【試し読み】私たち、相思相愛夫婦です~身籠って、愛が深まりました~
あらすじ
期限付きの偽装婚、見せかけだった夫婦から相思相愛。本当の夫婦になれた蒼平と蘭。深く愛し合う甘い日々、新しい生命を授かって幸せいっぱいのふたり。「奥さん甘やかすのは、夫の務め」──蘭は蒼平からの過保護すぎるほどのフォローと優しさに包まれたマタニティライフを過ごし、感動の出産を迎える。これから赤ちゃんと三人での愛しさにあふれる毎日……のはずだった。蒼平は仕事にもさらに精を出し育児にも積極的だけれど、蘭は自分の力で子育てしたいと頑張りすぎて空回り。それになんだか蒼平の様子が怪しい……と勘ぐってしまって!?
登場人物
相思相愛となった蒼平との間に新しい生命を授かり、幸せいっぱいのマタニティライフを過ごす。
忙しい合間を縫い、身重の蘭をフォロー。父親として家事にも育児にも積極的に参加。
試し読み
『幸せなマタニティライフ』
「蘭……」
甘い瞳を向けられ、愛しそうに名前を呼ばれることに、いつになったら慣れるのだろうか。
ソファに並んで座り、仲良くテレビを見ているといつの間にか甘い雰囲気になることは日常茶飯事。
何度も何度も口づけを交わすと、彼は気持ちを沈めるように深く息を吐き、そして私のお腹にそっと耳を寄せた。
「早く会いたいな、俺たちの子供に」
「うん、そうだね」
同い年の月宮蒼平と大学を卒業してすぐに結婚して早六年以上。だけどそのうちの五年ほどは見せかけの夫婦だった。
それというのも私たちは幼い頃から許婚の関係にあった。仲は良かったがふたりとも恋愛感情はナシ。しかしお互いの父親は会社を経営しており、業務提携が絡んでいる結婚からは逃れられなかった。
そんな私たちは結婚前にある約束を交わしたのだ。
結婚はするけれど、五年後に円満離婚しようと。
約束通りラブラブな夫婦を演じる一方で、離婚してひとりでも生きていけるように、ひっそりと私は色々と準備も進めてきた。
五年という月日は長いようで短くて。終わりが近づくと寂しさを感じるようになり、ともに過ごした時間がかけがえのないものだと気づかされたんだ。
それは蒼平も同じで、晴れて私たちは本物の夫婦となり、こうして新しい命を授かることもできたわけだけれど……。
「蘭、もう一回キスしてもいい?」
そう言いながら、彼は私の返事を待たずに唇を塞ぐ。
何度もキスを交わし、それ以上のことだってしている。でもいまだにこの甘い雰囲気に慣れない。ドキドキして胸が苦しい。
「んっ……あっ」
時折漏れる声に触発され、口づけは深くなる。
「もうっ……! 蒼平、長いからっ」
キスの合間に彼の胸元を叩きながら訴えるも、一向にキスを止めてくれる気配がない。
「まだ全然足りない」
「足りないって……! んっ」
執拗に舌を搦めとられ、言葉が続かなくなる。
妊娠してからというもの、蒼平は私を一度も抱いていない。お医者さんから安定期に入ったし、大丈夫だという説明を一緒に聞いていたはずなのに。
いや、決してしてほしいとかそういうわけではない! ……ないんだけど、抱かない代わりに毎夜こんな濃厚なキスをされると、身体は正直になるというか、なんというか。
私のほうが物足りなさを感じてしまうんだ。現に今夜も……。
「ん、満たされた」
そう言って彼は満足げな顔をするが、私は決して満たされていない。これが毎夜続けばそろそろ限界を迎えるわけで。
「そろそろ寝ようか。待ってろ、風呂洗ってくるから」
「うん、ありがとう」
ソファから立ち上がり、浴室に向かう蒼平の腕を咄嗟に掴みそうになり、慌てて手を引っ込めた。
私ってば、蒼平を引きとめてなにを言うつもりだった!? 危うくものすごく恥ずかしいことを口走るところだったよね?
深いため息とともにソファの背もたれに体重を預けた。そしておもむろにお腹を撫でる。
妊娠が判明した後、蒼平と話し合い、私は勤めていたお父さんが社長を務める会社を退職。家庭に入ることを決めた。
ずっと続けてきた仕事だったし、周囲からは社長の娘として見られ、やりづらいことも多々あったが、仕事自体は楽しかった。
それを蒼平も知っていたから、『本当にいいのか?』と何度も聞かれた。
でも蒼平と夫婦になっても仕事を続けてきたのは、離婚すると決めていたからだ。離婚後の生活資金を貯めて、できるだけひとりでも生きていけるように多くの資格を取得して。そんな日々を送っていた。
だけど蒼平を好きになり、こうして子供も授かった。なにより彼は今後、一企業のトップに立つ。
そんな蒼平を微力ながら支えていきたいし、私には働きながら家事と育児を両立させる自信がない。
だからこうして仕事を辞めて専業主婦となり、蒼平を支えよう! と意気込んでいたが、実際には私が蒼平に支えてもらってばかりだった。
今は安定期に入って落ち着いたけれど、妊娠初期はつわりがひどくて家のことは任せっきりになってしまった。
それは今も継続中。私の身体を気遣い、家事はほとんど蒼平が請け負ってくれている。
やると言ってもやらせてもらえず、何度も攻防戦を続けた結果、私が根負け。素直に甘えることにした。
「昔の蒼平からは、想像もできなかったよね」
幼い頃から顔見知りで、気心の知れた仲だった。でも恋愛関係に発展することなく結婚。
夫婦生活を五年近く続けていても、仲の良い友達とルームシェアしている感覚だった。
それなのに今は、たくさん触れてほしいと思うほど好きになった。私自身も想像できなかったな。こんなに蒼平のことを好きになるなんて。
だから自然の原理なのだろうか。もっと蒼平に触れてほしいと願ってしまうのは。
そんなことを考えていると、お風呂掃除を終えた蒼平が戻ってきた。
「お待たせ。沸いたら先に入って。出たらマッサージしてやるよ」
「ありがとう、助かる」
妊娠してからというもの、足のむくみがひどかった。多くの妊婦さんに出るというけれど、私の足を見た蒼平は心配し、毎夜お風呂上りにマッサージをしてくれている。
自分でもやってはいるが、やっぱり誰かに揉んでもらったほうが気持ちいい。
「少しは違うか?」
「もう全然違うよ。……いつもごめんね」
お風呂上り、ベッドの上でマッサージをしてもらいながら謝罪の言葉を口にすると、蒼平は顔をしかめた。
「どうして謝るんだよ」
「だってそうでしょ? 私は仕事も辞めてずっと家にいるのに、ほとんど家のことは蒼平にやらせちゃっているし」
「俺がしたいからだよ。それに当然のことだろ? 家のことをやるのは。ふたりで暮らしているんだから。どっちかが負担してやるものじゃない。……謝るなら俺のほうだよ。ふたりの子供なのに、俺はなにも力になれない。だからせめて家のことくらいさせてくれ」
「蒼平……」
なんだろう、彼の優しい言葉に目頭が熱くなる。
いつもだったら、こんなことぐらいで泣いたりしないのにだめだ。
涙を止める術はなく、ポロポロと溢れ出す。それに気づいた蒼平は目を丸くさせた。
「え? どうした、蘭? もしかして力強かったか? それとも俺、なにか蘭を泣かせることを言った?」
動揺しながらも優しく私の背中を撫でて宥める蒼平に、余計に涙が溢れる。
声にならなくて首を左右に振ると、蒼平は私の様子を窺いながら聞いてきた。
「じゃあどうしたんだ? そんなに泣いて」
彼の長い指が私の目元に溜まった涙を掬う。心配そうに私を見つめる蒼平に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「ごめん、泣いたりして。違うの、悲しくて泣いたわけじゃないの」
「じゃあどうして泣いたんだ?」
間髪入れずに聞かれたことに、鼻を啜りながら答えた。
「蒼平のせいだよ」
「えっ? 俺? じゃあやっぱり俺がなにかしたってこと?」
自分自身を指差し、首を捻る姿に笑みが零れる。するとますます蒼平は混乱する。
「なんだよ、今度は笑って」
「蒼平が優しいから悪い。私のことでそんなに動揺しちゃうのも」
愛されていると実感できて、それが嬉しくて泣けちゃうほど。
「蘭に優しくするのも、蘭の言動ひとつで動揺するのも当たり前だ。……お前のこと、好きなんだから」
照れくさそうに言う姿に、胸がギュッと締めつけられる。
「それくらいで泣くとか、やっぱり妊娠中は情緒不安定になるっていうのは本当だったんだな」
情緒不安定……そっか、これも妊婦特有のものなんだ。
納得していると、蒼平は私に優しい目を向けた。
「本に書いてあった。些細なことでもストレスになったりするそうだ。だから蘭、なにかあれば遠慮なく言ってくれ。どんなワガママでもいい、蘭の話ならなんでも聞く」
あぁ、もう。両想いになってからというもの、蒼平が私を見る目が甘くてつらい。こんな言葉をかけられると余計に。
「蒼平ってば、私のこと甘やかしすぎだよ」
ジロリと睨んで言うと、彼は目を瞬かせた後、そっと私を抱き寄せた。
「甘やかすのは蘭限定だからいいんだよ。奥さん甘やかすのは、夫の務めだろ?」
「なにそれ」
なんて言いながら私もギュッと彼に抱き着いた。
蒼平のぬくもりに包まれて、幸せな気持ちでいっぱいになる。すると彼はそっと背中や髪を撫でた。
「今まで仕事をして友達と頻繁に会っていたのに、妊娠後はそれがまったくなくなっただろ? ストレスが溜まって当然だと思う。だから本当、俺にだけはなんでも話して甘えてほしいんだ」
だめだな、そんなことを言われたら普通に泣いちゃうよ。
再び溢れそうになる涙をこらえて顔を上げた。
「本当にどんなワガママでもいいの?」
ジッと見つめて確認をすると、蒼平は優しく微笑んだ。
「あぁ、もちろん。なに? なにをしてほしいんだ? それとも欲しいものでもあるとか?」
期待に満ちた顔で聞かれて申し訳なくなるが、蒼平が考えているようなことを、私は望んでいるわけではない。
首を横に振り、小さく深呼吸をして口を開いた。
「キスしてほしい」
「えっ?」
「……できればその先もたくさん」
勇気を出して打ち明けたが、思った以上に恥ずかしい。蒼平がなにも言わないから余計に。
「蒼平? なにか言ってよ」
チラッと見ると目が合う。途端に蒼平は頬を赤く染めた。
意外な姿に目を疑う。
「えっと……蒼平?」
「……っ見るな、バカ」
「バカ!?」
「あぁ、バカだ! ……なんだよ、その願い。可愛すぎかよ」
怒りながら言われた言葉に私まで顔が熱くなる。
でもここで素直にならなかったら、きっと蒼平は出産をするまで私を抱いてくれなさそう。
もう羞恥心などいっさい捨てて開き直る。
「だって仕方がないじゃない。ずっと蒼平、キスしかしてくれないんだもん」
「だもんって……!」
そう言うと彼は、深いため息を漏らした。そして恨めしそうに私を見る。
「お前なぁ、俺がどれだけキスだけで我慢してきたと思っているんだ? 俺だって蘭を抱きたくてたまらなかったよ。でも蘭は身籠っているし、そういう気分にならないだろうし、むしろキスも嫌じゃないかと思ったけど、さすがに俺がキスくらいさせてもらわないと限界だったからさ」
早口で捲し立てる蒼平に、ポカンとなる。
そっか、蒼平も我慢していたんだ。私に触れたかったんだ。
そう思えば思うほど嬉しくてたまらない。
「じゃあ我慢しなくていいよ」
「……っ! そんな簡単に言うなよ。今までの俺の努力を考えろ」
悔しそうに言う蒼平には悪いけど、笑ってしまった。
「じゃあ私はどうすればいいの? どうしたら機嫌を直してくれる?」
からかい口調で聞けば、蒼平はムッとしながら瞼を閉じた。
「蘭からキスしてくれたら機嫌直す」
ど、どうしよう。蒼平が可愛い……!
「ん」と言いながらキスを待つ蒼平が愛しくてたまらないよ。
言われた通りに私からそっとキスをすると、蒼平は不服そうに片眉を上げた。
「だめ、もっと」
「えっ? んんっ」
後頭部に手を回すと、蒼平は荒々しく私の唇を塞いだ。
呼吸もままならないほどの激しいキスに胸が苦しくなる。少しすると身体に力が入らなくなり、そのまま彼に押し倒された。
「蘭……」
覆い被さり、私を見下ろす彼は色気を含んでいて艶っぽい。私だけが知っている蒼平の顔──。
リップ音を立ててキスを落とすと、蒼平は私の首元に顔を埋めた。
「あっ……んっ」
優しい愛撫に声が止まらない。
「蘭、大丈夫か?」
「う……ん、平気」
蒼平は何度も私の身体を気遣いながら抱いた。
やっぱり蒼平に触れられると嬉しくて幸せで、もっとこのぬくもりに包まれていたいと願ってしまう。
「あー……自分に嫌気がさす。子供が生まれて落ち着くまでは、蘭のことを抱かないって決めていたのに」
「……それを今、この状況で言う?」
果てた後、いまだに繋がったままのこの状態で。
「あんな可愛くお願いされたら無理だった」
そう言うと彼が私の中から出ていく。敏感になった身体はそれだけで声が出そうになる。
「大丈夫か? お腹が痛いとかない?」
隣に横になると、蒼平はそっと私の身体を抱き寄せた。
「うん、大丈夫だよ」
まだまだ甘えたくて、猫のように彼の胸に頬を摺り寄せる。
「やっと蒼平で満たされた」
「……また蘭はそうやって俺を殺すようなことを言う」
「殺すって大袈裟じゃない?」
「大袈裟じゃないわ。蘭があぁいうこと言うの初めてだったじゃん。破壊力ありすぎ。どうにかなりそうだった」
私の頭の上に顎を乗せ、「人を煽る天才め」と悪態をつく。
「別に煽ってなんかいないし。……ただ、蒼平が好きだからだよ」
「それを煽るっていうんだよ」
そんなやり取りをしながら私たちは笑い合い、お互いのぬくもりに包まれたまま眠りに就いた。
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