【試し読み】疑似溺愛~期間限定の年下彼氏に甘やかされています~

作家:望月沙菜
イラスト:梓月ちとせ
レーベル:夢中文庫セレナイト
発売日:2021/7/21
販売価格:500円
あらすじ

家電メーカーで経理を務めるきり子は、三十歳の誕生日を目前に、親友から電撃結婚の知らせを受ける。生真面目な性格ゆえ恋愛とは無縁だったきり子は、喜ばしいことなのに寂しさを隠せずバーで飲み過ぎてしまう。――目を覚ますとベッドの上。隣には昨夜のバーテンダー!? なのに何もなかったって……。きり子は内心取り乱しながらホテルを後にするが彼となぜか会社で再会する。そして営業部で優秀だと評判の彼・石川は、恋がしたいと溢していたきり子に〝疑似恋愛〟を持ちかけてきた。「俺の前ではわがまま言ったり、甘えたりしてよ」デート初心者のきり子は、石川に〝恋人〟を教えられ甘やかされていき――?

登場人物
向井きり子(むかいきりこ)
生真面目な性格のせいか恋愛経験ゼロ。親友の結婚を機に、恋愛したいと考えるようになるが…
石川京介(いしかわきょうすけ)
ワンコ系イケメンで仕事もデキる営業部のエース。きり子に〝疑似恋愛〟を持ちかける。
試し読み

 晴天せいてん霹靂へきれきという言葉がある。突然、びっくりするような衝撃的な出来事という意味なんだけど……。
「私、結婚するの」
 親友からの結婚の報告は、まさしく晴天の霹靂。私は言葉を失った。
 もちろん、喜ばしいことだし、本来なら親友の私が誰よりも一番喜び、祝福の言葉を連呼すべき立場なのに、私はそれが出来なかった。
 私、向井むかいきり子は大手家電メーカー「IST」で経理を担当しているアラサー。
 正確に言うと、あと二ヶ月で三十歳を迎える。
 そして目の前で幸せいっぱいの表情を浮かべ、婚約指輪を見せる彼女は同期の杉山すぎやま麻美あさみ
 年々、同期が寿ことぶき退社をし、気がつけば女子で同期といえば麻美だけだった。
 その麻美は、二十六歳を過ぎた頃から「私は結婚しない人生を選ぶ」とおひとり様宣言をしていたのだ。
 私はというと、麻美と違い、好きでおひとり様をしているわけではない。
 人並みに恋愛や結婚に興味はあったが、無縁の生活を歩んできた。
 私が思うに、生真面目な性格が大きな壁となって、今まで出会いがなかった。
 特に仕事に対して、その性格はよく表れていた。
 自分で言うのも何だけど、適当という言葉が大嫌いなのだ。
 特に一番許せないのは、自分の仕事が終わっていないのにもかかわらず、時間だからと、媚を売って残りの仕事を他人に押し付けて帰るような人たちだ。
 最低限やらなきゃいけない仕事というのはあらかじめわかっているはず。
 それができないということは仕事のペースが遅いということになる。だったらスピードアップして時間内に仕事を終わらせるのがプロじゃないの?
 新入社員ならまだしも、二年三年働いていたらプロだ。その自覚がないから平気な顔をして他人に仕事を押し付ける。そして合コンだ、デートだと退社する後輩たち。
「これはあなたの仕事よね。用事があることは最初からわかっていたはずよ。だったら時間ぴったりに終わらせるよう計算して仕事をして」
 もちろんこんなこと好きで言っているわけではない。私はただ、自分の仕事に誇りを持ってほしいだけ。そんな思いで彼女たちと接しているのだけれど……私の思いは全く届いていない。
 単なる嫌味をいうお局様つぼねさまとしか思われておらず、かなり浮いた存在となっていた。
「向井さんって、スタイルもいいし顔だって悪い方じゃないけど、あの性格じゃあ~男も寄りつかないわよね~」
「彼氏がいても長続きしないし、あの性格でしょ? メンタルやられちゃうよね~」
 給湯室から聞こえてくるヒソヒソ声。
 私がどう生きようが勝手でしょ。と言いたいところだけど、あながち間違っていないだけに言い返すことができない。
 彼女たちの言う通り私は真面目で、融通の利かない性格故に、今まで浮いた話は一つもない。
 だから彼氏いない歴は年齢と同じ。
 そう、二十九年と十ヶ月の間。おひとりさまなのだ。
 そんな私の唯一の心の友が麻美だった。
 実は半年前、麻美が突然「マンションを買おうと思ってるの」と言いだした。
「マ、マンション?」
「そう。この先一人で生きていくわけでしょ? ずーっと賃貸っていうのもね~って思ってさ。だから老後のことを考えてマンションを買おうって思って。実は今、いろいろ見て回ってるんだ~」
 麻美がスマホの画像を見せてくれた。
 1LDKの新築マンション。高い買い物だ。でも、このまま定年まで働けば買えない金額ではない。
 実際、麻美から写真を見せてもらうと、私も住んでみたいなと思ってしまうもの。
「いいでしょ~。ここは来年には入居できるんだって」
「そうなんだ」
 でも所詮他人事……なんて思っていたら。
「きり子もマンション買わない?」
 突然マンション購入を勧められた。
「私? う~ん」
 正直マンションを買うという発想すらなかった。それに買わない? って誘われても、恐らく人生最大の買い物になるかもしれないものを簡単に「買う」と言えない。
「私たちもう三十歳よ。私は結婚しないけど……きり子だって」
 言葉を濁した言い方だが、要するに結婚は当分ない、もしくは永遠にないと言いたいのだろう。
「そうね」
 否定はできない。
「だったら、これからは将来を見据えた人生設計が大切だと思うの。賃貸っていろいろ制約があって好き勝手にできない部分があるでしょ。でも自分の家なら可能じゃない。だからさ、きり子も考えてみない?」
「うん……そうだね」
 この時は買う気がなかったから適当に話を合わせた。
 でも、一人でいろいろ考えてみると、この先、絶対に結婚ができるという確証はなく、将来への不安がないとは言い切れない。
 それにマンションを買うという大きな夢があれば、今以上に仕事を頑張れるような気がする。
 麻美の話を聞いて、私の気持ちは徐々にマンション購入を検討してもいいかな~。と思うようになった。
 それからは、仕事を終え帰宅すると、無意識にパソコンで物件探しをしていることが多くなった。
 立地条件や間取り、セキュリティー。将来的にはペットと一緒に暮らすのもいいな。
 そうなるとペット可の物件も視野に入れなくちゃ。
 私の気持ちの七割はマンション購入に傾いていた。
 そんな矢先の結婚宣言。
 ──嘘でしょ? マンション買うって言ったじゃん。結婚しないって言ったじゃん。
 私は驚きのあまり、頭が真っ白になり言葉を失った。
「びっくりするよね。私もびっくりしてるもん。だって結婚する気なんて本当になかったんだもん」
 麻美の頬がほんのり赤くなっていた。
 サバサバした性格の麻美のこんな顔、初めて見たかもしれない。
「お相手ってどんな人?」
 その前におめでとうと言うべきなのは頭ではわかっていたけど、まだ言えない。
 気持ちが追いつかないのだ。
 だが幸せいっぱいの麻美は私にスマホを差し出した。
 そこに写っていたのは麻美とその婚約者のツーショットだ。
 麻美のお相手というのはなんと不動産屋の営業マンだった。
 麻美は本気でマンションの購入を考えていたが、担当した営業マンに一目惚れ。
 これを運命の出会いと言うのだろう。
「でもね、マンションは買ったのよ」
「買ったの?」
「といっても一人で住むんじゃなくて、二人でね。だっていずれは家族も増えるかもしれないじゃない? だからそれを見越して広い物件に変えたの」
「仕事は?」
「子供ができるまでは働くつもり」
 まさか麻美の口から子供というワードが出てくるなんて思いもしなかった。
 それにしても麻美が結婚するなんて。
 何度も言うが嬉しいけど素直に喜べないのが本音だ。
 こんな幸せモードの麻美に、私もマンション購入を考えていたんだけどと言っても、きっと返ってくる言葉は、買えばいいじゃん。なんなら彼氏呼ぼうか……とかに決まってる。
 だから言葉を飲み込んだ。そして絞り出した言葉は。
「そうなんだ。おめでとう」
 心からの祝福とは言いがたい淡々とした言い方。
 わかってる。私は心が狭い。そして妬んでる。でも我慢してる。
「ありがとう。きり子にそう言ってもらえることが一番嬉しい」
 私の性格をよく知っている麻美なら、私が今、心の底から祝福をしていないことを察しているだろう。
 それでも一番嬉しいなんて言ってくれる。
 だからいい人ができるんだと感じた。
 私には到底無理だ。おひとりさま確定だな。

 それから数日が経った。
 あの時はつい感情的になってしまい、麻美の結婚を心から祝福できなかった。
 でもそれは違うと気づいた。
 あんなに結婚しないと宣言した麻美の意志を覆すような出会いがあったのはまさに奇跡だ。
 恋愛経験がない私がひがむのはお門違いだ。
 そう思えるようになった私は、お祝いという名のお詫びを兼ねて、二人で飲みにいくことにした。
 麻美から少し残業になったと連絡があったため、定時の三十分後に一階エントランスで待ち合わせをし、地下鉄で二駅先の駅で降りた。
 大通りの一本奥に入ると一気に雰囲気が変わり、昔ながらの居酒屋や、喫茶店が立ち並んでいる。その中の一軒のお店「ブルーパイン」というバーの前で足を止めた。
 麻美が外観をじーっと見つめる。
 煉瓦造りの落ち着いた店構え、屋号は小さく描かれており、スポットライトが当てられてなければわからないほどで、隠れ家のような雰囲気を醸し出している。
 店の前に置かれた木製の立て看板には英語でメニューが書かれている。もちろん読めない。
「もしかしてここ?」
 かなり驚いた様子で店を指差す麻美。
「うん」
「隠れ家的な感じだね。なんかきり子にしては意外というか」
 麻美は木製の看板をじーっと見つめている。
「去年の歓送迎会の二次会をここでやったの。実は今日で二回目」
「なるほどね~」
 納得してくれたところで私たちは店に入った。
 店内は全体的に暗く、照明は落とされている。各テーブルに置かれたキャンドルの明かりと間接照明が大人の時間を演出していた。
 初めて訪れた時は、あまりにも場違いな感じがして落ち着かなかったことを思い出す。
 じゃあ、なぜここの店にしたかというと、私の知っているお店で唯一おしゃれなお店がここだ。
 少しでもおしゃれな雰囲気の中で麻美にちゃんとお祝いを言いたかったのもここを選んだ理由の一つだった。
 前回のリベンジにはもってこいだ。
 だが、私はお店を選ぶことだけに気を取られ、大きな失敗を犯してしまった。
「ご予約されていないのでしたら……カウンター席しか空いておりませんが」
 そう。予約を忘れてしまっていたのだ。何たる失態。
「麻美ごめん。他の店に──」
「カウンター席で十分よ。だって素敵なお店じゃない」
「本当にいいの?」
「うん」
「じゃあ、カウンターで」
「かしこまりました。ではお席にご案内いたします」

※この続きは製品版でお楽しみください。

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