【試し読み】元カレ同期は諦めない~すました彼の冷めない欲情~

作家:春密まつり
イラスト:川野タニシ
レーベル:夢中文庫クリスタル
発売日:2021/7/2
販売価格:500円
あらすじ

商品開発部で働く眞妃は、かつての恋人でもある優秀な同期の匡吾をライバル視しているが、ある日飲みの勢いで一夜を共にしてしまう。一度きりのはずが、翌日素面の彼から熱く口づけられ……「眞妃は仕事との両立ができないんだな」眞妃の負けず嫌いを煽った匡吾は強引にお試しの恋人関係をスタートさせる。火花を散らしてばかりの二人だったが、匡吾は眞妃を甘やかし、情熱的に求めてくる。クールな彼とは思えないほどまっすぐに想いをぶつけられた眞妃は、再び胸がときめくのを止められなくて……。――眞妃、俺を見ろ。

登場人物
鳴海眞妃(なるみまき)
商品開発部に所属。熱心に仕事に取り組むあまり同期の匡吾と意見がぶつかることもしばしば。
柏木匡吾(かしわぎきょうご)
眞妃の同期であり元恋人。精悍な顔立ちをしているが表情が乏しく口数も少なめ。
試し読み

1.犬猿の彼と一夜の過ち

 いつも目の前に立ちはだかる人がいる。
「……ですので、私は新商品の開発に着手すべきかと思います」
「反対です」
 柏木かしわぎ匡吾きょうごは間髪入れずにそう主張する。
「理由を教えてください」
 鳴海なるみ眞妃まきも負けじと、彼に聞き返す。
「まず、既存商品の見直しが第一だと考えている。新商品の開発ばかりで目新しいことに挑戦したい気持ちは理解するが、今回の新企画を考えるうえで重要視されていることは『売上の安定』だ。会社全体として商品レベルを上げる必要がある。現に、既存商品の売上が落ちている」
 匡吾は「ちょっと貸して」とモニターに繋ぐコードが欲しいと主張するので、仕方なく眞妃のパソコンから外して彼に手渡した。モニターには彼の用意したグラフが表示された。
「数字を見れば一目瞭然だ。新商品の売上だけが良くて、既存商品の売上が芳しくない。まずはここを底上げしてから新商品の開発でも遅くはないだろ」
 鋭い視線で匡吾に訴えられて、眞妃は何も言い返すことができない。
 いつもならここで負けているところだが、今の眞妃は違う。前回担当した新商品が大当たりしたため自信と勢いがあった。
「でも、新商品を待ち望んでくれている顧客は多くいるんです」
「エビデンスは?」
「アンケート結果です」
 再び眞妃のパソコンにモニターへのコードを繋げ、表示させる。それは顧客アンケートのコメントを眞妃がまとめたものだ。
「新商品に対する意見、それから次の商品も楽しみだという意見ばかりです」
「でも、さっき見せたように数字にははっきり出てる。コメントはありがたく頂戴するとしても鵜呑みにせず数字を見るべきでは?」
 匡吾の言っていることはその通りだ。
 アンケート結果はあくまで参考程度に。それよりも会社としては実績、売上を見るべきだということはわかっている。でもアンケートでもらったコメントがあまりにうれしくて、眞妃はそれを大事にしたいという気持ちを捨てきれない。
「鳴海、他に言いたいことは?」
 眞妃と匡吾の攻防を静かに見守っていた部長は、ゆっくり口を開く。これはもう終わりにしろという合図だろう。
「……以上です」
 眞妃はパソコンからコードを抜き、疲労困憊ひろうこんぱいでイスに座る。
 大きくため息を吐きたい気分だったけれど会議が終わるまではだめだと我慢した。
「そうだな、柏木の案でいこう。確かに既存商品の売上が落ちているので他ブランドとの競争を勝ち抜くためにはブランド全体のレベルを上げるべきだ。今回は商品改良を優先すべきだろう」
 部長が出した答えは、匡吾と同じ意見だ。
 わかっていた。わかっていたけれど。
「以上。正式な担当者は後日連絡する」
 眞妃の気持ちは置いてきぼりでガタガタとイスから立ち上がる音がする。
 また、匡吾に負けてしまった。
 小さくため息を吐いて立ち上がり会議室を出ると、外で待っていた同僚に声を掛けられる。
「お疲れ。眞妃、柏木くんとやり合えるのすごいね」
「そう?」
「だって表情無いから怖いもん。男でも近寄りがたいとか言ってる人いるのに」
 確かに匡吾の表情筋はどこかに置き忘れてしまったのではないかと思うほどだ。でももう慣れてしまった。
「あんなのいつものことでしょ」
「……だから眞妃も有名人になるのよ……」
「有名人?」
 耳慣れない言葉に思わず聞き返す。
「そう。眞妃と柏木くんコンビは部内でも注目の的」
「コンビって……」
 嫌な言い方だ。コンビになりたくてなったわけではない。
「まったく違う二人が言い合ってるのは見てておもしろいし」
「見世物じゃないよ……」
 眞妃は本気だし、きっと匡吾も本気だ。仕事にたいして本気でぶつかり合っての結果、いつも意見がぶつかるので議論しているだけだ。
「そうだけどさ、眞妃もすごいよ。柏木くんにぶつかっていくから」
「……だって私、柏木くんに負けたくない」
 匡吾の背中をキッと睨む。
 眞妃は別として、匡吾は社内でも一目置かれた存在だ。
 仕事ができるのはもちろん、精悍な顔立ちをしているのに無表情。極めて冷静、そして理論的。誰が相手でも同じ態度で自分の意見を主張する。もちろん押し付けるわけではなく正論を言っているだけだ。
 面倒くさいと諦めてしまう人もいるくらいだ。
 でも彼の言っていることは何も間違っていないだけに、言い返すこともできないのが悔しい。

 朝一の会議ですっかり疲弊してしまい、ようやく来た昼休みに安堵する。今日は外に食べに行く元気もないので、社員食堂で済ませることにした。オフィスビルの三階にある食堂は広々としているしメニューも豊富だけど、ついつい外に出たくなってしまって、めったに利用することがない。
 空いている席を探していたら、匡吾を見かけた。避ける前に目が合ってしまう。
「……あ」
 相変わらず無表情。その表情が機嫌が悪いわけではないと知ってからはなんとも思わなくなったけれど。
「お疲れ様でーす……」
「……っす」
 眞妃は挨拶だけして匡吾から視線をそらし、他のテーブルを探した。特に何も言われなくてほっとする。
 少し離れた席に座り、思う存分大きくため息を吐いた。
 頭の中で会議の反省をしながらハンバーグを頬張る。
 確かに新商品開発がうまくいって調子に乗っていたところはあるが、どうしたら顧客の意見を尊重できるか考えていた。数字は確かに大事だけど、それよりも大事なものがあるのに。
 眞妃はインテリアブランドS.N.Oの商品開発部に所属して六年が経とうとしている。もう中堅の域だ。開発担当を任されることも多くなってきた今、一番仕事が楽しいと感じている。
 だからこそ、会議ではいつも本気ゆえに疲れてしまう。
 結局匡吾の案が採用されてしまったけれど、次はどう攻めていこうかと頭の中でぐるぐる考えながらハンバーグを口に放り込む。
「鳴海」
「っ、は、はい!」
 突然、背後から低い声に名前を呼ばれて振り返ると、匡吾がトレイを持って立っていた。
「夕方からミーティング」
 口の中に入っていたハンバーグを慌てて飲み込んだ。
「な、なんの?」
「部長からのメール見てないのか? 担当俺たちになったから、夕方ミーティング設定した。既存商品の目星つけておけよ」
「……わかった」
 匡吾はそれだけ言って立ち去った。
 眞妃は高鳴った心臓を抑えるように胸に手を当てた。
 まったく心臓に悪い。
 彼がただの無表情で仕事ができる同期だったらこんなに動揺しない。
『元カレ』が職場にいるというのは、なんともやりづらい。
 匡吾とは大学に入りたての頃、つき合っていた。
 大好きで仕方がなく、ファーストキスも、初めても彼に捧げた。でも一度身体を重ねてから、すぐに自然消滅した。
 匡吾の無表情さや性格は昔から変わらず、若かった眞妃はそんな彼の言動に振り回され、好かれているのかわからなくなり結局苦しくなって自分から離れてしまった。でもその選択は間違っていなかったと思う。
 だってこんなに意見が食い違う二人だ。あの時別れなくてもいつかは別れていたと思う。
 でもまさか、入社後に同じ部署で再会するなんて想像もしていなかった。
 匡吾に負けたくないのは、昔つき合っていたことも理由のひとつだ。
 
 
 
 夕方からの会議は眞妃と匡吾と部長の三人でのミーティングだ。
「担当は鳴海、責任者は柏木で進めることにした。よろしく」
「……はい、がんばります」
 担当を持つというのはうれしいことなのに、匡吾と一緒となると話は別だ。こんなに違う二人でやっていけるのかと不安になる。
「とりあえず検討結果を発表してくれるか?」
「は、はい」
 部長に言われて、眞妃は午後一で急いで作成したファイルを展開する。
 既存の商品改良に力を入れるということで眞妃が選んだのは一番売上の悪い照明器具だ。背の高いコンセント式の照明は昨今需要がないのか、廃番になりかけているというのでどうにか改善したいと考えた。
 新商品を考える時とはまた違った楽しさがある。
「女性の顧客が多いので女性が好まれるデザインに変更しようかと考えています」
「……なるほど、でも売上も悪い商品だし、弱いな。デザインを変えるだけでは上層部には出せない」
「……そうですか……」
 急いで考えたため大した案も出なかった。
 今とっさに考えて出てくるものでもないけれど眞妃がどうしようか迷っていると、匡吾が口を開いた。
「……俺は鳴海の意見はいいと思います。ですが弱いのは確かなので、デザイン面で大きく変更を加えることと、コードレスにしてみる等利便性を追加するのも良いかと」
「確かにそれもいいな。デザイン案を数点、それから追加機能を考えてくれ。その結果で上層部に確認しよう」
「はい。鳴海もそれでいいか?」
「は、はい」
 すっかり匡吾のペースだ。
 ミーティングが終わるとすぐに部長が会議室から出て行き、二人取り残される。眞妃が会議室の片づけを始めると、匡吾も手伝ってくれた。
「……柏木くん、ありがと」
「いや、これで全部か?」
「そうじゃなくて、部長への提案、私まだまだだなって思った。さすがだね」
 匡吾の表情は変わらないように見えて、少し驚いているのがわかった。これもつき合っていたから気づく変化なのだろう。
「鳴海、今日飲み行こう」
「え?」
 けれど、突然の提案に驚くのは眞妃のほうだった。
「同期なのに行ったことなかったしじっくり仕事の話するのもいいだろ」
 それは眞妃と匡吾の関係がただの同期ではないのが理由だ。
 でも、仕事に燃えている今、彼と話をしたら楽しそうだと魅力を感じた。毎回対立するけれど匡吾の意見はいつも感心させられるものばかりだ。
「いいね」
 眞妃が頷くと、匡吾はわかるかわからないかくらいわずかに口角を上げた。
「じゃあ、あとで」
「うん」
 匡吾と一緒に仕事をするようになって、初めてのことだった。
 しかも、別れてからも初めてだ。
 落ち込んでいた勢いで承諾してしまったけれど、少しの不安が付きまとう。

※この続きは製品版でお楽しみください。

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