【試し読み】転生愛(下)~記憶を失った令嬢を求めて追跡中~

作家:臣桜
イラスト:whimhalooo
レーベル:夢中文庫プランセ
発売日:2021/5/21
販売価格:800円
『転生愛(上)~一途に追い求める辺境伯から逃走中~』の試し読みはこちら

あらすじ

美丈夫ながら適齢期を過ぎてもまだ妻を迎えていない辺境伯リアム。あるとき親しくしている王太子の計らいで伯爵令嬢・エヴァと出逢い、その聡明さと美しさに心奪われる。とんとん拍子に婚約し幸せの絶頂の二人。だが婚約パーティで突然姿を消してしまったエヴァ。捜索するなか、エヴァが地上に堕ちたと知ったリアムは迷わず後を追い──目覚めればそこは日本の高級マンションの一室。大手食品会社CEO・狩夜鈴音となり忙しない日々のなかエヴァの捜索を続け、どこか似ている女性・生駒来花と出逢った。慎重に距離を縮め恋人となり、止まらない溺愛。「君と一緒なら、どこにいたっていい」 ともに居られる喜びがまた、呪いに阻まれ……

登場人物
生駒来花(いこまらいか)
事故に遭いそうになったところを助けられたのがきっかけで、鈴音の恋人となる。
狩夜鈴音(かりやすずね)
姿を消したエヴァを追ったリアムが転生したCEO。彼女を捜索するなかで来花と出会う。
試し読み

第一章 クルセイア領主・リアムの生い立ち

 クルセイア領の領主であり、辺境伯であるリアムは、お世辞にも幸せとは言いがたい人生を歩んでいた。
 両親に望まれて生まれたはずなのに、物心ついた時から両親はリアムにあまり興味を示さず、愛情を注いでくれなかった。
 愛情の結晶としての子供というよりも、貴族の子供としてありがちな〝跡継ぎ〟のために生まれたのだと、リアムは次第に理解していった。
 リアムが暮らしているのは、ルキアナという天空に浮かぶ世界だ。
 ルキアナには一つの大陸と、八つの島国がある。
 その中の一つ、アークライネスという名前の島国の北方に、クルセイア領がある。
 自然ばかりが豊かな所で、クルセイア城から遠く離れた場所に街がある。
 城の周りは自然に囲まれ、当たり前に人気ひとけがなかった。
 そこで生まれ育ったリアムは、貴族の友人を持たず、使用人たちとばかり過ごしていた。
 城には使用人の家族が住む場所や、城や領地を守る兵士や騎士が暮らす隊舎がある。
 彼らと触れ合って過ごすのは楽しかったが、リアムは辺境伯の一人息子であるがゆえに、年相応の子供として扱われなかった。
 誰もがリアムを大切にし、そして一線を引く。
 まるで水槽の中に入れられた高級な観賞魚になった気持ちだった。
 リアムは一人で過ごす事を好むようになり、城にある書庫に籠もっては黙々と本を読みあさった。
 やがてリアムが八歳になった時、父に「大切な話がある」と言われ呼び出される事になる。
「父上、お話とは何でしょうか」
 呼ばれるがまま図書室に向かうと、すでにそこには両親の姿があった。
 リアムを先導して歩いていた家令は、父に「お茶の用意を」と言われて慇懃いんぎんに礼をし、立ち去ってゆく。
「座りなさい」
 言われてリアムはソファに腰掛け、向かいに座っている両親を見やる。
 若く美しい父は厳粛な人だが、今日はいつにも増して難しい顔をしている気がする。美貌を誇る母も視線をどこかに向けたまま、リアムを見ようとしない。これはいつもの事だ。
「次期クルセイアの当主となるお前に、この家の秘密を話さなくてはいけない」
「はい」
 リアムは生まれた時からそのように育てられていたので、いつ跡継ぎとなっても問題ないようにあらゆる勉強を重ねている。
 このルキアナの成り立ちからそれぞれの大陸、島国の特色や歴史、言語。気候からくる植物や動物の種類、またそれらがどのような変化を見せると何の兆候であるか。
 これから領主としてクルセイア領を治めるために、領民に助けを求められた時に迷わずに済むよう、王都から派遣された家庭教師があらゆる知識をリアムに叩き込んでいた。
 またクルセイア騎士団の騎士団長が、自らリアムに剣の稽古をつけてくれる時もある。
 いつもは若い騎士たちと馬術や剣術の訓練をしているが、たまに騎士団長が相手をしてくれる時は、男の子らしく誇らしい気持ちになるのだった。
 リアムを教育する者たちは、皆口を揃えて「リアム様はとても優秀でございます」と褒め讃える。
 間違えた時はきちんと口にする者たちなので、世辞ではないと思っている。
 なのでリアムは、自分はある程度父が望むような〝貴族の子〟に育つ事ができているのだという自負があった。
 だから今日呼ばれたのも、てっきり父から褒められるものかと勘違いをしていた。
(クルセイア家の秘密って何だろう)
 突然言われた〝秘密〟という単語に、リアムは子供らしく好奇心を刺激される。
 客人すらほぼ来ないこの土地は、貴族同士のスキャンダルなども届かない。
 リアムは〝貴族とは舞踏会で恋を楽しみ、男なら浮名を流す事がほまれとされる〟という概念すら知らない。
 この世界から忘れられたような土地で、自分に対し親切な人たちに囲まれ、穏やかに過ごすのみだ。
(お祖父様は実はかつらだったとか、そういう事かな)
 父も、絵画の中の祖父や先祖たちも、皆ふさふさとした毛髪をしているので、リアムはぼんやりとくだらない事を考える。
 リアムの父は家令が紅茶を淹れてから、まず一口香りの良いそれを口にする。
 リアムも父の動作を真似、背伸びをして砂糖なしの紅茶を我慢して飲む。
「クルセイア家は、呪われた家だ」
 しばらくして、ポツリと父が呟いた。
「え……?」
〝呪われた〟というおどろおどろしい単語が出てきて、リアムはギクッとする。
「リアム。私はいくつに見える?」
 続けて父に尋ねられ、リアムは少しまごつく。
 八歳の少年の目から見た〝大人〟は〝大人〟であって、〝大人〟の中にある年齢の段階をパッと言えない。せいぜい〝おじさん〟〝おじいさん〟の差ぐらいしか認識していない。
 歴史を学ぶなかで、誰が何歳の時に亡くなったという事は暗記している。
 だが目の前の大人の年齢を訊かれても、正直リアムはよく分からなかった。
「……騎士団長のゼエルよりお若く見えます。ゼエルは髭が生えていて体ががっしりしていて、きっと六十歳ぐらいだと思います。お父様は……二十歳ぐらいなのではありませんか?」
 口にした言葉にも、自信が持てないでいる。
 父は溜め息をつき、口を開いた。
「まずゼエルの名誉のために、彼はまだ四十五歳だと答えておこう。人は髭の有無や体型によって、年齢が実際より上に見える事もある。これを間違えると、相手を不機嫌にさせてしまう事があるから、気を付けなさい。特に相手が女性の時は要注意だ」
「はい。申し訳ございません」
「そして私についてだが……。実年齢は百八十六だ」
「…………」
 告げられた年齢に、リアムはサファイアのような青い瞳をまん丸に見開く。
 いつもニコリともしない父が、まさか冗談を言うとは思わなかったからだ。
 笑おうと思って口元をピクリとさせる前に、父が重ねて言う。
「これは冗談ではない。私が実際に生きた年齢だ。そして私の外見は、恐らく二十代後半から三十代前半ほどに見えるだろう」
「……どうして、ですか?」
 分からない事があった場合、リアムはまず調べる。調べて分からなかった場合、家庭教師に聞く習慣がついていた。
 だがこの場合、きっと書庫をあさっても理由など書いていないと分かっている。なので愚かな質問かもしれないと思いながらも、直接父に尋ねた。
 息子であるリアムの目から見ても若く美しい父は、特に表情を動かすでもなく答える。
「不老不死という概念を理解できるか?」
「……歳を取らず、死なない事ですよね? ルキアナの歴史の中でも、多くの権力者が求めた夢です」
 リアムの答えを聞いて、父は息をついて頷く。
「そうだ。そしてルキアナの王侯貴族は、平民に比べて寿命が半分以下である事も知っているな?」
「はい。僕たち貴族は特別な血を持っているからこそ、その短い命を燃やして民のために、よりよい国を作っていくのだと先生に習いました」
 リアムが返事をしたあと、両親の雰囲気が僅かに変わった。
(あれ……? 何かおかしい事を言ったかな)
 両親から微かに、失望や嘆息にも似た顔色、視線、空気の変化を敏感に感じ、リアムは焦る。
 どうやって言い繕えばいいか戸惑っている間に、父が話を進めた。
「リアムはルキアナの成り立ちをどのように習った?」
「はい。地上の人間の男と、天界の女神が恋に落ち、二人が一緒に暮らすために、父なる主神の秘宝の力を借りた結果、このルキアナができたと教わりました」
 息子の答えを聞き、父はリアムと同じ白銀の髪を揺らし頷いた。
「そうなるだろうな。……だがこれから、私はクルセイア家や他の三辺境伯、王族のみが知る秘密を話す。恐らくお前は世界に絶望するだろう。それについては、父として申し訳ないと思う。だが私の息子ならば、受け入れた上で私の跡を継ぎなさい」
「……はい」
 先ほどから父に何を尋ねられているか分からず、これから父が何を言おうとしているのかも分からない。
 ただ、父がとても重大な事を話そうとしているのは、八歳のリアムも理解した。
「家庭教師から習った、ルキアナの成り立ちは忘れなさい。それは何も知らない者たちを都合良く誤魔化すために王家が考えた話だ」
「……陛下が……考えたのですか?」
 息子の答えに、父は表情を変えず頷く。
「遙か昔の国王陛下だ」
 そして父はもう一口紅茶を飲むと、長い脚を組み語り始めた。
「地上の男に惚れた女神は、地上の男と共に生きたいと思った。だが月の女神は月を司る女神であり、地上の男に神々と等しい命を与える力を持たない。また月の女神も人間に身を落とす事はしたくなかったようだ。神々は時にかりそめの姿を使って地上に現れる事はするが、神としての本体を捨てて受肉するなどしない」
 母は父の隣に座ったまま、ジッと膝の上に重ねた自分の手を見つめていた。
「だから月の女神は、全能の神である父の力を頼った。真正面から『人間の男と結ばれたい』と言えば必ず反対されるだろう事を分かっていたのだろう。よって女神は全能神の宝物庫から願いを叶える秘宝を盗んだ。それまで罪など犯した事のない清らかな女神は、盗みを犯した事で気持ちが追い詰められていたのだろう。男と一緒になるにはこれしかないと思い込み、一度男の命を自ら奪った。そしてその魂が冥府に奪われる前に、秘宝の力で縛り付け、地上でも天界でもない狭間──空にルキアナという世界を創り、そこに男を留めた。そして神々からも人間からも見つからないように、秘宝の力で不可視の魔法をかけた」
 ルキアナができあがった本当のきっかけを知り、リアムは目をまん丸にする。
「ルキアナは最初、とてつもなく広大な一つの大陸だったそうだ。だが間もなく全能神が娘に裏切られ、自分の秘宝を盗まれた事に気付き、怒り始める。地上の海は荒れ、空から大雨が降り雷も何千と降り注いだ。そのうちの一つが不可視の魔法をかけたルキアナを貫通し、秘宝ごとルキアナを打ち砕いた。ルキアナは現在のように一つの大陸と八つの島国の形になり、それを砕けた秘宝が支え、空に浮かばせ不可視の魔法をかけ続けている」
「では、アークライネスにもその秘宝があるのですか?」
 父から教えてもらう〝ルキアナの真実〟は、少年のリアムの冒険心をくすぐる。
 まるで壮大な伝説でも聞かせてもらっているようでワクワクし、リアムは無邪気に父に尋ねた。
 だがそこで、父の目からフッ……と光が消えたように見えた。
 感情という感情が、すべてなくなったように思えたのだ。
(父上……?)
 訝しがるリアムの前で、父は淡々と語り続ける。
「アークライネスには四つの秘宝がある。基本的に八つの島国にはそれぞれ秘宝が四つあり、大陸にはその重さを支えるために十六の秘宝がある。そしてアークライネスにある秘宝の一つが、このクルセイア城にある」
 伝説のお宝が自分の寝起きしている城にあると知り、リアムは瞳を輝かせた。
「残る三つは、南と東西の辺境伯が守護している。どれも門外不出の秘密であり、秘宝を守護する一族しかその存在は知らない。秘宝がある場所は、直系の親子、また妻にのみ伝えられる」
(じゃあ、僕もきっと見せてもらえるんだ)
 幼心に〝神から盗んだ秘宝〟という言葉は、とても冒険に満ちたものに思え魅力的だ。「なのに父上はどうしてこんな浮かない顔をしているのだろう?」とリアムは不思議で堪らない。
「私はお前にこれから秘宝を見せる。そして同時に、クルセイア家を継いで当主になるからには、呪いの事も話しておかなくてはいけない」
「呪い……」
 口に出した言葉は、冒険を描いた小説の中でたびたび出てくる単語だ。
「クルセイア家の人間は呪われている。正確には、秘宝を守護すると秘宝に誓いを立てた者のみ……と言っていいのだろう。広義で言えば、このルキアナにいる貴族全員が呪われている」
 父の言う事が分からず、リアムはジッと次の言葉を待つ。
 父はリアムの表情を見たあと、疲れたように溜め息混じりに口を開いた。
「貴族と平民にある寿命の差については、先ほど触れたな?」
「はい」
「それはもともと、ルキアナの民が女神と男の子孫だからだ。原始のルキアナ人は、全員等しく現在の貴族ほどの寿命しかなかった。人生八十年と言われ、百年も生きれば長寿と呼ばれる。だが途中で、現在の平民の祖先となった者たちは、主神に対して謝罪をし、一時は生贄すらも捧げていた。それを哀れに思ったのか、主神の許しを得た平民は現在では貴族の倍ほどの寿命を得ている」
「……貴族は、特別だから命が短いのではないのですか? 呪われているから……?」
 まだその事がどれほどのショックか理解していないリアムは、驚いたままポツンと呟く。
「貴族のうち、四辺境伯と王族だけはこの事を理解している。だが王家から遠のく家柄では、まず真実を知らない者が多いだろう。貴族は平民とは結ばれない。貴族同士で婚姻を結んで子をなしても、結果的にまた呪われた子供が生まれる。いつまで経っても、貴族の呪いは解けないのだ」
 突然〝貴族は呪われている〟と教えられ、リアムはポカンとしたままだ。
「貴族の中には、寿命の長い平民から妾を取れば、子供が長寿になると考える者もいた。だがどれだけ平民との間に子供を作っても、結果的に呪いの血の方が強く、長寿になる貴族は現れない。その圧倒的な寿命の差を誤魔化すために、古より〝貴族は崇高な役目を果たすための特別な存在であり、ゆえに短命である〟と言い聞かされている」
 貴族は、自分は特別な存在ではないと知り、リアムの胸の中で膨らんでいたワクワクが急激に萎んでゆく。
 息子が目の前であきらかに消沈したのを見ながらも、父は語る口を止めない。
「そしてクルセイア家が負う呪いは、不老不死の呪いだ。冒頭の話に戻るが、私の実年齢は百八十を超えているのに、当主となった二十九歳の頃よりほぼ姿を変えていない。リアム。お前がいずれ当主となった時も、私ほどの外見年齢までは成長するだろうが、それより上の年齢には老けないだろう」
「……どうして……ですか」
 父が若々しい理由を知って「信じられない」と思ったものの、「冗談でしょう」と笑いかける勇気はなかった。
「秘宝の守護者として、一番適した肉体だからだ。たとえばお前が仮に八歳の姿で当主となっても、ある程度までは肉体は成長する。そして極端に痩せる事も太る事もないだろう。当主は何かがあった時、戦ってでも秘宝を守れる青年の肉体を保持しなければいけない。またお前が自分の人生に絶望して、己の腹にナイフを突き立てたとしても、一瞬だけ痛い思いをするだけで血は流れないし死ぬ事もない。……お前は永遠に美しく若いままなのだ」
 リアムは呪いの内容を語っている父を、次第に「恐ろしい」と思い始める。
 目の前にいる父は、いつもと変わらず若く美しい男性なのに、その内側に見た事のない化け物がいるように感じたのだ。
「……へ、平気です。だって僕には、父上や母上、城の皆もいますから」
 それでもリアムは平気なふりをした。
 ここで怖じ気づかず、勇敢な跡継ぎとして振る舞えば、きっと父も満足してくれると思ったからだ。
 八歳のリアムは己の運命に怯えるよりも、目の前にいる両親から認められる事を望んでいた。
 だが幼いリアムの望みに対し、両親は顔色一つ変えず「そうか」と頷く事すらしない。
 人形のようにピクリともしない二人にどこか不気味さを覚えた時、父が口を開く。
「もう一つ、注意しなければいけない事がある。今この城にいる者たち……とりわけ敷地内に住んでいる親族は、すでに秘宝を『守る』という誓いを立てたあとだ。だから問題は起こらないだろう。だが親族に新たに子供が生まれた場合、もしくはお前が妻を娶る場合など、新しくこの城や領地に誰かが住む可能性ができた時の事だ」
「……はい」
 先ほどの自分の言葉は無視されたのだと理解し、リアムは小さな声で返事をする。
「この城、もしくは領地に住むと決めた者には早めに秘宝への誓いを立てさせた方がいい。秘宝は神の怒りと呪いを帯びている。自分を守らせるために守人を不老不死にする代わり、自分に害をなすかもしれない者には不幸を与える。お前が妻とする女性をここに連れてきたら、すみやかに事情を話して理解させ、誓いを立てさせなさい。誓いさえ立てれば、不幸になる呪いは半減される」
「分かりました」
 きっと母もクルセイア家に嫁入りした時、父から秘密を教えられて秘宝に宣誓したのだろう。
「僕はまだ秘宝という物を見ていませんし、誓いも立てていません。僕は呪いに掛かっているのですか?」
 素朴な疑問が浮かび上がり、リアムは父に質問する。
「お前は私の実の息子として生まれた。その時点でお前はすでに不老不死の呪いを受けている。そして次の守人として秘宝にも認められている。生まれた時からお前は呪われていると言っていいから、これ以上の不幸はきっと起こらないだろう」
「…………はい」
 自分の父親から、「生まれた時から呪われている」と言われ、リアムは悄然とする。
「分かっていると思うが、当家で秘宝を守護している事や不老不死であるという事は誰にも話してはいけない。一般的に人間というものは若く美しい時間を永遠に過ごしたいと願うものだ。老いる事なく死ぬ事のない肉体さえあれば、何でもできると思い込む。私たち辺境伯はそのような愚かな者たちから秘宝を守る使命も持っている」
「はい。秩序は守らなければなりません」
 聞き分けよく頷くと、父の表情が少し緩む。
「それから、リアムも分かっているように辺境伯が住む土地は処刑場でもある。私は現在の北の処刑人だ。アークライネスの法に照らし合わせ、一般的な死刑、終身刑でもまだ足りないという罪を科せられた者が、時々この土地に送られてくる。そして処刑人は罪人を、迷路の奥にある処刑台から地上──地獄に落とさなければいけない」
「父上。この空海そらうなの下に本当に生き物が住んでいるのですか? 父上と一緒に何度か空海を見ましたが、どこまでも空海が続いているだけで他の土地など見えません」
 素朴な疑問をぶつけると、父が溜め息をつく。
「私も同じ疑問を抱いている。実際に落ちて空海の下がどうなっているか見た事がないから、お前の質問に正確に答える事はできない。だが代々四辺境伯は古来よりずっと処刑人の役割を負ってきた。王都から極刑の罪人が送られてきたら、すみやかに刑を執行する。それだけは覚えておきなさい」
「……はい」
 言われて、極刑になって実際に空海から飛び降りなければ、地上がどのようになっているか分からないのは当たり前だと思い直した。
「もう一つ、秘宝の力でこのルキアナという天空の世界はできあがった。そして秘宝から発される潤沢なマナにより、我々は生活ができている。世界を構成するのはマナであるし、我々の肉体も生き物もマナでできている」
「はい。それは先生から学びました」
「ルキアナ人の肉体は、地上にいる人間を模した姿だ。原始、月の女神が愛した人間の男が我々の祖先だ。神々は肉体を持たない。ゆえに月の女神に一度殺され、秘宝の力──マナによって再構成された男の子孫が我々という事になる」
 リアムはジッと自分の手を見た。
「……マナは目に見えないものです。念じて火が灯ったり水が動いたりという〝結果〟は見えますが、不思議の力であるマナそのものは見えません。ですが僕の体は見えています。これはどういう事でしょうか?」
 息子の問いに、父は淡々と答える。
「ルキアナは秘宝から発されるマナで満たされていると言っただろう。マナが大気に満ちている状態でなら、我々ルキアナ人も人の姿を保つ事ができる。だからこそ、罪人が空海から落とされた時、マナの加護がなくなりその肉体は消滅する。そして魂だけが地上の罪人の肉体に宿り、そのまま地上で二度目の死を迎えるのだ」
「…………」
 説明されて理解し、ようやくリアムは言い知れぬ恐怖を抱いた。

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