【試し読み】愛が重めなオオカミ殿下は運命のつがいを軟禁中

作家:柊一葉
イラスト:條
レーベル:夢中文庫セレナイト
発売日:2021/10/22
販売価格:500円
あらすじ

獣人の国で、お城のメイドに採用されたリリは、洗濯物を運んでいると何かにぶつかる。それはやけに首回りがすっきりとした……全裸の王子様!? そして突然、オオカミ獣人の王子、フィルの「番」に認定されてしまう。「ずっと君に会えるのを待っていた。君のためなら、死ねる」――いきなり重い!! まったく気乗りしないが、弟に諭され「妃候補」としてお城に滞在することになってしまったリリ。番が感じられないリリは、自身のことを知らずに愛を告げ、溺愛するフィルの言動が理解できずにいたが、彼の優しさに触れ、絆され始めていることを自覚する……。だが彼女には番を拒む理由が他にあり……?――リリのことは、私が必ず幸せにする。

登場人物
リリ
お城勤めの新人メイド。初出勤日に全裸の王子様に遭遇、「番」に認定されてしまう。
フィル
美しい金の髪と銀色の瞳を持つオオカミ獣人の王子。「番」としてリリを見初め、溺愛する。
試し読み

【第一章】運命のつがいと言われても

 自分の頭よりも高く積まれた、籠いっぱいの真白いシーツの山。これらを洗濯場まで運んでいくのは、新人メイドにとっては試練のような重労働だ。
 今日は私にとって記念すべき初出勤だが、「憧れのお城勤めだわ」なんて感動する暇もなく業務に取りかかる。
「リリ、一人で大丈夫? 私があなたの分も少し持とうか?」
 同僚のユリアが、心配そうに私を見る。
 彼女もこれからシーツを運ぶ役割を負っているのだが、今日から後輩になった私のことを心配してくれるのは、お人好しで群れを成すことを好む羊獣人の純血種だからだろう。
 彼女は私が出勤してすぐ城内を案内してくれて、紺色のメイド服の着方やエプロンのつけ方、それから勤務時間の申告や食堂の使い方などを事細かに教えてくれた。
 まだ何もわからない新人メイドだけれど、こんなに面倒見のいい先輩がいたらせめて自分にできることはしっかりやりたいと思う。
 私はにっこり笑って、彼女の厚意にお礼を述べた。
「ありがとうございます。でも、大丈夫です。力仕事は慣れていますから」
 私は黒豹獣人と他国人との混血種ミックスなので、純血種の女性よりは小柄で華奢な体格だけれど、力仕事はそれなりに経験があるし、見た目ほどか弱くない。
「本当に大丈夫?」
「ふふっ、心配しすぎです! せっかく採用してもらえたんですから、早くユリアさんの役に立てるようにがんばりますね!」
 心配性の先輩に笑顔でそう言うと、私は肩より少しだけ長い黒髪を後ろでさっとまとめ、大きな籠にシーツをたっぷり載せて両手で抱えた。
「……前が見えない」
 まだ洗濯前だから重たくはないけれど、何よりその量が多くてちょっとだけ動揺した。
 持ち上げたら、私の頭よりもシーツの方が高い。
 でも、洗濯場までの道のりは広い広い裏庭を通るだけ。誰かが正面から歩いてきても、私を見たらきっと避けてくれるだろう。
 そんな風に楽観的に考えて、私は「いってきます」と言って使用人出入り口を出た。
 外に出ると、早朝とはいえ眩しい太陽の光が降り注ぐ。私は思わず目を細める。
 何人ものメイドにすれ違ったが、彼女たちは皆慌ただしく行き交っていて、私のことはちらりと横目に見るだけで持ち場へ急いだ。
 今日は、この国の王太子殿下のお妃様候補のご令嬢方がお城へやって来る日。
 ここ数カ月で最も忙しいのだと聞いているが、見るからにそれが伝わってくる。そのおかげで私は臨時採用の枠に滑り込むことができ、給金のいいメイドの仕事にありつけたのは感謝しかない。
 これで、弟と二人の貧しい暮らしを脱却できるはず……!
 転ばないように慎重に、でも急いで歩みを進めていると、視界の端にご令嬢方が乗ってきた馬車や御者たちの姿が見えた。
「お妃様探しかぁ」
 このブライズ王国は、オオカミ獣人の純血種である王族が治める国。人口の約七割が獣人の純血種で、約三割が私のような混血種ミックスらしい。
 諸外国に比べると、大柄で逞しい体格と温厚な性格が国民性のこの国は、女性が一人で街を歩けるくらいに治安がよく、それもすべて王族の方々がしっかりと統制を取っているからだ。
 今日、お城にご令嬢方が集められたのは、ブライズ王国唯一の王子様の『番』を見つけるため。
 純血種の獣人にとって、番を見つけることは人生の目的と言われるほど大切なことで、番に出会うと本能で惹かれ合うらしい。
 そして、番と結ばれた獣人は、己の能力を最大限まで引き出すことができるという。
 しかも、王族は番を見つけることが即位の条件だから、王子様のお見合いにかける意気込みは城全体、いや国全体に広がっている。
 私たち下っ端メイドにとってはお姿を見ることも叶わない王子様は、まばゆい金の髪に宝石のような銀色の瞳を持つ、それはそれは美しい人だとか。
 噂では、そのかっこよさに何人もの女性が気絶したとか。かっこいい人を見て気絶するってそんなことあるわけがないと、弟と笑い合ったのは最近のことだ。
 容姿端麗、頭脳明晰、性格温厚……、とにかくいい評判しか耳に入ってこないこの王子様の伴侶に選ばれるご令嬢は、さぞお美しくてお優しい方なんだろうなと私は勝手な想像を巡らせる。
 早く見つかればいいんだけれど……。
 実はこのお相手探しは、今回で五回目。他人事ながら、そんなにお見合いを繰り返すのは大変そうだなと心配になる。
 貴族の人たちは、自分の娘が王子様の番である可能性を求めてお見合いを繰り返し、それは高位貴族から始まって四度も空振り。
 最近では、王子様の番は貴族にいないんじゃないか、と言われ始めている。
 そのうち、諸外国からご令嬢がやってくるのかしら?
 過去の王族には、国中の娘たちを城へ集めて番探しを行ったという王子様もいて、それでも見つからなかったので諸外国にまで遠征して番を見つけて連れ帰ったという逸話もあるくらいだ。
 国内にいれば、まだマシ……という空気すら感じられる難易度の高さに、関係のない私ですらぞっとする。
 世界を巡る妃探し、だなんて規模がすごすぎるわ。
「番、ね……」
 私のような混血種ミックスはこの番が本能でわからないから、出会った瞬間に運命の相手だとわかるその感覚が不思議でならない。
 それに、私は番の話になるとなるべく耳を塞いできた。
 番の話になると、どうしても父親のことを思い出してしまうから────
「いけない、明るく、明るく!」
 山のような洗濯物を抱え、私は自分のもやもやを振り払うように気合を入れ直す。
 記念すべき初出勤なんだから、楽しく元気に働かなきゃ! 今の私にとっては王子様の番が見つかるかどうかよりも、この洗濯物を早く洗ってきれいに干し、乾くまでの間に廊下の掃除を終えておく方が大事よ!
 お城で何が起ころうと、メイドはメイドの仕事をするだけなのだ。
 だんだんずり落ちてくる籠を抱え直し、私は必死で歩いた。

 雲一つない空はどこまでも高く、今日は絶好の洗濯日和。そろそろ洗濯場につくという目印の青い塔が横目に入り、「もう少しだわ」と心の中で呟く。
 ところが次の瞬間、前がほとんど見えない状態で歩いていた私は突然正面に出てきた何かに衝突してしまった。
「わっ……!」
 ドンッ、という鈍い音。私は驚いて小さな悲鳴を上げ、危うく後ろに倒れそうになるも必死で踏ん張ってどうにか持ちこたえる。
「────けた」
「え?」
 目の前はシーツの白一色。低い男性の声がして、そのとき初めて自分がぶつかったのが壁や柱ではなく人だということに気づいた。
「し、失礼いたしまし……」
 慌てて謝罪の言葉が口から出るも、それと同時に視線を上げたことで、驚いて絶句してしまう。なんとそこには、世にも美しい男性の顔があったのだ。
 まばゆい金色の髪がさらさらと風に揺れ、形のいい眉と優しそうな銀色の瞳がこちらに向けられている。
 その整った顔立ちは、まるで人形みたい。洗濯場の近くにこんなに精巧な人形があるなんて、と一瞬本気でそう思ってしまった。
 違うわ。人よ、生身の人間!
 しかも高貴なオーラが漂っている。
 つまりは、貴族の騎士か文官である可能性が高い。
 しばらく呆気に取られていたが、はっと気が付いて再び謝罪を繰り返す。
「すみません、不注意で……! 本当に申し訳ございません!」
 狼狽えるあまり、手に持っている籠がずるっと滑って落ちかける。これから洗うとはいえ、落とすのはさすがにまずい。必死でそれを押さえながら、もう一度その人の顔を見ると、なぜか感極まったように唇を引き結んでいた。
「え……?」
 その顔は、幸せそうで、うれしそうで、溢れ出る感情を噛みしめているように見える。
 どうして、そんなに慈愛に満ちた目をしているの? 熱に浮かされたみたいに、少し目が潤んで頬も上気している。
 理由がわからず、私は混乱した。そして、そのせいで重い籠が再びずり落ちていき、彼の顔以外が少しずつ見えてきたことである『異変』を感じ取る。
 この人、首まわりがすごくすっきりしている。
 騎士でも文官でもシャツを着ているはずで、あるべきところに襟がない。
 いや、襟どころかシャツがない。
「は……?」
 嫌な予感がした。
 首どころか、肩も出ている。王城の敷地内で、服を着ていない!?
 衝撃的な事実を目の当たりにして、ぎょっと目を見開いた私は一歩後ずさる。
「待っ……!」
 彼は何か言おうとしていたけれど、私はそれより先に反射的に絶叫していた。
「いやぁぁぁ! 変態ぃぃぃ!」
 なんで裸なの!? 絶対にまともな人じゃないわ!
 大声を上げた私は、洗濯籠で自分の目線を遮り、急いで彼との距離を開けた。
「待ってくれ! 違う、違うんだ!」
「やめて! 来ないで!」
 その人は、じりじりと私に向かってくる。
 私は必死で声を上げ、近くにいるはずの見回りの兵に助けを求めた。
「誰か助けてー!!」
「──っ!」
 必死の抵抗が功を奏したのか、人形みたいに顔のいい不審者はぴたりと動きを止める。
 そのとき、彼の後ろの方からバタバタと数人の足音が聞こえてきた。
「いた! 急げ!」
「「「はっ!!」」」
 身なりのいい男性は文官かしら? 美しい銀髪のオオカミ獣人が血相を変えて走ってきた。共に走ってきた近衛騎士らしき屈強な男たちは、彼の指示でたちまち私たちを取り囲む。
「確保!」
 騎士の一人が、自分の纏っていた緑色のマントをバサッと不審者の頭から被せる。それに続き、数人の騎士も自分たちのマントを次々に被せて男を包んだ。
 瞬く間にマントの塊と化したその人は、バタバタと抵抗していたがさすがに騎士五人がかりの連係プレーになすすべなく、そのまま担がれて運ばれていった。
「助かった……」
 まさか城内に、露出狂がいるとは。この国は治安がいいって思っていたけれど、意外なところに危険は潜んでいるのね。
 そんなことを思っていたら、今度はなぜか文官の男性が私のことをいきなり肩に担いだ。
「ええええええええ!?」
 地面にドサッと大きな音を立てて、シーツの入った籠が落ちる。
「よし! 確保!」
「何? なんで!? 私は被害者ですけど!?」
 嘘でしょう!? 私は何も悪いことをしていませんが!?
 お腹に肩が食い込み、うぐっとみっともない悲鳴が漏れた。
「今は説明している時間がありません!」
 バタバタと暴れるものの、文官とはいえ純血種であろう獣人の力に敵うわけもなく、私はあえなく拉致されてしまうのだった。
 
 
 
 庶民メイドのリリ。今、十八年の人生で初めてお城の中にいる。
 豪華絢爛なシャンデリアや光沢のある磨き上げられたテーブル、上質な調度品、周囲にあるものすべてがこれまでの私の人生になかったものだ。
「何なの一体……!?」
 一人がけのソファーにぽつんと座る私は、拘束されているわけでも拷問されているわけでもなく、身動きは自由だ。ただ、豪華な部屋に放置されているだけ。
 私をここに運んできたオオカミ獣人の男性は、「こちらで少しお待ちください」と言い残して部屋を出て行った。
 ただのメイドがそれに逆らえるわけもなく、理不尽さを感じてはいるが大人しく待つしかない。
 あぁ、訳がわからなさすぎて居心地が悪い。
 もしかして、私は悪い夢でも見ているのでは?
 そんなことを思い始めた頃、重厚な扉がノックされる音がして、返事をする前に扉が開いた。

※この続きは製品版でお楽しみください。

関連記事一覧

テキストのコピーはできません。