【試し読み】一途な次期公爵様は身ごもり令嬢を逃がさない

作家:織原深雪
イラスト:稲垣のん
レーベル:夢中文庫セレナイト
発売日:2021/7/6
販売価格:300円
あらすじ

貧乏子爵家の娘・サリーは家を支えるため、侍女見習いとして今日も真面目に働いている。ある日、友人の誘いで参加した仮面舞踏会でひとりの男性と出会うと、名前も素顔も知らないまま、サリーはその男性と一夜を共にしてしまう。翌朝、彼が次期公爵にして宰相補佐官のローウェン・マクレガーだと気づくと、あまりの身分の差に、サリーは逃げるようにして彼の前から去るのだった。しかし、一か月後、ローウェンの子を妊娠していることが判明。このまま王宮で働くことはできないと思ったサリーは仕事を辞め、城下で針子として働き始めるのだが、その一方で、ローウェンは行方をくらませたサリーを捜していて……?

登場人物
サリー
貧乏子爵家の長女。侍女見習いとして王宮で真面目に働き、家族に仕送りをしている。
ローウェン
宰相補佐官。仮面舞踏会で出会ったサリーと意気投合し、そのまま一夜を共にする。
試し読み

1.プロローグ

 今日も天候に恵まれているアルビレント王国の王宮で、私は相変わらず真面目に働いていた。
 王宮で働く侍女見習いは、その多くが良家の子女。
 仕事のほとんどをメイドや見習いの下働きに任せて、人脈作りや簡単な仕事で日々を送る者が多い。
 結婚前の行儀見習いで王宮へと来ている子女たちなので、家では蝶よ花よと育てられた子が大半を占めている。
 はっきりと言えば、真面目に仕事するような子は侍女見習いの中では少数派である。
 そんな中で真面目に働く私は、小さな領地を治めている貧乏子爵家の長女。
 そう、はっきり言って私は結婚なんて興味はない。
 出仕の給金の半分が家族への仕送りであり、この王宮では少数派の真面目に働く見習い侍女だった。
 そんな私には、真面目に働く少数派の友人ベランナがいる。
 彼女の家は大商家で、近年男爵位を貰った新興貴族。貧乏子爵家の我が家とは違う環境の家の娘だったので、最初はどうだろうと思っていた。
 しかし、少しずつ話してみれば、彼女の価値観は庶民派だった。
 私たちはあてがわれた部屋も同室になり、すっかり仲良くなっていた。

 そうして日々を過ごしてきたが、彼女の結婚も決まり、嫁ぐまで残り二か月ほどとなった頃。
 いつも以上に機嫌よく、楽しそうに笑顔を浮かべたベランナが私に言ったのだった。
「ねぇ、サリー。今度の週末に王宮側の迎賓館で舞踏会があるのよ。私の結婚前の最後のお楽しみに、一緒に行きましょう?」
 ベランナの唐突なお誘いに私は少し目を見開いた後、ふぅと一息吐き出すと返事をする。
「ベランナ。私の現状を知っているでしょう? 私は、舞踏会に着ていくようなドレスは持っていないわよ?」
 そんな私の返事はわかりきっていたのか、彼女はニコニコと笑顔を浮かべて言った。
「私のお古であることを気にしなければ、ドレスなんていくらでもあるわ。幸い、背丈も近いんですもの」
 そう、私たちは歳も近ければ背格好もよく似ていた。
 侍女見習いの深いグリーンのエプロンドレスのお仕着せも、ほぼ同じサイズ。
 髪の色と顔立ちは違っても、背格好が同じなら服は着られるということだ。
「どうしても行ってみたいのよ。高位貴族のご子息達が企画するものだから、私もやっと招待状を手に入れたの。でも、一人は心細いから。一緒に行きましょう?」
 上目遣いに私を見ながら言うベランナは、明るい金髪に碧い目の顔立ちの整った美人だ。
 私は栗色の髪に黄緑色の瞳、少しそばかすの浮いた頬の、どこにでもいるごくごく普通の娘である。
「私では、ベランナのドレスは合わないんじゃないかしら?」
 目鼻立ちのはっきりした綺麗なタイプのベランナのドレスは何度か見かけている。
 彼女に似合う、綺麗な濃い色のドレスが多いのだ。
 平凡で特出するところのない私には、ベランナのドレスでは容姿が残念すぎてしまう。
 遠回しになんとか断ろうとしている私に気づいたらしいベランナがニコッと笑う。
 そして彼女の衣装箱からサッと取り出されたのは、ふんわりとした淡いグリーンの可愛らしいドレスだった。
 見たことのないそのドレスは綺麗で、あしらわれた繊細なレースから高級なことが窺える。
「これならきっとサリーに似合うと思うのよ! 私にはあまり合わなくて、実は試着後から袖を通していないの」
 なんという、もったいないことを。
 しかし目鼻立ちのはっきりしたベランナには、確かにこの色合いだと髪と瞳が強調されすぎてしまう気がした。
 そして、彼女は淡い色よりもはっきりした濃い色の方が好みなのだという。
「このままじゃ、せっかくのドレスももったいないでしょう? 今回のことに付き合ってもらうのと、お別れ前の餞別として受け取ってくれると嬉しいわ」
 私に断られないように、夜会に出るための一式を用意されていたら、断るのも難しく。
 本来私は社交デビューもしていないのだが、友人の誘いで初めての舞踏会に行くことになったのだった。

 数日後、いつもより早めに仕事を終えたベランナと私は、ドレスを着て身支度を整えると、王宮側の迎賓館へと向かう。
 その時、ニコニコとベランナが差し出したものに、私は小首を傾げることになる。
「はい、サリー。今日はこれを付けて楽しんでね」
 手渡されたのは黒い色にベールまで付いた、目元を隠す仮面だった。
「これは、どういうこと?」
 私の問いかけに、ベランナはとびっきりの笑顔で答えた。
「今日の舞踏会は、みんな身分と顔を隠した『仮面舞踏会』よ」
 人生初の舞踏会が仮面舞踏会……。
 あぁ、でも王宮で働く貴族もきっと多くいる。顔が隠れるのは、ある意味互いに身バレをしないということ。理にかなっているのかもしれない。
「まぁ初めての舞踏会だし、もし誰か知り合いに会っても、顔が見えなければ上手く切り抜けることも可能よね」
「そうよ。今日の仮面舞踏会は、王宮で働く貴族の子息や子女の息抜きなんですって」
 ますます王宮での知り合いに会いそうな予感がし、仮面をありがたく受け取った。
 迎賓館に着くより前に仮面をしっかり装着して、今夜限りの初めての舞踏会を楽しむことにしたのだった。

 王宮から近い距離にあったものの、今まで機会もなかったので、迎賓館に足を踏み入れるのは今夜が初めてで、他国のお客様を迎えることを目的としたその建物の作りはとっても豪華なものだった。
 王宮も人を迎え入れる謁見の間や大広間などは豪華だけれど、迎賓館はその建物全体が華やかで、王宮の大広間よりさらに気品と輝きに満ちていた。
 王宮は執務棟など侍女見習いやメイドが生活する場所は華美にはなっていないから、ついつい物珍しくてあちこち眺めてしまう。
 最初こそ一緒にいたベランナだが、仮面をしていても彼女の美しさはわかるようで、ダンスに誘われて離れていった。
 綺麗なドレスの舞う会場は華美な雰囲気と相まって、まるで夢でも見ているような気持ちになる。
 ドレスが綺麗でも、私はやっぱり平凡なのね。
 軽食をつまみシャンパンを飲んで、壁から会場を見ている私はつまりまごうことなく壁の花に徹していた。
「雰囲気を味わえただけで十分よね。本来なら、こんなところ縁がないもの」
 綺麗だし夢のようだけれど、やはり私には場違いだと感じてしまい早めに帰ろうかと考えていた時、近くから声が聞こえた。
「お嬢さん、よかったら踊ってみませんか?」
 振り返れば、スラリと背の高い、黒髪が印象的な男性が立っていた。
「えっと……」
 周囲を見回したものの、私以外に近くに人はいない。
 ということは、この男性は私に声をかけている?
「私で良いんでしょうか? 舞踏会は初めてなので、上手く踊れるかわかりませんが……」
 そんな私の返事に、男性は穏やかな声音で答えてくれた。
「大丈夫ですよ。私も久しぶりなので、お付き合いいただけると助かります」
 差し出された手を取って、私は大勢の人が踊っている広間の中に入ると曲に合わせて足を踏み出した。
 踊るのは王宮への侍女見習いに出る前に教えてもらった時以来だから、ずいぶん久しぶりだ。
 それでも問題なく踊れているのは、相手の男性が上手にリードしてくれているから。
 お相手がかなり上手なことに私は驚きつつも、初めての舞踏会で楽しく踊り切ることができた。
 踊っている間に落ち着いて相手を見ると、姿勢の良さと、彼が着ている落ち着いた雰囲気の衣装が高級な素材で仕立てられていることに気づく。
 お相手は、かなりの高位貴族のご子息だとこの時に把握したものの、一度踊れば終わるのだろうと思っていた。しかし曲が終わると、そのまま一緒に広間から抜け、軽食をつまみお酒を飲むことになった。
 初めて顔を合わせた相手でも、仮面をつけていることで途端に話しやすくなる。話をすると、男性は凄く真面目にお仕事をしていることがわかった。
「事務官にも不真面目な者が多く、暇を見つけては侍女見習いと仕事中に逢引きしていたり、なかなか仕事が進まず大変なんですよ」
 そんな彼の言葉に私もつい共感して、愚痴をこぼしてしまう。
「私の同僚も、うわさ話や、異性の知り合いを増やそうと行動して真面目に仕事をしない者が多くて。真面目な人が少なくて大変です」
 お互い話し始めると、周囲の不真面目なタイプに振り回されていることに共感して話は弾み、ついついお酒もすすむ。
 落ち着いた話し方と真面目な雰囲気はお酒が進んでも変わらず、このきらびやかで非日常的な空間の中にあっても好感が持てる。
 一緒につまんでいる軽食やお酒を飲むしぐさは洗練されており、きっとかなり高い身分の方だとさらに確信をもって思う。
 互いに顔を見せない、こんな舞踏会でなければ会うことも話すこともできない相手だろうことがなんとなくわかって、私は一時の夢とこの出会いを楽しむことにした。
 真面目に頑張ってきた私なら今日一日を楽しんだってバチは当たらないはずだと、そう考えてしまったのはお酒の力も多分にあったのだと思う。
 楽しむと決めたのは良かったが、普段飲むことがないので酒量を見誤ってしまったのである。
 それでも、出会ってすぐのこの男性と一線を越えたのは、短い時間の中でも彼の真面目さと落ち着いた雰囲気に惹かれたから。
 甘えることに慣れていない私が、話してすぐに意気投合してしまった少し年上であろう男性との出会いに、勢いのままに進んだ結果だった。

※この続きは製品版でお楽しみください。

関連記事一覧

テキストのコピーはできません。