【試し読み】不器用な強面上司の欲望に火をつけちゃいました

作家:春密まつり
イラスト:カトウロカ
レーベル:夢中文庫セレナイト
発売日:2019/12/13
販売価格:500円
あらすじ

メイクで赤面症を隠している小春は、自分にも他人にも厳しい課長・玲一が大の苦手。言葉も眼つきも鋭い玲一と話すと、いつもより緊張してしまい顔が真っ赤になってしまうのだ。ところが、先輩の理不尽な要求から助けてくれたのをきっかけに、玲一が気になり始める小春。――そんなある日の残業終わり、小春は玲一とふたり、故障したエレベーターに閉じ込められてしまった! 恐怖でふらついたところを抱きとめられ、小春の顔は、緊張でどんどん赤らんでしまう。その顔を間近で見た玲一の目に熱が灯り、手が妖しげに動き始め!? 「その赤い顔が見たかった」会社では厳しいエリート課長な玲一の素顔に、甘く翻弄されて……?

登場人物
束原小春(つかはらこはる)
緊張したり人にじっと見られると頬が赤くなるのが悩みで、あまり人に関わらないようにしている。
甘粕玲一(あまかすれいいち)
自分にも他人にも厳しく、真面目で不器用な性格。無意識でいつも険しい顔をしていている。
試し読み

 束原つかはら小春こはるには悩みがふたつある。
 ひとつは、上司のことが苦手だということ。
「……」
 小春は提出書類をぎゅっと抱きしめながらごくりと息を呑む。視線の先は、四月に課長に就任した甘粕あまかす玲一れいいちだ。今までは先輩だったが、三十五歳という若さで課長に昇進し、この春に小春の直属の上司となった。
 彼は人にも自分にも厳しく、その性格が表れているようにスーツをびしっと着こなしている。仕事中に雑談などをして笑っている姿は見たことがないほど、玲一には隙がない。
 眉間に皺を寄せてパソコンに向き合っている姿を見ると、後ずさりして自席に戻りたくなってしまう。けれどそうすると仕事が進まない。となると玲一に叱責されてしまう。悪循環だ。
「あ、あの」
「……なんだ?」
 おずおずと声をかけると、険しい表情のまま小春へ視線を向けてくる。びくんと肩が跳ねた。
「……束原、用件はなんだ?」
 低い声に険しい表情。逃げ出してしまいたくなるが、ここまで来て逃げてしまったら、勇気が台無しになってしまう。小春は抱きしめていた書類を、差し出した。
「A社の資料、ご確認お願いしますっ」
「なんだそんなことか」
 差し出した書類は無事、小春から玲一へと渡った。ほっとしたのも束の間、玲一の眉間の皺が深くなる。
「どうした? 顔が赤いが……」
 厳しい視線でまっすぐ見つめられて小春の体温は上昇していく。
「い、いえ! なんでもありません」
 まずい、と小春は慌ててその場を離れ、自席へ戻る。自分の頬を手でさわってみると熱くなっていた。
 小春のもうひとつの悩みは、赤面症だということだ。
 幼い頃からすぐに顔が赤くなってしまうのが悩みだった。まわりからはさんざんからかわれ、大人になれば治るだろうという期待を持っていたが、二十七歳の社会人になっても未だに治らない。人と話していたり緊張するとすぐに赤くなってしまう。幼い頃からのコンプレックスはなくなることもなく、大人になっても残ったままだ。ただ子どもの頃よりは、メイクや髪型などで隠す術を手にしたので前よりは気になることもなくなったが、今みたいに人にじっと見られてしまうと自分の顔が赤くなっているのではないかと不安になる。
 特に玲一は厳しい視線で人の目をじっと見る癖があるらしく、苦手だという気持ちに拍車をかけていた。

「束原さん、ちょっといい?」
「っ、はい!」
 火照った顔を沈めていると、男性の先輩、成島なるしまに名前を呼ばれた。慌てて立ち上がり彼のデスク横に立つ。なぜ呼ばれたのかなんとなく嫌な予感はした。成島の表情がそれを物語っていた。
「作ってもらった資料だけど、作り直してもらっていい?」
「……え」
 それは、一週間ほど前に成島から指示されて作成した資料だ。データの集計結果をまとめたもので、経験上簡単な仕事ではあった。
 小春は不動産ディベロッパー会社に勤めているが、あくまで経営企画部の事務なのでそこまで大きな仕事をすることはない。書類作成や整理という地味な仕事だ。けれど商業施設の開発に少しでも携わっているなら精一杯自分の仕事はやり遂げる。そうやって真面目に続けてきた。最初こそ失敗はあったものの、今では慣れ、自分なりの工夫もできるようになってきた。けれどそれが余計だったのだろうか。成島は機嫌が悪い。小春が作成した資料を手に持ち、苛立たしげにボールペンでトントンと叩く。
「結果がわかりづらいんだよね、あと色合い? センスの問題かなあ」
「も、申し訳ありません……」
 引っかかってしまった。成島は時々わかりやすすぎるくらいに機嫌の悪い時がある。そういう時は近づかないようにするのが平和に過ごす秘訣なのだが、今日は成島のほうから声をかけてきたので逃げようがない。ひたすら話を聞きながら謝ることしかできない。
「なんか全体的に地味なんだよなあ……束原さんみたいに」
「おい」
 成島の小春自身を批判するような言葉に反応を示すより前に玲一の低い声がした。成島と同時に声の方向に視線を向けると、玲一が厳しい視線をこちらに向けていた。
「成島、その資料を見せてもらえるか?」
「……はい」
 成島は立ち上がり、玲一に資料を手渡した。玲一は資料を睨むように見ている。
 怖い。今度は玲一にまで叱責されてしまうのだろうか。玲一は特に人に厳しくなんでもズバズバと指摘をする。覚悟を決めていても怖いものは怖い。小春は唇をぎゅっと噛み締めた。
「……特に問題はないと思うが」
「……え」
 玲一は数ページの資料をもう一度パラパラ見てから小春の手に戻す。
「成島、どこがそんなに不満だ?」
 玲一の視線が成島を捕らえ、成島は黙り込んだ。
「項目毎に結果がわかりやすくまとめられているし、色合いも統一されていて見やすい。束原が作成してくれた資料を持って行くと、わかりやすいとクライアントからも好評だ。助かっている」
「……ありがとう、ございます」
 玲一から優しい言葉をかけられて、驚きで声が少し揺れてしまった。
「成島の意見もあるだろうから、もっと具体的に指摘してやれ」
「……はい」
 成島はバツが悪そうにしてうなずいた。すっかり先ほどの勢いはなくなっている。
「私はこれで進めてもいいと思うが。束原、あとは成島の意見を聞け」
「……ありがとうございます」
「戻りなさい」
 成島は黙ったまま自席へ戻る。玲一が肯定をしてくれてほっとしたが、資料作成を依頼してきたのは成島だ。彼が満足いかない資料になっては意味がないだろう。小春はおずおずと成島に話しかけた。
「あ、あの成島さん、直すところは直しますので……」
「いや、修正はいい。悪かったな」
「……」
 成島が小春から資料を奪い、気まずそうに視線をそらしパソコンへ向いてしまったので、小春は大人しく自席に戻ることにした。座る前にそろりと玲一を振り返ると、目が合った。慌てて正面に向き直る。
 怖くて厳しいと思っていた玲一だから成島と同じように怒られるかと思っていたら、思わぬ言葉をくれた。あの玲一に褒められたのだと思うと、小春は胸の中があたたかくなった。思っていたよりも怖い人じゃないのかもしれない。もう一度玲一の席を見るとまた目が合う。笑いかけようとしたら、眉間に皺を寄せ鋭い眼光だったので、やはり逃げるようにそらしてしまった。

 次の日の朝、小春は控え目な声を少し大きく出して玲一に視線を向けた。
「甘粕課長、おはようございます」
「……おはよう」
 いつもと変わらず玲一の出社は早い。会社ではフレックス制度を取り入れていて、出社が遅い人も多いなか、八時半にはすでに仕事を始めている。小春は電車が空いているという理由で八時半頃出社しているが、玲一を見ない日は彼が出張の時くらいだ。はじめは朝の静かなオフィスに二人きりというのも気まずかったが、気にしていない様子の玲一を見て小春はいつの間にか慣れていた。
「……」
 けれど今日は違う。
 玲一のほうをじっと見ながら小春は立ち止まる。いつもは怯えながら挨拶をするだけだ。それ以上の会話などはないし、する勇気もなかった。けれど昨日のことがあったので小春はもう少し玲一と話がしてみたくなった。
 上司としては当たり前の、公平な判断かもしれない。けれど小春にとっては彼の行動で救われた。怖くて厳しい玲一の印象が変わって、せっかく上司なのだから距離を縮めたいとさえ思った。
「なんだ?」
 じっと見ていると、玲一は訝しげに小春に問いかける。チャンスだ、と口を開いた。
「あの、今日はいい天気ですね」
「……そうか?」
 玲一は窓の外を眺めた。小春も同じく窓の外を見ると、日差しはなく、雲が覆っている薄暗い空だった。最近天気のいい日が続いていたから咄嗟に口に出てしまったが、あいにく今日はお世辞にも晴天とは言えない。
「はは……今日は曇ってますね」
 笑って誤魔化すが、玲一の目は厳しいものと変わりはなかった。しかもじっと瞳の奥まで覗き込まれるように見てくるので次第に顔が熱くなっていく。だめだ、と小春は自席に戻り両手で頬を包む。また赤くなってしまっていないかが不安でしょうがなかった。
「体調でも悪いのか?」
「い、いえそんなことはないです!」
 頬から手を離して立ち上がる。玲一はまだ疑わしい目で小春を見ていた。じっと見られるとさらに緊張してしまって、自分の顔が熱をもっていくのがわかる。
「顔が赤くなっているが……熱でもあるんじゃないのか?」
 玲一は立ち上がり、小春に近づいてきた。不審がっているのか、本気で心配しているのかわからない。どちらにしても小春にとっては都合が悪い。この赤面を、じっと見られたくはない。
「大丈夫です! 会社まで走ってきてちょっと熱いだけで」
「走って? まだ始業には余裕あるじゃないか」
「あ、えーと」
 誤魔化すためについた嘘は玲一の追求をさらに深めることとなってしまった。赤くなっているのがばれないように両手で頬を押さえ、どう答えようかと迷っていると、フロアのドアが開いた。
「おはようございまーす」
 二人きりだったオフィスに、ようやくもう一人が出社した。女性の先輩だ。
「あれ、二人で盛り上がってました? 珍しいですね」
「……、そんなことはない。束原が、体調が悪いのではないかと思っただけだ」
「そうなの? 束原さん大丈夫?」
 ほっとしたのも束の間、さらに先輩の追及が始まってしまった。小春は注目されるのが一番苦手だ。
「全然大丈夫です!」
 頬から離した両手を大げさに振り、目をそらした。思いのほか声が大きくなってしまったが、そのおかげか二人は目をまるくしたあと納得してくれたみたいだった。
「……まあ無理だけはするなよ」
 玲一もようやく引き下がってくれた。デスクに戻る彼の背中をちらりと見てから小春は自席に座った。メールソフトを立ち上げてメールをチェックしながら、仕事に頭を切り替えようと思っていても、先ほどの失敗が浮かんでは渋い表情をしていた。
 玲一ともっと話をしてみたいのに、緊張して顔が赤くなってしまった。うまく会話もできなくて、どんどん落ち込んでいく。
 玲一が怖いだけの上司ではないと思い始めていて、せっかく自分の上司になったのだから少しはコミュニケーションをとりたいと思ったのが間違いだったのだろうか。

※この続きは製品版でお楽しみください。

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