【試し読み】激甘彼氏は人気俳優~永遠に溺愛されてます!?~

作家:あゆざき悠
イラスト:龍胡伯
レーベル:夢中文庫クリスタル
発売日:2021/5/14
販売価格:800円
あらすじ

モデルに演技に引っ張りだこのイケメン若手俳優・龍星。そんな人気芸能人の龍星と付き合っている琴は、新社会人として働き始めたばかり。春から同棲を始めたが、多忙なふたりの生活スタイルはバラバラで、顔を合わせることすら難しく、琴は日々綺麗な人たちと仕事している龍星が、目移りしてしまわないか不安になってしまう。しかし彼女にベタ惚れな龍星は、そんな琴を安心させるように、二人の時間は深い愛でたっぷりと甘やかす。会えないながらも充実した同棲生活を送っていたのだが、ある日琴は、龍星の新任マネージャーから、彼の未来のために別れるように言われてしまって……?

登場人物
渡来琴(わたらいこと)
法律事務所で働き始めたばかりの新社会人。イケメン若手俳優の彼氏・龍星と同棲している。
会川龍星(あいかわりゅうせい)
若手俳優。モデル業、俳優業ともに多忙を極め、溺愛する琴とすれ違いの日々が続いている。
試し読み

第一章 初恋カップル溺愛中

 四月中旬の暖かい日差しに包まれた金曜日、正午を少し回った頃だ。四月に入社したばかりの渡来わたらいことは、会川あいかわ法律事務所の最上階にある休憩室に急いでいた。
 休憩室にはケータリングの弁当が用意されていて、各自好きな弁当を選んで好きなテーブルで食べることができる。琴はチキン南蛮弁当を手にすると、ぐるりと部屋を一周見渡した。中央にあるテレビから最も離れた窓側の席で、小さく手を振っている女性を見つけると、慌ててそのテーブルに向かった。
「しおり、お待たせ。なかなか昼休憩が一緒にならなくてごめんね」
 琴は小さな声で謝りながら、彼女の前に座った。琴の前に座る女性は、秋本あきもとしおりと言い、琴の高校時代からの友達だ。
「パラリーガルは大変そうだね。二週間経ってようやく一緒に昼休憩だね」
「研修が多くて、自分の机でコンビニおにぎりが定番だったよ。それより瑠奈るなちゃんは?」
 今年入社した琴としおり、そして藤井ふじい瑠奈は友人同士だ。三人がこの法律事務所に同時に入社できたのには理由がある。会川法律事務所の次男が彼女たちと同じ大学を卒業した同級生で、その縁もあって就職することになった。
「瑠奈はほら……テレビ前のグループにいるよ。この番組に龍星りゅうせいが出演するらしくて、みんなで陣取っているわ」
 琴は頷きながら、チキン南蛮を口に入れる。
「同棲一ヵ月でしょ? どう?」
「そうだなぁ。前は会う時間をお互いに作らないと会えないって思っていたから、頻繁に連絡もしていたし、会う時間も作っていたと思うんだよね。でもいつでも家で会えると思っているのか、約束することが減ったような気がする。そして二週間くらいまったく会っていない」
 琴は唇を尖らせ、小さな声で呟いた。
「テレビ画面越しに見るほうが多いよ」
 しおりが少しだけ笑った次の瞬間、黄色い歓声が上がった。
「龍星、かっこいい」
「うわ、神木かみきくんも一緒なの?」
 騒ぐ人たちの声を頼りに琴も画面を見つめた。
(あれ? 髪の毛が茶色になっている。この前会った時は……金髪だったような? まぁこの前会ったのって二週間も前だし)
 箸を止め、テレビ越しの龍星を琴はジッと見ていた。トントンとテーブルを指で叩くしおりに気付き、琴はゆっくりと食事を再開する。
 琴と画面の向こう側にいる龍星は恋人同士だ。龍星、本名は会川龍星、彼はこの法律事務所所長の次男だ。
 琴が龍星と出会ったのは、中高一貫の中等部に入学した時だ。二人は中学三年間同じクラスで、中学の卒業式に二人は付き合い始めた。それからずっとお互いを大切にし、大学を卒業したと同時にいつ結婚してもいいという親からの許可を貰っている。
 まずは二人で一緒に暮らそうと話し合って決めた。結婚についてもお互いの生活が落ち着いたらと考えている。
 本来、芸能人と付き合うことを許してもらえないはずだが、琴と別れるくらいならスカウトを受けないと言い、龍星はデビュー当初から彼女がいることを公表している。そして龍星に恋人がいることは芸能界やファンの間でも公認だった。
『明日の夜、第一話が放送ですね。龍星君はドラマ初主演だったね』
 テレビの音がやたらと大きく響き、琴はしおりと目を合わせた。
『はい、去年からモデルだけじゃなく映画や舞台をやらせてもらっていて、テレビドラマは初めてだったのに、主演を頂いてありがたく思います』
 テレビ越しの龍星の声は、いつもの彼と違って知らない人のような声に聞こえる。
「で、琴は行ける?」
「月末の同窓会のこと?」
 しおりと会話を再開し、琴は食事を終わらせた。
「そう、高等部の同窓会だから瑠奈は来ないし、琴も彼がダメって言ったら来ないでしょう? 一人で行ってもね……」
「参加するって答えちゃった。彼がどうするか聞いておかなきゃ」
 琴としおりは龍星のことを名前で呼ばないようにしている。この事務所の次男が芸能人の龍星だと知っている人はほぼいない。限られた人しか知らされていないのだ。琴に恋人がいるのは、みんな知っている事実だがそれも会川の次男ということを知っているだけで、龍星と同一人物だとはわかっていない。混乱を招かないためにも、龍星のことを名前で呼ばないようにしている。
「彼が行けなくても参加するよね?」
「うん、しおり、一緒に行こうよ」
 二人がその約束をすると、琴は電話で呼ばれてその場を離れた。琴の背後からインタビューに答える龍星の声が響いていた。
(今日も帰ってこないんだろうなぁ。同棲一ヶ月の記念日……記念日って男の人は面倒だって言うから)
 あまり言わないほうがいいと思っていた。しかし、龍星は琴が考えるよりも記念日を重視してくれていた。付き合って一年目、二年目と毎年サプライズをしてくれる。琴の誕生日と同じ日ということもあって、彼のサプライズは本当に手が込んでいた。琴も龍星の誕生日はいろいろと準備をするのだが、肝心の彼が忙しくて時間が取れないことも多くなっていた。モデル仲間や俳優仲間が彼を祝うことが多くなり、琴は日付が変わって一番におめでとうと伝えてプレゼントを渡すだけになっていた。しかしそれも去年までの話で、今年の彼の誕生日には彼と会うこともできなかった。たしか何かのロケで泊まりだったはずだ。
 琴の担当弁護士は、龍星の兄である雄星ゆうせいだ。
「ごめん、渡来さん。昼休憩を途中で切り上げさせちゃって」
「大丈夫です、雄星先生。それでどちらに?」
「うん、家庭裁判所の傍聴に行こうと思って。渡来さんも勉強になると思うから」
「お気遣いありがとうございます」
「今日はそのまま直帰になるから、帰り支度をしてきて。私の車で行こう」
 雄星は背も高いが肩幅もがっしりとしていて、雄々しい。龍星よりもひとまわり大きいと感じる人だ。雄星は大学在学中に司法試験に通るという優秀さで、卒業後は司法修習生として別の事務所で経験を積み、今年の四月に弁護士としてこの事務所に戻ってきた。今のところ主な依頼は民事が多く、平たくいえば離婚の仲裁が主だった。
 最近では、円満な離婚というのが滅多に無いらしい。
「結婚前の渡来さんに、離婚案件ばっかり見せていたら結婚できなくなりそうだよなぁ」
 雄星は運転しながら、琴にも気さくに声を掛けてくれる。
「私はそうでもないかもしれません。普通の人とは違うし」
 琴はそう言いながら、少しだけ俯いた。一緒に住む前は頻繁にメールやメッセージのやり取りをしていた。最近は一日に一回か二回、龍星から連絡があるだけだ。それが無性に寂しいとは誰にも言えなかった。
 今回の離婚裁判は傍聴しているだけでも気疲れしてしまうほど、泥沼だった。琴はただ聞いていればいいというわけではなく、参考になりそうなことはすべてメモを取っている。
 雄星もまた隣に座ってしっかりとメモを取っている。裁判の傍聴が終わると、雄星の車で送ってもらいながら話をする。
「今回のような裁判は珍しくないらしい。渡来さんも来月辺りから、私と一緒に依頼人と話を聞くことが増えると思うから。それで今後のことなんだけど」
「司法予備試験のことですよね?」
 琴は少しだけ声を落とした。
「うん、君が弁護士を目指すなら、パラリーガルとして現場を学び、司法予備試験を受けるということになると思うけど」
「パラリーガルとしてサポートがしっかりできるようになって、それ以上に学べる時間を作れる余裕ができるまで、考えられないというか」
「いずれは弁護士になりたい?」
「そこまで考える余裕が今はなくて」
 琴は正直に答えた。
「うん、一つ一つ自分の夢を叶えていけばいいと思っている。私で良ければいつでも相談に乗るから」
 雄星の言葉は琴にとってありがたい。だが、それよりも大学在学中に教授に言われた言葉が今も胸に突き刺さっている。
『渡来君、君は本当に優秀な生徒だとは思う。だけど、弁護士に向いているかどうかと言われると、法科大学院に行っても司法試験に受かるのは難しいと思う。基本的な判例に関していえば、覚えることができても応用力というものが欠如している。法科大学院に行くよりもパラリーガルとして現場を体感して、それから司法予備試験を受けるほうがいいと思う。現状、君が司法予備試験を受けても受かる見込みはゼロだと思うし、法科大学院に受かる見込みも極めて低いと言える』
 今まで多くの弁護士のタマゴと接してきた教授の言葉は重く、琴はその言葉を覆せずにいた。それでも法律に携わり、弱者を守りたい気持ちは強い。内向的な自分を変えていかなければならないこともわかっているが、せめてパラリーガルとして雄星の役に立ちたいという気持ちが今は強くなっていた。
 雄星が琴のマンションの近くまで送ってくれて、琴はゆっくりとマンションの中に入った。龍星が選んだマンションはコンシェルジュが常駐し、オートロックの扉が三つもある高級マンションだ。龍星の仕事を考えてセキュリティーが万全のところを選んでいる。
 琴はカードキーを使って自分の部屋の前まで来ると、ゆっくりと玄関を開けた。いつもは暗闇に包まれているはずのリビングから明かりが漏れていた。
 慌てたように靴をシューズボックスにしまい、琴は足早に廊下を歩く。リビングのドアを開けると、左手のキッチンスペースに大きな背中が見えた。
 リビングのドアが開く音を聞き、その背中がゆっくりと反転した時には、琴はぶつかるように彼の胸に飛び込んでいた。
「おかえり、琴」
「ただいま、龍星。おかえり」
「うん、起きている琴は二週間ぶりだね」
「……どういうこと?」
「琴が寝ている間に帰ってきて、隣で仮眠を取って起きる前に出ていたんだよ」
「えっ? 起こしてほしかった」
「琴も仕事で疲れているだろう?」
 彼の背中に手を回し、力を込めて抱きついていた。
「私はテレビで見る龍星ばっかりだったよ」
 そんなことを言う琴に対して、龍星は何も言わずに彼女の額に唇を落とした。
「明日は休みだろ?」
「龍星は?」
「俺は午後から」
「そう……ご飯、作ってくれたの?」
「作ったわけじゃなくて、琴と前に行ったボルシチ専門店でテイクアウトしてきたんだ。それを温めているだけ」
「お風呂、入ってくる」
「俺も一緒に入っていい?」
「えっ? えっと……電気、消してくれる?」
「それはダメ。起きている琴は二週間ぶりなんだから、ちゃんと顔を見たい」
 甘えたように言われ、琴は流星の胸にこつんと額を当てた。
「私は全然、龍星を感じていなかったのに」
「ごめん。連絡も最近、全然できていなくて」
「何かあったの?」
「風呂で話そうか」
 琴をふわりと抱き上げ、龍星がバスルームに連れて行ってくれる。
「琴の近況も聞きたいけど」
「うーん、大雑把に話すことはできるかなぁ」
「わかっているよ、守秘義務があることくらい」
 龍星は琴を労うようにそう言い、琴は頷いた。
「琴、先に入っていて。俺もすぐに行くから」
 龍星がバスルームを出て行ってから、琴は服をすぐに脱いでシャワーを浴び始めた。化粧を落とし、髪の毛も身体も洗った後でバスタブに入る。そのタイミングで流星が入ってきたが、琴は背中を向けていた。流星もまたシャワーを使って全身を洗った後で、バスタブに入ってくる。背中を向けている琴の背後に大きな身体を滑り込ませ、彼女を抱き上げる。
「まず、俺の近況ね」
「うん。あ、ドラマ初主演おめでとう」
「ありがとう。昼間のテレビを観たのか?」
「うん、十分くらいかなぁ」
「琴の昼休みだったらいいなぁとは思っていたけど。俺ね、四月からマネージャーが友井ともいさんから安藤あんどうさんっていう人になったんだ」
「友井さん、どこかに行っちゃうの?」
 龍星をスカウトし、モデルから俳優になるまでずっと彼の面倒を見てきた友井という男性マネージャーは、琴のことも気遣ってくれる人だった。
「友井さんは、マネージャー業じゃなく、新人マネージャーの育成とかをやるみたい。で、今度のマネージャーは安藤っていう人なんだけど」
「何か気になるの?」
「いや、どんな人かまだ全然わからないよ。ただ、近い内に琴と会っておきたいって言うんだけど」
「うん、龍星が嫌なら会わないわ」
「琴のこと、好きになったらどうしようって不安しかない」
 いつものことだが、龍星の目にはどんなに綺麗なモデルも美人な女優も琴の可愛らしさには劣って見えるらしい。
「龍星、その心配はいらないってば」
「琴は自分の可愛さを知らなすぎ。ねぇ、兄貴のパラリーガルなんだよな? 兄貴に言い寄られたりしない?」
「しないってば。雄星先生も勉強漬けだし、依頼は少しずつ入ってきているから大変そう」
「事務所に男もいるんだよな? 接点は?」
「雄星先生の個室で先輩のパラリーガルに教わっているから、あ、女性だからね」
「うん、秋本とは?」
「今日、久しぶりに昼休憩が一緒になったよ。瑠奈ちゃんとは話せなかったけど」
「藤井と秋本は同じ仕事なんだよな?」
「厳密に言うとちょっと違うかな。しおりは経理で瑠奈ちゃんは総務」
「琴はパラリーガルだから、時間が合わないんだろうね」
「昼休憩は時間通りに入れることが少なくて。それに裁判所で勉強することもあるから」
「仕事はどう?」
 龍星の言葉に琴は少しだけ考えた。
「まだ、わからないっていうのが本音。言われた課題をこなすので精一杯で、自信がなくなってくるの」
「頑張りすぎて、身体を壊さないようにな。そうそう、月末の同窓会に出席するんだって?」
「うん、龍星に連絡を入れてからと思っていたんだけど」
「締め切りが今日だったんだよな? さっき連絡が来て琴が出席だから俺も出席だと思われていたみたい」
「龍星は行けないの?」
「いや、行くつもりだよ。琴が一人で出席なんて、別れたと思われたら嫌だし、俺と別れたかもと思って誰かに言い寄られても嫌だから。ついでにひょうも誘っておいた」
 豹というのは、琴や龍星と同じ中高一貫教育の学校出身の同級生だ。神木豹、彼は芸術大学の演劇学科に進学、そして大学四年間は劇団に所属していて今も舞台俳優をメインでやっている。最近ではドラマや映画にも出演することが多く、凛々しい顔立ちの彼もファンが増えているようだ。龍星と豹は仲が良く、琴が嫉妬してしまいそうになるくらいだ。
「琴、そろそろ出ようか」
 二人はバスタブから出て、琴は龍星が用意したTシャツを被った。
「龍星、これ……何?」
 龍星が用意してくれた琴の下着は、いわゆる紐パンで初めて見るその形状に琴は戸惑っていた。
「通販で見つけて買ってみたんだけど、ダメ?」
「どうやって使うの?」
 腰骨に引っかけてリボンを結ぶのだが、琴はうまくできずにいた。
「俺がやってもいい?」
 龍星が器用にも琴の腰にリボンを結んでくれた。龍星が琴の洋服を選ぶことは多かったが、最近では下着まで彼がプロデュースしてくれる。
 二人で食事を楽しみ、たわいのない話は続いた。
「そういえば、神木くんと共演は二度目?」
「うん、二回目。でも最初は舞台だったし、敵役だったから、今回みたいにがっつり絡んで仕事をするのは初めて」
「今回のドラマって……」
 琴は少し戸惑ったまま言葉にした。内向的な琴にはよくあることで、言葉にしていいか迷い、口を閉ざしてしまうことも多い。そんな琴に対して龍星はただ優しく見つめるだけだ。
「ドラマって、その……キスするの?」
「豹と?」
「ち、違う。その相手役の人とかいて、キスとかエ○チなのとか」
「今回のドラマは学園もので、恋愛メインじゃなくて部活メイン。今のところ貰った台本にはキスとかベッドシーンはない。純粋な高校生の恋愛っぽいのはあるから、抱きしめるとか抱き寄せるはあるけど」
 龍星の言葉に琴はホッとしたように微笑む。
「琴、今後のこともあるからちゃんと言っておくけど──」
「大丈夫! わかっている……つもりだから。だからお願い、龍星から説得されるように言われるのは無理なの」
「琴、一つだけ訊いてもいい? そういうシーンが今度の役であるってわかった時点で教えたほうがいい? それとも言わないほうがいい?」
「事前に教えて欲しい。でも今日、撮影してきたとか、そういうのは聞きたくない」
 龍星が立ち上がって琴を抱きしめる。
「琴、俺と別れたくなるほど嫌だと思ったら言って。無理に我慢しなくていい。嫌な想いをさせる仕事でごめん」
「ごめんなさい。龍星のお仕事、嫌いじゃないの」
「うん、わかっている。琴と別れるようなことになるくらいなら、芸能人じゃなくていい。琴がいなくなったら、俺は生きていけないから」
 琴を抱きしめながら、龍星の声はわずかに震え、掠れていた。

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