるものかしら」
「まあ、クリスマスに僕と鍋をしているような、処女の千歳さんにはわからないかもしれませんけど」
 優斗が目を細めて笑うと、千歳がいらだちのあまりか酔いのせいか口をすべらせる。
「大学一年のときのクリスマスイブは、俊介さん……もとい翔太しょうたさんと過ごしたわ」
 自分で言っておいて千歳がしまったという顔になった。
「へええ? 親子丼ならぬ姉妹丼ですか?」
「私は処女だって」
「清宮家に嫁に行きたくて未だに処女を守ってはるんですか。相当モテるでしょうに」
 千歳が傷ついたような顔になった。
「今思えば……俊介さんは千晴との繋がりを持っていたくて、私とのつきあいをキープしていたのよ。俊介さんが引っ越したあと、私が手紙を書いたらすぐに返事をくれたのもきっと……。でも千晴なんて手紙のひとつも書かなかったわ!」
 千歳が腹立たしげに語気を荒げたが、優斗は鴨肉の咀嚼そしゃくに忙しかった。
 千歳が遠くを見る目になる。
「私が大学進学で上京したら、俊介さん……いいえ、あのころは翔太さん。翔太さんが慣れない東京は心細いだろうと、いろいろと面倒を見てくれたわ。クリスマスイブにディナーに連れて行ってもらって……そこで気を許して清宮家と月出家のことを話してしまったの。清宮家の養子になる方法も……。そしたら翌年、翔太さん、養子になる最低条件である清宮ホールディングスの内定を本当に取ってきたものだから、驚いた。よくぞやってくれたって思ったわ。それで私、翔太さんを清宮家に紹介してしまったのよ」
 千歳がテーブルに肘を突いて頭を抱えた。
「それはなぜ? 清宮家の養子が結婚する相手は姉ではなく妹のはずでしょう? 息子がいない場合、姉が当主になるから。あなたには全くメリットがない」
「妹が処女を失えば、私が清宮家の養子と結婚することになるルールも伝えていたから、私、てっきり翔太さんは私と志が同じだと信じていたの。彼が手に入れたいのは次期会長の座と、美しい妻だって」
「んぐっ」
 優斗は飲みかけていた水を噴き出しそうになっていた。
「た、確かに、権力を手に入れたら、トロフィーワイフがお約束ですよね。千歳さんのような絶世の美女が……」
 千歳が、がばっと顔を起こした。
「普通はそうよね? 次期会長の野心を持つ男が千晴でいいと思うなんてありえないわ。女性について欲がなさすぎよ」
 千歳が大きな溜息をついてから続ける。
「まあ、どのみち、私は妹の処女を守る義務を果たす気なんかないから、清宮俊介の妻の座はいずれ私に回ってくると思っていたのよ」
「〝翔太さん〟と結婚して清宮会長夫人になるために清宮家に紹介したわけですね。こんな未来がわかっていたら、男に妹を強姦でもさせてそうですね」
 千歳が否定しないものだから、優斗はあやうく肉を喉に詰まらせるところだった。ワインで流し込む。
「元カレをけしかけるぐらいはやったけど……それ以来、俊介さんに警戒されて成功しそうにないわ」
 ──やったんだ……。
 優斗は、ごくりと唾を飲み込んだ。
「強姦なんかさせたら絶対、俊介さんに振り向いてもらえなくなるから、やめときましょうね」
「どっちみち振り向いてもらえな……」
 千歳がうつむいて泣き始める。
「泣き上戸じょうごか。意外」
 優斗は二人の間にある鍋をけて千歳の頭に手を伸ばし、ぽんぽんと優しく叩いた。
「俊介さんばっかりうまくいってムカつくから、千晴さんに電話をかけちゃいましょう」
 千歳が慌てて顔を上げて「やめて」と止めてくる。
「あのひと、嫉妬深そうだから、僕の電話であっけなく別れたら笑える」
 優斗はスマホを取り出した。電話番号は以前、千歳が教えてくれたものだ。

 ちょうどそのころ、千晴は一人寂しく帰宅したところだった。結局、明田女めだじょの集いには入れてもらえなかった。
『結婚したあとになって体の相性が悪いってわかっても後戻りできないから、イブに一回やっとけ』
 という莉奈からのメッセージひとつで済まされた。
 ──すばらしきかな、友情。
 千晴が嘘をついているので、役に立たないアドバイスではあるが──。
 スマホが振動したので俊介かと思い、千晴がすごい勢いで画面を見たら、『桐生きりゅう優斗』とある。念のため、名刺にあった電話番号を入力しておいたのだが、千晴の番号は教えていない。親戚の連絡簿にでも載っているのだろうか。
 ──イブに電話して、俊介との仲を裂こうとしてもそうはいかない!
 千晴は余裕をかまして電話に出た。
「はい。月出です」
『こんばんは~! 今から〝俊介さん〟とセックスしはるところですかぁ? それとも最中?』
 ──ほんと、この人、失礼……。
「今、家で私一人です!」
『イブに? 俊介さんはひどいなぁ。僕が今から行ってあげます』
「冗談じゃない! そもそも住所を知らないよね?」
『今、千歳さんといっしょだから、わかりま~す』
 優斗はそう言い放つと、すぐに電話を切った。
 ──お姉ちゃんといっしょってことは……やっぱり遠縁っていうのは本当なの?
 その四十分後『ピンポーン』という音が聞こえてきて震撼とする。テレビドアフォンの画面を見ると優斗と千歳がいた。優斗だけなら追い返すが、姉もいるとなるとそうはいかない。
 情事の痕跡が残らないように、いつもベッドメイキングをきれいにしてコンドームは隠しているが、念のため千晴はぐるっと部屋全体を見渡してから玄関のドアを開けた。
 千歳と優斗、美形二人が立っている。
 ──私の親戚は美人だらけなのか……。
「お姉ちゃん、お久しぶり」
「え? 僕も久しぶりじゃないですか?」
 おどける優斗に千晴は半眼で返した。
 ただ、千歳がいる以上、こう言うしかあるまい。
「どうぞ」
 千歳がここに来たのはこれが初めてだ。リビングルームに入ると、こう尋ねてきた。
「俊介さんに援助してもらったの?」
 家賃の高さを見てとったのだろう。
「う、うん」
 愛人みたいな暮らし方で、なんだか恥ずかしくなり千晴はうつむいた。
「へえ。家賃を出してくれるなんていいですね。僕も御曹司の彼氏が欲しいな!」
 優斗がはしゃぎながら千晴にワインボトルを差し出した。
「三人で飲みましょう」
 ──もしかしてこの子、お姉ちゃんと仲直りさせようとしてるのかな?
「じゃあ、おつまみになりそうなものを出すね」
 千晴は、リビングルームのテーブルにピクルスやチーズ、クラッカーなどを並べた。
「いただきまーす」
 優斗が早速テーブルに着き、クラッカーにチーズを載せてかじっている。
「イブなのに、俊介さんはいないんですか?」
「今日、平日だから仕事です」
「へえ? ほかの女と会ってはったりして?」
 優斗がグラスに口をつけて、にやりと笑う。
 ──私を揺さぶろうとしているのね。
「そんなわけない。平日はいつも忙しいの」
「そうですか。でも俊介さん、学生時代は千歳さんとイブを過ごしたんですよね?」
 優斗は女二人に一斉に鋭い眼光を向けられる。
 千歳が真っ先に口を開いた。
「別に変な関係じゃないわよ。大学一年のとき、ひとり身同士で食事をしたことがあるだけ」
 久々に、千晴の中で、姉へのコンプレックスがむくむくと湧き上がってくる。
 ──私との食事は途中退席だけど、お姉ちゃんとは最後まで食べたのよね……?
 千晴はぐいっとグラスのワインを一気飲みし、空のグラスをどんっとテーブルに置いた。
「今日も怪しいもんだわ……」
 目が据わっている千晴を見て、千歳の口の端が上がった。
「優斗は千晴のことを好きみたいだから、今から乗り換えても遅くないわよ?」
「お姉ちゃん、桐生くんが遠縁って本当?」
「本当よ。私たちの曾祖父そうそふの妹のひ孫」
「……ものすごくとお~い縁ね」
 黙ってクラッカーをボリボリ食べている優斗に千晴が視線を移したとき、ポケットに入れていたスマホが振動した。俊介からのショートメールだ。『これからそっちに行く』とある。千晴はぎょっとしてしまう。
「はい、お開き! 桐生くん、帰って」
 千晴はものすごい勢いで立ち上がる。
「え~、まだ来たばっかりなのに~」
 渋る優斗の腕を取り、千晴は引っ張り上げた。
「俊介が来るから帰って」
 その横で座ったまま、千歳が憎々しげな顔をしている。
 押し問答を繰り返したのち、やっと優斗を玄関まで連れ出したところで、玄関のドアが開いて俊介が現れた。メールから十分も経っていない。レストランでワインを飲んで運転ができないはずだからタクシーかと思ったが、今日の道路交通状況からすると電車のほうが早い。メールをしたのはまるうちのオフィスではなく、吉祥寺きちじょうじ駅からだったのだ。
 ──終わった!
「どういうこと?」
 俊介が眉をひそめた。
「俊介さんがいらしたの?」
 リビングルームのほうから千歳の声が聞こえてきて、千晴は我に返った。
「俊介こそ、どういうことよ!?」
 ──やっぱりお姉ちゃんに気があったんでしょう?
 そう問い詰めたかったが、姉の前で言いたくなかった。惨めになるから。もしかしたら姉にふられたから代わりに妹なのかもしれないとも思い始める。そのほうがに落ちる。俊介は優秀な上に見目もいいのだから。
 千晴が泣きそうになっているのに気づいたのか、俊介の眉間からしわが消えた。俊介が千歳のほうに顔を向ける。
「お楽しみのところ申し訳ありませんが、千晴さんと二人きりにさせていただけませんか?」
「お邪魔してすみません。優斗、帰るわよ」
 千歳が優斗の腕を掴んで引っ張り出すものだから、優斗が顔だけこちらに向けて「じゃ、また」と手を振ってくる。千歳がドアを閉めて、二人の姿が消えた。
 俊介が玄関を後ろ手で施錠して、千晴を不機嫌そうに見つめてくる。
「なんでこの状況で俺がどういうことって責められるわけ?」
 俊介が靴を脱いで廊下に上がる。千晴は俊介に背を向けて先を歩く。
「待てよ」
 俊介に腕を取られるが、振り向きたくなかった。熱いものがこみ上げてきて今にも涙が零れそうだ。
「おまえ、あいつに何かいやなことでもされたのか?」
「桐生くんには何をされても傷つかないよ!」
 千晴が振り向いた拍子に、涙が一粒、頬を伝った。
「お姉ちゃんとイブを過ごしたことがあるんでしょう?」
 俊介が唖然としている。痛いところを突かれたという顔ではなかった。
「それで泣いて? 千歳ちゃんが上京した年、イブに一人で寂しいからって頼まれて……食事しただけだよ?」
 ──絶対今、私、醜い顔をしてるわ……。
 理性では、わかってはいるが、千晴の口を衝くのはこんないじけた台詞だ。
「美人とイブを過ごせてよかったね」
 俊介がやれやれという顔になった。千晴は両頬を手で包まれる。
「このは一体、俺がどれだけ愛情を注いだら自信を持ってくれるんだ? 好きなのお姉さんなんて最重要人物だろう? しかも好きなとは音信不通だったんだよ?」
 千晴はぐうのも出ない。
 俊介の顔が近づいてきて唇が重なる。口内を舌でかき回され、唇が離れた。二人の間を結ぶ蜜の糸が伸び、やがて途切れる。それだけで千晴はいとも簡単にぞわぞわと官能に支配され始めた。
「千晴、今日はお姉さんが連れて来たようだから仕方ないけど、桐生とは二度と連絡を取るな」
「うん。俊介がお姉ちゃんとデートしなければ約束してあげる」
「そんな時間があったら千晴とデートする」
 俊介が首に何度もキスを落としてきた。それに圧されて千晴があとずさるものだから、尻がテーブルに当たって行き止まる。
 すると、俊介が千晴の背のファスナーに手を回した。ワンピースのファスナーが下がるにつれて、千晴の肩が露わになっていく。俊介はそこにもくちづける。やがてワンピースはばさりと足元に落ち、ブラもはぎ取られる。
 千晴は長丈のキャミソールとショーツだけになった。
 レースのキャミソールは彼女のぴんと張った乳房で盛り上がり、白布の上からも立ち上がったふたつの小さな突起がわかる。千晴は恥ずかしく思ったが、俊介がその先端を指で弾くものだから、それどころではなくなる。千晴は背後にあるテーブルの端を掴んでこらえた。
「テーブルのほうを向いて」
 耳元で掠れた声で囁かれ、彼の熱い息を感じ、千晴はぶるりと震える。言われるがまま俊介に背を向け、テーブルに両手を突く。
 俊介が指で、キャミソールの上から千晴の尖りをつまみ、もう片方の手でキャミソールをめくり上げ、その手を、下腹からショーツの中へと下げていく。その緩慢な動きがたまらなくて、千晴は早くも「あ……」と、声を漏らした。
 俊介が胸の尖端を交互にねじり、ショーツの中に突っ込んだ手で、秘裂を前後に撫で、しかも臀部には彼の硬くふくらんだ雄を押しつけてくる。
 千晴はお尻をもぞもぞと動かし始める。敏感なあちこちを同時に刺激され、じっとしていられるわけがない。
 俊介が千晴のショーツに指を掛け、ゆっくりと下ろす。彼の指が太ももを伝う感触に、千晴は甘い吐息を漏らした。片方の足からショーツが外れると、俊介が自身のスーツパンツをゆるめる。開放された雄が反り上がって千晴の臀部に当たる。
 俊介が熱塊で後ろから秘密のみちを押し開き、蜜道を駆け抜け、みっしりと最奥まで埋め尽くしてきた。
「あぁ……」
 千晴は肘を折ってテーブルに前のめりになった。俊介が千晴の両側に手を突いているので彼に包まれているようだ。安心して喘いでしまう。千晴は臀部に腰を打ちつけられ、いつもと違う角度で内壁をこすられ、だんだんと何がなんだかわからなくなり、尻を突き出してテーブルに倒れ込む。
 はあはあと、千晴が荒い息をはいていると、俊介が背後から囁いてくる。
「千晴、もう少しでおまえと本当に繋がれるなんて、どれだけうれしいかわかる? 嫉妬するのは俺のほうだ」
 千晴はぼんやりした頭の中で、過去のことでいちいち姉に嫉妬をするのはやめようと思った。
 結局、二人のいさかいは嫉妬したりされたりぐらいで、甘い夜がいともたやすく溶かしてくれるのだった。
 そして、とうとう三月、結婚の儀式の日がやって来る。盈月えいげつの儀式というそうだ。
 千晴が盈月とは何かを俊介に問うと、段々丸くなっていく月のことで、日取りは丸くなり始める新月の日が選ばれるそうだ。旧家には凡人にはわからないこだわりがある。
 千晴は儀式の二日前に俊介の友人の病院で採血されただけで、処女偽装工作は、あとは俊介がなんとかしてくれるとのことだった。そしてこの儀式が終わったら国内旅行に行こうと言われ、着替えなどを詰めたトロリーバッグを事前に俊介に渡した。
 ただし、行先は内緒だという。気候を訊いたら東京と変わらないというので、千晴は、そんなに遠くないところだろうという認識だった──。

 京都の桐生家は、なんということもないプレハブ工法の二世代住宅だ。ここには優斗の曾祖母そうそぼと、祖父母が住んでいる。
 二階の和室で優斗は曾祖母の壽賀すがと、ちゃぶ台で向かい合って沢庵たくわんをボリボリ食べていた。ちゃぶ台の上には生花が何本も置いてあり、壽賀が手に取っては花器に花を生けている。壽賀は九十一歳で白髪だが、痩身で和服を着こなし、かくしゃくとしていた。
「……性懲しょうこりもなく清宮家は盈月の儀式をするのね」
 壽賀がうめくように言うので、優斗は腕時計に目を落とす。
「ええ。もうすぐ始まりますね」
「そう……」
 壽賀が八つ当たりするかのように、剣山にぐさっと勢いよく花茎かけいを刺した。
「七十年経つのに、今でも思い出すと気分が悪くなるんですか」
「そうね。忘れたくても忘れられない……」
 顔をしかめる曾祖母の心を少しでも軽くしようと、優斗はこう告げる。
「でも千晴さんは好きな男性ひとと結ばれるのだから、辛くないと思いますよ」
「ええ。優斗からその報告がなければ私、全力で阻止していたと思うわ」
「そうですか。でも僕、何も知らされないで幸せでいるのって本当に幸せなのかなって疑問に思うんですよね」
「知らなければ幸せよ。ただ、知りたくなったときに教えてもらえないのは不幸。千晴さんが知りたくなったら、そのときはわたくしに伝えて」
「わかりました」
 優斗は殊勝に頷いた。

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