【試し読み】計画的に婚約破棄したら年上幼馴染が甘やかしてきます

作家:園内かな
イラスト:森原八鹿
レーベル:夢中文庫ペアーレ
発売日:2021/10/8
販売価格:300円
あらすじ

自分勝手な妹に意に沿わぬ婚約者を押しつけることに成功した綾音。これを機に悠々自適な一人暮らしを始めることに。ところがそこに父の秘書をしている和臣が現れる。きっと父に言われて様子を見に来たのだろうと思いつつも、幼馴染であり初恋の人でもあった和臣を無下にはできない。幼い頃はとても親密だったのに、いつの頃からか冷たくなってしまった……そんな綾音の思いをよそに、和臣は「隣に引っ越してきました」と言い出す。そして事あるごとに綾音を訪ね、あんなことこんなことと超絶甘やかしてくるのだが――『姉の婚約者をNTRった訳ではありません、ハメられたんです』で妹をハメた張本人=姉のその後は一体どうなる!?

登場人物
観月綾音(みづきあやね)
製薬会社の社長令嬢。自らの婚約者を妹に押し付け、気ままな一人暮らしを始めようとするが…
白崎和臣(しろさきかずおみ)
綾音の父の秘書。一人暮らしを始めた綾音の隣室に引っ越し、積極的にアプローチをする。
試し読み

綾音あやねさんとの婚約は解消し、鈴音すずねさんとの結婚をもって両社の提携を継続させたいと思っています」
 その宣言が成されたのは、婚約者である惣一郎そういちろうと妹の鈴音の浮気現場であるホテルの一室だった。
 その瞬間、綾音の顔には思わず笑みが浮かんだ。
 ついに、やったのだ。気の進まない結婚相手をワガママな妹に押し付け、しばらくは結婚もせずのびのび暮らせるのだ。
 嬉しい。
 今が人生で一番自由だ。高揚し、浮かれたまま両家の話し合いの場を離れていく。
 だから、気が付かなかった。晴れやかな表情をして、修羅場であったホテルから自宅に戻る己に、冷静な視線を向けている人物がいるなんて、夢にも思わなかったのだ。

「それでは、自由な暮らしに。カンパーイ!」
「乾杯! おめでとう、綾音」
「ありがとう、音葉おとは
 数少ない友人の音葉とグラスを合わせ、綾音はにっこりと笑みを浮かべた。
 音葉もニンマリとして部屋の中を見回す。
「それにしても、すっごいお部屋。こんなマンションに住めるなら、婚約解消でもなんでもするわ。本当に良かったね」
「あの方、気前が良くて驚きだわ。でも彼も気に入った相手と結婚出来るんだし、両家の事業も上手くいってるしで、これくらい頂いてもバチは当たらないでしょ」
 綾音と惣一郎の婚約は、両家の事業の為だった。しかし、絶望的に気が合わない。真面目な長女気質の綾音は、彼と気が合わないことがストレスで思い詰めるほどだった。そのピリピリとした雰囲気が、さらに惣一郎との溝になる。
 その時のことを思い出していると、音葉も頷いた。
「そうだよ、婚約してた頃の綾音は神経が張り詰めてて心配だったもん。学校でも話しかけるなオーラ出てたし」
「そんなの出てた? そんなつもりはなかったんだけど……」
 大学では遠巻きにされていると思っていた。在学中に婚約し、同級生たちとも遊ばない綾音は浮いた存在だったのだ。しかし、音葉は気にせず声をかけて仲良くしてくれた。
「最初は、私みたいな地方出身の庶民なんか話しかけちゃいけないのかと思ったもん」
「そんなことないよ!」
「課題で一緒になってからは、本当は優しいって分かったけど。でも壁は分厚かったよ」
 笑いながら言う音葉に、そういう所が男性に好かれないのだろうと思う。
 どうしても、綾音は他人に対して身構えてしまって簡単に心を開くことが出来ない。失礼な態度は取らないよう、礼儀正しくは振る舞うのだが、それもお高く留まっていると見られてしまう。
 その壁を乗り越えてきてくれた音葉のような友人は大好きだし大切にしたい。
 そんな風に思い詰めてしまう、少々重い気質の自分のことはあまり好きになれない。
 だから、変わりたい。もう真面目一辺倒で融通が利かない自分ではなく、妹のように要領よく気楽に暮らしたい。
「私、変わりたいの。だから平気で惣一郎さんから慰謝料とマンションも貰ったし、傷心を装って家を出て一人暮らしも始めた。これからは、家の為じゃなく自分の為に生きたい」
「そうそう、好きに楽しく過ごせばいいよ。一度きりの人生なんだから」
「うん」
 初めての一人暮らしで、当座の生活費もたっぷりある。
 今年、大学を卒業すると同時に結婚して夫のサポートをするつもりだったから、就職活動はしていなかった。
 今からでも就職出来る所を探すなり、フリーランスの仕事を始めるなり、卒業後の生活を考えなければ。これからの新しい生き方に、ワクワクする。
「これも美味しい。綾音の作るご飯、美味しいから好きー」
 今日の集まりの為に作ったマリネやサンドイッチを音葉はぱくぱく食べてくれる。作り甲斐があるというものだ。
「料理、作るの好きだから誉めてくれて嬉しいよ」
「だって本当に美味しいもん」
「好きを仕事にするなら、お料理に関することでもいいかも。でも好きを仕事にしたら嫌いになるかなあ」
「やってみたらいいよ、嫌になったら別のことすればいいんだし。私も就職決まってるけど、会社勤めなんて出来るか不安。オフィスカジュアルとかどうしよ。いつもこんな格好なのに」
 音葉はカラフルなキャップに派手なジャンパー、タイツやレギンスも派手で短パンはベーシックにまとめるという、綾音の大人しい服装とは正反対な姿だ。だが、センスはいいと思う。それに、カラフルで派手な格好は音葉によく似合っている。
 綾音はこの個性的な友人をまるごと愛していた。
「今度一緒に買い物に行かない? 服とか色々見に行こうよ」
「行きたい!」
 そんな話をしていると、インターホンから来客を知らせる音が鳴った。モニターを見ると、マンションの玄関ではなく、部屋の外から鳴らされている。
 セキュリティが厳しく、カードキーを持っていないとエレベーターにも乗れないのにどうして。驚きながら映っている人物を見て、また驚く。
 背が高く、柔和な表情。穏やかそうだが、頭がきれて怜悧な判断も出来る。切れ長の瞳に、すっと通った鼻筋。客観的に見ても美しい男性だ。
 その人物は、父の秘書である白崎しろさき和臣かずおみだった。
 ともかく、扉を開ける。本当に、そこに彼がいた。
「白崎さん、一体どうして……」
「奥さまから、差し入れを預かっています」
「え、ええ、ありがとう……」
 見ると、手に何やら荷物を持っている。受け取ろうと手を差し出すと、続けて言われた。
「それに、綾音さんの様子を見てきてほしいと頼まれました。傷つき弱り、一人では何をするか分からないと」
「あ、ああ~、でも、そんな、大丈夫ですよ……」
 しどろもどろになって目を逸らしてしまうのは仕方がない。綾音は嘘を吐くのに慣れていない。
 しかし、両親に一人暮らしを反対された時に、
『この家じゃ色々思い出してしまう、つらい、一人になりたい、このままじゃ心が病んでしまう』
 とゴリ押して出てきたのだ。一人暮らしの為の嘘も方便だが、母が心配するのも仕方がない。
 だが、家のことに父の秘書を巻き込むのはいかがなものだろう。そう思っていると、
「それに、綾音さんの周囲にも目を配らないと」
 和臣の声が低くなっている。
 彼を見上げると、視線は音葉の靴に釘付けになっていた。
 音葉は靴も派手なので、カラフルで大きなスニーカーが玄関に置かれている。スニーカーと言ってもハイカットでショートブーツのような靴だ。綾音の靴と並べると1.5倍ほど大きくて存在感がある。
 ひょっとして不良、今時こんな言い方をするのもなんだが、とにかく柄が悪くて付き合いを心配するような人が来ているのかもと心配になったのかもしれない。
 綾音は慌ててフォローした。
「今、大学の友達が来ていて」
「では、私も挨拶させていただきます」
「えっ、ちょっと、白崎さん?」
 制止する間もなく、和臣は玄関の中に入ってきて靴を脱ぐ。そして、勝手に家の中に上がってしまった。
 こんなに強引なことをする人ではなかったので、初めての振る舞いに混乱する。
 綾音も後を追いかけると、和臣はリビングの入り口で立ち尽くしていた。
 音葉が唐揚げをもぐもぐと食べながら、挨拶する。
「どーもー、お邪魔してまーす。綾音のお知り合い?」
 すると和臣はふーっと息を吐いてから、にっこりと笑顔で言った。
「はい、はじめまして。綾音さんと家族ぐるみで付き合いをしております、白崎です」
 うわっ、すごいよそ行き。愛想いい。声までいい。
 秘書という役割的にか、和臣は必要とあればものすごく愛想が良くにこにこと対応出来る。しかし、必要なければよそよそしく冷たく、話す必要もないと判断すれば口もきかない。
 和臣にはいつもすげなくあしらわれ、最低限のやり取りしかなかったのでつい批判的に見てしまう。
 綾音は荷物を受け取って平坦な声を出した。
「どうもわざわざ、ありがとうございました。私は前向きにやっていますので、どうぞ母によろしくお伝えください」
 用が済んだなら早く帰れ、そう言外に匂わせているのだが和臣は気にせずリビングのL字型ソファの空いている席に座った。
「綾音さんの、大学のご友人ですか」
「うん、そう。課題で一緒になって、私も名前に漢字の音が入ってるから、なんか親近感って仲良くなってー。白崎さん? は綾音とどういう関係なの?」
 人見知りせず、人の壁を乗り越えていくタイプの音葉はずけずけと質問していく。
 綾音は仕方なく和臣の分のグラスを用意しながら一人ハラハラしていた。
「私の家は少々特殊な家業でして、信頼の出来る綾音さんの家とは幼い頃から付き合いがありました」
「特殊な家業って?」
「政治家です」
「えー! 白崎って、ひょっとして、あの?」
 音葉がテレビで見たであろう名前を挙げると、和臣はにっこり続ける。
「あれは父です」
「そうなんだー!」
「はい。今は綾音さんのお父さんの下で勉強させてもらっています」
「へー。なんか都会のセレブの付き合いって感じー!」
 綾音はグラスにお茶を注いで和臣の前に出した。
「もう、白崎さん。そんなに喋らなくても」
「綾音さんのお友達なんですから、別に隠すほどのことでもないでしょう」
 和臣は家のことや自分のことを、そんなにペラペラと喋るタイプではない。つまり、音葉には関係を明かした方がいいと判断したのだろう。
 一体なぜ? 考えると、それはけん制のようなものではないかと綾音は思う。
 政治家、秘書と言うと世間一般では付き合い難く、庶民とは違うと距離を取られてしまう。逆に良識のない人は、何かおこぼれが貰えるかと馴れ馴れしく近づいてくる。
 それを見越してわざと話したのではないか。そんな風に疑ったのだ。
 勝手に入ってきて人の友達を試すような言動に、綾音は少々腹が立つ。
 しかし、音葉はそんなことに惑わされる人物ではなかった。
「じゃあ、お父さんの後を継いで政治家になったりするの?」
「さあ、それはどうでしょう。世襲制ではありませんし、兄もいますから」
「へー。政治家の奥さんとかって大変なんでしょ。絶対なりたくないよね、ねー、綾音」
「うふふ、そうね」
 音葉は和臣のけん制に気付いて、綾音に寄り添ってくれたのだ。つい笑ってしまってから、ちらりと彼を見る。
 和臣は、じっとこちらを見ていた。
 ドキリとして、心臓が跳ねる。どうしてそんな目で見るのだろう。
 彼はお茶を飲んでから、立ち上がった。

※この続きは製品版でお楽しみください。

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