【試し読み】フェチドクターの不埒な求愛~CT画像で一目惚れと言われても困ります~

作家:ぐるもり
イラスト:小島ちな
レーベル:夢中文庫クリスタル
発売日:2021/8/10
販売価格:500円
あらすじ

「一目惚れならぬ、画像惚れかな……?」健康オタクな看護師・杏里は、人間ドックを受けた際にイケメン放射線科医の大貴から突然告白される。CT画像を診断して、杏里の美しさに惚れてしまったと言うが……体の断面写真で恋に落ちるなんてありえないよね? 杏里はからかわれているのだろうと冷たくあしらうが、杏里の体を(画像上で)知り尽くした大貴は、その美しさを熱烈に語り、猛アタック。「画像じゃ分からない唇の柔らかさを知りたくて仕方がないよ」いつしか杏里は、本気なのか冗談なのかつかみ所のない大貴の誘惑に引き込まれてしまって――

登場人物
牧村杏里(まきむらあんり)
看護師。激務ながら自身の健康維持のために運動をしたり、食事に気を遣う健康オタク。
国吉大貴(くによしだいき)
イケメン放射線科医。杏里のCT画像を診断し、その美しさに惚れ猛アタックする。
試し読み

①画像惚れなんて信じない!

 廊下は走らない。そんな基本は小学校で散々教わった。しかし、今はそうも言っていられない。ナースコールが鳴ったのだ。それも、すぐに駆け付けなければいけない患者から。なるべく足音を立てないように病室に駆け込むと、やはりパニックを起こしてベッドから下りそうな体勢になっている。そのため、腹部についていた排液を促すドレーンが今にも引っこ抜けそうなほど引っ張られていた。
あずまさん。どうしましたか?」
 なるべく穏やかな声で話しかける。ここで興奮してしまっては収拾がつかなくなるからだ。胃がん術後、腹部ふくぶリンパ節郭清せつかくせい腹腔ふくくうドレーン留置中。日常生活動作は歩行可。範囲は棟内フリーの指示。歩けるようにドレーンバッグを手に取り、動けるようにサポートする。
「鍵を閉め忘れたような気がしてなあ」
 八十代ということもあり、年齢相当の認知症プラス歩行に支障が出るような管につながれている。術後せんもうだろうと判断して、隣に立つ。
「鍵を閉め忘れたら大変ですね。見に行きますか?」
「ああ、そうしよう」
 個室の入り口に立ち、直前にある洗面所の鏡で軽く身なりを整えた後、東はドアに手をかけた。
「おや。ここはどこかね」
 ふと、我に返ったようにそう尋ねてくる。視線が合うと、東の目線が自分の胸元に移る。
牧村まきむら杏里あんりさん。看護師……ありゃ、ここは病院か」
「そうですよ。思い出しましたか?」
「おうおうおう。悪かったねえ、病院なら、鍵はないなあ」
 まいったまいった。俺ももうろくした。なんて言いながら東はベッドに戻る。いそいそと布団をかぶると、すぐにいびきが聞こえてきた。それを確認し、ドレーンを再度固定する。危ないので固定したくはないが、東はベッドの上に置けば手繰り寄せて手に握りしめてしまう。自己抜去されたらどうしようもない。ならば、と床に直置きも考えたが衛生上問題あり。台を置いてその上に。などとも考えたが足を引っかけて転倒……なんてリスクばかりが浮かんでしまう。結局は固定し、体動でナースコールがなる機器を再セットすることが最も低リスクと判断する。その分、鳴ったらすぐに走らなければいけない。
 すっかり手慣れたものだと自分を褒めたくなった。何故なら、本日の夜勤で今のやり取りが三回目だからだ。
「ああ、疲れた」
 首を傾げると、ぼきぼきと音がなった。もうすぐ仮眠の時間だ。それまでもう少し踏ん張ろう。そう思ってナースステーションに戻ると、『ピーンポーン』と軽快な音がなった。
「私、行ってくるね」
 二交替制、三人夜勤、消化器外科の急性期病棟。現在午前二時十五分。一人は休憩中。もう一人は二年目の看護師でまだまだ夜勤にも不慣れだ。記録で四苦八苦しているのを見ていた杏里は、自分が走ることを選んだ。
「すみません」
 同僚の謝罪を背中に受けて、杏里は走る。早く夜が明けることを願いながら。もうそろそろ夜明けが近い。いつも通りの夜勤、自分に言い聞かせながら疲労たっぷりの体にかつを入れた。
 そんな波乱続きの夜勤が終わり、重たい体を引きずりながら帰宅する。
 杏里は元来の性格から、面倒見がよく根気もあると評価される。そのため、新人の教育を任されることが多い。昔と違い(あまり言ってはいけないと言われているが)、新人に対しては手厚い指導が行われている。一年かけて育てるという教育方針のもと、夜勤時のサポートも担うことが多かった。そのため、休みも教育に関する資料を確認する日が続いている。とにかく気を遣うことが多く、身体面より精神面での疲労が大きい。
 そんな日はいつも、ジムで走り込んだり、プールで泳いだりする。夜勤明けの次の日は必ず休み。しかも、今回は二連休。夜勤明けの今日はゆっくり休んで、明日はいつものようにがむしゃらに体を動かそうと決めた。
(明日は久しぶりに泳ごうかな。午前中は家事をして……)
 ぼんやりとした予定を立てながら杏里は自宅への道を急いだ。

◇◇◇

 昨晩は夜勤明けということもあり、ひたすら寝て過ごしてしまった。朝早くに起きて溜まった家事を片付けたあと、いつものようにジムに向かった。
「あ~~、もう無理~!」
 トレーナーにもうやめましょうと言われるくらい、がむしゃらに泳いだ。全身くったくただったが、どうにも気分が晴れなかった。乱暴に髪の毛を乾かし、自動販売機で水を買い、一気に半分ほど飲む。そうして出てきたのは大きなため息だった。
 身体的な疲れは、眠れば回復する。しかし、精神面での疲労が多く、どうにも心がすっきりとしなかった。たまには、と思い切り暴飲暴食をしてみたが、効果なし。マッサージにも行ったが、どうにも不発。
(どうにもすっきりしないなあ)
 そんなもやもやした休日を過ごしていると、着信音が響いた。相手は、杏里の双子の姉の優里ゆうりだった。
「もしも……」
『あ、杏里! ごめえん。いのりが熱出したって保育園から連絡があって! 今日休みでしょ? 迎えに行ってくれない?』
「え、今日は優里も休みでしょ?」
『うん。そうなんだけど。今日は買い物に遠くまで来ちゃったの。どうせ杏里はいつものジムでしょ? すぐ近くなんだから。ね、お願い。保険証はいつもの所だから! じゃ、よろしく!』
 有無を言わさず切れた電話。一瞬呆然としてしまったが、なんてことだと思い、慌ててかけなおす。しかし、運転中のため……と無情なアナウンスが流れた。怒り出したいのをぐっと堪えて、杏里は急いで保育園に連絡するためにスマートフォンの連絡先を開く。
(どうせって何よ。いっつも人のことを暇人みたいな言い方して)
 少しだけむっとしたが、予定がないのも事実だ。杏里は堪えた怒りを散らすようにゆっくり息を吐く。
「もしもし、牧村いのりのおばですが……母の優里が行けないということで、私が代わりに迎えに行きます……はい、八度五分……わかりました」
 熱の状態を確認して、急いで車のエンジンをかける。保育園まで車で三分のため、すぐに着くだろう。
(いのり、大丈夫かな。熱を出すといつも吐いちゃうから……リンゴジュースを買ってから迎えに行こう)
 姉の優里にこうして子供の世話を頼まれることは少なくない。優里は早くに子供を産み、育ててきたシングルマザーだ。いのりの父親は杏里が言うのもなんだが、あまりいい父親ではなかった。優しそうで、いつもにこにこ笑顔でとてもいい男性に見えていた。しかし、その裏ではソーシャルゲームの課金に給料のほとんどをつぎ込んでしまうとんでもない男だった。浮気をしたり、暴力をふるったりしなくても、理性なく課金していく姿は誰から見ても異常だった。杏里の手助けもあって離婚した優里は目に見えて落ち込んでいた。いつもの元気で明るい優里に戻ってほしいと杏里はとにかく優里を助けることに専念した。その結果、今では都合よく使われている。自覚はあるが、助けたいという気持ちと、自立してほしいという気持ちが半々でどうにも強く言えずにいた。そんなことを思い返しているうちに、保育園に到着する。
「すみません。牧村いのりを迎えに来ました」
「はーい。お待ちください」
 入ってすぐの詰所の奥で寝かされているのか、小さな体がむくりと起き上がるのが見えた。
「いのり」
 杏里が声をかけると、ぼんやりした目と視線が合う。屈んで両手を広げると、ふらつきながら杏里の胸に抱き着いてきた。
「今日も杏ちゃん……?」
「うん、ママちょっと遠くに行ってるんだって」
「そっかあ。リンゴジュース飲みたい」
「買ってあるよ。おうちに帰ったら飲もうね」
 うん、とか細い返事のあとに、呼吸の荒い寝息が聞こえる。ぶつぶつと鼻詰まりと痰の絡みが肌を通して伝わってくる。肺炎じゃなければいいな、と思いながら全身を預けてくるかわいいめいの体をぎゅっと抱きしめた。

 姪の看病という気の抜けない休日を過ごし、杏里の出勤日と共にいのりの熱も下がった。結局優里は仕事があるということもあり、休日の二日間杏里がいのりの世話をしていた。杏里と優里の実母は今、自身の母親の介護のためちょくちょく家を空けている。父親は杏里たちが成人する前に亡くなっている。そのこともあって、シングルマザーの大変さは母の背中を見て十分知っていた。だからこそ優里を助けたいという気持ちが先行してしまう。
「だって……私には自由な時間はないの?」
 と、半泣きで言われてしまうと何も言えなくなってしまう。元夫との金銭面でとても苦労したのを知っているからこそ強く出られない。あのときの優里は消えてしまうのではないかと思うほどげっそりやせ細っていた。
 実際杏里は恋人もいないので手は空いているし、いのりもとてもかわいい。目に入れたって痛くないくらいかわいい。だから結局杏里はいつもこう言うしかなかった。
「今回限りだからね」
 そんな捨て台詞と共に杏里の休日は終了した。
 今日は日勤。精神的にもやもやとした気持ちが晴れないまま、杏里は業務にあたる。どうにかこの気持ちをすっきりできないかと考えていたところ、休憩室の掲示板が目に入った。
『人間ドックの補助費支給が三十五歳から三十歳に引き下げ。今年度から適応。希望の方は師長まで』と書かれていた。
「これだ!」
 持っていた牛乳パックを握り締めてしまい、中身が溢れだす。
「あっ! 牧村さん! 零してますよ!」
「ぎゃ、ごめん!」
 先日夜勤が一緒だった後輩がティッシュを差し出してくれる。その手のみずみずしさと自分の手を比べてしまう。若さ……と抗えない年の差を感じてしまったが、杏里は顔に出さずありがとうと口にした。
 今年で自分は三十になる。とにかく健康には人一倍気をつけていた杏里にとってこれ以上のものはない。早速師長に人間ドックの申し込みをすると、ちょうど来週一枠キャンセルで空いているがどうする? と聞かれる。もちろん! 二つ返事をすると、師長は総務課に連絡をいれてくれた。
「人間ドックを進んでやるなんて……牧村さんは変わってるわね」
「健康が一番ですから!」
 父も早くに病気で亡くなり、優里が心身ともに病んでいたときを間近で見ていたため、健康には人一倍気を使っていた。
「……こんな仕事をしている私が言うのもなんだけど、ちょっとわからないかも」
 ちゃっかりオプションの全身CTまで予約をして杏里は来週に思いを馳せる。普段の自分の努力が数値や結果として現れるのであれば、これ以上ないストレス発散方法だ。周りから変わっていると言われようとも、今の自分が杏里は好きだった。

◇◇◇

 人間ドックを終えた杏里はこれ以上ないくらい上機嫌だった。一番最後の医師との面談で、「何も言うことはない。オールオッケー」というとても嬉しい言葉をもらったからだ。あとは乳がん検診の超音波の結果と全身CTの結果を待つだけだった。単純なもので、人間ドックが終了した数日間、もらったお褒めの言葉で気分が上昇する。もやもやしていた気持ちが幾分すっきりし、スキップでもするような足取りで業務に取り組んでいたときだった。
「牧村杏里さんいる?」
 軽やかな足取りでナースステーションに入ると同時に名を呼ばれる。振り返ると、白衣を着た男性が対応窓口に腕を組んで立っていた。
 白衣にぶら下がった名札には、『国吉くによし 大貴だいき』と書かれている。当院の職員だと気づいた杏里は素直に手を挙げた。

※この続きは製品版でお楽しみください。

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