【試し読み】華鎖(第一部)~氷帝は偽りの妾妃に跪く~

作家:朝陽ゆりね
イラスト:森原八鹿
レーベル:夢中文庫プランセ
発売日:2021/5/26
販売価格:800円
『華鎖(第二部)~荊の聖姫は策士を恋に溺れさせる~』の試し読みはこちら

あらすじ

【第一部 氷帝は偽りの妾妃に跪く】とある事情で毒婦と蔑まれている迦陵。己の主・祇嗣国王がかけられた謀反の疑いを晴らすべく迦陵は〝氷帝〟白刀の前に立つ。実親までも斬った情け容赦ない白刀の前で服を脱ぎ、体内に隠した親書を渡し真実の調査を訴えるが、「私に尽くし、信用を得られるように努力してもらおうか」毒婦を警戒した白刀に妾として所望された迦陵は、有無を言わさず初めてを散らされてしまう。それでも主のため必死で白刀に尽くすうち、彼の孤独や葛藤に触れ惹かれはじめる。一方白刀は、主にひたむきで強固な想いを向ける迦陵に、強い苛立ちを覚えていき……?※過去にWEBサイトで配信した内容に加筆修正を加えたものです。

登場人物
南沙迦陵(なずなかりょう)
主である祇嗣国王の謀反の疑いを晴らすべく、献上品として壮菱帝国へ赴く。
嘉史白刀(かしはくと)
壮菱帝国皇帝。実親である先帝を容赦なく斬った冷徹さ故〝氷帝〟と呼ばれ恐れられている。
試し読み

第一章 愛憎の献上品

 空気が凍っている──南沙なずな迦陵かりょうはそう思った。
 いつ殺されるかわからない。いや、その覚悟はとうにできている。その時は自らこの首、掻っ切るまで。しかしながら、それは目的を果たしてからのことで、今ここで面前に座る若き皇帝の機嫌を損ねるわけにはいかない。とはいえ、すでに機嫌は損ねているのだろう。向けられる目つきは鋭く、視線は厳しい。全身から強烈な威厳が発散され、迦陵の細い体を恐怖に縛っている。
 主の不祥事──皇帝への謀反むほんの疑いをかけられ、その疑惑への潔癖を訴えるために赴いた。農作物、海産物の収穫量、特産物の生産量を少なく報告し、納税額、献上品を故意に減らしたことを咎められたのだ。特に塩の減算は重く受け止められた。だが、それらの管理は大公の息がかかった者が務めている。これは大公による陰謀であった。
 迦陵は主である祇嗣ぎし国の王、かのえ天河てんかの代理として、事の顛末を説明し謝罪を述べにここ、皇帝領、摩加まかまで来たのだ。
 が、その迦陵の、世間での評判はすこぶる悪い。幼き王をたぶらかし、操っている毒婦と罵られている。そんな自分が皇帝に謝罪しても聞き入れてもらえるとは思えないものの、この役目は自分以外にはできない。失敗は絶対に許されない。
「ほう、人払いとな。それで私を誑かす気か?」
 冷たい床に両手をつき、白い首を垂れる迦陵はその言葉に無言を通した。
「聞くところによると、うぬは祇嗣国、王、庚天河の愛妾あいしょうというではないか。謝罪に愛妾を寄越すとは、若き王は無知なのか私を見下げているのか、どちらかだな」
「……噂は存じ上げておりますが、そのような事実はございません。いち侍女でございます。我が主はわたくしの女の体に触れられたことは一度もございません」
 迦陵は首を垂れたまま答えた。
「目撃者がおらぬからなんとでも言えようぞ!」
 いきなり脇から声が上がった。下げた頭のままチラリと目だけ動かして見てみると、太った男が蔑みきったまなざしを向けている。その口元には明らかな嘲笑。迦陵は目を伏せた。
(目的を果たすまでは)
 胸に内でそっと呟く。
「皇帝陛下、このような女郎めろうの言い訳など耳汚し。祇嗣国の内情、王である我がおいの天河のことは、この庚宗恩そうおんがよう知っておりますゆえ、詳細すべて陛下にご説明申し上げた所存でございます」
 迦陵はもう一度、下げたまま目だけ動かして庚宗恩なる宿敵の様子を窺った。
 すべてはこの男の策謀。いや、底は浅い。だからこちらも警戒を怠らず、今日の今日まで討たれずきたのだ。この浅はかな男は、己が討たんとする祖国の長、そしてもっとも身近であるはずの身内の正体を知らない。そしてなにより、己があざむかれていることにも気がつかない愚か者なのだ。
(一世一代の大勝負に出たつもりだろうが、そうはいかない。この私が、きっと天河さまをお守りしてみせる。命にかえても)
 奥歯をグッと噛みしめ、祖国で大公の地位にある男の暴言に耐えるのみ。
「そなたの考えは後ほど聞く。まずは庚天河が寄越してきたこの女の処遇からだ」
「ですが陛下」
「語るは愛妾かもしれんが、出る言葉は一国の王のげんよ。軽くは扱えぬ。で、南沙迦陵とやら、どうしても私と二人でなければ語れぬと申すか。それが色によって私をはかるものであったなら、死よりもつらい処罰を科すが、それでも望むか?」
 問われて迦陵は顔を上げた。
「皇帝陛下、申し上げます。わたくしは主である我が王より、事の顛末を説明申し上げ、その後に陛下より賜る言葉をすべて全うするよう命じられております。それが死であれ屈辱であれ、二言はございません。どうか、半刻でようございますので、時間をお与えくださいませ」
「皇帝陛下!」
 聞き苦しい男の怒声が語尾に重なってかき消された。
「そなた、うるさいぞ」
 ピンと張り詰めた冷たい声が宗恩を打った。ハッと息をのむ様子が空気の振動で伝わってくる。
「怒鳴らずとも聞こえている。主張するはいいが、己の言い分を押し通すために騒ぐのは見苦しい。弁えよ」
「も、申し訳、ございません」
 皇帝自らにそう注意され、宗恩は顔色を変えて叩頭した。
『氷帝』と称されるこの男は容赦がない。気に入らねば迦陵ではなく己の首が落とされる。そう思っての恐れが如実に顔に出ている。
「南沙迦陵、言葉通り、半刻うぬに時間を与える。ついてまいれ」
「! はい!」
 迦陵の返事を待たず、皇帝は立ち上がって歩き出した。迦陵もすかさず追随する。すると両側に衛兵とおぼしき巨漢が二名やってきて、真横に立った。
 謁見の間がざわめいている。それを背に受けつつ、迦陵は衛兵に導かれて進んだ。
 案内されたのは高座の奥に続く部屋で、皇帝の公室であった。
「そなたたちはここで待機を。南沙迦陵、来い」
 命じられた二人の巨漢は恭しく礼をする。それを見ず、皇帝はさらに奥の部屋へと向かった。
 公室の奥は私室。本気で二人きりになってくれるつもりのようだ。
 皇帝は私室に入ると窓際に置かれている長椅子に座り、腕と足をそれぞれ組んだ。
「さて、話を聞こうか。言っておくが、うぬに与えたのは半刻だ。それ以上はないゆえ、手短にせねば途中で終わってしまうぞ」
 迦陵の喉が大きく上下に動く。目の前に腰かける男をたった半刻で抱き込まねばならない。
 壮菱そうりょう帝国皇帝、嘉史かし白刀はくと。齢三十の若い支配者だ。
 悪政を敷き、贅沢と暴虐の限りを尽くして民を苦しめた父である先帝を自らの手で殺め、皇帝の座を奪い取ったのは五年前のこと。泣いて許しを請う実母さえも手にかけた。そして先帝に媚びてその悪政に加担していた者どもも容赦なく処し、今のこの安定に導いた。称賛されるその裏で、恐れられていることも事実だ。
 また容姿も恐怖を増長させた。青銀の髪に紺碧の瞳を持つ精悍にして秀麗な容姿、無表情のためより冷え冷えとした迫力がある。ゆえに『氷帝』と呼ばれるようになったのだ。
 そんな男を迦陵は真っ直ぐに見据えた。互いの視線がぶつかり、絡み合う。
 ふと、氷帝──白刀が片側の口角を上げて皮肉めいた笑みを迦陵に向けた。
「いい度胸だな、傅かんのか?」
「死は覚悟の上でございます。無礼を承知で失礼いたします」
 言うと、迦陵は身にまとっているを脱ぎ始めた。とはいえ、チラリ、チラリと白刀の顔を覗き見るほどに手が震える。冷たい目に宿るのは明らかに嫌悪と侮蔑。恐怖と同時に湧き上がるのは、生まれて初めて男の前に全裸を晒さねばならない羞恥だった。
(あぁ、天河さま!)
 先日十八歳になったばかりの、秀麗な主の顔を思い浮かべ、恐怖と羞恥を追い払おうとする。迦陵は最後の一枚を脱ぎ捨て、生まれた時の姿になった。
「卑しく、浅はかだ。それに侮られたものだ。この私を色仕掛けで落とせると思われるとは。が、眺めるだけなら眼福だ。それでも──」
 そこまで言って白刀は口を噤んだ。迦陵ははなから白刀の言葉など聞いておらず、膝立ちになったかと思うと自らの指を股間に挿入し始めたのだ。
「……自慰を見せて私を煽ろうというのか?」
 荒みきった口調とまなざしが驚愕に変わるのは次の瞬間だった。
「……く、ぅ」
 低く呻いた迦陵は、透明な愛液とともに、性器の中から小さな筒を取り出したのだ。
「それは……」
 その筒を落ちている衣で丁寧に拭い、白刀に奉るように差し出した。
「我が主はお父上の代より国を操らんと画策する者、大公、庚宗恩の存在に苦しめられております。ですが、証拠がなく味方も少なく、主にもわたくしにも監視がついており、身動きができません。すべてはきゃつらを欺くため。こたびのことも、きゃつらがいよいよ主を排斥すべく行った陰謀でございますが、それを逆手に取り、陛下にお目通りし、直接真実を訴えるべくこのような手段を取りました。どうか、何卒これを──」
 白刀の紺碧の瞳が迦陵の顔から小さな筒に落とされた。さらに濡れている股間に移す。
そこならば、見つからぬと」
「さようでございます」
「確かに女にしかできぬな。男では隠しようがない」
「わたくしが罪を犯した者ならば調べられたかもしれません。ですが、王の侍女であり、陛下への献上物でございます。王が〝良し〟を言ったものを、不安と申して触れることは許されませんので」
「……そこまでわかっていて、なにゆえ手を打たぬ」
「相手は大公です。属州国のお家騒動を陛下は看過くださいますか?」
「なるほど。祇嗣は隣国と不仲であったな」
「御意にございます」
 それは事あらば、皇帝の名において祇嗣国を隣国に吸収合併させられかねない、という意味だ。
 迦陵は震える手をもう一段前に押し出した。それを見て白刀が手を伸ばし、筒を取り上げて蓋を開けた。中には紙が収められている。両面に書かれた文字は小さかったが鮮明だ。
 白刀は読み終わるとくしゃりと握りしめた。
「信じるわけではないが、属州国の大事を無視することはできんか。まこと庚天河が騒動の首謀者ではなく、大公の陰謀によって貶められ、それから逃れるべく楼閣に立て籠もっているというならば、なんとかせねばなるまい」
 その瞬間、迦陵の黒青の瞳が輝いた。
「ありがとうございます! 籠城はひと月が限界です。その間に、我が主をお救いください! お願いいたします」
「……庚宗恩の悪行を暴き、庚天河が無実である証拠を、か」
「はい」
「十八の若い王とその叔父のお家騒動か。よくある話だ。私も似たようなものだからなぁ」
 ふっと微笑む顔があまりに冷酷で迦陵はゾクリと震えた。この男は実の親を手にかけている。
「よかろう。秘密裏に調べてやろう。だが、南沙迦陵、うぬの処遇はまた別だ」
「それには及びません。このまま不届き者として斬首くださいませ。そうすれば、こたびのことを知る者は、主と陛下のお二方だけとなりますので」
「まこと死を覚悟してまいったか」
 二人の視線がまたしても真っ向からぶつかった。が、迦陵はすぐに平伏した。皇帝を見据えるなど許されない狼藉であるからだ。
「表向き信じると言ったが、真にそうだとは言っていない。庚天河の無実の証拠を得、国家転覆を謀る者どもを一掃するまで、うぬは人質として私に仕えよ。偽りであればわかり次第うぬの首を落とす。それまでの間は私に尽くし、信用を得られるように努力してもらおうか」
「努力……」
「うぬは庚天河の愛妾であろうが。若い王をたらし込んだ技を披露せよと申しておる」
「────」
「楽しみだな」
 にやりと歪んだ顔に迦陵は愕然とし、めまいを覚えたものの、否定も反論も許されない。ただ平伏するのみであった。
「顔を上げよ。まずはその口で奉公しろ」
「口?」
 驚いてきょとんとなっている迦陵の顔を白刀が蔑んだ笑みで見下ろしている。
「さすがに演技が堂に入っている。男を知らぬような顔とは、驚かされる」
 言われてすべてを察し、迦陵の顔がかぁっと真っ赤に染まった。
「わかったか? うぬは卑猥なことを言われるのが好きなのか? あぁ、それも手管か」
 迦陵の目が動揺してきょろきょろと左右に揺れた。
「早くしろ」
 白刀が組んでいた足を解き、両足をやや開いて床に向けた。
「あ、の……」
「世間での私の噂はうぬも聞いておろう。女に興味を抱かぬ冷徹な皇帝だと。否定はしないが、さすがに全裸の女を目の前にすれば疼くというものだ。うぬが盛んにさせたのだから責任を取って鎮めてもらわねばな」
 迦陵は落ち着かない様子できょろきょろと目を動かし、それからふと白刀の股間で視線を止めた。前が膨らんでいるように見える。
 お許しを──とっさに出かけた言葉を呑み込む。
 ここで機嫌を損ねてはすべてが水の泡、そして最悪の事態を招いてしまう。だがしかし、迦陵にはとてもできなかった。手を伸ばそうとしても体が硬直していて動かない。一歩前に進むことすらできない。心は揺れる。なぜなら──
(ここで、息絶えるつもりだった!)
「どうした。いつも庚天河にしているようにすればいいだけのことではないか」
「へ、いか──わたくしは、その、経験がないのです」
「先もそのようなことを申していたなぁ」
「事情あって、確かに噂通り、主の寝所に控えておりました。ですが、それは、お身を守るためのもので、いかがわしい関係ではございません。主はわたくしの体には触れたことはないのです」
「うぬはこれだけの評判の中で、堂々生娘だとぬかすか?」
 迦陵はグッと目を閉じ、両の手を握りしめてうなずいた。
「なんと! これはまた素晴らしい演技よな」
「演技ではありません! 本当に、本当に、一度もそのような経験はないのです。どうか、信じてください。わたくしは主がお生まれになって今日こんにちまでの十八年間、命賭して仕え守ってまいりました。主の地位を狙っているのは実の叔父です。常に信用できる一部の者が片時も傍に離れずついていなければ危険なのです」
「だから夜の相手もしておったのだろうが」
 いいえ、と激しくかぶりを振る。
「わたくしたちはそのような関係ではありません。本当に、わたくしは男性を知らないのです」
 フン、と鼻で笑う姿に迦陵は惨めさと悔しさに胸を焼くが、それは相手には伝わらないことだ。この苦しみを目で見せることはできないのだから。
「どのような蔑みを受けてもかまいません。いえ、それを覚悟でまいっているのです。どうか、皇帝陛下、我が主をお救いください。我らには、陛下しか頼れるお方はいないのです」
「四面楚歌でか?」
「王城は、もう大公の手が回っておりまして、どうにも──」
「気に入らぬのは」
 言いつつ、白刀が立ち上がり、迦陵の前で片膝をついた。そして顎を力任せに掴んで持ち上げる。
「己の手のついた女を平然と献上と申して送りつけてきたことだ」
「使者と言わず献上と申し上げたのは、大公の目を欺くためでございます。それほど浅はかだと思わせるために。主にまことの忠義を立てている側近は数十名。わたくし以外は腕に覚えがある者で、傍を離れることができないからです。この命と引き換えに、主から直接内情を」
 それ以上言えなかった。顎を掴む手に力が籠もり、痛みに続けられなかったのだ。
「それでこの私に祇嗣まで出向けと言うのか?」
 痛みに耐えながら、迦陵はうなずいた。すると痛みがなくなり、掴む手の感触も消えた。だが、面前の男の目は燃えるように鋭く迦陵を睨んでいる。
「そこまで言うなら、よかろう。祇嗣の内情を公平に調べ、沙汰を下す。先にも申した通り、その間、うぬにはその忠義と覚悟とやらを示してもらう」
「陛下! ありがたき幸せ! この身で果たせるのならば、いかようなことでもっ」
「その言葉通りにしてもらう。陽葵ひなたはおるか! これへ!」
 ガタリと音がして隣の部屋から女が現れた。女にしては凛々しい顔立ちだが、目元は優しげだ。
「陽葵、この女を我が妾として囲うことにした。少々問題のある者ゆえ、そなたが直接管理せよ。さっそく今宵から所望するゆえ、つつがなく整えるように」
「かしこまりてございます、陛下」
「行け」
 女は床に落ちている迦陵の衣を取って肩にかけて前を重ね合わせると、立つように促した。迦陵も退出の命に素直に従う。しかしながらこれからどうなるのかわからず、恐怖に足が竦んで一歩が出ない。
「恐れることはございません。陛下がああおっしゃる以上、命をお取りになることはございませんので」
 だからこそ恐ろしいのだ。いっそひと思いに首を落としてくれたらいいものを──そうは言えず迦陵は奥歯を噛みしめて自らを奮い立たせた。一歩を踏み出す。が、ぐらりと体が揺れた。
「さぁ」
 女が迦陵の体を抱き寄せて支えてくれる。体温が伝わってきて、少し安堵が生まれた。
「お手数をおかけしてまことに申し訳ございません。大丈夫です」
「いえ、こちらへ」
 女の言うままに従い、歩き始める。おぼつかない足取りに迦陵はどれほど皇帝との対峙を恐れていたのか、今になって痛感した。
 皇帝の私室を脇の扉から出て、隣の控えの間を抜ける。その奥にある部屋に案内されたが、周囲を見ている余裕はなく、示された椅子に腰を下ろすと目の前が真っ暗になった。
「もし、お気を確かに、もし!」
 女の慌てている声が遠くで聞こえたが、迦陵の意識はすでにここにはなかった。

(ここは)
 目が覚めたら見慣れない天井があって迦陵の記憶は一瞬混乱した。だがすぐに皇帝領に赴き、謁見叶って密書を渡す役を果たせたことを思い出し、深く息を吐き出す。
(私は今日から皇帝陛下にお仕えし、天河さまを救っていただけるよう尽くさねばならない。あの時、妾として囲うことにしたとおっしゃった。私のすることは陛下のとぎの相手として性を悦ばせること……できるのかしら、私に……)
 世間では、南沙迦陵は祇嗣王の愛妾として知られている。生まれた時から傍に仕え、幼い頃は言葉で言いくるめ、王の性が目覚めてからは体で誑かして取り入ったと言われている。それは迦陵にとって都合のいい誤解ではあるが、内心は悲しく辛いことだった。
 それでも庚天河を守るためにはやらねばならぬことであったのだ。
(大公から王位は守らねばならない。先王陛下ご夫妻の願いを叶えるためなら、こんな屈辱、なんともないわ!)
 もう一度、長い息を吐き出すと、迦陵は身を起こした。
「気がつかれましたか。ご気分はいかがです?」
 先ほどの女が寝台の傍に歩み寄ってきた。改めて見ても整った美しい顔立ちは凛々しい印象で、おそらく気も強いことだろう。身につけている衣装は高価だ。相応の身分の者だと知れる。
「申し訳ありませんでした。もう、大丈夫です」
「さようでございますか。では、少し自己紹介と、これからの予定を説明させていただきます」
「……はい」
「わたくしの名は相良さがら陽葵。陛下の身の回りの世話をさせていただいております」
「南沙迦陵と申します」
「えぇ、存じております。祇嗣国、庚天河王の側女そばめと聞き及んでおりますので」
〝側女〟と言われて迦陵は羞恥に頬を赤くした。それは同じ〝羞恥〟でも照れではなく、怒りによるものである。だが、ここで反論しても仕方がない。グッと腹の底に力を入れて我慢する。
「誤解のないように。わたくしにとりましては、過去はどうでもよいことです。今、あなたさまは陛下のご寵愛のもと、この帝城に住まわれることが決まりました。そのお世話を賜ったわたくしがなすべきことは、陛下に悦んでいただくべく、あなたさまにお仕えすることです」
「…………」
「慣れない習慣に戸惑われるかと思いますが、わたくしに従ってくださいませ」
「……はい」
 陽葵はよろしいとでも言うかのようにうなずいた。

※この続きは製品版でお楽しみください。

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