【試し読み】極上CEO釣っちゃいました~失恋秘書は甘い夜に堕とされる~

作家:有坂芽流
イラスト:小島きいち
レーベル:夢中文庫クリスタル
発売日:2021/8/27
販売価格:900円
あらすじ

CEOの秘書を務めている汐里は、同棲している彼氏の浮気現場に遭遇してフラれてしまう。帰る家を失い、飲み歩くうち酔いが回った汐里は自棄になり見知らぬ男の誘いに乗りかけるが――「どこの誰とも分からない男に持っていかれるぐらいなら、俺が釣られてやるよ」突然現れたCEOの高岡にマンションまで持ち帰られ、汐里は豹変した高岡に隅々まで愛し尽くされてしまう。流されるままに経験したことのない濃密な夜を与えられる汐里。翌朝、過ちを反省し職を辞す覚悟だったが、事情を知った高岡からなぜか空いている部屋に住むよう説かれて同居することに。それからの高岡は普段のクールな態度を一変させ、汐里をひたすらに甘やかしてきて……?

登場人物
二ノ宮汐里(にのみやしおり)
長年付き合っていた彼氏の浮気現場に遭遇。同居していた家も失い、自暴自棄になるが…
高岡慧吾(たかおかけいご)
大手IT企業のCEO。泥酔した汐里を自宅にお持ち帰りし介抱、一夜を共にする。
試し読み

思いがけないプレゼント

 IT企業『グラナータ』のCEOのオフィスは、洗練されたモノトーンの家具で統一されている。
 一分の隙もないほど計算し尽くされた前衛的なデザインのソファ。壁にさりげなく飾られた新進作家のリトグラフ。
 部屋の一番奥にあるCEOのデスクは、シンプルかつ機能的なことで有名なイタリアの高級ブランドのものだ。
 それらはすべてこの会社のCEOである高岡たかおか慧吾けいごの慧眼によって選ばれたものだが、部屋の主は今この部屋にはいない。
 彼の秘書である二ノ宮にのみや汐里しおりはひとり周囲を見渡し、部屋に乱れが無いかをもう一度確認した。
(大丈夫。これで後は高岡CEOが戻るのを待つだけだわ)
 彼女は小さく息を吐くと、ソファの片隅にそっと腰を下ろす。
『グラナータ』は弱冠三十三歳のCEOである高岡慧吾が大学在学中に立ち上げた、日本を代表するIT企業だ。
 当時、難関国立大の理系大学生だった慧吾が開発した通信システムはまずは日本の若者の間で流行し、その後瞬く間に世界中に広まった。
 そして大学を卒業して事業家となった彼は、新たに第二、第三のシステムを世間に公表し、次々と成功を収めていった。
 結果、『グラナータ』は起業わずか十数年で上場を果たす大企業へと成長し、今では多岐にわたる分野でその存在感を知らしめ、規模を未だ拡大し続けている。
 大学を卒業した汐里が『グラナータ』で働きだしてもう五年になるが、この会社に入社を決めたのは、年齢やキャリアに関係なく優れた人材を積極的に登用し、常に新しいものを求める慧吾の考えに感銘を受けたからだ。
 大学時代、苦学生だった汐里は華やかに人生を謳歌する同級生たちを横目に、ITビジネスや市場経済など勉学に勤しんだ。
 その甲斐もあって高い倍率の入社試験を勝ち抜いて採用を勝ち取ったのだが、いざ入社してみれば汐里が配属されたのは総務部秘書課。
 与えられた仕事は、CEOである慧吾の秘書だった。
 世界的に展開している企業の最前線で働いてみたい気持ちから当初は少し落胆したものの、蓋を開けてみれば慧吾の秘書という仕事は思った以上に刺激的で重要な役職だった。
 CEOといっても、彼は未だに商品の開発に関わる、現役のエンジニアだ。
 世界中に普及している自社製品のほとんどは慧吾の設計によるものだし、彼が持つ独特の感性によって生み出される商品は世界中で絶大な人気を誇っている。
 その秘書という立場は、同時に彼のアイデアを最初に知り得る立場でもあった。
 時には一般消費者の立場からどう思うかと意見を乞われる場面もあり、まだ公開前のトップシークレットともいえる情報を一握りの社員と共に共有できる。
 大学で経営学を学んだ汐里にとって、国内トップのIT企業で開発からリリースまで一連の流れを体感できることはとても有意義な経験だ。
 それに、汐里のこの人事は、どうやら慧吾が決めたようだった。
 彼に理由を聞いたことは無いが、恐らくは自分が多少英語を話せることと、女子には珍しい経済学部だったからではないかと勝手に推測している。
 それに、もしも他の同期が秘書に抜擢されていたとしても、長くは持たなかっただろうというのが、彼の秘書を五年務めた汐里の考えだ。
 慧吾は誰に対しても平等な厳しさを持つ経営者だ。
 それがたとえ新入社員であったとしても、いい加減な仕事には情け容赦のない叱責が飛ぶ。
 幼い頃に両親を亡くし、さらに高校の時には唯一の肉親である祖母を失って天涯孤独となった汐里には、同じ年頃の友人と比べて打たれ強いという自負があった。
 しかし入社してから、慧吾の容赦ないダメ出しに人知れず涙を拭いたことは数えきれない。
(私だけじゃなく、体育会系のタフな男子社員だって泣くんだから、相当のドSよね)
 フッとため息をつき、左手にはめたブレスタイプの時計にさっと目を走らせると汐里は部屋の奥にある給湯スペースへ向かう。
 時刻は午後五時五十五分。もうすぐ、時間に正確な彼女の上司が帰ってくる。
 電気ポットのお湯を沸騰させ、簡易なドリップ式のコーヒーをカップにセットしていると、複数人の会話と共に部屋の扉が開いた。
「お帰りなさいませ」
 出迎える汐里に、アイコンタクトだけで返事を返す慧吾がコートを脱ぎながら部屋に入ってくる。
 百八十センチを優に超える長身と、長い手足。肩幅の広いがっしりした体型には、ピンストライプの紺のスリーピースが良く映える。
 切れ長の深い二重と、スッと通った鼻筋。
 薄く形の良い唇は今は男らしく引き結ばれているが、時おり不意に見せる甘い微笑みには、見慣れているはずの汐里でさえドキリとする色気が漂う。
 少し癖のある黒髪と漆黒の瞳は彼の整いすぎた美貌を際立たせ、見る人を魅了する圧倒的な存在感を容赦なく放つ。
「慧吾、工期短縮なんてそう簡単にはいかないこと、お前が一番よく分かってるだろ」
「そんなに騒ぐなよ。逆にその工期がビジネスのすべてだって、お前にだって分かってるはずだけど」
 彼に続いて部屋に入ってきたのは、慧吾のビジネスパートナーである池永いけながかおるだ。
 慧吾と同じくすらりと長身だが慧吾よりはやや細身で、色素の薄い髪や瞳は春の陽射しのように明るく華やいでいる。
 一見中性的にも見える優美な顔立ちと柔らかな物腰は特に女性たちに好ましく映るのか、社内や取引先で彼に熱を上げる女性は後を絶たない。
 同じように目立つ美貌でも、女性を簡単には近づけない慧吾とは対照的だ。
 都内の私立一貫校で慧吾と同級生だった馨は学部こそ違えど大学も同窓で、慧吾が学生時代に始めたビジネスを主に経理・法務的な部分でサポートした。
 ふたりはいわゆる共同経営者という関係だが、彼らのやり取りを見ていると、どちらかというと思春期から慣れ親しんだ親友同士と言う方がしっくりくる。
 汐里はふたりがソファに座ったタイミングで淹れたてのコーヒーをテーブルに運んだ。
 ニコッと笑顔を向ける馨に会釈を返すと、そのアイコンタクトを遮るように慧吾が汐里に視線を向けた。
「何か変わったことは?」
「はい。営業部の三島みしまリーダーと佐川さがわプロジェクト・マネージャーから、それぞれ同一のクライアントについてご相談をしたいと連絡がありました」
「どのクライアントだ」
 慧吾はそう反射的に答えた後、すぐに「いや、いい」と言ってコーヒーカップに口を付ける。
「ほら、見てみろよー。みんな困ってるだろ」
「仕方ないだろ。ライバル会社のオープンが早まったんだ。クライアントの希望には応えざるを得ない」
「でもいくらなんでも工期一か月短縮なんて、非常識なんだよ。魔法使いじゃあるまいし」
 今日、慧吾と馨が出かけたクライアントは、最近飛ぶ鳥を落とす勢いで成長しているフード産業だ。
 ファミリーレストランや居酒屋など複数のチェーン店を全国的に展開しているそのクライアントは今回新たにレンタルオフィスの経営に乗り出すことになり、新しい店舗のITシステムをグラナータが請け負うことになった。
 全国に展開する予定の規模の大きな案件だが、何かと問題が山積されている様子で、今日もトップふたりがわざわざ呼び出されたらしい。
 慧吾はソファに背を預けて大仰なため息をついたが、やがてフッと何かに気づいたように姿勢を正し、汐里に目線を向けた。
「……後は? 急ぎの案件は無かった?」
「はい。まだ対応に余裕のある案件に関しては、メールでお送りしてあります」
「分かった。それじゃ、今日はこれで帰っていい」
(えっ……)
 汐里は思わず慧吾の顔を見返す。
 確かにこの会社の定時は六時でもう五分ほど過ぎているが、通常汐里が定時で帰ることはあまりない。
 特に今日のように慧吾が定時ぎりぎりで帰ってくるような日には、逆に汐里の方が彼に確認しなければならないことが山積みだからだ。
 実際に働いてみなければ分からなかったことだが、秘書の仕事は外から見えるような華やかなものではなく、ひたすらボスのために準備や根回しをする泥臭い仕事だ。
 入社五年目ともなれば各部署や取引先との関係も深くなり、それぞれの部署との調整も仕事のひとつになる。
 忙しいCEOと各部門との橋渡しをするのも、大切な秘書の仕事だ。
「いえ、まだ確認したいことがたくさんありますので。この後お時間少しよろしいでしょうか」
 汐里が用意していたファイルを慌てて手にすると、ソファから立ち上がった慧吾がスッと手からファイルを引き抜いた。
「いいから、今日はもう上がっていい。おめでとう。誕生日だろう?」
「えっ……」
 自分でもすっかり忘れていたことを慧吾に指摘され、思わず彼の顔を見つめる。
 そんなふたりの様子を、馨がにやにやしながら見比べた。
「へえ。汐里ちゃん、今日誕生日なんだ。おめでとう。それにしても……二十年くらい一緒にいるけど、俺はお前に誕生日におめでとうなんて言われたことないよなぁ。慧吾、汐里ちゃんには優しいんだね」
「お前の誕生日を祝う理由がどこにあるんだ。それに、俺だってお前に誕生日を祝ってもらったことなんてない」
「そりゃそうだよ。野郎同士で誕生日なんて祝ったってなんにも面白くないもんな」
 意味ありげな眼差しを向ける馨を無視し、慧吾はデスクの引き出しから小ぶりな包みを取り出して汐里に手渡した。
「これ、受け取ってくれ」
「あ……ありがとうございます」
「そんなに大したものじゃないから気にするな」
 ひゅうっと茶化すような口笛を吹く馨に、慧吾が大げさに眉根を上げる。
 汐里が慧吾の秘書として働きだして五年になるが、その最初の年から慧吾は誕生日プレゼントを欠かさない。
 一年目は革の名刺入れ、二年目は少し高価なボールペン。以後、社会人として必要なものを毎年プレゼントされている。
 決して華美ではないが慧吾の選ぶものはどの品も上質で洗練されており、毎日使用しているうちに汐里の品物を見る目も磨かれているような気がする。
 家族のいない汐里には誕生日に贈り物を送ってくれる相手もおらず、こうして慧吾から毎年与えられる価値観は、汐里にとって何にも代え難いものだ。
 それに……。
(誕生日なんて自分でも忘れていたのに。りょうだって、今朝なんにも言ってくれなかった)
 同棲している彼氏、山河やまかわ遼のことが脳裏を過ぎり、汐里の心に暗い翳りが差した。
 遼とは、付き合ってもう十年になる。
 高校二年の時に祖母が亡くなり、失意と孤独のどん底だった汐里に手を差し伸べてくれた彼は、慣れない祖母の葬儀を手伝ってくれ、その後ひとりぼっちで途方に暮れている汐里のそばにいてくれた。
 ほどなく彼とは自然に男女の関係になって現在に至るが、当時も今も、遼が汐里に対して恋人らしい甘い言葉を囁いたり、デートに連れ出してくれることは殆どない。
 当然、誕生日に贈り物を貰ったことも今まで一度も無かった。
 それに就職してからは不動産の営業をしている遼と就業時間や休みも合わず、最近は会話すらない。
 こんな関係で恋人と言えるのかと悩んだ時期もあるが、最近は十年も付き合えばこんなものかとあきらめの境地だ。
 だから汐里は、時々自分に向けられるこんな慧吾の優しい気遣いに、くすぐったいような、泣きたいような気分になる。
 誰にも顧みられない自分が、若くして事業を成功させ特別な存在感を放っている慧吾に少しでも必要とされていることが、単純に嬉しかった。
「いつもお気遣い頂いて本当にありがとうございます」
「こっちの方こそありがとう。いつも俺のむら気に付き合わせて悪いと思っている」
「ホントに汐里ちゃん様様だよなぁ。汐里ちゃんが来るまで、慧吾の秘書をやった子たちは長く続いても三か月だったもん。お前、集中すると他の部分に回すエネルギー無くなるから、俺とか汐里ちゃんとか、本当に大変なんだからな」
 ここぞとばかりに身を乗り出す馨に、慧吾が無言で鋭い視線を投げかける。
 汐里は幸福な気持ちで慧吾を見つめて言った。
「あの……プレゼント、開けてみても良いですか」
「えっ……」
 汐里の問いかけに、一瞬慧吾が言いよどむ。その困惑した様子にいち早く反応した馨が、意味ありげな微笑みを浮かべてソファからふたりを仰ぎ見る。
「俺も見たいな。慧吾が汐里ちゃんに選んだプレゼント」
「別に、大したものじゃない」
 馨の挑発的な眼差しといつもより低い慧吾の声に、汐里は思わずびくりと身体を震わせる。
(どうしよう。やっぱり目の前で開けるなんて失礼だった? でも高岡さんの前でプレゼントを開けるのは、毎年恒例のことで……)
『プレセントを頂いた時には、相手の目の前で開けてお礼を言いなさい』と汐里に教えてくれたのは、亡くなった祖母だ。
 その人のために時間とお金をかけて選んだ物なのだから、贈った人は相手の喜んだ顔を見たいに決まっている。
 そう幼少期から教えられている汐里は、この五年間いつも慧吾の前でプレゼントの中身を確かめてきた。
 彼もそんな汐里の態度を咎めるはずもなく、それどころか毎年包みを解く汐里を嬉しそうに目を細めて見守ってくれていたのだ。
 だからこんな張りつめた空気を漂わせる結果になるとは、汐里には思ってもみないことだった。
「あ、あの……やっぱり後で……」
 慌てた様子で汐里がそう言いかけると、口元を手で覆っていた慧吾がフッとため息を漏らして顔を上げる。
「いや、いつも通りここで開けてくれ」
「でも……」
「いいんだ。というか、実は毎年喜んでくれる姿を見るのが楽しみだし。今日はこいつがいるから、ちょっと感動が薄れそうで嫌だけど」
 慧吾が不貞腐れたように馨を睨むと、馨は心底楽しそうににやにやした表情を向ける。
 傍から見ればちょっと険悪な雰囲気にも見えなくもないが、五年間ふたりを見ている汐里には、それが彼ら特有の親愛の情だと分かっていた。
「汐里ちゃん、はーやーく。中身を見せてよ」
 馨にそう促され、汐里がおずおずと包みを開けると、現れたのはベルベッドの細長い箱だった。
(あれ、何だかいつもと感じが違う……)
 汐里は手の中にある小箱に、そっと指で触れる。
 今まで慧吾から貰ったプレゼントはどれもシンプルで機能的な箱に入っていたのだが、今回は明らかに違う。
 それはいかにも、女の子が好きそうな様相だ。
 黒のベルベットは艶やかで、滑らかな手触り。
 そして箱を開けると当然のように鎮座していたのは、きらりと輝くひと粒の宝石が収められたペンダントトップと、白く繊細に輝くチェーンだった。
(すごく綺麗。……これってダイヤモンド? それにチェーンもシルバーとは違う。もしかしてプラチナ?)
 母や祖母が残してくれたものが少しはあるものの、汐里はあまりアクセサリーを持っていない。
 早くに身内を失くした汐里には、そんなものを買うよりもっと切実なお金の使い道がたくさんあった。
 もちろん若い娘らしくきらきら輝く美しい宝石や洋服に興味がない訳ではない。
 けれどいくら金銭的に余裕ができても、自分を飾るものにお金をかけるのは贅沢だ、と思う気持ちが、汐里の心の根底にはあった。
 自分とは無縁だと思っていた美しい宝石に、汐里は言葉を失って立ち竦む。
 こんなに美しいものを貰って喜ばない女の子なんて、きっと世の中のどこを探してもいないだろう。
(すごく綺麗。これ、きっとダイヤモンドだ)
 眩しいほどに煌めいているダイヤモンドはひと粒だが決して小さくはなく、冴え冴えとした透明感と輝きは、思わず触れるのを躊躇ためらうほどだ。
(どうしよう。嬉しいけど、もしかして高価なものなんじゃ……)
 イミテーションなら話は別だが、常に本物志向の慧吾が偽物を選ぶとは到底思えない。
 戸惑いの気持ちで、汐里は言葉もなくその場に立ち尽くす。
 一方、慧吾も汐里を前に無言で宙に視線を彷徨わせている。
 普段からあまり感情を表にあらわすタイプではないが、いくら汐里が真意を問いかけるように見つめても、いつにも増してポーカーフェイスを崩さない。
 毎年社会人として必要なものを贈ってくれていた慧吾が、何故今年はこんなものを選んだのだろう。
 汐里の心に無数の疑問符が浮かぶ。
「何? ふたりとも固まっちゃって」
 にわかに張りつめた空気に、ソファに背を預けて事の成り行きを見守っていた馨が訝しげに立ち上がり、汐里の手元を覗きこんだ。
 その途端、馨の顔にも驚愕の表情が浮かぶ。
「……慧吾、これってガチ?」
「……」
「えっ、何、その反応。えー、マジで。……あっ、そういえば俺、今から打ち合わせ入ってた。それじゃ、汐里ちゃん、またね」
 なぜか慌ただしく馨が部屋を去ってしまうと、ふたり取り残された部屋に奇妙な沈黙が訪れた。
(どうしよう。これ、貰っても良いのかな。……でも返すなんてもっと失礼だし)
 ベルベッドの小箱の中で輝くダイヤモンドは、ルースを上部で留めただけのシンプルなデザイン。
 けれど、余計なものが無い分、石が持つ独自の輝きを存分に際立たせている。
 こんな高価なものを貰う訳にはと思う反面、今まで縁が無かった輝きにうっとりと見惚れずにはいられない。
「気に入った?」
「え……」
「なんか嬉しそうに見てるから。二ノ宮もやっぱり女の子なんだな。女子は好きだろう? こういうキラキラしたもの」
 慧吾はそう言って笑うと、手持無沙汰に頭を掻いた。
「ごめん。恋人でもない男にいきなりこんなもん贈られたら、そりゃ誰だって驚くよな」
「あの……驚くというか、頂いても良いのかと心配になります」
「あぁ、良いんだ。それはつまり……感謝の気持ちというか」
 慧吾はそう言うと軽く咳払いをし、大真面目な顔で汐里を見つめる。

※この続きは製品版でお楽しみください。

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