【試し読み】執着CEOの強引な溺愛前提プロポーズ

作家:花音莉亜
イラスト:春楡いちる
レーベル:夢中文庫クリスタル
発売日:2020/11/2
販売価格:700円
あらすじ

「待ってた分、今夜は感情を抑えられそうもない」──突然、奈々に舞い込んだお見合い話。両親を亡くして以降、大事に育ててくれた伯父夫婦への親孝行のつもりでその話を受けた。しかし現れたのは若くして成功した有名なIT企業のCEO・一条康介。甘いルックスで華やかなオーラを放ち、奈々をとても気遣ってくれる。自分は不釣り合いだと思った奈々は縁談を断ろうとするが、優しく真剣なまなざしの康介からの強引なプロポーズに思わず頷いてしまう。心を開いてくれるまで待つと、寝室を別に始まった新婚生活。康介の優しさに触れるたび惹かれていく奈々は距離を縮めたいと願い──蕩けるような時間、溺愛される日々に満たされて……

登場人物
奈々(なな)
早くに両親を亡くし伯父夫婦に引き取られる。結婚に乗り気ではないが親孝行のつもりでお見合いを受ける。
一条康介(いちじょうこうすけ)
有名なIT企業のCEO。結婚に消極的な奈々にプロポーズし、新婚生活をスタートさせる。
試し読み

奈々なな、お見合いをしてみないか?」
「え?」
 義父からの突然の提案に、私はしばし呆然とする。なぜなら二十六歳の私にとって、見合いは少し早い気がするし、その必要性もないからだ。
「お相手はね、父さんの会社の取引先の息子さんなんだ。奈々も会えば、きっと喜んでくれると思うよ」
「お父さんの? そうなんだ……」
 そしてなぜか、それ以上のことを教えてくれない。どうやら、相手の男性は会うまでのお楽しみらしい。どんな人と見合いをするのか、分からないのでは引き受けようもない。とはいえ、相手が誰であっても気乗りはしないだろうけど、断ることもためらわれた。なぜかというと、私の結婚が決まることで義父が安心するならそうしたいからだ。私は十三歳のときに、交通事故で両親を亡くしている。
 中学生という多感な年頃の私を、父の兄である伯父夫婦が引き取って育ててくれたのだ。子供のいない養父母は、本当の娘のように私に接してくれ慈しんでくれた。その二人が望むなら、親孝行のつもりで受けてみてもいい。
「分かったわ。お見合いをしてみる」
 そう返事をすると、義父はホッとしたように表情を和らげた──。

「奈々さんは、とても控えめな方なんですね」
 見合い場所は、鹿威ししおどしの音が室内にまで聞こえてくるほど静かな和食の店だ。張り替えられたばかりの天然イグサの香りがする和風の部屋で、暖かな日差しが控えめに差し込んでいる。日曜の昼下がりなのに、ここが街中にあるとは思えないほど、車や人の声が聞こえてこない。見合いをするには抜群の場所だけれど、余計に緊張感が増していた。
「いえ……。単に人見知りなんです……」
 小さく微笑むと、私の向かいに座っている一条いちじょう康介こうすけさんが穏やかに笑みを返してくれた。
 義父が話してくれなかった理由が、彼と直接会ってよく理解できる。なぜなら彼は、IT企業『リボーション』のCEOだったからだ。
 リボーションは康介さんが創った会社で、サーバ開発で一躍有名になった企業だ。様々なプラットフォームを開発し、SNSや通信販売などネット環境を利用した事業を手掛けては大成功を収めている。
 セキュリティの高さも評判がよく、様々な企業のホームページ作成なども請け負っていて、つい最近もテレビで取り上げられていた。
 康介さんは三十歳の若さで、二万人以上の従業員を纏めている。経営手腕が高い有能な人というだけでなく、甘いルックスと長身で華やかなオーラを放つ人だけにメディアで頻繁に紹介されていた。
 そんな人が見合い相手なのだから、紹介されたときは呆気に取られたほどだ。さらに、彼のお父さんも社長をしており家柄も立派だった。
 そういう人だとあらかじめ分かっていたら、気圧されて見合いをかたくなに断っていたと自信を持って言える。
 でも、こうやって康介さんを目の前にしたら、とりあえずこの場をやり過ごそうと考え方を変えた。
(かっこいいだけじゃなく、優しそうな人……)
 それが、彼に抱く印象だ。けっして軽い雰囲気はなく、芸能人並みの見た目も、知性が溢れていて瞳がとても穏やかだった。
 圧倒される肩書きとは対照的に、親しみやすそうな空気を醸し出している。
「実は、俺もこう見えて、人見知りのところがあるんですよ」
 康介さんが答えると、義父と義母は楽しそうに笑った。だけど私は緊張と若干の警戒心もあり、場の雰囲気に合わせて微笑を作るだけ。
 両親を亡くしてから、自分の気持ちをさらけ出すのが苦手になってしまった。養父母は、本当に大切に育ててくれたけれど、私は一度自分の人生に絶望をしたからか、心の中に壁を作る癖ができてしまった。
 初対面の人とは、どうしても距離を作ってしまい、可もなく不可もなくやり過ごしたいと思ってしまう。
 だから、気がついたら作り笑いが得意になっていた。
「康介さんは起業家で、飛ぶ鳥を落とす勢いのリボーションを創った方でしょう? 人見知りなんて、とても信じられませんよ」
 義父の言葉に、康介さんの両親も声を上げて笑っている。彼の両親もとても感じがよく、この見合いを好意的に受け止めてくれていた。
 それが有り難いだけに、心から乗り切れていない自分が嫌で仕方ない。
「そうですわ。せっかくだから、康介と奈々さんを二人きりにさせてあげましょう。そのほうが、本人たちも気兼ねがないでしょうから」
 康介さんのお母さんが、思い立ったように言うと、養父母も納得の顔で頷いている。康介さんも「それは嬉しい」と言ってくれているけれど、私は内心とても焦っていた。二人きりなんて、さらに緊張してしまう……。
 それに、私は彼と結婚をする気も交際する気もまったくないのだから。
「それはいいですね。奈々は、とても緊張しているようですから。私たちが退席するほうがいいかもしれません」
 義父は、優しく私の背中を叩くと立ち上がる。そして、四人は部屋を出ていった。
(どうしよう……)
 ここまでは、なんとか両親たちに場を取り繕ってもらっていたけれど、もう人任せにはできないと話題を探した。康介さんと盛り上がれる共通の話は……。
「そんなに、気を遣わなくていいですよ」
「えっ?」
 思考を巡らしていたときにそう言われて、素直に驚いてしまう。まるで、心の中を見透かされたみたいだ。康介さんは優しく微笑むと、テーブルに置いてある急須に手を伸ばした。
「あっ、お茶でしたら私が……」
 着物を着ているせいで、動作が鈍くなる。袖を庇いながら身を乗り出すと、康介さんがそっとそれを制した。
「俺がやりたいから。奈々さんは、ほんの少しだけでいいから肩の力を抜いてください」
 彼は急須を取ると、熱いお茶を湯飲みに注ぐ。そして湯気の立つそれを、私の前に差し出してくれた。
「あ、ありがとうございます……」
 戸惑いながらも一口飲むと、お茶の香ばしい匂いが口の中に広がる。さっきも飲んだはずのお茶なのに、彼に入れてもらったからか余計に美味しく感じた。
「奈々さんは、中学生のときにご両親を亡くされているんですよね?」
 ふと康介さんが口にして、私は小さく頷いた。
「はい。中学一年生のときに、交通事故だったんです。二人の結婚記念日に、旅行に行って……。私は、気を遣ったつもりで遠慮したんです。でも、やっぱり一緒に行けばよかったって思いました」
「どうして? もしかしたら、奈々さんも事故に巻き込まれたかもしれないのに」
「だからです。一瞬で親を失いましたから。私も連れていってほしかったって、本気で思っていました。今はもう、前向きに生きなきゃって思ってますけど」
 苦笑しながら、きっとこの見合いは先方から断られるだろうと思った。生い立ちや私の考え方は、華やかな康介さんとは釣り合わない。
 彼にとって、私との結婚はプラスにはならないだろうから……。
(こんな重い女は嫌だろうな)
 それに、きっと私の心をお見通しだろうから。見合いに気乗りしていないことは、康介さんは分かっていると思う。
 なるべく早くこの時間を終わらせて、彼を解放させてあげたい。今は、それしか考えていなかった。
「お茶、とても美味しかったです。あの……、康介さん」
「なんですか?」
 彼の声は常に優しく穏やかで、だからこそ罪悪感を覚えてくる。
「私は、今日は父の頼みでお見合いを引き受けました。本気で、結婚しようと思っていたわけではなく……。これ以上、康介さんの貴重なお時間をいただくことはできません。この辺りで、失礼をしたいのですが」
 不快な思いをさせるだろう。それは承知だけれど、このまま一緒にいるよりはずっといい。そう思い心苦しく康介さんを見つめていると、彼は穏やかな表情を崩すことなく言った。
「それは、俺とは交際も結婚もできないということですか?」
「はい、ごめんなさい……。私と一緒にいても、きっと康介さんは楽しい時間を過ごせないと思うんです。だから……」
 本当は、こんな失礼なことを言いたくはない。胸が苦しくなるけれど、より康介さんにとってプラスになるほうを選択したかった。
 ムッとして、席を立たれるだろうか。覚悟を決めていると、彼がクスクス笑い始めて拍子抜けしてしまった。
「奈々さんは、見合いの間、とてもおとなしいなと思っていました。話を振っても無難な返事しかしないし、俺のことを警戒しているとも感じていました」
「すみません。私、感じが悪かったですよね……?」
 さすが、CEOというだけあって、人を見る目が鋭い。彼と話していると、身ぐるみをはがされるみたいだ。
「いや、奈々さんの生い立ちは、あらかじめ伺っていましたから。簡単に、他人に心を開けないのは当然だと思います。でも、はっきりとご自分の意見を言える方なんだなと分かりましたよ」
「康介さん……。ありがとうございます。気持ちを汲み取っていただけて、素直に嬉しいです」
 やっぱり、彼は素敵な人だ。だからこそ、私の人生に巻き込んではいけない。
「きちんと、気持ちを言ってくださる方なら大丈夫」
「えっ? 大丈夫って……?」
 想像していた反応とは随分違っていて、頭の中が混乱してくる。康介さんは笑顔を保ったまま、テーブル越しに私の手を取った。
 温かくて筋張った彼の手は、どこか色っぽくてドキッとしてしまう。
「奈々さん、俺と結婚しませんか?」
「え……?」
 彼は、なにを言っているのだろうか。冗談……を言う人には見えないけれど。絶句をしていると、さらに手を包み込んできた。
 まるで「落ち着いて」と言われているようで、心がほんのり温かくなる。
「もし、奈々さんが卑屈であまりに頑なな人なら、ご縁がなかったと思おうと考えていました。だけど、実際に会ったらそういう方ではなかったので」
「でも、似たようなものです……。康介さんは、社会的にも成功されている方ですから。もっと、いい出会いがあると思います」
「そうでしょうか? 奈々さんは、まだまだ言えていない自分の気持ちがありますよね。それが分かるから、俺が包み込みたいなと思うのですが。頼りなさそうでしょうか?」
「いえ! そんなことはありません。ただ、結婚の答えを出すにはいくらなんでも早いような……。せめて、お付き合いをして、私を見ていただいたほうがいいと思うんですが……」
 自分のことを〝お試し〟のように言ってしまったけれど、彼にとってはそのほうがいい。だけど、康介さんは首を横に振った。
「奈々さんが、一番欲しいものはなんですか?」
「欲しいもの……ですか?」
 急に質問を振られ、あれこれ考えてしまう。康介さんは、どんな意図で聞いてきたのだろう。
「はい。奈々さんが、ずっと欲しいと思っていること。それを、教えてもらえませんか?」
「それは……。家族です。もちろん、義理とはいえ両親には大切に育てられました。今でも、ずっと私のことを心配してくれています。だけど、やっぱりどこか遠慮があって。だから、本当の自分の家族が欲しいです……」
 こんな私でも、彼は結婚をしたいと思うだろうか。もし、同情的な意味で言ってくれているのなら、私も不本意だし康介さんも後悔すると思う。
 真っすぐ彼を見つめると、目を細めてニコリとされた。
「だったら、やっぱり結婚しましょう。奈々さんが欲しかった家族を、俺と一緒に作っていきませんか?」
「え? あ、あの……。本気なんですか?」
「本気ですよ。さっき奈々さんは、俺に楽しい時間を過ごしてもらえないと言っていましたが、そんなことはないと思います。一緒に、新しい人生を歩みましょう」
 康介さんの自信は、いったいどこからきているのだろう。迷いがなく、私を引っ張り出そうとしている。
「どうして、そこまで……?」
「あなたが、気になるからです。俺と結婚する理由が、ご両親を安心させるためでも構いません。俺の強引なプロポーズに負けた、でもいいです。だから、結婚してください」
「康介さん……」
 これで本当にいいのだろうか。私に迷いがないといえば嘘になり、彼の本心も見えそうで見えない。
 だけど、これほどまでに求められた先の未来に、ほんの僅かながら期待を持ってしまいそうになる。
「奈々さん、いいでしょう?」
 優しい口調とは対照的に、彼の目は真剣そのものだった。その瞳に引き寄せられるように、私は小さく頷いていた──。

 夕陽が沈みかけている西の空は、綺麗なオレンジ色に染まっている。バルコニーからの景色は、街を一望できてとても贅沢な雰囲気だった。
「奈々さん……じゃなくて、奈々と呼んでもいいかな?」
「は、はい。もちろんです」
 背後から康介さんの声が聞こえ、慌てて振り向いた。
「じゃあ、敬語もナシで。俺たちは、夫婦になったのだから」
「そうですよね……」
 本当に、こんな急展開でいいのだろうか。今さらながら、そう感じてしまう。見合いをしたあと、互いの両親に結婚の意志を伝えた。私の両親はもちろん、康介さんのご両親もとても喜んでくれた。彼の「早く二人の時間をスタートさせたい」という希望もあり、私たちは翌日から結婚生活をスタートさせたのだった。
「荷物も片付いたし、部屋を案内するよ。今日から、ここはきみの家でもある。だから、遠慮なく使ってほしい」
「ありがとうございます」
 優しい雰囲気は昨日と変わらないけれど、プライベートの空間だからかより緊張してしまう。
「部屋は、五部屋あって主寝室とゲスト用の部屋。それに書斎がある。あまりに急だったから、まだ心の準備ができていないだろう?」
 リビングに戻りながら、康介さんが問いかけた。
「はい。なんだか、展開が早すぎて。まだ、信じられない気分です」
 苦笑をすると、彼も微笑んでくれた。それにしても、康介さんは私服姿も華やかで目を引いてしまう。白いシャツと黒いパンツというシンプルなスタイルなのに、垢抜けた感じで着こなしてしまうのは、彼の顔立ちやスタイルが大きく関係していると思う。
「それはそうだよな。だけど、今日から奈々は俺と自分の家庭を築いていく。それだけは、忘れないでほしい」
「はい……。実感が湧くのは、もうちょっと先になるかもしれないですけど、頑張ってみます」
 彼の好意に応えたくて張り切って言うと、康介さんは腕を組みわざとらしく大きく唸った。
「頑張る……ことではないかな?」
「え? でも私たち、初対面で結婚をしましたし……」
 正直、両親が亡くなったあと、伯父夫婦に引き取られたときのことを思い出してしまったくらいだ。あのときも、慣れない場所に突然飛び込んだ感覚だった。
 今回は結婚という本当に特別なものだからこそ、頑張る努力が必要だと思ったのだけれど……。
「自然体でいいよ。奈々はきっと、実のご両親が亡くなってから、そうやって気を張り詰めて生きてきたんだろう? 俺はきみに、安らぎを与えたいんだ」
「康介さん……。どうして、そこまでしてくれるんですか? そのことが、昨日からずっと不思議でした」
 昨日は、まだ遠慮がちなところもあったけれど、今日の彼はまるで随分前から私を知っているような、ぐいぐいと引っ張っていく感じがする。
「奈々のことが、気になってしまうんだ。きみのことは、ずっと父から聞いていた。一度、会ってみたいと思っていたんだ」
「生い立ちに同情して……ですか?」
「まさか。同情なら、もっと違う形で応援するよ。ただ、きみに惹かれてしまったんだ。昨日はあのまま、別れたくはなかった」
 そっと彼に頬を触れられ、ドキッとときめきを感じてしまう。夫婦になったのだから、彼にすべてを捧げる覚悟はしていた。けれど、やっぱりとても緊張してしまう。
「結婚を、後悔していませんか?」
「していないよ。きみを手に入れるのは、それしか方法がないと思ったから。強引なくらいでないと、奈々はきっと俺を見てくれない」
 小さく微笑んだ康介さんは、優しく頭を撫でると私から離れた。もしかして、キスをされる……? と思ってしまった自分が恥ずかしい。
「今日は、バタバタしたことだし、夕飯はデリバリーにしようか」
「はい……」
 彼はそう言い残すと、店に電話をするため部屋を出ていった。私たちの結婚は急なことだったので、挙式や披露宴の都合がつかず、数カ月先になっている。
 彼や私の仕事の関係もあるから、挙式と披露宴に関してはそれでも構わない。だけど、婚姻届は康介さんが一人で提出してくると言っているし、今日から新婚生活がスタートだというのにデリバリーだし。彼は、本当にそれでいいのだろうか。
 康介さんは私と一緒にいて、幸せを感じてくれるのだろうか……。

 彼が頼んでくれたデリバリーは、とても有名なフレンチの店のもので驚いてしまった。魚や肉、魚介類や野菜の料理が豊富にあり、濃厚なクリームの味付けが上品で美味しい。デリバリーというには、贅沢なものだ。
 まだ会話はぎこちないけれど、向かい合って食事をすることは照れくさいながらもどこか嬉しかった。
 そして夕食を済ませると、彼は私にお風呂を勧めてくれ入浴した。
「康介さん、お先にお風呂をありがとうございました」
 体がポカポカと温かくなっているのを感じながら、ソファで雑誌を読んでいた彼に声をかける。すると、本を閉じた彼が振り向いた。
「リラックスできた?」
「はい、とても。お風呂が凄く豪華で、つい長湯しちゃいました」
 ふふっと笑うと、彼も満足そうに微笑んで私の側へ来る。そして、頬に手の甲を当てた。彼の大きな手に触れられると、つい胸が高鳴ってしまう。
「本当だ。頬がピンク色になってるし。体が冷えない程度なら、バルコニーで夜風に当たったらいい」
「はい……」
 どうして康介さんと話をすると、こんなに柔らかな気持ちになれるのだろう。
「それと……。今夜からの寝室を案内しておくよ。疲れたら、先に寝ておいていいから」
「分かりました……」
 先に寝ていい……? でも、今夜は結婚して初めての夜なのに? 私としては、覚悟をしているけれど。訝しげな私を気に留める様子もなく、康介さんは廊下を進んだ。
 案内してくれた部屋は、主寝室として康介さんがずっと使っていた部屋だった。キングサイズの広々としたベッドで、シーツは替えられているのかシワひとつない真っ白なものだ。
「俺は、ゲストルームを使うから、ここは奈々が好きなように使ってくれていい」
「えっ? 康介さんは別の部屋なんですか?」
 私が驚くのもおかしいかもしれないけれど、夫婦となったからには寝室は一緒だと思っていた。だから、彼の言葉には一瞬混乱してしまった。
「いきなり一緒っていうのは、抵抗があるだろう。奈々が、心を開いてくれるのを待ってるから」
「康介さん……」
 彼は優しく私の頭をポンポンと叩くと、バスルームへ向かった。私が今夜〝義務〟として、彼に抱かれる覚悟でいたことを分かっていたのかもしれない。
 そのことは、素直に申し訳ないと思いつつ、どうして康介さんはそこまでして私を受け止めてくれるのだろうかと、不思議な気持ちでいっぱいになる。
 康介さんこそ、私に話していない秘密があるのではないか、そう思ってしまった──。

※この続きは製品版でお楽しみください。

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