【試し読み】#年下紳士はとろけるほど甘い熱愛系~純なキミの初恋の続き~

作家:宇佐木
イラスト:上原た壱
レーベル:夢中文庫セレナイト
発売日:2021/10/15
販売価格:600円
あらすじ

SNSで繋がった海外在住の友人〝Rio〟から初めて食事に誘われた純名。仕事で帰国すると言う彼女に興味を惹かれ指定された高級ダイニングに向かうと、そこに綺麗な男性が現れる。彼は十数年ぶりの幼なじみ・凌介だった。懐かしさから、つい弟のように可愛がっていた距離感で接してしまう純名だったが、焦れた様子の凌介に抱き締められ初恋だと告白される。突然五歳も下の彼の想いを知った純名の混乱をよそに、凌介は「何度でも口説く」と告げ、とろけるほど熱い想いを向けてくる。「誰の目にも触れさせたくない。俺のものにしたい」と独占欲全開な求愛で年上の純名を翻弄してきて……?

登場人物
野々村純名(ののむらじゅんな)
アパレル会社勤務。SNSで繋がった友人とのオフ会で、幼馴染・凌介と十数年ぶりに再会する。
柊凌介(ひいらぎりょうすけ)
幼い時に海外に引っ越して以来疎遠になっていた幼馴染。初恋相手の純名に再会し、想いを伝える。
試し読み

1.別れの続き

 いつからか歳を重ねるたび、喜びよりも不安が大きくなっていた。
 そう感じるのは、きっと大人になってから日常に大きな変化がないから。
 だって、今日も定時を過ぎたオフィスに居残りしている。なんの変哲もない一日を送って終わろうとしているんだもの。
「終わりましたぁ! 野々村ののむら主任、確認していただいてもいいですか?」
 新卒で就職してもうすぐ一年経つ新入社員の森川もりかわさんに声をかけられ、私は送られてきたデータをすぐに開く。
「うん。だいぶよくなったと思う。じゃあ週明けはこれで進めて」
「わあ、よかった! ありがとうございます」
 ここは全国各地に店舗を展開しているアパレル会社、〝SPINスピン〟のオフィス。私はその中のECマーケティング事業部に所属している。
 仕事の内容を簡単に説明すれば、ネットを通じて自社の商品を販売するサービス。その中のフロント業務という、商品を販売するための企画やサイト制作、集客を目的としたマーケティングなどの業務を担当している。
 入社して八年。この部署に配属されてからは五年だけど、頑張りが認められ、昨年度から主任に任命された。
 仕事はやりがいもあって楽しい。新人の教育も、楽ではないけれど森川さんは素直で頑張り屋だから教え甲斐がある。
 彼女は艶やかな髪をふわりと靡かせ、私の席を振り返り笑顔を見せた。
「野々村主任のアドバイス、いつもすごくわかりやすいです。でも今日は私のせいで残業になってしまってすみませんでした。金曜ですし、予定があったのでは……?」
 申し訳なさそうに言われ、目を伏せて笑った。
「特にないから平気。森川さんこそ、約束あるんじゃないの? さっきからバッグの中でスマホが鳴ってたし」
「あっ。す、すみません。友達と約束してて」
 比べて私の机上には、しんとしたままのスマートフォン。
「ううん。じゃ、もう帰ろうか」
 私はノートパソコンを閉じ、私物をバッグに入れて立ち上がった。

 オフィスを出てすぐ森川さんと別れ、ひとり家路につく。
 駅のホームで電車を待つ間、手持ちぶさたでスマートフォンに目を落とした。
 一月二十一日──私の三十回目の誕生日。なんて言って、もう残り四時間を切ってるけれど。
 今朝、母から【おめでとう】とメッセージがきていた。それで終わり。
 若い頃は、誕生日といえば友人が祝ってくれたり、彼氏がいれば一緒に過ごしたりもした。しかし、三十ともなると友人もそれぞれ生活が忙しくなり、いつからか誕生日にメッセージをし合う流れもなくなった。
 私も友達の誕生日には、つい気づくのが遅くなってお祝いメッセージを送り損ねたりしているからお互い様。別に誕生日を祝い合わなくても、ごくたまにお酒を酌み交わしたりしてるし十分だ。
 そう頭では理解していても、ふいに虚無感に襲われるのはいつからだったか。
 物思いに耽っていたら、ホームに列車がやってきた。私はスマートフォンをスリープモードにしてバッグに入れ、車両に乗り込んだ。
 朝起きて会社に行って、仕事をこなしてひとりきりのアパートに帰宅する。
 もう何年もそのルーティンを崩さず過ごしている。
 SPINに就職し、初めは店舗に立っていたが、数年して本社に異動になり今に至る。
 大学時代に付き合っていた彼とは、お互い就職して忙しくなり、自然と別れる流れになった。
 その後は配属先がレディースブランドなのもあり、あまり男性と関わりがなかった。今の部署になってからは仕事内容的にも、オフィスにずっとこもりっぱなしでいっそう出会いはない。
 そうして気づけば出会いの場は減り、歳を重ね、ひとりきり。そんなだから、いよいよ私もあきらめの境地に入っている。
 最寄り駅に着いて夜道を歩く。途中コンビニにふらりと立ち寄り、缶チューハイと割引されていたケーキを買った。私は甘党で、スイーツでもお酒のつまみになるのだ。
 せめて自分くらい自分の誕生日を祝ってあげよう。
 心の中でそう励まし、歩調を速めてアパートに向かった。

 私が住むアパートはワンルーム。こぢんまりした部屋だけど、結構気に入っている。
 ガラス製のローテーブルの上に置いた缶チューハイと、ふたを外したチョコレートケーキをスマートフォンで撮影する。それから、一度スマートフォンをテーブルに置いてプルタブを開け、ひと口含んだ。
「は~。幸せ」
 お風呂上がりのお酒は美味しい。
 缶を置くのと引き換えに、再びスマートフォンを手に取った。ベッドの上に腰をかけ、スイスイと操作する。今しがた写した画像を添付し、【誕生日】とひとこと添えてSNSに上げた。
 純名じゅんなという自分の名前の一部を取ったアカウント名〝JUN〟のSNSは、リアルで繋がっている人は誰もいない。そこは純粋にネット上だけの繋がりの場。
 上辺の付き合いに思えるが、逆に現実では吐き出せない感情を載せたりしていることを考えたら、案外こっちのほうが深い付き合いとも言えるのでは……? と思ったりする。
 気ままに発信して、気の合う人とやりとりして。うれしいときも惨めなときも、ありのままを吐き出せる。
 ケーキにフォークを沈め、口に運ぼうとした矢先、SNSアプリの通知がきた。
【おめでとうございます。彼氏とお祝いですか?】
 そう反応をくれたのは〝Rio〟さんだ。
 彼女は純日本人だけれど長らく海外生活をし、今はベルギーに在住しているらしい。
 彼女との交流は数年前。甘いもの好きが高じ、たびたびスイーツの写真をアップしていた私のアカウントに、向こうからコメントがきたのがきっかけだった。彼女も甘いもの……特にチョコレートに興味があるみたい。
 私はチューハイを片手にキーボードをフリックする。
【いいえ。残念ながら今年もひとりです】
 笑顔で汗を流す絵文字を添えて返信した直後、今度はダイレクトメッセージが送られてきた。わざわざほかのユーザーに見られないところへの返信を不思議に思いつつ、メールアイコンに触れる。
【そうなんですね。てっきり……。ケーキがふたつ並んでいたので】
 Rioさんの文面を見てはっとする。
 私はひとりでケーキ二個くらいぺろりと平らげちゃうから、深く考えずにそのまま写真を投稿したけれど……そうか。普通に考えたら、二個あればふたりいると思っちゃうよね。
 彼女の反応に納得し、続く文章を目で追っていく。
【ところでJUNさんにご報告とお誘いなのですが。私、このたび仕事で東京へ行くんです。もしよければ一緒に食事でもどうですか? 『スィエル・ショコラティエ』のベルギー本店限定ショコラをお土産に持っていきますよ】
 東京に仕事? 一緒に食事!? えっ……どうしよう……。
 あくまでネット上で繋がっているだけの関係だったから安心して交流していた。実際に会おうと誘われたのは初めてで、戸惑いを隠せない。
 彼女からのメッセージを見つめて数分考える。
 ちょっと勇気はいるけど……Rioさんとはしょっちゅうここで会話しているし、いつも丁寧で優しいし。なにより、彼女とは好きなチョコレートブランド、スィエル・ショコラティエの話を思う存分できる。しかも、限定品まで用意してくれるって。こんな機会そうそうない。
 とはいえ……実際に対面するって、大丈夫なのかな……。
 心の中で葛藤を繰り返し、ようやく指を動かす。
【そうなんですね。予定が合えばぜひ。日程がわかったらまた連絡ください】
 送信マークに触れた直後、ベッドに横たわった。
 誘惑に負けてしまった……。でも彼女は本当にいい子だし、食事くらい……平気だよね。それに、変わらない日常を変化させるきっかけになるかもしれない。臆病なまま行動もできず過ごしていたら、一生同じ日々を生きていくだけになりそうだもの。
 人との出会いはなにも恋人になる相手ばかりじゃない。もしかしたら、これから一生付き合いの続く親友との巡り合いになるかもしれない。そのきっかけと思えば、一歩踏み出してみてもいいよね。
 大体、向こうは仕事で来るわけだし、お互いの予定が合わない可能性だってあるんだから。深く考えずにいよう。
 むくりと身体を起こし、ひとり頷く。そして、チョコレートケーキに向き直った。
 しかし、やっぱり心のどこかで気になっていたのか、いつもなら食べきれるはずのケーキをひとつ残してしまい、そっと冷蔵庫にしまった。

 翌日は休日だったため、ゆっくり過ごしていた。
 遅めの起床ののち、寝ぼけ眼で枕元のスマートフォンを手に取り、時間を確認しようとした。すると、弟の大地だいちからメッセージがきていた。
【一日遅れたけど誕生日おめ~】
 一文だけのメッセージを目に映し、思わず笑った。
 唯一の兄弟の大地は、五つ年下の二十五歳。それぞれ実家を出て社会人としてやっていっている今も、こうして一日遅れていたってわざわざメッセージをくれるのだから可愛い弟だと思う。
 しばらく会ってないけど、元気そう。
 私はベッドの中で【ありがとう。年々誕生日来るのが早く感じるわ】と返信してから動き出した。
 身なりを整え、トーストとサラダを食べ終える。さて今日はなにをしようかと思ったときに、スマートフォンが鳴った。
 見るとまた大地から。
【そういやこの間実家に行ったんだけど、近所の公園の遊具一新されてた。もう十何年経つんだもんな~と思った】
 公園……。そっか。新しくなったんだ。
 私の実家の近くにあった、通称『ニンジャ公園』。アスレチック遊具が豊富で、私を含めみんなそう呼んでいた。私や大地は毎日のようにその公園で遊んでいたのだ。
 なんだかちょっと……。
「寂しいなあ」
 宙を見つめて無意識に零していた。ゆっくり瞼を伏せ、在りし日を思い出す。数秒後、パチッと目を開けた。
 そういえば、凌介りょうすけは元気にしてるのかな。今頃どこでなにしてるんだろう。
『凌介』とは、大地と同学年の幼なじみ。子どもの頃は、大地と一緒になって三人で遊んでいた。
 母親同士が仲良く、ご飯も一緒に食べたりして、まるでもうひとりの弟だった。
 懐かしいな。凌介は小柄で可愛い顔をしていて、おとなしい性格だった。心の優しい子だったからよく泣いたりして、そのたび私がよく面倒をみていた。
 当時凌介は母子家庭で、彼が九歳になる頃、お母さんの再婚を機に引っ越して別れたきり。引っ越した直後は何度か手紙をもらっていたけれど、そのうちどちらからともなく文通も途絶えてしまった。
 まあ私も中学生になって受験も控えてる年頃だったから、そんなものだよね。しかも、凌介はお家の都合で海外を転々としていたみたいだったから余計だ。
「さてと」
 ひとりつぶやき、買い物に出かけようと準備を始める。
 買い物を終えて帰宅した後は、昨夜残したもうひとつのケーキを食べてゆっくり過ごした。

 数日後。
 仕事を終えて向かった先は、職場から五分ほどで着く都内屈指のラグジュアリーホテル、『ペトゥル・サクラ』。
 私はホテルのエントランス手前で足を止め、そびえ立つ建物を仰ぎ見た。
 館内は日本の伝統を散りばめたデザインが施され、厳かで格式高いとメディアでも絶賛されているホテル。国内からはもちろん、海外の宿泊客からも多くの支持を集めているらしい。
 うちのオフィスから近いし、とても有名なホテルだから知ってはいたものの、高級すぎて私には縁遠い場所だった。
 まさか一生のうちに足を踏み入れる機会が来るとは……。
 緊張のあまりすぐには中に入る勇気が出ず、思わずバッグからスマートフォンを取り出す。ロック画面を解除し、開いたのはSNSアプリ。今一度ダイレクトメッセージを確認する。
【金曜日の十九時。ペトゥル・サクラ内のダイニングで。楽しみにしてます】
 四日前に受信したRioさんからのメッセージ。
 結局私は彼女と会うことになったのだ。
 ちょうど今日はうちのオフィスビル内のワックスがけの日で、遅くまで残業はできない日だった。そして、指定場所はオフィスの目と鼻の先。
 もちろん予定もなく、断る理由がなかった。
 ……それと、不安よりも好奇心が勝った。
 彼女のSNSは更新率は低いものの、とても興味を惹かれるもの。
 居住がベルギーというのもあるけれど、彼女の紡ぐひとことひとことが優しくて、いつもどこかノスタルジックな心地になっては癒されていた。そんな彼女と直接会って話をする機会が来たのなら、勇気を出してみようと思った。
 だけど、まさか彼女の宿泊先と待ち合わせ場所がこんなに敷居の高い場所だとは。年齢は私より下だと聞いてる。にもかかわらず、ここまで高級なところを利用できるなんて、彼女はいったいなにをしている人なんだろう?
 疑問を抱えたまま、緊張した足取りでエントランスへと一歩踏み出した。
 ロビーを抜け、案内板を頼りにエレベーターに乗ってダイニングへ向かう。三十五階で降りると、すぐにダイニングの入り口を見つけた。
 電球色のスポットライトが『花櫻はなざくら』と店名が書かれている看板を照らしている。いかにも高級料亭みたいな雰囲気に及び腰になった。
 すると、藤色の暖簾をくぐってきたスタッフに声をかけられる。
「いらっしゃいませ。ただいまのお時間はご予約されている方のみとなっておりますが、ご予約はいただいておりますでしょうか」
「あ……は、はい。ひいらぎで……」
『柊』とはRioさんの名前らしい。彼女が自分の名前で予約を入れたと言っていた。
「柊様ですね。お待ちしておりました。ご案内いたします」
 恭しく頭を下げられると、どうも気持ちが落ち着かない。
 内心そわそわしながらスタッフの後をついていく。歩みを進めてすぐ、パノラマの窓からの煌びやかな眺望に圧倒された。
 店内のスタッフをはじめ、インテリアも利用客も、みんな特別な雰囲気が漂っている。自分は場違いでしかない、と肩を竦めて俯いた。
「こちらでございます」
 スタッフに手で示されたのは、板前さんが目の前にいるカウンター席。
 カウンター席とは想像していなくて拍子抜けしていたら、すでに席に着いていた男性がこちらを振り返った。
 わ……。めちゃくちゃイケメン。男らしいというより、中性的な顔立ちで綺麗なタイプだ。私服もシンプルな綺麗めコーディネート。シャツにジャケットを羽織っているだけでも絵になるんだから、元々の素材がいい人ってすごい。
 それにしても、明らかに私よりも若いのに、こんな高級な店にひとりでいるなんて……。
 他人をジロジロ見すぎていた自分にはっとして、さりげなく視線を逸らした。
 次の瞬間。
「JUNさん……?」
「──え?」
 今しがた観察していたイケメン男子に名前を呼ばれ、大きく目を見開いた。
 二の句が継げない私に向かって、彼はニコッと笑って言う。
「Rioです」
「り……おさん?」
 そうつぶやくので精いっぱいで、私はまた口を閉ざした。

※この続きは製品版でお楽しみください。

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