【試し読み】一途なCEOの溺愛は最強です

作家:沢渡奈々子
イラスト:カトーナオ
レーベル:夢中文庫クリスタル
発売日:2021/5/11
販売価格:600円
あらすじ

「僕は好きだよ。この胸も、腰も……朋夏の全部が大好きだ」――奇跡のようにきれいな暁さんが、私のことを好きになってくれた。これこそ奇跡だと思うの――幼稚園の先生をしている朋夏は彼氏の暁とつきあい始めたばかり。彼はかっこよくて背も高くて、おまけにゲーム製作会社のCEO。趣味も合うし穏やかで優しくて、朋夏を大事に大事にしてくれる紳士だ。交際のきっかけは園の壁画を描いている朋夏に、暁が新商品のイラストを依頼してくれたこと。仕事を通して彼に想いを寄せるようになった朋夏を、暁も好きになってくれた。毎日が幸せでたまらないけれど、暁はどうやら秘密を持っているようで、ことあるごとに影のある表情を見せてきて……。

登場人物
高橋朋夏(たかはしともか)
幼稚園教諭。容姿端麗で紳士的な彼氏・暁と付き合い始め、幸せな毎日を送っている。
五十嵐暁(いがらしさとる)
ゲーム製作会社のCEO。朋夏を溺愛しているが、ある秘密を抱えているようで…。
試し読み

朋夏ともか先生、朋夏先生、園長室までお願いします』

 スピーカーから聞こえる呼び出しの声に、朋夏はキーボードを叩く手を止めた。放課後の教室で、同僚と一緒に保護者向け書類を作成しているところだった。
「え、なんだろう……」
「ほら、いつものアレじゃない? 今日お誕生日だし、朋夏先生」
「あ、そうだった」
「ほら、続きは月曜日にして、早く行った方がいいよ!」
「じゃあ……珠紀たまき先生も、プレゼント、ありがとうございました。お先に失礼します」
 朋夏はPCを閉じると、それを小脇に抱え教室を出た。通路をひたすら歩き、職員室へ入れば、その奥に園長室がある。
 PCを棚に置いた後、園長室のドアをノックした。
「どうぞ」
 中からの返事を聞いた朋夏は、そっと扉を開けた。
「失礼します」
「あぁ朋夏先生、どうぞ、お座りください」
 室内の真ん中に据えられた二人がけソファに、園長が座っていた。テーブルを挟んだ向かい側を勧められたので、もう一度「失礼します」と口にして、腰を下ろした。
「──早速ですが、朋夏先生、お誕生日おめでとうございます」
 にこやかにそう告げ、園長がきれいにリボンがかけられた袋を、テーブルの上に滑らせるように差し出した。
「恐れ入ります。いつもありがとうございます」
 朋夏はぺこりと頭を下げた。
 高橋たかはし朋夏は、桜浜さくらはま幼稚園に入職して五年目になる教諭だ。今は年中ねんちゅうのゆりぐみの担任をしている。
 園長の関口せきぐち路子みちこは、園児だけでなく常に教職員にも心を砕く人格者だ。一人一人の誕生日を覚えており、毎年プレゼントを贈ってくれる。
 今日、十月一日は朋夏の二十七歳のバースデーだ。こうして関口園長からプレゼントをもらうのも五回目となる。
 贈られるのは、幼稚園で使えそうな実用的なものでありがたい。しかしそれよりも、いつでも教員一人一人を気遣ってくれる心が嬉しいと思う。
 こういう関口園長の人柄も手伝ってか、この幼稚園は離職率が低い。出産育児休暇を取得して復帰する既婚者教職員が多く、朋夏の年齢くらいの勤続年数を誇る職員もいるほどだ。
「運動会が終わって初めての週末ですし、ゆっくり身体を休めてくださいね」
「ありがとうございます」
「今日はこの後、五十嵐いがらしくんと過ごされるんですか?」
「あー……はい」
 園長から尋ねられ、朋夏はほんのりと頬を染めた。
「では早く帰らなくてはね。もう上がってください。五十嵐くんにもよろしくお伝えくださいね」
 園長が優しく笑って帰宅を促してくれる。その言葉に甘え、朋夏はプレゼントを抱きかかえて頭を下げた。
「お気遣い、ありがとうございます。お先に失礼します」
 朋夏は更衣室で私服に着替えた。いつもよりおしゃれに気を遣った服装だ。
 同僚からもらったプレゼントと、園長からもらったものを紙袋に入れ、すべての荷物を抱えて職員室へ行く。
 残っている同僚に挨拶をすると、
「彼氏とラブラブハッピーバースデーを!」
「イケメン彼氏サイコ~!」
 などと冷やかされた。
「からかわないでくださいよ、も~!」
 彼女たちをたしなめつつも、喜びを隠せないでいる朋夏は、にやけそうになるのを抑えつつ、早足で建屋を出た。夕方なので、すでに園の門は閉められている。
 彼女はその隣にある通用口から外へ出て、保護者用の駐車場へ向かった。
 一度だけ振り返り、園舎を見る。
(ほんと、この幼稚園で働けてよかった)
 朋夏は心の底からそう思った。
 駐車場に着くと、ちらほらと駐車されている乗用車の中に一台、白いSUVが見える。朋夏がその車に駆け寄ると、運転席から一人の男性が降りてきた。
「朋夏」
さとるさん!」
「お疲れさま、朋夏」
 現れたのは、大きな男だった。
 五十嵐暁──つきあい始めたばかりの、朋夏の彼氏だ。彼女よりも三歳年上の三十歳。
 彼に駆け寄ると、朋夏はその顔を見上げた。
「遅くなってごめんなさい。待ったでしょ?」
「言うほど待ってないよ。……行こうか」
 暁が助手席のドアを開けてくれたので、朋夏は中に乗り込んだ。
「プレゼント、もらったの?」
 車に乗るなり、暁が聞いてくる。彼女が手にしていた大きめの紙袋が目についたのだろう。
「そうなの。園長先生と、他の先生たちから」
「そっか、よかったな」
「……でも、暁さんがこうして迎えに来てくれて、一緒に過ごしてくれるのが一番のプレゼント」
 それは間違いなく、朋夏の本心だ。
「本当によかったの? レストランじゃなくて、僕の部屋での食事で」
「うん。だって誰にも邪魔されずに、二人でいたいから」
 自分で言っておきながら恥ずかしくなって、思わずうつむいてしまう。
「……可愛いこと言ってくれるね」
「本当のことだし……」
 朋夏はちらりと隣を見る。嘘のように整った顔が、自分を優しく見つめていた。暁は一層優しく目を細めて、甘い声音で尋ねてくる。
「今夜は、ずっと一緒にいてくれる?」
 それは言外に「今日は泊まっていけるか」と尋ねているのが、朋夏にも分かった。彼女は荷物を抱きしめて告げる。
「もちろん。お泊まりの準備はバッチリ」
 朋夏の弾んだ声に、暁はクスクスと笑った。

 暁が住むマンションは、桜浜幼稚園からほど近い住宅街にあった。築浅でセキュリティがしっかりしているそこは、この辺りの相場からすると高めの価格設定だ。にもかかわらず、売り出すと同時に即完売だったらしい。
 有名建築家のデザインだけあって、おしゃれで見た目も洗練されている。
「わ! すごい!」
 暁の部屋のLDKに通された瞬間、朋夏は感嘆の声を上げた。
 すっきりと片づけられた広いリビングの壁には『Happy Birthday』のバナーや風船などが掲げられている。
 ダイニングテーブルは、クロスやマット、プレートやカトラリーがきれいにコーディネートされ、真ん中には花が飾られていた。
「今日は半休取って、頑張って準備したんだ」
「嬉しい! 暁さん、ありがとう。ほんとに嬉しい」
 これを全部、暁自身が自分のためにやってくれたのだと思うと、本当に嬉しくてたまらなくて。
 心の底から感謝の言葉を紡ぎ出した。
「朋夏、そこの窓から外に出てごらん」
 暁がリビングの掃き出し窓を指差した。言われたとおり窓を開け、広いテラスへ足を踏み入れる。
「わぁ……素敵な眺め~」
 そこにあったのは、街の明かりたちを抱いた夜景だった。
 暁の部屋は最上階だ。とは言っても、住宅街の中にある十二階建てなので、そこから望むのは百万ドルの夜景とまでは行かない。
 それでも、周りにこのマンションより高い建物がないので、町を一望できる。すでに日没は過ぎているので、比較的きれいな夜景が見られるのだ。
「なかなかいい眺めだろう?」
 いつの間にか隣に寄り添っていた暁が、朋夏の顔を覗き込んだ。彼女は目を輝かせてうんうん、と何度もうなずく。
「すごくきれい」
「気に入ってくれた?」
「うん……ずっと見ていたい」
 うっとりと景色に見とれていると、耳元で声がした。
「……夜景もいいけど、そろそろ僕のことも見てほしいな」
 身体の奥にずくん、と響くような色気をはらんだ声を直接耳に吹き込まれ、朋夏の心臓が跳ね上がる。
「っ、さ、とるさん……」
 慌てて声の方を見ると、すかさずくちびるを奪われた。反応する間もなく、柔らかく乾いたキスはすぐに終わり、二人の間を生ぬるい風が抜けていった。
「──中に入ろうか」
 暁が甘い笑顔で、朋夏の背中に手を添えた。
(さ、さりげなくキスをされてしまった……)
 二人のキスはこれが初めてではない。でもまだ片手に収まるほどしかしていないので、されるたびにときめいてしまう。
(だって、こんなにかっこいい人からキスされて、ときめくなと言う方が無理だし)
 朋夏は火照った頬を両手で押さえて、部屋へ戻った。

「はぁ……ほんと、幸せすぎる……」
 湯船の中で手をヒラヒラさせながら、朋夏が一人呟く。
 二人きりのバースデーパーティは、夢のようなひとときだった。
 食事はフレンチのケータリングを、暁自らサーブしてくれた。
 前菜として出してくれた生ハムは、暁が原木から切り出してくれて。カットの仕方一つ取ってもスマートでかっこよくて見とれてしまった。
 本人曰く、生ハムに合わせた、というワインももちろん美味しかった。
 素敵な食事の後は、デザートを兼ねたバースデーケーキが登場。ハート型のデコレーションケーキに、朋夏の名前が書かれたプレートが載っていた。
 暁が優しい声で歌ってくれた誕生日の歌に聞き惚れてしまい、ろうそくの火を吹き消すのを忘れるところだった。
 そして──プレゼントは、誕生石・オパールのネックレス。誰もが知っているブランドのものだった。値段もかなりしただろう。
 申し訳なくて、思わず「本当にこんな素敵なのもらっていいの?」と尋ねてしまった。すると暁は「朋夏に似合うと思って選んだんだ。つけてもらえると嬉しいよ」と言って、彼女の首元につけてくれた。
 ひとしきりパーティを楽しんだ後、暁がお風呂を勧めてくれ。広々とした浴室の湯船には当然ながらお湯が張ってあり、ブルーの入浴剤が入っていた。
 朋夏は身体の隅々まできれいにした後、ゆっくりと湯船につかった。
 今日、暁が彼女のためにしてくれたことを思い出し、噛みしめる。
「暁さん……わざわざ半休取ってくれたんだ。CEOだから自由が利くのかな?」
 お風呂から出て、身体を拭きながら鏡に向かう。
 肩までの濃い茶髪の先からしずくが落ちる。職業柄、日光に当たる機会も多いので、人一倍UVケアには気を遣っている。おかげでしみ一つない肌をなんとかキープできていると思う。
 クリクリっとした瞳に、小さな鼻と薄いくちびる。細いけれど少々淋しい凹凸の身体──醜くはないと思うけれど、女性の色気には乏しいかも知れない。
 でもこんな自分を、奇跡のように美しい男性ひとが好きになってくれた。これこそ、本当の奇跡だと朋夏は思った。
(あの幼稚園で働いていたからこそ、出逢えたんだもん。感謝しなきゃ)
 朋夏は髪にドライヤーをかけながら、半年近く前の出来事を思い返していた。

* * * * *

 三月下旬──春休みのことだ。
 その日朋夏は、園にいた。休みの間も新年度の準備や、預かり保育のための出勤がある。けれど彼女は、別件での仕事もあった。
「んー、もうすぐできるなー」
 朋夏は外壁の前に仁王立ちし、満足げにうなずいた。
 中高と美術部に所属していた朋夏は、絵を描くのが得意だった。部活ではデッサンや油絵を描いていたが、基本的にはどんな絵もお手のものだ。
 園でも、戦隊ヒーローや美少女戦士、教育テレビのキャラクターなんかを描いて描いてと、子供たちにせがまれる。そのために、子供番組は一通りチェックしていた。
 その腕を買われ、園長から幼稚園の外壁に絵を描いてほしいと頼まれたのは、さらに半年前の話だ。
「もちろん、制作費はお給料とは別にお支払いしますから」
 そう言われてしまえば、受けないわけにいかなかった。
 打ち合わせに打ち合わせを重ね、制作を開始した。通常の幼稚園業務があるので、放課後や休日の空いた時間にせっせと取り組んだ。
 壁全体に剥離防止の下処理を施し、下描きをし、本描きをする。内容は、それを見た人が楽しくなるような、且つ、うるさくない感じの絵だ。
 主に子供たちや花畑や空の類だが、色味をあまり派手にせず、淡いイメージにした。動物も、デフォルメされた可愛らしいものにする。
 みんなに楽しんでもらいたい一心で、一生懸命、そして自分も楽しんで描いた。
 そうしてそれが完成に近くなった頃──
「朋夏先生、ちょっといい?」
 外で作業をしていると、同僚の篠崎しのざき珠紀が駆け寄ってきた。
「どうしました? 珠紀先生」
「はるきくんが、ぐずっちゃって……」
 聞けば、つい先日まで朋夏が担任をしていたすみれぐみの男子が、預かり保育の教室で泣きじゃくっているそうで。誰があやしてもダメ。それで、元・担任の朋夏に白羽の矢が立ったのだった。
「あー、分かりました。今行きます」
 朋夏が折りたたみの椅子から立ち上がり、画材を片づけようとすると、珠紀が手を差し出した。
「絵の具は私やっとくから、早く行ってあげて」
「ありがとう! よろしくです」

※この続きは製品版でお楽しみください。

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