【試し読み】宮廷薬剤師の過保護な執愛~花開く幼馴染の煌めく祈り~(下)

作家:吹雪歌音
イラスト:甘海老りこ
レーベル:夢中文庫プランセ
発売日:2020/1/31
販売価格:800円
『宮廷薬剤師の過保護な執愛~花開く幼馴染の煌めく祈り~(上)』の試し読みはこちら

あらすじ

オートクチュールのメゾンとして『起きてはならない問題』が次々とアルバートルに発生し、それらを乗り切るために力を尽くすチャーリー。しかし、メゾンで発生する問題はどんどん深刻なものに……。メゾンを守るため、必死にチャーリーは耐えようとする。そんな落ち着かない日々に疲れ切った彼女を幼馴染のジェラルドは癒し、ときに激しく求め──そうしてそれはチャーリーが抑えていた想いを溢れさせてしまうのだが、彼の真意がつかめない彼女の不安はつのるばかりで……。ジェラルドからの執愛は本物なの……!? 嵐のように問題が押し寄せるメゾン・アルバートルを存続させられるのか──。

登場人物
チャーリー
貴族人気が高いオートクチュール工房のクチュリエール。ジェラルドに密かに恋をしているが…
ジェラルド
宮廷薬剤師。身分の違いからか、自分と一定の距離を保とうとするチャーリーの体調や心を気遣う。
試し読み

「チャーリーなら、エロじじいのところへ、イヴとロラといっしょに謝罪に行ってますよ」
 三人を乗せた馬車が郊外に差し掛かっていた頃、ジェラルドはアルバートルを訪ねていた。
 サロンでニナが、お菓子片手に答える。
「何があった?」
 ジェラルドは率直に状況を問う。
「ご冗談を。ここはお父上率いる軍ではありませんよ。メゾン内の事は門外不出だとご存知でしょう? キュアヌス様」
 からかうような口調に彼の表情が剣呑さを漂わせる。
 ニナは前歯でクッキーを齧ると猫のような瞳で笑った。

「ブルーエ公爵家御用達だからと、少し図に乗ってるんじゃないのかね?」
 応接間でセティに腰かけたまま老齢の貴族は、ここぞとばかりに嫌味を浴びせて来る。
 爵位第五位にある自らの立場が、余程意に沿わないのだろう。
「あたしのスリーサイズが外に漏れたら、どう責任とってくれるのよ!?」
 隣りに座る、孫くらい年の離れた愛人も便乗して怒鳴り、大きなスリットが入ったドレスで、わざわざ長い脚を組んでいる。
 馬車に揺られ、郊外にあるオダン男爵の屋敷へ着くと、案の定の展開が待ち受けていた。
「現段階で情報が外部に漏洩したかどうかは不明です。その際は必要に応じた処置を取らせていただきます」
 チャーリーはクチュリエールの表情を崩さず静かに言い切る。
 ロラが持参した仮縫いのドレスをパメラに着せ、イヴがシルクピンで細かい修正を施していく。
 深紅の布を纏ったモデルを見ながら、チャーリーは流れるような筆使いで、クロッキーにデッサンを描いた。
「ねえ! バラを描くの忘れないでよね!」
 パメラが身を乗り出して、いちゃもんをつける。
「当メゾンのクチュリエールは、自身の描いたデザインは忘れません」
「体曲げないでくださいね。綺麗なヒップラインが台無しですよ」
「うっ! チョット!」
 即座にロラが一蹴し、イヴがパメラの背中とお腹に手を当て姿勢を正させる。
 オートクチュールは客ではなく、クチュリエールが采配を振るう。
 デザインにおいて、すべての権限はメゾン側にある。
 精神を研ぎ澄ませている筆先に口出しは無用だ。
「ほう、さすがはブルーエ公爵夫人気に入りのマドモアゼルだ」
 オダンは凝りもせず、チャーリーに絡む。
 彼女から醸し出される清廉さは、彼の周りの女たちにはないもので、興味がそそられるらしい。
「元々バラは五個ついていましたが、同じ数でよろしいですか?」
「もっと増やして! そんな少しじゃついてないのといっしょよ! 百個にして!」
 チャーリーの問いかけに、パメラはイヴが持参したバラの飾りを親のかたきみたいに指差した。
 装飾パーツもひとつひとつ、すべて手作業で作るため、一個増えるだけでもかなりの負担になる。
 採寸表紛失という不始末がある以上、パメラの要求を飲まない訳にはいかなかった。
 女好きの男爵のせいで、余計な仕事が増えたと、イヴとロラは陰で嘆息をついていた。

「ああ、もう。あの妾女! ほんと嫌な感じ」
 雨脚が強くなる一方、走る馬車の中では、イヴが二日酔いみたいになっている。
 オダンがパメラの機嫌を損ねたせいで、過日の悪夢のような打ち合わせを再演しているようだった。
 彼女の叫喚に耳が痛くなったし、新しいデザインができあがるまで『さっさと描け』『とっととやれ』『へたくそ』だの呪詛を聞かされ続けていた。
「お疲れ様。デザインも、これでいいということになったから、よかったわ。ふたりがパメラ様をうまく押さえてくれたお陰よ」
「マドモアゼルを支えるのがわたしたちの役目だもの」
「そう、そう。でも、チャーリーほんとごめん。ちゃんと、しまっておいたのに。なんでなくなるのよ! やっぱ妖精でもいるのかな?」
 当然とばかりに返答するロラの横でイヴが頬杖をつく。
「こんなに悪戯ばかりするなら、捕まえてしっかりお灸をすえないとね」
 チャーリーは手元のデザイン画を見て呟いた。
「バラがくっついてはいるけど、あれはモンスターよね」
 トウガラシ夫人の傍若無人ぶりを思い浮かべ、イヴがジト目になる。
 紛失騒動、という点ではこれまでと同じだが今回ばかりは参った。
 作りかけの本生地のドレスと、その材料を運ぶのは気を遣う。
 おまけに、どしゃぶりで濡れないように注意を払う分、疲労感も増した。
「余り布でトウガラシのティアラでも作っちゃおうかしらね」
「誰が着けるの?」
「魔除けでサロンに飾ればいいんじゃない」
 空元気で冗談を言い合う三人を乗せ、馬車は走った。
 途中、イヴとロラの家に寄ってふたりを降ろすと、チャーリーは馬車でメゾンへと向かった。
 エンリコに任せてはいたけれど、再発した騒動に気持ちがざわつく。
 自分を落ち着かせるためにも確認をしてから帰ろうと思ったのだ。
 正面玄関の前で馬車を降りたチャーリーは裏口に回った。
 珍しく激しい雨に、少しの距離でもローブがびっしょりになってしまう。
 鍵を開け、すっかり明かりの消えたアトリエに入る。
 誰もいなくて、やたらと寒く感じた。
 ぽたぽたと雫が床を打つ。
 ボタンを外し、チャーリーはローブを脱いだ。
 濡れた布が肌にへばりついて引っかかる。
 そんなに濡れたつもりはなかったのにシュミーズまで、しっかり湿っていた。
 髪からも雫が、したたり落ちて頬を流れる。
 ドレス部門の明かりを点けると、作業机の上は綺麗に片づけられていて、一枚の紙が置かれていた。
『おつかれ、チャーリー』
『特に何もなかったわよ』
 エンリコとニナからの置き手紙だった。
 パメラの採寸表とデザイン画の紛失以外、問題がなかったことにホッとした。
「っくしゅ!」
 気が緩んだ途端に、くしゃみが出る。
 あわてて給湯室に行き、タオルで髪を拭いて胸元の小瓶の水気も取った。
──よかった。中までは濡れてない
 白い粒は砂のように転がり、さびしそうに光る。
「不用心だよ、チャーリー」
「……っ! ジェラルド様」
 誰も居ないはずの室内に響く声。
 背後を振り向くと、ずぶ濡れのジェラルドが立っていた。
 なぜ、彼がいるのかと混乱していたが、よくよく思い出せば鍵を閉め忘れていたのだとチャーリーは気づいた。
 わざわざ待っていてくれたのだろうか?
 嫌でも期待が膨らんでしまう。
 冷えていた体は火が灯ったように熱を持ち始めた。
 とくん、とくん、と鼓動が甘く転がる。
 疼痛に胸元の小瓶を握りしめれば、濡れた感触が指先に当たった。
「申し訳ありません。すぐ着替えますから」
 自分が肌着姿なのを思い出して全身が発火しそうになる。
 明かりの下で堂々と、あられもない恰好を披露していた事に身の置きどころがない。
 シュミーズはぺったりと皮膚の一部みたいになっていて、チャーリーの体の輪郭や胸の形をしっかりと縁取っている。
 そして、その丸みの先端の色も滲ませていた。
 胸元を腕で覆い、ジェラルドの横を通り抜けようとしたら彼に腕を掴まれた。
「体、冷えてるよ。早く脱いだほうがいい」
「ジェラルドさっ……まこそっ、早く拭いてくださいっ……お風邪を召されます!」
 チャーリーは、銀色の毛先に滴る雨粒をタオルで拭った。
 一瞬、彼の瞳に見知った熱を感じ取る。
「あっ……」
 背中に腕が回され、直感的に脱がされると悟った。
 抱きしめられる形でボタンが、外されていく。
 音もない音が耳を蹂躙して、たまらず彼の上着を掴んだ。
 肩紐に指が掛けられ、果実の皮を剥くみたいに濡れた薄布が胸元から下ろされていく。
 ふるり、と弾む乳房は雫を滴らせていて、まるで歯を立てられるのを待ちわびているかのようだ。
 濡れた素肌に、ふたりだけしかいない部屋の空気が冷たい。
 体がぶるっと震えてチャーリーは自らを掻き抱いた。
 へその位置まで剥がされた無垢の覆いは、尻を通り過ぎた瞬間に足元で、ぺしゃっとつぶれた。
 着ているものがドロワーズだけになり、後ずさろうとすれば力強い腕に腰をとられる。
「やだっ……見ないで」
 濡れ鼠姿を見られたのも、今の姿を見られているのも恥ずかしくて目をつぶった。
 おまけにベッドですべてを見られた事まで想起してしまい、羞恥の炎に、どんどん薪がくべられていく。
 乱れた髪と紅潮した頬は、彼女の思いと裏腹に色気が醸し出されていた。
 縮こまり欲望を隠そうとする態度はジェラルドの加虐心を煽るだけだった。
「んっふっ」
 顎を指先で掬われチャーリーの唇は彼のそれに塞がれ、情けない鳴き声しか出てこない。
 たしめるようなキスをしたのち、彼は、こう言った。
「そんなに僕の体が心配ならチャーリーが僕を温めてよ」
 唇に注ぎ込まれた言葉の意味が分からなくて、この間と同じ炎を揺らめかせる瞳に見入った。
──わたしが、温める?
 真っ先に頭に浮かんだのは暖炉に火を起こすことだった。
 しかし、メゾンには暖炉がない。
 万が一火事になったら取り返しがつかないからである。
「あ……っ」
 顎から首筋、鎖骨へと、湿った肌を彼の指が這う。
「んあぁっ」
 先端の飾りをつままれ、ジェラルドの要求を理解したチャーリーは、自分自身が火の塊になったのではないかと思うほどに熱くなった。
 ぞくぞくした感覚が腰から駆け巡り太腿が痙攣する。
 じくじくとこねられた赤い蕾が勃ち上がっていき、足の間が、じゅわ、と蜜をにじませた。
「だっ……だめ、ですっ、ジェラルドさ…あああっ」
 弄ぶ指が乳首を抓る。
 様付けで呼ばれるのがジェラルドにとって、よほど我慢ならないらしい。
「やぁっ……ああっ」
 彼の胸を押そうとしても力がうまく入らなかった。
 宮廷薬剤師の制服の下に隠されている鋼の肉体に、女の細腕が敵うはずもない。
 それだけではなく先端を嬲る指をどうやっても払いきれないのは、チャーリーが彼を受け入れているからだ。
「あっんんっんっ」
 痛いのに気持いい。
 身を捩っても腰をとらえている腕に阻まれて逃れられない。
 自分の乳首がジェラルドの指によって、いいようにされている淫らな光景から目が離せなかった。
 蓄積していく愉悦に押し流されまいと、チャーリーは指先に触れる重厚な生地にすがった。
 宮廷薬剤師の制服には精緻な刺繍が施されている。
 細かな凹凸は、たどたどしい手を受け入れてはくれなくて、震える太腿が限界に達する。
「──っ」
 膝が折れる寸前にジェラルドの腕に抱え上げられた。
 色気の滲む青い目と視線がかち合う。
 直前まで弄られていた胸の飾りが、じくりと熱い。
 そんな先端の粒よりも彼女の体の芯は、さらに、どろどろになって溶岩のように煮えたぎっていた。
「明かりは、消してっ……」
 ソファに降ろされた瞬間、チャーリーは訴える。
「真っ暗だと危ないよ」
 彼女の体に毛布をかけながらジェラルドが答えた。
 急激に昂った体とは違い、チャーリーの気持は羞恥に燃えている。
 もう初めてではない行為。
 知っているからこその恥ずかしさだった。
「これ、使っていい?」
 ジェラルドが棚に置かれたランプを手にする。
「火の始末さえできれば」
 停電時以外は滅多に使わず埃を被っていた。
「だいじょうぶ。僕が消しておくから」
 クチュリエールの同意を得た彼は、跪き彼女のブーツの紐を解く。
 穴から抜かれる紐を眺めていたチャーリーは、ジェラルドの返事が今になって恥ずかしくなった。
「消さなくても、いい、です……」
 チャーリーは毛布を引っ張り、ふわふわした感触を抱え込んだ。
「火事になったら大変だろ」
 分かっているなら、こんな所で抱こうとはしないで欲しい。
 自分で火を消す、というつもりで言ったのだが、彼は別の意味に対しての返答をした。
「このままなら、一番安心だよ」
 分かっているなら、どうして同じ結果を得る選択肢しか与えられないのか。
 ストッキングだけになった脚を見つめる。
 緊張なのか、興奮なのか、爪先はぴん、と張っていた。
 チャーリーは、体と同じだけ昂った感情を、胸元の祈りへ押し込めようとした。
 ばさばさと衣が脱ぎ捨てられる音に顔を上げると、上半身裸のジェラルドが微笑む。
「だいじょうぶだよ。ちゃんと消すから」
 本当に彼はいじわるだ。
 試すようなことばかり言って。
 目が熱を持って、涙がたまる。理不尽さに泣きそうになった。
「ごめん。チャーリー」
 雫が目尻を越えると同時に、頬に温もりが触れる。
「ごめん」
 謝罪の言葉がくり返され、ジェラルドの唇が涙を汲んだ。
 額や頬、鼻先にもキスの雨が降る。
 彼が詫びているのが分っていても、くやしくて、いやいやをすれば、ぎゅうっと抱きすくめられた。
「ごめん……」
 背中を撫でる手は酷く優しくて、残酷だ。
 チャーリーは無言のまま目を閉じ、広い肩口に頬をくっつけた。

※この続きは製品版でお楽しみください。

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