【試し読み】恋は瞬く間にやってくる~極上な彼の全力疾走する求愛~

作家:沢渡奈々子
イラスト:上原た壱
レーベル:夢中文庫セレナイト
発売日:2020/1/7
販売価格:600円
あらすじ

「君のことが好きです。俺とつきあってくれませんか?」──アウトドアショップに勤める絵麻は、客の樹から日々熱心にアプローチをされている。彼は走ることが好きな美形で背も高い。こんなハイスペックな人が何故平凡な自分に? 彼を疑う気持ちが拭いきれない絵麻は、まんざらでもないと思う心を抑えつけて断り続けてきた。しかし樹はその人柄で彼の友人でもあるショップ店長を手始めに、絵麻の弟をも味方に。完全に外堀を埋められてしまった絵麻。ついには樹が大型市民マラソンを三時間以内でゴールしたら彼女になる約束をさせられてしまう。絵麻はできるわけないと高をくくるが……。果たして樹は三時間を切ることができるのか──

登場人物
長崎絵麻(ながさきえま)
樹からの積極的な愛情表現に困惑。デートの条件として無理難題をつきつけるが…
神尾樹(かみおいつき)
マラソンが趣味の長身イケメン。絵麻の前に度々現れ、熱烈なアプローチをする。
試し読み

絵麻えまは今日も可愛い」
「……どうも」
 うんざりしたようにぼそりと吐き出すと、絵麻は陳列棚の上に無造作に置かれたTシャツを手にした。身体の前面を使って器用にたたみ直していく。
 目の前の男は、棚の向こう側から彼女を満面の笑顔で見つめている。極めて機嫌のよさそうな表情を視界の端っこで認めながら、絵麻は棚から棚へと移動してそこに置かれたものをきれいに整理していった。
「そうやっててきぱき働く絵麻も好きだよ」
「……神尾かみおさん」
 つかず離れずでついて来る男に、絵麻は大きくため息を吐く。
「何?」
「お褒めいただくことは嬉しいのですが、私、仕事中なので」
「じゃあ仕事の後でデートしてくれる?」
「その件はお断りしたはずです」
「そうだっけ? ……あ、少し怒ったような顔も可愛い。好きだなぁ」
 とぼけた口調で放たれた台詞に、絵麻は拍子抜けする。きっぱり断ったところで、いつもこんな風にけむにまかれてしまうので困るのだ。
「っと、あぁ……残念。タイムアップだ、行かなきゃ。また来るから、絵麻。デートのこと、考えておいて」
 この男──神尾いつき長崎ながさき絵麻の前に現れるようになったのは、かれこれ一ヵ月近く前のことだ。
 絵麻が勤務する『GOSH(ゴッシュ=ゴディル・アウトドア&スポーツハウス)』に突然現れては、恵まれた造作の顔に人の好さそうな笑みを貼りつけて、
『長崎絵麻ちゃんだよね? 俺は神尾樹と言います。君のことが好きです。俺とつきあってくれませんか?』
 開口一番、そう言い放ったのだ。
『え……すみません、お断りします』
 見知らぬ男からの告白に困惑しながらそう答えると、
『じゃあ、まずはデートして。俺のことを知ってほしいし、絵麻ちゃんのことももっと知りたいから』
 と、食い下がってきた。
『無理です』
 と言っても諦めてはくれず、それ以来、絵麻が店舗に出ている時を見計らっては、姿を見せるようになったのだ。
 どうして彼女のシフトを知っているのかと尋ねてみても、笑ってごまかされる。
 それからも『好き』『可愛い』『俺とつきあって』などなど──惜しみない愛の言葉のシャワーを浴びせてきて。絵麻に対する好き好き大好きオーラを隠しもしない樹に、絵麻は困っていた。
 ──悪い気はしないのだ、悪い気は。
 何せ樹ときたら、一言で表すと『美形』だ。年齢は絵麻より二つ上の二十七歳。甘めのマスクに艶やかな短めの黒髪、百八十を少し超えた長身、長い脚──スーツがよく映えるスペックを持ち合わせており、女性を軒並み虜にしてもおかしくない。
 おまけに走ることが好きなのか、時折ジョギングウェアで来店するのだが、全身筋肉質でしなやかな身体つきをしているのが見て取れる。
 とまぁ、見た目だけなら文句なしにイケメンなのだ。
 けれど、そんなルックスから発せられる愛情表現があまりにもオープンすぎて、かえってそれを素直に受け取ることができないでいた。
 そんな絵麻が『GOSH桜浜さくらはま本店』に勤務し始めたのは一年ほど前のことだ。学生時代からアウトドアが好きだった彼女は趣味が高じ、大学卒業後はアウトドアブランド『ゴディル』に就職した。現在はその傘下のアウトドアショップに出向している状況だ。期間は二年の予定で、順調にいけば一年後には本社に戻ることになるだろう。
 気が済んだらしい神尾がショップを出た後、ウェア売り場のフロアミラーに映る自分をチラリと見る。
(どうしてこんな私なんかに……?)
 絵麻は今年で二十五歳、年相応の見た目だ。
 超絶美人、というわけではないが、まぁそれなりか。大学時代にファーストフード店でアルバイトをしていた経験もあり、接客における愛想には結構自信がある。元々は企画開発希望でゴディルに入社したが、接客も嫌いではなかった。
 今の職業柄、身だしなみや体調管理にはそこそこ気を配っている。そのおかげか、太ってはいないし、髪や肌の調子もすこぶるいい。
 過去には彼氏だっていた。就職して休みが合わなくなった途端、振られてしまったけれど。
 どこをどう取ってみても普通の女の子で、神尾のような美形が熱を上げる要素など持ち合わせていない。
 胸の上まで伸びた焦げ茶の髪を指先で整えながら、
「本気なのかしら、あの人……まさかね」
 そう呟くと、後ろからクスクスと笑い声が聞こえた。
「神尾は相変わらずだねぇ」
「店長! す、すみません、お騒がせしました」
 店長の北原きたはらが隣に立つ。絵麻はあたふたしながら頭を下げた。
「いやいや、絵麻ちゃんのせいじゃないから。……半分は僕のせいだし、ね」
「え、それってやっぱり……?」
 北原はどうも樹の友人らしく、時折仲よさそうに話しているのを絵麻は見かけていた。だから彼女のシフトの情報を樹に流しているのは彼ではないかと、秘かに疑っていたのだが──
「ごめんね~。あいつには借りがあってさ。どうしても、って言われて断れなくて」
「ちょっ、それって会社的にいいんですか!?」
(個人情報保護とかコンプライアンスとか、どうするのよ~)
 案外いい加減な北原の発言に、絵麻は目を見開いて抗議する。
「まぁ……あいつなら、ね。それに、神尾は僕もおすすめだよ。ああ見えて意外にも誠実な男だし」
「誠実……ですか?」
 絵麻は訝しげに眉をひそめた。
「あはは、あんなストーカーみたいに来られたら誠実も何もないかぁ」
 北原が短く刈ってある自分の頭を撫でながら脳天気に笑う。
「もう、ほんと困ります」
「一度くらいデートしてあげたらいいのに。それで合わないなら断ればいいし、断りづらかったら僕から言ってあげるよ?」
「はぁ……」
 北原の脳天気さを羨ましく思いつつ、絵麻は口元をひくひくと歪ませた。

「ただいまぁ……っと、あれ?」
 家のドアを開けて声を上げた時、玄関に見慣れない靴が置かれているのが目に入った。女性と男性のものが一足ずつだ。
(誰……?)
 一瞬首を傾げたけれど、すぐに心当たりを思い出す。LDKのドアの前へ来ると、男女の笑い声が聞こえた。
「あははは、それはすごいな、すみれちゃん」
「父さん、ほら焼けてるよー」
「あぁ、ありがとう、陽平ようへい
 リビングダイニングへ入ると、三人の男女がテーブルでホットプレートを囲んでいた。その内の一人、絵麻の父である政志まさしが、お皿に載ったお好み焼きに箸を入れようとしている。
「おぉ、絵麻。おかえり」
「ただいま、お父さん。陽平、すみれ、ニューヨークはどうだった?」
「お~、絵麻おかえり。お土産たくさん買って来たからな」
「絵麻おかえり~。ごめんね、陽平がお腹空いたって聞かなくて、夕飯始めちゃってる」
 父の前に並んで座っている二人──陽平とすみれは、先々週結婚式を挙げたばかりの新婚夫婦だ。陽平は絵麻の双子の弟、そしてすみれは二人の幼なじみである。幼稚園の頃からのつきあいで、お互いの家を気軽に行き来する仲だった。
 絵麻と陽平が大学生の頃、二人の母が病気で亡くなったのだが、そのことがきっかけですみれと陽平の仲はぐっと近づき、つきあうようになったらしい。
 そして四年の交際を経て、ゴールインと相成った。
 昨日、ニューヨークへの新婚旅行から帰国し、そのお土産を届けるついでにみんなで夕飯を一緒に食べようと約束していたのが今日だ。
 家に帰るまでうっかり忘れていたが、玄関の靴を見て思い出した。
「ちょっと着替えてくるから、食べてて」
 絵麻はリビングを出て自室へと向かった。部屋着に着替えると、すぐに階下へ戻る。
「絵麻、ちょうど焼けたからおまえも食えよ」
 手を洗ってからテーブルに着くと、陽平がヘラでお好み焼きをお皿に載せてくれた。
「ありがと、陽平。いただきま~す」
 手を合わせて食べ始める。
「ん、美味しい~」
「ねぇねぇ絵麻、陽平ったらね、ニューヨークの地下鉄で高校生と間違えられたの!」
「すみれだって同じだろ」
「私は結構嬉しかったし。若く見られて」
「えー……高校生に間違えられて嬉しいか?」
 すみれと陽平がお好み焼きを放ったらかしにし、小さな言い争いを始めた。けれどそんな姿すら仲良く見える。新婚というのは実に微笑ましい。
「はいはい、仲良くていいね。でも夕飯くらい落ち着いて食べさせて」
 絵麻は二人のかけあいを軽くスルーしてお好み焼きを頬張った。
「それにしても、まさか絵麻より陽平の方が先に結婚するとは思わなかったなぁ」
 政志がビールを呷りながら、呟くように言った。
「絵麻も早く結婚しろよ。いいぞ、結婚は」
「まだ十日くらいしか経ってないのに、何言ってるのよ、陽平は」
 ドヤ顔で言い放つ陽平に、絵麻が鼻で笑う。そんな二人の様子を見て政志はクスクスと笑い、それから尋ねた。
「絵麻はいい人いないのか?」
「え? う、ん……いない、よ」
 父の何気ないその問いは、絵麻の返事を詰まらせた。
「何だよ、思わせぶりな物言いだな。ほんとはいるんじゃないのか?」
「いるなら紹介してよ、絵麻」
「い、いないよ! そんな人いないから!」
 身を乗り出して聞き出そうとしてくる陽平とすみれに気圧されるも、絵麻はブルブルと大きくかぶりを振って否定した。
 大げさなまでに頭を振ったのは……彼の姿が思い浮かんでしまったからだ。
(いやいや、彼は違うし!)
 絵麻は自分に言い聞かせた。
 夕食が終わり、陽平たちの新婚旅行のお土産を広げていると、政志が思い出したように手を叩いた。
「そういや絵麻、おまえ宛てに荷物が来てたぞ。ほら、あそこに置いといた」
 父の指差した方向を見ると、リビングのローテーブルに段ボール箱が置かれていた。
「ありがとう。どこからだろう……」
 四十センチ四方の箱を手に取り、宅配便のラベルを見る。送り主の名前を確認すると──
熊野御堂くまのみどうさんって、珍しい名字だなぁ。むか~し教えた学生に一人いたけど」
 大学で教鞭を執っている政志が、感心したように頷いた。
「熊野御堂? 絵麻の知り合いでそんな人いたっけ?」
 陽平が首を傾げる。
「あぁほら、私、前に小学生助けたじゃない? その子のおばあちゃんだよ、熊野御堂さんって」
「あぁ、絵麻が心肺蘇生して助かった子ね。ほんとすごい、人ひとり助けたんだもんね、絵麻」
 すみれが声を弾ませた。
 一ヵ月半ほど前の出来事だ。
 絵麻が出勤する時、GOSH近くの道路で小学生男子が車にはねられるのを目撃した。幸いドライバーは逃げることなくその場に停車し、救急車を要請するなどの適切な行動をとっていたのだが、運悪く男児は心肺停止状態に陥ってしまった。それを彼女が助けたというわけだ。
 絵麻の勤務している店舗は運動場を擁した大きな公園のすぐ隣にあり、またジムやボルダリングやスカッシュ、バスケットボールなどのスポーツ施設も併設している。そこで起こりうる事故に備え、GOSHでは従業員に上級救命講習の資格取得を義務づけていた。
 もちろん、絵麻もその資格を持っていたので、男児の救命措置を施すことができたのだ。近くにいた人にGOSHからAEDを持ってこさせ、自分は心臓マッサージと人工呼吸を行った。
 蘇生法を習いはしたものの、実際に救命活動をするのは初めてだった。この上なく緊張したし泣きそうになったけれど、人命がかかっているので一心不乱に動いた。事態を知った北原が助っ人を送ってくれたので、その従業員と交替で救命行為に臨んだ。
 救急車が来てからは救命士にすべてを託し、絵麻は出勤した。手が震えて止まらなくて、しばらくは仕事にならなかった。北原は彼女を労い、午前中は休ませてくれたのだ。
 後でその男児の両親、そして祖母が店舗までわざわざ絵麻を訪ねてきた。
 彼らが言うには、絵麻の適切な処置がなければ、男児は手遅れになっていた可能性が高かったそうだ。
 両親と祖母は涙ながらに深々と頭を下げてきて、絵麻は恐縮してしまった。
 その後男児のお見舞いへ行ったりと、事故がきっかけで彼の家族と交流することになったのだ。
 ちなみに絵麻はその後、桜浜市消防局から救命措置に対する感謝状を贈呈された。それが何故か今、GOSHの壁に掲げられているのが解せないところである。
 男児の祖母の熊野御堂志乃しのは、品のいいおばあさま、といった見目をしている。おそらく資産家なのだろうが、居丈高な雰囲気はまったくなく、穏やかでとても優しい。この祖母が特に絵麻を気に入ってくれたのか、何かにつけて連絡や贈り物をくれる。
 今日届いたのは果物だった。大粒でプリプリした巨峰が何房も詰まっている。
「うわ、美味しそう~」
 絵麻は目を輝かせた。彼女の肩口から顔を覗かせた陽平もまた、目を見張る。
「わ、これすげぇいいやつじゃねぇの? 見るからに新鮮そう」
「半分あげるから持って帰っていいよ。ぶどう大好きだもんね、陽平」
「マジで? サンキュー絵麻」
 絵麻が小さな紙袋を持ってきてぶどうを分けて入れると、陽平はそれを嬉しそうに受け取った。
「最近この女の子、よく見かけるなぁ」
 巨峰が包まれていた新聞を広げた政志が、そこに掲載されていた広告を見て呟いた。
「あ、西野にしのみなみ。陽平が最近騒いでるの、可愛いとかなんとか言っちゃって」
 くちびるを尖らせたすみれが、広告に使われている女性を指差す。
「おまえだっていつもテレビで松本まつもと涼太りょうた見て『超カッコイイ~』とか言ってるじゃん。目をハートにしちゃってさ」
 二人が話題にしている名前は、どちらもここのところ人気が急上昇している芸能人で、ドラマやCMなどで見ない日はないほどだ。
 ゴディルでも商品のイメージキャラクターとして使われており、GOSHにはポスターが貼られていたりする。
「あぁ、松本涼太って、今ビールのCMに出てる子だよなぁ。あの子、どこかで見たことある気がして、テレビに出るとつい目が行っちゃうんだよ」
 政志が首を傾げながら呟くように言う。
「あー、アレじゃないか? この間、うちの近くでドラマの撮影してたし。それで見たとか?」
 思い出したように陽平が言った。
「そうだったかなぁ……最近、年のせいかもの忘れ激しいからなぁ。でも絶対見たことあるんだけどなぁ」
「だけど一度見たら絶対忘れないと思う。どっちも美人だしイケメンだよね。さすが芸能人、って感じ」
 腑に落ちない、といった表情の政志を尻目に、絵麻は毎日GOSHで目にするポスターを思い出しながら感心したように呟く……が、すぐに別の人物の顔を思い浮かべた。
(……美形度で言えば、神尾さんも負けてないかも)
 ここのところ頻繁に顔を見ているので少々麻痺しているけれど、彼の眉目秀麗ぶりはそれこそ芸能界で活躍していてもおかしくない。GOSHへ来るたびに、眩しいくらいのキラキラをまき散らしているのだ。
 西野みなみや松本涼太の傍らに混ぜてもまったく見劣りしないだろうからすごいと思う。
 そんな光り輝いている人から好意を寄せられているなんて、絵麻は今でも信じられないでいる。
 いつか【大成功!】と書かれたプラカードを持った人物が現れる気がしてならないのだった。

※この続きは製品版でお楽しみください。

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