【試し読み】失った王弟殿下からのプロポーズ~男爵令嬢の遠回りな愛の行方~
あらすじ
田舎育ちの男爵令嬢セラフィナは十五歳の時に新国王の戴冠にて王都を訪ねる。そこで開かれた祝宴の場でデュラン王弟殿下からダンスの誘いを受ける。さらに続けて新国王ユージンからも。緊張から足を躓かせたセラフィナはユージンを巻き込んで転倒してしまう。このハプニングによってデュランに気に入られ、後日彼は、わざわざセラフィナの故郷まで出向いてきた。それから三年。定期的に訪ねてくるデュランと心を通わせ、ついにプロポーズされる。慣例に則って正式に婚姻通達の使者を送ると言われて待つこと数か月。ようやく待ちに待った王家からの使者がやってくる。喜ぶセラフィナだが、伝えられたのはデュランではなくユージンとの結婚だった。
登場人物
田舎育ちの男爵令嬢。新国王の戴冠式に参列するため、初めて王都を訪れる。
新国王ユージンの弟。戴冠式の宴でセラフィナを見初め、プロポーズする。
試し読み
第一章
「つまらないわ。屋敷で、お父さまの帰りを待てばよかったかしら?」
まだ十五になったばかりのセラフィナは、王宮内ホールの片隅で寂しく呟く。
絹のドレスを新調してもらい、まとまりの悪いくせ毛を結い、化粧をして、この祝宴を楽しみにしていたのだが、知りあいがひとりもいないのだ。
これというのも、生まれたときから一度も故郷を離れたことがなかったからである。
「年に一回は、王都を訪ねるべきだったわ。そうすれば王都に友だちがいたかも」
もともとセラフィナの先祖は、一騎士にすぎなかった。ところが初代国王がトリスタリン王国を統一した際、ちょっとした功績により、ラザフォード男爵領を賜った。
他の貴族が所有する領土と比較したら、小さな村ではあるが、気候に恵まれ、民たちも日々困らない程度の収入がある。
領民らとの関係も良好だ。父も地元では慕われており、身分に関係なく気さくなつき合いをしていた。
セラフィナ自身も村に溶けこみ、物心ついたころから同世代の子たちと遊び、野山を駆けまわったものだ。
そんな地方の村で育ってきたからか、生まれて初めて訪れた王都には圧倒された。
建物が延々と続き、王宮を守るようにして囲む貴族の敷地はどこも広大だ。ラザフォード男爵家の王都内の屋敷だけが、他家と比較して規模が小さかった。
王都の屋敷には、年に二、三回、父男爵が用事で王都に滞在しているときだけ使用しているので、普段は留守番の執事と使用人数人がいる程度だ。
その用件というのが、ほとんど王室絡みの行事で参内するためだ。大抵は新年や国王夫妻の誕生日の挨拶のために王都入りするのだが、今回は少し違う。
十か月前に先王が崩御し、王太子であるユージン・コンラッド・デュ・サージェントが王位に即いた。セラフィナは父と戴冠式に参列のため、王都を訪れたのである。
四歳下の弟は子どもなので、領地の館で留守番だ。
母はというと、弟を出産後、体調が芳しくなく、ひと月ほどで他界してしまった。
いまは家族三人とわずかな使用人がいるだけである。
そんなのんびりとした地域から離れ、国内の王族貴族および周辺国の君主や王族らが出席する戴冠式が執り行われ、夜はこうして国王主催の祝宴が催されている最中だ。
「出席するのではなかったわ。退屈だもの」
父は知りあいの貴族らに挨拶に回っているため、セラフィナは片隅で、ひっそりとホールの様子を眺めているだけだ。
談笑している紳士や、扇を広げながら話に夢中な婦人、また中央では男女が組になり、宮廷音楽家らの演奏に合わせて軽やかに踊っている者などさまざまだ。
「あら? 皆さま、ご覧になって。国王陛下がなにやら促されているご様子よ」
セラフィナのすぐ近くで、仲間と談話していた女性のひとりが、玉座のほうへと顔を向ける。
どうやら近侍からなにか言われた国王が玉座から立ち上がり、中央へと入っていこうとしているようだ。
「どなたかと踊られるのかしら?」
「きっとそうよ」
「こちらのほうに、いらっしゃるわ。誰かお気に召したご令嬢がいらしたのでは?」
セラフィナの近くにいる二十歳前後の女性らは、もしかして自分が申しこまれるのではないかと、期待で目を輝かせている。
彼女たちが、国王ユージン・コンラッドに憧れるのも無理はない。
ウェーブのかかった白金の髪、大空のような青い瞳、優れたバランスの顔立ち、色白の肌がいっそう優しそうな雰囲気を持つ。女性ならば誰もが惹かれそうな美青年で、目を奪わずにはいられない。
しかもこの青年王は独身だ。もしダンスの申しこみがあれば、多くの女性は喜んで受けるはずだ。
ところが国王がこちらに向かってこようとすると、三十代半ばの女性が近寄り、声をかけていた。
公の場で、臣下が声をかけられるのは、緊急の用件があるときのみだ。
「まあ、臣下から誘うなど、なんてはしたない」
「なにをおっしゃるの。あの方は隣国の女王陛下よ。王太后陛下の姪で、国王陛下とは従姉弟同士でいらっしゃる」
「あら、わたくしったら、とんでもなく失礼なことを」
なるほど、とセラフィナは頷く。同等の身分にある女性なら、国王にダンスを申しこむことに、問題はない。
「わたくしたちも踊りませんこと?」
「パートナーがいないわ」
「親族に頼めばよろしいではありませんか。少しでも陛下とお近づきになり、次の曲のときには申しこまれるようにしなくては」
「そうね、そうよね」
女性らは、国王と親しくなろうと必死だ。王妃の座でも狙っているのだろうか。
国王と結婚できる女性の条件は、王族か貴族出身であればいい。だが実際は一国の王女か、権力の中枢にいる大貴族の令嬢が王妃となる。一貴族にすぎない彼女たちが王妃となれるかどうかは不明だ。
「はあ、早く帰りたいわ」
セラフィナは軽くため息を吐いた。
地方の館を出発したときは、初めての王都に期待を寄せていた。どんな街なのか、どういった人たちがいるのか。
そしてこの目で見た王都内は建物が多く、王宮は芸術作品と言ってもいいほど煌びやかで美しい建築物だ。けれどセラフィナには、遠方まで続く畑、爽やかな川の流れ、澄んだ空気の地方が合っていると、つくづく思う。
「まだ始まって三十分程度だというのに、もう帰るつもりか?」
セラフィナのぼやきが聞こえたのか、近くにいた男性客に問いかけられる。
顔を横に向けると、そこには赤みがかった金髪で、体格もよく、セラフィナが見上げなければいけないほど身長が高い青年が、涼しげな顔をして立っていた。
国王と同じ空色の瞳をし、逞しい容貌をしている。まだ二十二、三歳と言ったところか。
「もう少し楽しめばいい。愛くるしいお嬢さん」
「あの?」
愛くるしいなどと、からかわれているのだろうか。セラフィナの目は大きいが、色は灰で暗い。鼻や口は小さく、バランスが悪い印象だ。髪の色も赤茶で、決して美しいとは言えない。
同じ赤みのある髪をしていても、この青年とは雲泥の差だ。
「ひょっとして社交界は初めてなのか?」
「えっ? あ、はい。社交界というより、王都は初めてで」
「珍しいな。地方に住んでいる貴族でも、一年の半分以上は王都の邸宅に滞在しているものだが」
「父が王都にいるより、長閑な地方を好みますので」
セラフィナの父は人の多い王都は性に合わないと言い、ほとんど自らの領地で過ごしている。
「地方に住み続けているという貴族といったら、多くはないな。ラザフォード男爵かあるいは……」
「そうです。わたしの父はラザフォード男爵です」
「やはりそうか。男爵とは新年の挨拶で会うが、どことなく似ているからな」
「そういうあなたは、どちらの貴族の御方なのですか?」
父の知りあいのようだが、王侯貴族が集まる場では、声をかけてきた側から名乗るべきである。
「これは失礼。公の場で、人に名乗ったことがないもので」
「?」
変な青年だ。誰しも初対面の人には名乗るものだろう。
セラフィナが首を傾げていると、近くにいる女性らの囁く声が耳に入ってくる。
「まあ、ご覧になって。デュラン王弟殿下がどこかのご令嬢とお話しになっていらっしゃるわ」
「ほんとうだわ。どちらのご令嬢かしら?」
「国王陛下や王弟殿下はお目が高いのか、なかなかお気に召す女性がいらっしゃらないと耳にしますのに」
女性らのいう王弟とは、ひょっとしてセラフィナの目の前にいるこの青年のことだろうか。
横目で左右、前を見渡すが、王弟に該当するような男性はいない。国王が二十五歳という年齢なら、王弟のデュラン・タヴィス・デュ・サージェントは三つ下だから二十二歳だ。
セラフィナに話しかけてきた青年は、まさに王弟と年齢が一致する。
「お……おおお、王弟……殿下……?」
セラフィナは驚きのあまり、はしたなくも口が大きく開きそうになる。
「そうだ。名前を訊ねられたのは、君が初めてだな」
昼間に行われた戴冠式のとき、当然のことながら王弟としてデュランも出席していたのだが、セラフィナの身分は高くない。後方の端の席にいたので、参列者の頭しか目に入っていなかった。
最前列にいた王族の顔などまったく知らない。
「わたしは……その、王都は初めてだったものですから……」
「ああ、いま聞いたばかりだ」
いくら初めての王宮とはいえ、先王の第二王子だった人を知らなかったなど、貴族の娘として恥以外のなにものでもないだろう。
「畏れ多くも王弟殿下に対し、数々の無礼をお許しくださいませ」
セラフィナは両目を閉じ、頭を下げ、拳を握り、震えそうな身体を必死で抑えた。
「無礼? 知りあったばかりで、数々どころか、無礼ひとつなかったが? おもしろい娘だな」
セラフィナの謝罪がほんとうにおかしいのか、デュランがクスクスと笑っている。
もちろんさほど無礼があったとは思っていないが、これは臣下としての挨拶のようなものだ。
「名はなんというのだ?」
「セラフィナ・デュ・ラザフォードと申します」
「では、セラフィナ男爵令嬢。俺と一曲踊ってくれるか?」
デュランから手を差し伸べられると、セラフィナは返事をする前に、心臓のほうがバグバグと踊り始める。
「と……と、とんでもないことでございます! わたしのような者が王弟殿下とダンスだなど、畏れ多いことにございます」
「かまわぬ。それともなにか? 俺のことが嫌いとか?」
「いいえ、滅相もございません!」
そもそも初対面で、しかも相手は王族だ。嫌いもなにも、そのような感情を持つこと自体が無礼だろう。
「では、よいではないか。さあ」
「え、あ、は、はい」
再度、デュランから促され、セラフィナはその大きな手を取った。温かく、頼もしい手だ。
「王都は初めてだと言ったな。ダンスの経験は?」
「幼少のころからレッスンを受けております。ですが公の場で踊ったことはございません」
貴族としての嗜みや教養は身につけているが、生まれてから領地を出たことがなかったのだ。しかも十五になったばかりである。仮に王都で育ったとしても、これが社交界デビューとなっていたはずだ。
「初めてなら緊張しているかな?」
「少し……」
それどころか、手足が震え始めている。ただでさえ初めての王都で、王宮で、王族相手にダンスなど、セラフィナには緊張の連続で、この場から逃げてしまいたいくらいだ。
「俺もあまりダンスが得意とは言えないからな。そんなに硬くなることはない」
「は……はい」
そのままデュランから、王族貴族がペアを組んで踊っている中央へと導かれる。
煌びやかなシャンデリアの下にいる貴族らの年齢もさまざまだ。中高年からセラフィナと同世代の少女たちもいる。
あまり緊張することはないのかもと思ったのだが、やはり王弟が踊っているということで、注目度が違う。それまで談笑していた紳士淑女の招待客らも、セラフィナに視線を向け始めてきた。
きっと招待客らの様子から、「王弟殿下と踊られているのは、どちらのご令嬢かしら?」と、横にいる友人に訊ね、相手が「見かけない顔ね」と答えていたりするのだろう。安易に想像がつく。
「畏れながら、殿下」
「なんだ?」
「なぜ殿下はわたしと踊ろうとされたのですか? 他にも美しいご令嬢がたくさんいらっしゃいますのに」
「おもしろそうだから」
「おもしろい?」
「貴族として生まれながら、王都ではなく領地で暮らし続けている女の子は初めてでね。そこまで素晴らしいところに住んでいるのかと、興味を持った」
素晴らしいというほどの土地ではない。名産品があるわけでもない。領民らは麦や野菜、家畜を育て、それらで生活の糧を得ている。
「なにもない田舎ですわ」
「どういうところが、なにもないんだ?」
説明するほど、ほんとうになにもないところだが、王弟から問われたからには、答えなくてはいけない。
「子どもたちは学校に行き、十歳まで通います。そのあとは家の仕事を手伝います。わたしも幼いころは領民の子どもたちと、野山を駆けまわったものです」
「貴族の娘が領民の子らと?」
「はい。いまでも友人として、親しいつき合いをしておりますわ。わたしだけでなく父や弟もです」
「ラザフォード男爵も? 一家で領民らと友人として親しくしていると?」
「はい。豊穣を祈って、男爵家でガーデン・パーティをすることもあります。そのとき領民らも集まり、みんなで飲んで、食して、騒いで、踊ります」
「貴族と民が、いっしょになって騒ぐのか。それは興味深いな」
「楽しいですわ」
毎年、この夏に催すパーティを楽しみにして、彼らも懸命に働いてくれている。
昼過ぎから始まり、あっという間に夕方になってしまうほど、とても賑やかだ。
「しかし領民らは、このようにダンスのレッスンを受けてはいないだろう? それに音楽家らはどうしているんだ? 王都から、どこかの楽団に来てもらっているのか?」
「父がメインで笛を弾きますが、あとは自分たちで作った楽器を適当に鳴らしているだけです」
「自分で? 職人でもない者がどうやって?」
「瓶に小石を入れれば、マラカスになります。板を二枚叩けば、タンバリンに。手先が器用な者は、木で楽器を作る者もいます。踊らず、歌って、飲んでいるだけの者もいますし」
「ものすごい不協和音になりそうだが?」
「それが愉快で、逆によいのですわ」
「ふーん、そうかもな」
デュランは玩具に夢中の子どものように、セラフィナの話を聞いている。王族という生まれで、しきたりの厳しい王宮で育った人間からすれば、新鮮なのかもしれない。
「社交ダンスは学校で習うのか?」
「まさか。これも適当です。リズムと誰かの歌声に合わせて、皆好きなように踊っています。ご興味がおありでしたら、ぜひ殿下も我が領地においでくださいませ」
「ああ、機会があれば訪問させてもらう」
「お待ちしておりますわ」
自分が住んでいる土地の話ができたからか、セラフィナは硬くなっていた身体が和らいでいく。
とはいえ、王族と踊るのは、ずっと他の招待客から視線を浴び続けられる。
精神的に疲れが生じ、もう十曲くらい踊った感覚だ。
この曲が終わったら、ひとまず下がり、ひと息ついたほうがいいかもしれない。
「そろそろ終わるな。次の曲もどうだい?」
「いいえ、とんでもございません。わたしなどより、もっと素晴らしいお嬢さま方が、殿下をお待ちいたしております」
独身の王弟と二曲も続けて踊ったら、注目されるだけではなく、他の令嬢たちの反感を買う。彼女たちとつき合いはないが、貴族同士の諍いは避けたほうが無難だ。
「デュランとこれで終わりならば、今度は私と踊ってくれるかい?」
「えっ?」
ちょうど曲が終わると同時に、今度は他の客から誘われた。
「兄上!」
王弟であるデュランが「兄」と呼ぶのは、ただひとりだけだ。
「こ……国王陛下!」
地方でのんびり暮らす貴族の娘に、王弟のみならず、今度は国王からダンスの申しこみがあるとは、まったく予想もしていなかった。
セラフィナは動揺し、「畏れ多いことにございますが、わたしでよろしければ」と、このひと言の返事すらできず、頭が真っ白になりそうだった。
「ふたりして楽しそうに話をしているようだったのでね。私も聞いてみたい」
「どうぞ。彼女はラザフォード男爵家のセラフィナ嬢です。兄上なら、彼女の話に興味を持つのではないかな?」
兄と交替したデュランはその場を離れ、招待客の輪の中へと紛れていった。きっと他の女性をダンスに誘うのだろう。
「私と一曲よろしいかな? ラザフォード男爵令嬢」
「えっ? あ、はい!」
思わず差し伸べられた手を取ってしまうが、王弟にある人とでさえ畏れ多い立場だというのに、ましてや国王とダンスなど緊張どころではない。どう手足を動かして踊ればよかったのか、一瞬にして忘れそうになる。
しかも王弟に続き、国王とも踊るのだ。招待客らから視線を向けられ、さらに注目が集まっている。きっと「やはり高位のご令嬢では?」とか、「近隣国の王族の姫ぎみかもしれませんわよ」などと囁きあっているのが、彼らの表情から読みとれる。
「弟となんの話をしていたの?」
「あ、その、えっと、わた……わたしのこ……故郷のことです」
「へぇ、それはおもしろそうだね」
ユージンもまた弟のデュラン同様、海のような瞳がさらに明るくなり、聞きたがっている様子だ。
ほんとうになにもない田舎で、興味が湧くような場所ではないのだが、やはり高貴な人からすれば知らない世界の話は関心を引くのかもしれない。
「私にも聞かせてほしいな」
「は、は、はい!」
同じ話を二度するのはかまわないのだが、問題はダンスだ。相手が国王だけあって、完璧に踊らなくてはならない。そうでなければ非礼になる。
セラフィナはデュランと同じ内容の話をしながらも、頭の中は、手や足の動きはどうだったのか、間違いないのか、細心の注意を払った。
「なるほど。領民とそんな気さくな関係とは珍しいね。弟が勧めるはずだ」
「そうでしょうか?」
「私も一度訪ねてみたいね。どんな感じなのか見てみたい」
「はい、ぜひいらしてくださいませ。父や弟、領民一同で陛下を歓迎いたします」
国王の顔がきょとんとし、瞬きを何度か繰り返している。
失礼なことを口走ったとも思えないのだが、歓迎するのがいけないことなのだろうか。
「私を一同で歓迎?」
「はい、もちろん……あ、いけない」
会話に夢中で、動作を忘れていた。曲の流れが変わり、右膝を軽く折ったあと半回転しなければならないのに、タイミングがずれてしまった。
セラフィナは急いで回ろうとするが、焦っていたからだろうか。つま先でバランスを崩し、身体がふらついた。
「慌てなくても……え、あっ!」
「きゃっ、あぁ、ダメ!」
踵のある靴が慣れていないこともあり、足を軽く捻ってしまう。
「うわ」
「あっ!」
セラフィナは握っているユージンの片手に力を入れたまま滑り落ち、臀部が床につく。
「痛っ!」
さらに引っ張られたユージンも同時に倒れ、膝がセラフィナの足の上に乗っかっている。臀部と足の両方に痛みが走った。
「あうっ!」
「すまない。大丈夫か?」
「は、はい」
ユージンの両手が、倒れたセラフィナを挟んでいた。この身体の上に乗るまいと、とっさに庇ってくれたのだろう。
一国の君主の地位にある人物が臣下を守ろうとは、なんという思いやりのある国王なのか。セラフィナは感動するが、周囲の様子は違った。
宮廷音楽家らが演奏を続けているので、ホール内では音楽が流れているが、招待客らがざわつき始める。それまで踊っていた者も全員が立ち止まり、セラフィナとユージンに注目していた。
「まあ!」
「なんということを!」
驚く声の貴婦人たち。
「いったいどこの貴族の娘だ?」
「畏れ多くも国王陛下に恥をかかすなど、もってのほか!」
叱咤する中高年の紳士たち。
大勢の貴族らによる非難めいた言葉が耳に入ってくる。
彼らの言うことはもっともで、セラフィナの振りが遅れ、国王に恥をかかせてしまったのは間違いない。
「あ、も……申し訳……」
客たちの非難めいた反応に、なんという大それたことをしてしまったのかと、恐ろしさのあまり全身から震えが起きた。
早くお詫び申し上げなくてはと思うのだが、声が出ず、唇も上手く動かせない。
「気にすることないよ」
「ですが……」
※この続きは製品版でお楽しみください。