【試し読み】豹変した指導係がとろ甘すぎて忘れられません

作家:山内詠
イラスト:つきのおまめ
レーベル:夢中文庫クリスタル
発売日:2020/11/17
販売価格:500円
あらすじ

「じゃあ私のこと抱けますか?」──みちるは176cmと背が高いことがコンプレックス。勇気を出して会社の飲み会で好きな先輩に近づこうと頑張るが、報われない。選ばれるのはいつも小柄で可愛らしい子、失恋なんて当たり前……気持ちの限界を迎えたみちるは、酔いも手伝って鬱憤が爆発。苦手に思っていた教育係の菅野に絡んでしまうのだが──「今から答えを教えてやるよ」 見たことのない菅野の甘ったるい表情、熱い吐息、思考を止めるキス。この先を知りたい……初めての経験にみちるはすっかり蕩けていくが、処女と知るなり中断してしまった菅野。みちるは拒絶されたと傷つきながらも、この夜のことを無かったことにはしたくなくて……

登場人物
柏原みちる(かしわばらみちる)
背が高いことがコンプレックス。仕事も恋もうまくいかず限界を迎えた気持ちを菅野にぶつけてしまう。
菅野弘嗣(すがのひろつぐ)
みちるの教育係。端正な顔立ちのスポーツマンタイプで、親しみやすく朗らかな雰囲気の持ち主。
試し読み

「そんな大きな図体してるのに、電話応対もろくにできないのか!」
 幸田こうださんの怒鳴り声がフロアに響き渡る。その直撃を受けて、身体がびりびりと震えた気がした。
「……申し訳ありません」
 何を言われても、ミスをした自分が悪い。だから私柏原かしわばらみちるはただただ頭を下げ続けるしかなかった。
「電話を受けたら相手の会社と名前を確認するのは基本中の基本だろうが! 折り返し連絡ほしいって言われても、誰にかけりゃいいんだ!?」
「お、仰る通りです。申し訳ありません」
 昨年の春大学を卒業し新卒で勤め始めたのは、大手空調設備メーカー。国内のみならず海外にも拠点があり、売上高は世界トップクラスだ。
 その東京本社の空調営業本部に、私は籍を置いている。まだまだ新人の枠から抜け切れていない、社会人二年目。
 事の始まりは、幸田さん宛てに取引先から入った一本の電話だった。私が受けたのはいいものの、相手方の会社名と担当者の名前を両方とも失念してしまったのだ。
 もちろん相手は最初にどこの誰だか名乗っている。けれど矢継ぎ早に用件を捲し立てられた上に、長いやりとりのせいですっかり頭から抜け落ちてしまったのだ。電話で取引先からもうすぐ発売になる新製品の説明を求められ、そちらにばかり気をとられてしまった……というのは、もちろん言い訳にもならない。
 最後に「確認のため」と改めて名前を伺う機会はあったのに、それすら忘れてしまったのだから、どうしようもなかった。
「でもあの……」
 一応説明した商品の情報や、取引先の要望は覚えている。担当である幸田さんならこの情報から相手方を特定できるかもしれない。
「なんだその目つきは!」
 そう説明しようと思って視線を上げたのだけれど、幸田さんは私の顔を見るなりさらに怒りを激しくした。
「すみませんっ」
 もはや何をしても火に油状態だ。
 幸田さんは少しふくよかな顔を歪めて声を荒らげ続ける。悪い人ではないのだけれど、一度怒らせると長引く上にヒートアップするタイプなのだ。
 周囲からは同情するような、呆れるような視線を感じる。ただ、ここまで激高してしまった幸田さんに下手に触れると、怒りが飛び火してくると皆知っているので、誰も声をかけてきたりはしない。とにかく、私には彼が落ち着くまで頭を下げ続けるしかすべはなかった。それに、悪いのは全面的にこちらである。
「全く反省しているように見えないな! だいたい……」
「まあまあ、幸田さん落ち着いて」
 怒鳴り声に身を竦ませていたら、突如背後から声が飛んできた。
「俺隣で電話聞いてたんですけど、多分特工店の花村はなむら冷機ですよ」
 助け舟を出してくれた勇敢な人は、先輩社員の菅野すがの弘嗣ひろつぐさんだった。
「そっそうです! 先日頂いた資料ではわかりづらい点があって、詳細が知りたいと」
 社名を聞いて、思い出す。先程の電話は確かに花村冷機からだった。
「なんだとっ!?」
 私が捲し立てると幸田さんがぎろりと睨みつけてくる。けれど菅野さんはそれを制するように「じゃあ確定ですね」と笑みを浮かべてみせた。
 端正な顔立ちに意志の強さがそのまま表れたかのような強い光を宿した瞳は、細められていても独特の力がある。
 普段なら取引先相手に発揮されるそれは、怒り狂う幸田さんにも効果があったらしい。
「お、おう……」
 沸騰状態だった幸田さんの勢いが、みるみるしぼんでいく。
「相手方、折り返し連絡待ってるんですよね。早くかけた方がいいんじゃないですか?」
 正論を返された幸田さんは盛大に舌打ちする。
「……ったく、お前指導社員だろうが! 後輩もっとちゃんと躾とけ!」
 幸田さんの八つ当たりのような捨て台詞に、恐怖から身体がびくりと弾んでしまう。けれど菅野さんは全く気にする様子もなく「了解です」とにっこり微笑んだ。
「あ、注意するのはいいですけど、容姿をあれこれ言うのは止めた方がいいんじゃないですかね。ハラスメントで人事が出張ってきちゃいますよ」
 それだけでなく幸田さんの言動にきっちり釘まで刺してしまう。
「だったらまずお前がそのデクノボウをなんとかしろっ」
 正論で返されたのが腹立たしかったのか、幸田さんは私と菅野さんをねめつけると、どかどかと足音を鳴らして自分のデスクに戻っていく。その後ろ姿を見送ってようやく私は詰めていた息を吐き出した。
 自分が悪くても怒鳴り続けられるのは、やはり精神的にキツイ。
 なるべく小さくため息を吐いたつもりだったけれど、すぐ側にいる人にはやはり伝わってしまったらしい。
「柏原、ちょっと向こう行こうか」
「……はい」
 菅野さんに促され、パーテーションで仕切られた打ち合わせスペースに移動する。周囲の喧騒が少しだけ遠くなった。
「……すみません。ご迷惑おかけしました」
 向かい合って座る前に、今度は菅野さんに頭を下げる。確かに私の指導社員は菅野さんだけれど、今回のミスは完全に私個人のものだ。
「顔上げな」
「はい……っ、きゃっ!」
 言われて顔を上げた瞬間、何かで額を叩かれる。ぺこんと間抜けな音を立てたそれは、どうやら丸めた書類のようだった。
 思わずおでこを押さえると、菅野さんが少し呆れたように苦笑いしていた。
「おいおい……そんなに痛いか?」
「す、すみませんっ」
 わざと痛がっているように見えてしまったようで、慌てて立ち上がって頭を下げた。
「そんなに嫌なら、今後はミスしないようにするんだな」
「はい……」
 反論の余地などないとわかっているので、素直に頷いた。
「前から言っているが、柏原は詰めが甘すぎる。今のもよくある凡ミスだが、一歩間違えば大惨事になりかねないからな」
 菅野さんの指摘通り、新卒で入社してから私は同じようなミスを繰り返していた。
 見積もりを作ったら会社名の漢字を間違え、資料を作ればグラフにすべきデータを取り違え、電話応対ではこの始末だ。
 そのどれもが菅野さんのフォローによって事なきを得ている。痛い目のひとつやふたつ私は受け入れなければいけない。
「これも毎度言ってるが、仕事の内容自体は問題ない。ひとつひとつ丁寧にこなしていけばいいだけだ」
「……はい」
「ホラ、猫背!」
 丸まった背中を丸めた書類で叩かれ、慌てて背筋を伸ばした。
 すると菅野さんとはほとんど目線が同じになる。それが嫌で、つい彼の前では猫背になってしまう。
 別に菅野さんが小さいわけではない。以前一八〇センチあると聞いたので、世間一般的には十分大きい部類に入るはずだ。
 つまり……私がデカいのである。
 私の身長は……なんと一七六センチ。女性の平均身長よりも二〇センチ近く高い。
「大は小を兼ねる」というけれど、実のところ大きくていいことなんて世の中では多くない。
 そう断言できるのは、一七六センチという身長が、私に何かいい結果をもたらしてくれたことなど一度もないからだ。
 身長が高くてスレンダーなら、モデルのようにおしゃれを楽しめたのかもしれない。
 でもどんなにダイエットしても、雑誌やテレビで見るような華奢なモデル体型にはなれず、がっちりむっちりした固太り体型。さらに無駄に大きい胸のおかげで、やたらと太って見える。おかげで着る服にはいつも困っている。
 そしてとどめの吊り上がった目がもう致命的。真顔でいると怒っている風にしか見えないらしく、立派すぎる体格と合わせられると、初対面の人には必ずおびえられる。そして幸田さんのようなタイプからは「生意気だ」と目のかたきにされる。
 私を表す身体的特徴は、何もかも女性としてはマイナスばかりなのだ。
 これでスポーツが何かできれば違ったのだと思う。種目によるが、身長の高さはそのまま実力の一部になるのだから。
 ……ところが残念なことに私は極度の運動音痴。
 どのくらいのレベルかというとテレビで見る運動神経のない芸人のようにスキップすれば笑われ、ボールを投げれば明後日の方向に飛んでいく。おかげで体育の時間は苦痛以外の何物でもなかった。
 毎度毎度背の高さを指摘され、「宝の持ち腐れ」だと笑われ続けたおかげで、自信なんて育ちようもない。そして背を高くするサプリはあれど低くする薬はどこにも売っていない。
 運命やら神様を恨んでも、父親は一八五センチ、母も一七〇センチ。遺伝の力はどうしようもなかった。
 幸田さんからも揶揄されたように、私のこの大きな身体はなんの役に立たない。
 打ち合わせスペースから出て背筋を伸ばしたもののため息を漏らした私に、並んで出てきた菅野さんの眉が吊り上がる。
「なんだ、まだ自覚が足りないようだな。次やらかしたらデコピンするぞっ」
「ええっ!? そんなっ!」
 咄嗟におでこを手で守る。すると菅野さんはカラカラと陽気な笑い声を上げた。
「冗談だよ。失敗しなけりゃいい話だ。……まぁ、気持ちはわかるけどな。俺も新人の時は詰めが甘いって散々叱られたクチだから」
「菅野さんも、ですか!?」
 今の完璧な仕事ぶりからは、想像もできない。でも確かに先輩にだって新人だった時期はあるわけで。……ならば頑張れば私のこの悪癖も直るのだろうか。
「順調だからといって調子に乗らないで、最後まできっちりやるように」
「わかりました」
 私が頷くと、菅野さんは何かを思い出したように小さく「あっ」と呟く。
「この間柏原が資料手伝ってくれたプレゼン、通ったから」
「本当ですかっ!?」
 勢いよく俯いていた顔を上げれば、満面の笑みで菅野さんが小さく頷く。
「ああ、だから午後は改めて資料作りな」
 菅野さんは壁にかけられた時計に視線を向ける。針は一二時を示そうとしていた。
「もう昼だな。データは……」
「共用フォルダ、ですよね? わかりました!」
 失敗だけじゃなかったのが嬉しくて、思わずびしっと背筋が伸びる。
「何かわからない点があったら、勝手に進めずにちゃんと訊くんだぞ」
「大丈夫ですっ!」
 脊髄反射のような速度で了承すると、菅野さんは堪えきれないとばかりに噴き出した。
 終いには子供を諭すように念押しされて、思わず頬を膨らませてしまう。すると耐えきれなくなったのか周囲からも笑い声が聞こえてくる。
 しまった!! けれど気づいたところでもう手遅れだ。
「その気合で最後まで頼むわ」
 羞恥で唇を噛み締める私の頭を、菅野さんはまた丸めた書類でぽこんと軽く叩くと、何もなかったような顔で去っていく。
 話は終わったと判断したのか、それとも貴重な昼休みを茶番劇の見物でつぶすつもりはなかったのか、周囲の人たちが次々と席を立つ。
 昼食へと向かう人たちとは反対に、私はどすんと自分の椅子に座りこむとデスクに突っ伏した。
 ……またやらかしてしまった。
 今回はうまくやれたと思ったのに。調子よく見積もりまで話が進んで、具体的な日時まで決めて電話を切ってから、相手先の名前を忘れたことに気づいた時にはもう遅い。
「はぁ……」
 悔しいと思うのは、毎日毎日失敗しないようにと気を張り詰めているつもりだったから。
 恥ずかしいのは、みんなの見ている前でミスを指摘されたから。
 居たたまれないのは、まんまと調子にのせられてしまったから。
 何よりも菅野さんの手のひらでくるくる踊らされている自分が滑稽すぎて、泣きたくなる。
「みちるー。ご飯行こっ」
 私が深々と後悔のため息を吐ききったところで、同期の木南きなみさくらが声をかけてくる。
「……今行けない」
 恥ずかしくて悔しくて情けなくて、動けない。
 あと赤いおでこを人に見せたくもない。本当に加減してくれたのだろうか。まだ地味に痛いんだけど!
「もー、食堂混んじゃうよ?」
 今年改装したカフェ風の社員食堂は従業員に大人気だ。混雑しているけれどタイミングをずらせば利用に問題はない。
 でも急がなければ人気メニューは売りきれてしまう。だからいつもならば限定のヘルシーランチをゲットすべく、桜と一緒に急いでいるところである。
「……行きたくない」
 今のやりとりを見ていた人たちは、ランチの話題として面白おかしく話すだろう。直接耳にしなくても、想像しただけで恥ずかしすぎて死ねる!
 私が駄々をこねると、桜は「仕方ないなぁ」と肩を竦め続ける。
「外に行くのは……」
 私がふるふると頭を横に振ると、桜は「やれやれ」と小さく呟いた。
 この辺りはオフィスが多く、その割に飲食店が少ないため、いつも昼時は混雑している。だから社員食堂が人気なのだ。
「じゃあ食堂でサンドイッチ買って来てあげる。みちるは飲み物買って屋上に行ってて」
 屋上は緑化された休憩スペースがある。お弁当をテイクアウトした時なんかは、天気がよければここで食べることも多い。
「……ありがと桜。コーヒーでいい?」
「今日はカフェオレの気分かな。じゃ、よろしくね」
 そう言い残すと、桜は足早にエレベーターへと向かっていく。後ろ姿を見送って、私も自動販売機へと急いだ。
 言われた通りカフェオレを購入し、自分の分は極甘のロイヤルミルクティーをチョイスした。甘い物で少し落ち着かなくちゃいけない。
 屋上の休憩スペースも、いい場所は早い者勝ちだ。なんとかベンチを確保すると、またため息が出た。
 本当に、何やってるんだろう私。
 再び気持ちが落ち込み始めたところで、袋を片手に持った桜がやってきた。
「アボカドとエビでよかったよね?」
「うん、ありがとう。桜は何にした?」
「私は日替わりのエビフライと玉子! さ、食べよう!」
 定番数種類と日替わりがあるサンドイッチも食堂の人気メニューのひとつ。特にアボカドとエビのサンドイッチは私の好物でもある。
 ふたりで美味しいサンドイッチに夢中になっていると、気持ちのいい風が前髪を揺らしていく。地上一五階建てのビルの屋上から視線を遠くへ投げれば、澄み渡った空が見渡せる。

※この続きは製品版でお楽しみください。

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