【試し読み】先日助けていただいた魔法少女です
あらすじ
異形たちが人間を喰らう世界。上級の異形であるアルベドは、拾った人間の少女マキナを愛玩している。──彼女が宿敵とも知らず、アルベドだけで満たされるよう記憶を奪って、ひたすらに甘く。アルベドに次第に思考を侵食されていくマキナだが、夢に落ちるたび『魔法少女パルフェ』の姿を取り戻し、圧倒的な強さで異形たちを狩る。けれどそれもささやかな抵抗。間もなく人類は滅び、異形たちはまた旅に出るのだろう。「私には、アルベドしかいないのに」──彼を盲目に愛したマキナの絶望、その先には…… ※本作品は過去に同タイトルで配信した内容に加筆修正・書下ろし番外編を加えたものになります。
登場人物
『魔法少女パルフェ』として異形を狩る一方で、異形の愛玩生物として飼われている少女。
壮年の男のような見た目だが、人間を喰らう上級の異形。マキナの記憶を奪い、甘く愛でる。
試し読み
一、魔法淑女かく語りき
自分の歳がわからなくなったのは、いつの頃だったでしょうか。
畳に慣れた匂いが染み付いた、大好きな家を離れたのはいつ頃だったでしょうか。
気づけば私は、立てもせず。
生命活動における全てを、他者に任せる有様になっておりました。
何時ともなく目が覚めてまた眠るまで、自分がいる場所を理解できないこともしばしば。
例えようもない不安感、堪えようもない寂寥感。
周囲の人々の全てが優しくとも、私の中にはずっとそれが居座っておりました。
存じております。これは、老いというやつでしょう。
大きな病気も怪我もなく、それなりに人生を歩んで来た私の最後の山。
意識が明瞭としている時には、そう考え耐えておりました。
生きていれば、誰にも避けられぬ事。
それで、苦しみが紛れるわけでもないのですが。
ただ状況を理解しているあいだは、穏やかにと心がけておりました。
私の親も、そのまた親も、同級生も、あらゆる人々が体感した試練なのですから。
数ある人生でも、かなり充実した方であったとも思っております。
だから、私はこの環境に不満を抱いてはならぬのです。
そうして日々をやり過ごしていると、ある日から星の影というものが現れました。
細かなことは、存じません。
日中の私は、新しいことをほとんど覚えることができないのです。
ただ、世話人たちは非常に夜歩きに厳しくなりました。
元から夜は動くべきではなかったのですが、眠れない時は少しくらいの散歩が許されていました。
しかし、今は睡眠薬を渡されてベッドに戻るしかないのです。
窮屈になったものだと思いましたが、私の方にも変化がありました。
眠りに落ち、夢を見るその時。
私は老いた肉体から離れ、精神だけで動き回ることができるようになりました。
わかりやすく申し上げれば、幽体離脱というものでしょうか。
想像していたものとはいささか違い、肉体とはまた別の実体がありましたけれど。
なんにせよ、望外の幸運です。
起きている間はあんなにも私を苛んでいた、全身の痛みも存在しません。
歩きたければ歩き、跳ねたければ跳ねる。
そんなことが、私の人生で再び可能になるなんて!
第二の自由な肉体を得た私は、世話人たちの隙をついて外へと出るようになりました。
この状況を、楽しまない手はないと思ったのです。
明瞭な意識を携え夜の街をふらふらと歩き、そしてようやっと知りました。
ある時から世界は一変し、異形のものたちが人間を嬲り喰らうようになったことを。
星の影と呼ばれるそれに対抗しうるのは、精神を肉体から離し動ける者だけだということを。
まるで昔姪っ子と見たアニメーションのように、突飛な話ですが。
私にそれを教えてくれたのは、奇矯な格好をした青年でした。
要所についた鎧に、ぴったりとした服。
彼は自分自身のことを、魔法戦士と呼びました。
意味はよくわかりませんでしたが、どうもこのように異形を狩る人々は、自分や他人のことを思い思いの名称で呼んでいるようです。
若い人のセンスは分かりませんが、分かりやすくてありがたいと思いました。
彼は大きな剣を持っていて、それで異形を両断した直後にそれを教えてくれたのです。
獲物として狙われていた私は、彼に非常に感謝いたしました。
命を救われたこと、そして、私の知り得ぬ情報をくださったことに。
私のような日中ははっきりしない人間以外には、もう常識となっていたそうですが。
彼は、夜は異形が活動するので、無防備に歩いてはいけないと忠告をくれました。
善良な青年です。
その剣は、人々を護るために用意したのだと語ってくれました。
なんて素敵な、志の高い青年なのでしょう。
若い命を燃やし、世のため人のために尽くすなんて。
私も出来るのなら、そういう風にこの幸運を使いたい。
だから、私はお願いしたのです。
私に、戦う術を教えてくださいと。
しぶる彼のもとに毎夜通い、その側で彼の戦い方を学びました。
私があまりにもしつこいものだから、青年も途中からはちゃんと教えてくれました。
そうして、私は私なりの戦いを身につけたのです。
それからは、夜毎に異形を退治する日々。
昼の私にはわからないことですが、私はその使命に誇りを持ち努めてまいりました。
この老いた女にも、まだ積める善行があるのが嬉しかったのです。
若い頃に憧れた服を再現し、まるでごっこ遊びのような出で立ちでした。
生身の人間は滅多にいない夜の街で、好きな服を着て活動するのはなによりの喜びでした。
そのうちに若いお友達も増え、彼らと協力などをするようになった頃。
私には、また新たな使命感が生まれておりました。
しばらくしてから気づいたのですが、異形相手に戦う人々は、ほとんどが私よりもとても若い。
その分純粋な闘志を燃やすものばかりで、危なっかしさが目立ちます。
誰かが、導かねばならない。
若者たちには、これからの人生があります。
肉体という軛から解放されるのはとても快いことですが、異形に殺されてしまえば生き返ることはできません。
子供向けのアニメとは違い、この世界には死が存在するのです。
それも、異形にもたらされるものは一等悲惨です。
奴らはどういうわけか、嬲るのを楽しんでいるとしか思えないような手法をもって、人間を殺すのです。
こんな陰惨な戦いで、若い命を落とすなど許されない。
育て、守らなければいけない。
彼らの将来、彼らの未来を。
決して、異形に拷問され死ぬなどあってはならない。
彼らの命は、そのように消費されてはならない。
だから、一人一人と話をして連帯をすることにしました。
数の力とはすごいもので、群れれば狩りは安定します。
こうして死者を最小限に抑えつつ、私は若者たちを精一杯守りました。
私が彼女の噂を聞いたのは、その集いが三十人を超えた頃でしょうか。
その時分には、街にはいくつかのグループができておりました。
群で異形を狩るもの、それぞれで武威を競うもの。
何をするにせよ、誰かと組んだ方が得策なのはみんな知っていました。
集団になれば、縄張りのような意識も働きます。
魔法何某たちは、それぞれ己に合う集団を見つけ、それぞれの縄張りで過ごしていました。
そうすることで、異形どもと、他の魔法某から身を守っていたのです。
しかし、彼女は違った。
そのようにして出来上がった暗黙の不可侵条約を、我関せずと破る少女の噂。
誰とも組まず、単体で異形を狩る一人の少女。
どこの縄張りでも構わずに侵入するので、ちょっとした有名人になっていました。
領域を侵されたグループが文句を言おうにも、圧倒的な強さで黙らせられてしまうそうです。
私は、その少女と接触しようと決めました。
確認するまでもなく、彼女は強いのでしょう。
しかし、才能が輝く子ほど、簡単に命を落とすもの。
その強さのせいで引き際を誤って、死んでしまった者だっていくらかは見ました。
彼女があっけなく散ってしまう前に、私の庇護下に迎えなければ。
誰とも繋がりのない少女を、探すのはなかなかに骨の折れる作業ですが。
出会えたのは、まったくの偶然でした。
私の縄張りに、上級の星の影が現れた折。
ベテラン数人がかりでやっと倒せる異形を、私は一人で必死に抑えていました。
その時に同行していたのは、まだ精神体での活動に慣れぬ者ばかり。
彼らが何人いても、上級相手には敵いません。
私が行うべきことは、明白でした。
何度も何度も、覚悟を決めていたことでした。
同行者たちを逃がすため、大蛇の形をした異形へと傘を向けました。
私の群れから出る最初の死者は、私であると決めています。
自分の命が、あの若人たちの代わりになれるのなら、それは幸運なことだと思っていました。
無残で、みじめな戦闘でした。
ぬらぬらと蠢く大蛇に、私の傘では相性が悪すぎたのです。
突けども突けども黒い鱗に弾かれ、しなる尾で胴をしたたかに打ち付けられました。
精神体にも、痛覚は存在します。
肉体のそれより、随分と鈍いにせよ。
私の戦意をそぎ落とすには、十分なほどの痛みでした。
呻き声を漏らし、硬い地面に体が落ちる。
ゆうに5mはあった落下でも無事なのは、この身体が精神体だからでしょう。
でも、もうおしまい。
黒蛇は太い胴をくねらせ、金色の目で私を睨めつけました。
この状況から、ひっくり返す力は私にはありません。
ちらちらと見える、二股の舌が憎らしい。
しゅうしゅうと聞こえる蛇の音は、獲物にありつける歓喜の声のようでした。
ここまでだ、そう思い夜空を見上げたその時。
彼女は、現れました。
街灯をひと蹴り、まるで月面にいるかのような軽やかさで空を泳ぎ。
蛇の頭へ優雅な弧を描いて跳び寄って、組んだ両手で痛烈な打撃。
油断しきっていた異形は、その後頭部に痛恨の一撃をくらったのでした。
必死で異形が体勢を直そうとうねる間にも、彼女の猛攻は続きます。
拳を振り当て、反動で翻りかかとを鱗へめり込ませる。
痛々しい音を立て、剥がれ飛ぶ大蛇の破片。
愚直なまでの、肉体勝負。
容赦のない攻撃に合わせ、揺れる淡い色のスカート。
風になびく、絹のような白銀の髪。
その背後でもがき苦しむ異形がいなければ、薫香すら感じたかもしれません。
それはそれは美しい、紛うことなき少女でした。
二、突撃お前に晩御飯
気づいたのは、用を足すためだけにしては広いトイレで、ゲェゲェ吐いていた時だ。
目の前には、真っ白な陶器のオブジェクト。
いつも綺麗で感心だなぁ、と涙で潤んだ視界で思う。
男が掃除している姿など見たことがないが、一体どうして管理しているのだろうか。
背中を、労わるように撫でる大きな手。
背後には、男がいるんだろう。
嘔吐する私を、嬉々として世話をする男が。
一通り吐いて、後ろを見る。
デロデロに甘い目をしたおっさんが、サッとタオルを差し出した。
礼も言わず受け取って、顔を拭きながら洗面所に行く。
口をゆすぐ私を背後で見守る姿が、鏡に映っていた。
そろそろ白髪が交じろうかというくらいの、壮年の男だ。
垂れた目尻には、年月が刻んだシワがうすく存在する。
広い肩幅に、ワイシャツの下からでもわかる見事な筋肉。
一体、この文明社会の中で、どんな必要にかられてそんなことになっているのか。
腕の半ばまでまくられた袖から、太い腕が生えている。
好きな人が見れば、堪らない感じかもしれない。
美丈夫であるなとは思うが、残念ながら人格がとことん破綻している。
落ち着いた私を確認した男が、どこからともなくコップをくれた。
中には、今一番欲していた水がなみなみと入っている。
有り難く飲んで、空のコップを返した。
口の中はさっぱりしたが、依然体調は悪い。
「あーあ、かわいそうに。マキちゃん、大丈夫?」
「…………」
返答は、行わない。
頭の中で、ぐるぐると忙しなく情報が回る。
ここはどこだったか。
見慣れない、4LDK。
こぎれいで、現代的な広い部屋。
ベランダの窓から見える景色から察するに、タワーマンションというやつだろう。
時刻は夜。
景色の下方に広がる数えきれない小さな光が、ここが街中であることを示している。
システムキッチンはいつも綺麗で、使った形跡すら悟らせない。
賃料、あるいは部屋代を考えるとめまいがする。
一体どうやって、そんな金を賄っているのか。
「元気ないね、気分悪い?」
こくり、とひとつ頷く。
事実、気分は悪かった。
見覚えはあるが見慣れぬ部屋、私の世話を焼く馴れ馴れしい男。
これが誰なのか、見当はついている。
姿形をいくら変じようと、気配は隠しきれない。
禍々しい、異物の生気。
この感覚と、私は何度も相対してきた。
夜の街、暗がり、街灯の下。
斬撃と、打撃と、吠え声、ひりつくような殺意。
半ばそれが義務のように、化け物を打ち倒してきた。
本来であれば、敵対関係にあるはず。
男は愛おしげに目元を緩め、私の背をゆっくりと撫でた。
うまく擬態したものだ。少し硬い手のひらは、男らしく少し高い温度。
まるで、本物の男性のよう。
でも、私は知っている。
この男が、夜中に一体何に《戻る》のか。
※この続きは製品版でお楽しみください。