【試し読み】豹変した腹黒ヤンデレ御曹司に教育係は翻弄されています
あらすじ
不動産会社に勤めるなずなは、半年前にイギリス本社から異動してきたクォーターの後輩・桐谷になぜか妙に懐かれている。上司よりもなずなが頼んだ仕事を優先させたり、昼休みのたびにランチに誘ってきたり、度を越した行動に困ってはいるものの、子犬のような彼をなずなも放っておけない。それに桐谷もそろそろ独り立ちの時期。そのうち自分から離れていくだろうと思っていたはずが、なぜか、なずなが桐谷の教育係を担当することに! さらに、なずなが教育係になった途端、天使のようだった桐谷の態度が豹変! なずなを惑わすような行動をとるようになり……天使改め〝悪魔〟な後輩・桐谷に、見たこともない表情と甘いセリフで迫られて──!?
登場人物
不動産会社勤務。後輩・桐谷のやけに好意的な態度に困惑気味。
金髪碧眼のイケメンクォーター。なずなが教育係になった途端に態度を一変させる。
試し読み
1 いきなり教育係に任命されました!?
私、細江なずなの人生で、金髪碧眼の人物と関わりを持つのは二度目だ。
一度目はフランス人形のようなかわいらしい女の子。そして二度目は、教育係でもない私になぜか懐いてくる後輩だ。
「なずな先輩、お疲れさまです」
「お疲れ。休憩のたびに缶コーヒーの差し入れなんて、しなくていいから」
「いつもがんばってる先輩だからこそ、俺ができる限りで力になりたいんです」
にこやかな笑みを浮かべて机の上に缶コーヒーを置いた彼もまた、金髪碧眼のクオーターだ。
桐谷聡、二十六歳。二年前にイギリス本社に入社し、半年前に日本支社に異動してきた後輩で、社内一のイケメンと呼ばれるほど女子社員たちから人気が高い。
高い鼻梁と透き通るような碧い瞳が目を引く、眉目秀麗な美しい顔立ち。さらりとした金色の髪が印象的な彼は、まさに王子様のような風貌をしていた。
一部では遊び人と噂されているようだけれど、私が知っている桐谷くんはそんな素振りを見せなかった。なぜ彼が私に懐くのかは疑問だが、こうやって私と接している桐谷くんは天使のようだ。
「それと、なずな先輩が今朝話していた資料をまとめておきました」
「えっ!? でも、課長からも資料をまとめておくようにって言われてたのに……」
「俺の最優先はなずな先輩ですから」
いや、そこは課長を優先しようよ。そう言いかけたが、褒めてと言わんばかりの彼の微笑みに圧倒されて、言葉を引っ込める。
弟と同じ年なのに、無邪気で素直だから怒るに怒れない。
「私を優先してくれるのは嬉しいけど、課長から言われた資料もちゃんとまとめておくのよ」
「わかりました」
「お願いするわね」
「はい」
桐谷くんが元気よく返事をしてから踵を返して去っていくと、ため息をつく。課長より私のことを優先してくれるのは嬉しいが、正直、困り果ててしまう。
そんなことを考えていると隣の席に座っている同期で友人の片山美波が声をかけてきた。
「桐谷くんにあんなに懐かれてるのに、どうしてなずな先輩はときめかないんだろう」
「……仕事中にそんな話しないでよ」
「だってあれほどのイケメンクオーターなんて、探してもいないのに……」
「はいはい、そういうのはいいから手を動かして」
先輩として普通に接しているのに、美波を含めた周囲の女子社員たちは桐谷くんに対して私が厳しすぎると言う。イケメンのクオーターだからなのか、どう考えても彼女たちが桐谷くんに甘すぎるように思えてならない。
私が特殊なのだろうか? いやいや、後輩を育てるのは先輩の役目だろうと反論したくなる。だが、職場の雰囲気をよくするためにも口に出してはいけない。
(心のどこかで桐谷くんとオリエを重ねて見ているのかな?)
同じクオーターでも、幼なじみのオリエは碧い瞳と金色の髪をしたフランス人形のような美少女である。それなのにどうしてなのかオリエと重なり、懐かしさを感じてしまう。
男女の差があっても、無邪気に懐いてくる性格がどことなく似ている。そんな気がしながら私はパソコンに向かい書類を作成していた。
七歳の頃。実家の近所にある洋館に、おばあちゃんと金髪碧眼のかわいい女の子が住んでいた。おばあちゃんから旦那さんがイギリス人だと教えてもらい、オリエがクオーターだと知った。
自分と違う髪と瞳をした女の子を初めて見た私は、まるで絵本から出てきたお姫様だと思っていた。
その見た目に反して性格はとても人懐っこくて無邪気。そして私のそばを離れようとしなかった。
知り合って三ヶ月という短い時間で異国の地に帰ってしまったが、ちょっと変わった子だったので忘れたことはなかった。
「大きくなったらなずなちゃんのお婿になる」
どういうわけかオリエはそんなことを言い、私と結婚したがった。女の子同士では結婚できないよといくら教えても、オリエは頑なにそう言い張る。
しかも花嫁は私であることを譲らず、なぜか弟の功補を目の敵にするような困った子。だけどこんな妹が欲しいと切に願ったものだ。
そんな思い出に浸ったところで現実を思い出し、午後からの会議で使う資料を作成する。
私が勤めているPAULOWNIA不動産グループは都市開発からリゾート開発まで幅広く手がけていて、イギリスに本社を持つ日本国内でも有名な企業だ。
そんな会社のリゾート開発部に所属する私は、事務職として、責任者の補佐を担当することが多い。いま作成している資料も、プロジェクトの責任者である先輩から頼まれたものだ。
そんな私の仕事を手伝ってくれるのが、いまは雑用をこなしている桐谷くんだ。もう少し経てば先輩のもとにつく時期なので、私から離れていくと思う。
新入社員はこうやって仕事を覚えていく。それがこの部署ならではの新入社員の育て方だ。
そうなると桐谷くんと関わることも少なくなる。ほんの少しだけ寂しい気持ちを紛らわせて、まだ温かい缶コーヒーを口にしてから再びキーボードを叩きはじめた。
午前中の仕事がどうにか終わってほっと一息をつく。周りはお昼休みになった解放感でざわついていた。
そこでいつものように桐谷くんが私の机にやってくる。そんなところもオリエと似ているのかもしれない。
「先輩、早く社員食堂に行きましょう!」
「たまには同僚と行くとか考えないの?」
「俺には先輩だけいればいいんです。ほかのものはいりません」
「またそんなこと言って……」
(ほんとにこの子は……)
後輩に懐かれるのは嬉しいが、桐谷くんの場合は度を超しているようにも思う。イケメンのクオーター男子に、なぜ好意を寄せられているのかもわからない。
私からすればワンコのような子だが、女子社員たちの間ではクールな王子様と呼ばれているらしい。そんな彼に感化されたのか美波が笑いながらつぶやいた。
「早く行ってあげたら? 王子様が待ちくたびれてるよ」
「……うん」
どうやら美波も桐谷くんに絆されているらしいので、毎日のようにこんな感じになる。困ってしまうが、周囲を味方につけてしまう後輩に勝てるはずもない。
小さくため息をつき、私を待っている彼に視線を向けた。
「行くよ。桐谷くん」
「はい! なずな先輩」
まるで天使のようににこやかな笑みを浮かべている桐谷くんに、しかたないという感情が芽生え、彼と一緒に食堂に向かう。廊下ですれ違う女子社員たちはうっとりとした表情で桐谷くんを見ているが、それもいつものことだった。
「桐谷くんも私とばかりじゃなくて、もっとほかの社員たちとつきあったほうがいいのに」
「俺は先輩だけがそばにいてくれたら、それでいいんです」
ついつい心配をしてしまうのは弟を持つ姉の性なのだろうか。そんなことを考えてみるが、毎日のようにこのやり取りをしていても、当の本人は気にしている様子もない。
「それは嬉しいけど……でも、やっぱりだめよ」
「俺のことを親身に心配してくれる先輩はかわいい人ですね」
「って、どうしてそこで私の話になるの!?」
女性なら誰もが落ちてしまいそうな笑みを浮かべてそんなことを言ってくるから、正直困り果てる。それでも、私にとって放っておけない後輩なのは間違いなかった。
***
なずな先輩と社員食堂に来たのはいいが、そこで待っていたのは色目を使っている女子社員たちに紛れて彼女を見ている男たちの視線だった。
「やっぱり桐谷くんはモテるのね」
「そうでしょうか? 俺は先輩のほうがモテると思います」
「ありえないでしょ」
社員食堂に来るたびになずな先輩はそんなことを言うが、俺を見ている女子社員たちは正直どうでもいい。むしろ、自覚がない彼女のほうが問題だ。
緩いウエーブがかかった艶やかな黒髪と、あどけなさを残しながらも凛とした美貌が印象的な美しい女性であり、おまけに面倒見がよくてまっすぐな性格。
そんな彼女が男を惹きつけないはずがないだろう。惚れ込んでいる俺が言うのだから、少しぐらいは自覚してほしいものだ。
(鈍感だから、いままで男が寄ってきても気づかなかったってのもあるが……)
俺が日本に来るまでは虫除けをつけてきたが、そいつにさえ俺が日本に来ているとはまだ告げていない。イギリスにいる俺の秘書を通じて連絡するという徹底ぶりをしていた。
その理由は、彼女が男として意識しないまま、俺の正体に気づくことを避けたかったからだ。
しかし男として意識させることは過程でしかなく、本当の目的はほかにある。
──俺の本当の目的はただひとつ、幼い頃の初恋の相手を手に入れること。そのために祖父をはじめとした本社の人間に日本支社へ行くことを認めさせた。
その彼女が目の前にいるという現実が、俺にとっての至福だ。
「桐谷くんって周りの人間に興味がないみたいに感じることがあるから、心配になる」
ふと小さな声でつぶやいたなずな先輩が、俺を心配しているのは知っている。が、それは杞憂でしかない。
もっとも俺の正体を知らないから心配なのはわかるが、いまは聞かなかったフリをする。すべては俺の計画通りに事を進めたい一心だった。
(なずな先輩がいつか振り向いた時、俺がどんなにあなたを欲しがってるか打ち明けるから)
いまは後輩としてしか見られなくても、俺にとってそんなことは問題ではない。が、もうそろそろ次の段階に踏み出したいところだ。
「と、とにかく早く食べないと昼休みが終わっちゃうね」
「はい……」
先輩との昼休みが終わってしまうのは残念だが、同じ部署にいるのでいつでも先輩を見ていられる。食事に手を付けながらもなずな先輩に見惚れ、自分のそばにいる彼女の存在を確かめる。
離れ離れの時間が長ければ長いほど、一緒に過ごす時間が愛しくてたまらない。たとえ先輩が俺を忘れていたとしてもだ。
(なずな先輩は俺と会社で初めて会ったと思っているが、そうじゃないと知ったらどんな顔をするだろう)
自分を受け入れてくれるのか、それとも拒絶されるのか。いまの関係ではそれが見えなかった。
※この続きは製品版でお楽しみください。