【5話】溺甘弁護士の真摯なプロポーズ~三年越しの約束を、もう一度~
「じゃあ昼には終わるな。どこか出かけようか」
「えっ、会えるの?」
「ああ」
「休みの日に会うのは久しぶりだよね」
四日後の土曜日に、また旭と会う予定が入って浮かれ気分になる。
旭は現在、国際性のあるビジネス法務を扱う渉外系法律事務所に勤めていて、普通の弁護士より遥かに多忙だ。
休日出勤や残業も多く、丸一日ゆっくりとふたりで過ごす時間はあまり作れない。
最後にデートと呼べるような休日を過ごしたのは三ヶ月以上前。
メッセージは毎日欠かさないし、電話も三日以上空いたことがない。時間が許せば、仕事が終わってから積極的に食事にだって誘ってくれる。
だから不満になったりしないけれど、やっぱり外が明るいうちから会えるのはうれしい。
「どこがいいかな。莉奈は行きたいところある?」
「うーん……ちょっと考えてみるね」
「俺も考えておくよ」
旭がふわっと優しく笑い、胸がキュッと締めつけられた。
本音を言えば、スキンシップ不足なので一日中くっついて過ごしたい。
でも出かけようと言ってくれているのだから、おうちデートなんて提案できない。
旭は私に触れたいって思わないのだろうか。八年も付き合っているので、マンネリを感じていてもそれは普通の感覚だろうけれど……。
そういう不安もあって最近は心穏やかに過ごせなくなっている。
約束を交わした日からあっという間に三年の月日が流れた。旭は今でも私と結婚したいと思っているのだろうか。
あの日以降私たちの間で〝結婚〟というワードは、口にしたらなにかが壊れてしまうような、呪文のようなものになっている。
もちろん私の想いは変わっていないけれど、旭は? 完璧な彼に似合う素敵な女性はたくさんいるはずだ。例えば加賀美さんとか。相手が私でいいのだろうか。
彼の深い愛情はたしかに伝わってくるのに、時折こうしてよくない考えが頭をちらつく。
「莉奈? 酔った?」
無意識に考え込んでいたようで旭の声にハッと我に返り、ネガティブな思考を振り切るように笑いながら首を横に振る。
「ううん。ちょっとボーッとしてただけ」
「仕事忙しい?」
「旭よりは忙しくないよ」
「そんなことはないだろう。我妻先生が抱えている仕事量は多いだろうし、それを支える莉奈も大変なはずだ」
旭はいつも自分より私を優先する。その考え方が前提にあるからこうして私に気を配る。
「旭はさ……」
言いかけて、なにを言おうとしているのだろうと慌てて口を結んだ。
「なに?」
「えっと、なんだっけ。ほら、旭の好きな映画監督の作品が公開されたから、それを見に行くのはどう?」
「え、マジ?」
旭はおもちゃを前にした子供のようにパッと目を輝かす。
すぐに自身のスマートフォンを操作し始めて、「うわっ本当だ」と声を弾ませた。
弁護士という職業柄、昔と比べて話し方や物腰は落ち着いたけれど、本来は天真爛漫な性格だ。ゲームも漫画も好きだし、野球やサッカーなど身体を動かすスポーツも好む。
もし子供が生まれたら、一緒になって全力で遊ぶ姿は容易に想像がつく。
旭の可愛らしい笑顔を眺めながら再び考える。
さっき私は、『司法試験に合格しなくても結婚してもらえる?』と口にしようとした。
チャンスはまだ三回あるのに、弱音を吐いていると呆れられたかもしれない。
……言わなくてよかった。
ワイングラスに口をつけて、液体を流し込む振りをしながら小さく息をつく。
旭は私と違い法科大学院に進んでいない。
司法試験予備試験というものに合格すれば、法科大学院を修了していなくても司法試験の受験資格を得られる。
旭は大学在学中に司法試験予備試験に合格し、その翌年に行われた司法試験にも合格したエリート中のエリート。
なんでもそつなくこなしてしまうイメージがあると文乃ちゃんは言っていたけれど、彼は間違いなく努力の人だ。目の下に隈を作って必死に勉強していた姿はいまだに鮮明に思い出される。
そんな人を前にして、夢を諦めるような発言は絶対にしてはダメだろう。
せっかく応援してもらっているのだから、プレッシャーに押し潰されている暇があるなら勉強をして受かることだけを考えよう。
「昼食を済ませてから映画でいい?」
「いいよ。旭に任せる」
楽しそうに休日の予定を立てる笑顔を見つめて無理やり微笑んだ。