【3話】亡霊騎士と壁越しの愛を
「ぴったりって、この私にですか……?」
突然ミシェルの部屋を訪れた父は、望んだものを映す魔法の鏡を手にミシェルを抱き寄せた。
「そうだ、まさしく運命の相手だ」
芝居がかった口調に、ミシェルは心の中で苦笑する。父――レイスは、昨年王位を長兄に譲って以来、ミシェルに構う事が多くなった。
若い王を補佐し、まだ政にも関わっているので暇ではないと思うのだが、ミシェルの住む地下の部屋に頻繁にやってくる。
多分彼は、末の娘を守れなかった事を未だ悔やんでいるのだろう。
その上ミシェルはここ数年で、面倒を見てくれていた祖母と母を立て続けに亡くし、より引きこもるようになってしまった。
だから老いた父は、自分がその代わりを務めようとこの一年頑張ってくれていた。
レイスの心遣いは嬉しかったし、彼の少々大げさな物言いや、常にミシェルを笑わせようとしてくれる言葉選びは好きだ。だが今日に限っては、不安しかない。
「とりあえずこれを見てみろ」
得意げな顔でレイスが鏡を差し出せば、そこには真っ黒な影が映っている。
(いや、これ影じゃない……真っ黒な……髑髏……?)
不気味な容姿に惹かれて鏡を覗き込むと、どうやらそれは髑髏を模した仮面のようだった。そこで視点が変わり、映し出されたのは真っ黒な甲冑を纏う一人の騎士の姿だ。美しい銀色の髪をなびかせ、騎士は剣を携えている。
「この男はガウス=ヴァルデシア。我が魔法騎士団の中でも選りすぐりの精鋭部隊『隠密機動部隊』の隊長だ」
「ガウス……それって『亡霊騎士』って呼ばれているあの方ですか?」
他人に興味がないミシェルでもガウスを知っていたのは、彼の二つ名のお陰だ。
髑髏を模した仮面と甲冑を纏い、闇の魔法を用いて戦うガウスは容姿の不気味さとあまりの強さから『亡霊騎士』という異名を持っている。
数年前に隠密機動部隊の隊長に抜擢されて以来、彼は数々の功績を打ち立てた。元々隠密機動部隊は、魔力がらみの誘拐の防止と被害者の救出を行うために作られた部隊だ。
ミシェルの誘拐以来、ヘイムの民が魔力目的で誘拐される事は年々増えていた。
誘拐の手口は巧妙になり、非道な方法を取る者も多いため、特別な対策班を作らざるを得なかったのである。そんな部隊の隊長に就任したガウスは闇の魔法を駆使した隠密のプロで、僅か一年で人身売買の組織を四つも壊滅させ、彼らから人々を守る防衛魔法の開発にも成功したのだ。
ガウスの活躍によりヘイムの守りは強固となり、ミシェルのように魔力を理由に誘拐される者は激減した。
近年また、彼の存在を知らぬ組織が誘拐を企てたが、そのときも僅か数日で壊滅させてしまったという。
そんな有能さを称えられる一方で、ガウスには謎が多い。
彼は人前で決して仮面を取らず、その素顔を見た者は誰もいないのだ。必要以上の会話もせず、可能な限り筆談でやりとりを行っているらしい。
故に武勲を打ち立て伯爵の爵位まで得たというのに、浮いた話は全くない。
「……もしかして、残りもの同士くっつけようとかそういう……」
思わず独り言をこぼしたミシェルに、レイスの顔がぱっと明るくなる。
「さすが我が娘、察しが良い」
「冗談じゃありません。私はともかく、ガウス様に失礼でしょう」
少々変わり者のようだが、国のために尽くしてくれた騎士に自分を押しつけるなんてどうかしているとミシェルは呆れる。
「私はろくに外にも出られないし、『吸血姫』という不名誉なあだ名もありますし……」
「それを言うならあいつだって『亡霊騎士』だぞ。幽霊みたいに得体が知れず、あの不気味な仮面を外そうともしない」
「少なくとも、私より国のために役立ってくださっているでしょう」
「だからこそ、可愛い末の娘の婿にしようと言っているんだ。不気味な容姿だが、根は良い奴だしあれは良い旦那になるぞ」
「父上とも面識があるのですか?」
「あれは、私がまだ王になる前――騎士団で修行をしていた頃の部下でな。昔はずいぶん可愛がってやったんだ。だからいい年をして結婚もしていないのを見ると、不憫でなぁ」
「大事な部下なら、それこそ私ではなく他のお姉様たちの方が……」
「ガウスは、お前ならばと言ったのだ」
「私?」
名指しで指定してくれたのかと思うと、ほんのちょっとだけ胸が跳ねる。なにせ今の今まで縁談など一つも来ず、家族や使用人以外の男性に微笑みかけられた事さえなかったミシェルである。
人から注目されるのは苦手なはずだったのに、自分を指名してくれたのは不思議と嫌ではなかった。