【試し読み】数学教師と初心な恋~大人になっても恋愛対象外ですか?~

作家:ひなの琴莉
イラスト:小島ちな
レーベル:夢中文庫クリスタル
発売日:2021/1/26
販売価格:500円
あらすじ

高校時代の恩師である篠田先生とアパートのお隣さんとして再会した美波。はじめはただ初恋相手との再会に当時を思い出し懐かしんでいただけだったはずが、九年前と変わらない真面目な性格や自分を認め肯定してくれる先生に美波は次第に惹かれていってしまう。しかし先生は美波と距離を保とうとしているようで、いつまでもあの頃の〝先生と生徒〟の関係から抜け出せない。ある日、酔って帰宅した美波は先生の家に押しかけ「進んだ関係になりましょう」と迫る。先生の困惑した表情を見てさらに気持ちが高まった美波は、先生の唇を奪うと──「嫌なら本気で拒否してください」「……僕をあまり困らせないでください」──教え子×高校教師の再会愛!

登場人物
山岡美波(やまおかみなみ)
初恋の相手である高校時代の恩師・篠田と再会。昔と変わらない優しさに惹かれていく。
篠田翔悟(しのだしょうご)
数学教師。泥酔し、自宅の鍵をなくして困っていたところを美波に助けられる。
試し読み

第一章 初恋の人と再会

 先生が私のベッドで気持ちよさそうに眠っている。
 ……ものすごく不思議な気持ちだった。
 まさか、初恋の人とこんなところで再会するなんて。

 高校生の頃の私は先生のことが心から大好きだった。
 真っ直ぐで全力な恋。
 ピュアな恋心を思い出してしまい、柔らかく微笑んだ。
 熟睡する先生をじっと見つめながら、私は今日あった出来事を振り返ることにした。

 ◆

 私、山岡やまおか美波みなみは、大手雑貨メーカー『シュラン』本社の商品企画部に勤務している。
『シュラン』は全国に店舗を構える社員三千名の大企業であり、商品企画部は花形の部署と言われていて、そこで働くことを憧れにしている人も多い。
 美術大学を卒業した私は二十二歳で入社し、そのときから同じ部署で働かせてもらっている。
 高校時代にイラストを描き始め、美術鑑賞をするようになった私は、その頃から何かを表現するということが好きになった。商品を考える仕事は自分に向いているものと思っていたが職業となると話は違う。難しくて四苦八苦する日々だった。
 努力し続けていると頑張りが認められて、昨年からリーダーになり、部下を八名抱えている。責任ある立場を任されてより一層気合が入っていた。
 私の上に主任がいて、チームメンバーは全員で十名。職場は和気あいあいとした雰囲気で楽しく働いている。
「山岡リーダー、メール送ったんでチェックお願いします」
「了解」
 部下が送信してくれた添付ファイルを開いて確認する。企画書にする前段階のアイディアがまとめられたリストだった。この中からお客様に喜んでもらえそうなものをピックアップし、さらに詰めていき企画会議にかけていく。
『シュラン』のターゲット層は二十代から五十代までの女性で、少し値段は張るがお洒落な商品がとても多い。芸能人の中にもファンが多く、テレビや雑誌でも頻繁に取り上げられている。お客様に満足してもらう商品を作ることが絶対条件なので企画会議はかなり厳しい。
 リーダーとしての仕事は、プレッシャーがないと言えば嘘になる。しかし、苦労して作り上げた商品企画が実際に商品として販売されたときの喜びを知っているので楽しくてやめられない。自分の後に続く部下にもこの仕事の醍醐味を味わわせてあげたい。
 役職を与えられると、自分の仕事の他にもやることが増え、かなり忙しい毎日を送っているが、私にとってはそのほうがありがたかった。
 仕事があったからこそ、婚約破棄の傷から立ち直るのが早かったのかもしれない。

 一日の業務が終了し時計を確認すると十八時半。久しぶりに早く上がれたので飲みに行きたい。綾子あやこがまだ社内に残っているかもしれないのでとLINEを入れてみる。
 川越かわごえ綾子は同期で、時間が合えば一緒にランチをしたり、お酒を飲みに行ったり。プライベートで一泊二日の小旅行に出かけるほど気心の知れた仲だ。
『終わった? 近くにいたら飲んでいかない?』
『今終わったとこ! いいよー! エントランスで待ってまーす』
 スマホを確認すると私は急いで部署を後にした。

「お疲れ様」
 グラスをぶつけて、ゴクゴクと喉を鳴らしながらビールを飲む。
 大きなプロジェクトがひとつ終わりやっと残業生活から解放された。頑張ったご褒美のお酒ほど美味しいものはない。
「新商品、売れ行き好調みたいだね。頑張ったね、美波!」
「ありがとう」
 綾子がねぎらってくれるのが嬉しくて、顔が緩んでしまう。
「綾子、ふんわりパーマかけたんだね。似合ってるよ」
「そう? イメージチェンジしてみた」
 私が褒めると奥二重の目を細くして嬉しそうに笑う。笑うとできるえくぼが相変わらず可愛らしい女性である。
「本当に似合ってる」
「それはどうもありがとう」
 頭を下げた綾子の顎まである髪の毛がふわりと揺れた。なんか、女子力が高く感じる。綾子はメイクも上手だ。対して私は大きな瞳で目鼻立ちがハッキリしていて、少し化粧をすると派手に見えちゃうのだ。そのため髪色は暗めにしてストレートのセミロングヘアと大人しめにしている。そのせいなのか、仕事ができるOLみたいなイメージらしい。
 見た目はおっとりした感じの綾子だが、恋愛に対しては積極的でいつも彼氏を作りなさいと言われる。
「プロジェクトも落ち着いたことだし一つ合コン入れない?」
 にっこりしながら提案してくるので私は顔の前で手を振る。
「遠慮しておく」
「何度も言うけど美波ほどの美人が恋人を作らないでずっといるなんてもったいないよ」
「私は女の潤いを保つためにセックスできればいいかなぁ!」
 いつも話している内容なので恥ずかしげもなく枝豆を食べながら発言をした。
「体の関係って言っても、誰でもいいわけじゃないでしょう?」
「もちろん」
「じゃあ彼氏を作るべきだと思うけど」
 説得するように可愛らしい表情を向けられた私は苦笑いをする。
「男なんて信じられないし。チャンスがあれば浮気しようと思うでしょ?」
「それは美波が今までいい男性に巡り合ってなかった証拠だよ」
「まぁ、そうかもしれないけど」
 世の中の男性全員が浮気するというのは偏見かもしれない。そう思うようになってしまったのは、元カレのせいだ。
 結婚の約束をして同棲していた彼と別れて二年。婚約指輪も貰っていたし、婚姻届だってサイン済みで具体的に日程を決めていこうとしていたとき、彼の浮気が発覚した。
 大学時代から交際していて、将来はこの人と一緒になるとばかり思っていた。そんな彼がお腹の大きくなった私の友達と一緒にやってきて土下座をしてきたのだ。
『ごめん。本当に申し訳ないが別れてほしい。子供ができたんだ』
 愛する彼氏と友人を一気に失った悲しみは、経験した人でないときっとわからない。かなり残酷で苦しい思い出となって、今でも恋愛に対して臆病になっていた。
 それから私は恋愛なんてしたくないと思い、合コンに誘われても行くことがなかった。
 ずっと一緒にいた人がいなくなった寂しさを埋めてくれたのは仕事だった。大変な仕事でもすべて前向きに受け止めてやってきた。そのおかげで仕事を任されるようになり、リーダーという役職までつけてもらえた。
 そんな私は周りから『仕事ができる女性』というふうに見られる。
 人前では『女性の潤いを保つために体の相手をしてくれる人がいればいい』なんて言ってるけど、私は恋愛をするのが怖いだけだ。
「もう別れて二年でしょ? いい加減忘れて新しい恋をしたほうがいいと思う」
「すっかり忘れてるよ。未練なんてない。今は仕事が忙しいから」
「そうやって強がっちゃって」
 綾子にはすべてお見通しらしい。
『セックスをして女性としての潤いを保てばいい』と話す私の言葉が本心でないことも、本当はちゃんと恋愛をしてお互いを大事に思える人に出会いたいと思っていることも。
 その後、他愛もない話をしながら、美味しいものをたらふく食べた。
 三時間たっぷり話し終えた後、私たちは一緒に駅に行ってそれぞれの路線に向かった。
 電車に乗るとほとんど人が乗っていなくて、ゆっくりと座ることができた。あー至福。
『至福』という言葉を頭に思い浮かべると、辛いことがあっても幸せな気分になれる。魔法の言葉だ。
 恋愛は怖いけれど、もしチャンスがあるなら……
 心から私を愛してくれる人に出会えたら……
 そんな夢を見てしまう。二十七歳になり愛嬌で乗り切れられない年齢になった。乙女のようなことを言っていられないし、強がっている。けれど本当は誰かに甘えたくて仕方がない。
 でもすべてを委ねられる人になんてなかなか出会えない。

 自宅の最寄り駅に着いた私は、アルコールを飲んだせいか少しセンチメンタルな気分で、駅から自宅マンションに向かってのんびりと歩いていた。
 足元がフラフラする。少し飲みすぎてしまったかもしれない。
 マンションに到着して郵便物を確認すると、オートロックを開いてエレベーターに乗り込んだ。
 明日は休みだからゆっくりと寝よう。そう思いながら大きなあくびをする。エレベーターを降りて左に向かって歩いていくと……
「っ!?」
 私は驚きすぎて息が止まった。私の部屋のお隣さんのドアの前に男性が座り込んでいる。スーツにコートを着ているので、仕事帰りのサラリーマンだろうか。オートロックなのでこのマンションの住人だと思うけれど。
(部屋を間違えてここで寝てしまったのかなぁ?)
 息をしているか近づいて確認してみると、かなりアルコール臭かった。
(この人、酔っ払ってこんなところで寝てるの?)
 通り過ぎて、無視をして部屋に入ろうと思った。でも、
「うーん、困ったなぁ……」
 放っておくことができず私は戸惑いつつもしゃがんだ。その男性は、うつむいているので顔が見えない。
「すみません、大丈夫ですか?」
「ん……」
 返事なのか。たまたま出た声なのかわからない。
「こんなところで寝たら風邪引きますよ」
 話しかけても反応がなくなってしまったので、彼の肩を軽く揺すってみた。
「うー……気持ち悪い」
「ここで吐いたらダメですよ。ちゃんと自分の部屋に戻ってください。部屋はどこですか?」
「ここ」
「え? ここですか? じゃあ、中に入って眠ったらどうです?」
「んん」
 かなり泥酔しているようだ。いい大人がこんなに潰れるまで酔っ払ってしまうなんて嫌なことでもあったのだろうか。
 私も元カレに浮気されたことを知った日は、お酒を浴びるように飲んで記憶を失ったので気持ちはわからないでもない。
「鍵」
「はい?」
「……鍵、なくしました」
「え?」
 彼はぼんやりと私に視線を移す。次の瞬間、私は男性の顔を穴が開くほどじっと見つめた。
 黒髪でお洒落で清潔感のある七三分け。色白で切れ長の瞳に銀縁メガネ。あの頃よりも少し年齢を重ねて目元に少しシワができているけれど、彼は紛れもなく……
篠田しのだ先生?」
 私の初恋の相手、高校教師の篠田翔悟しょうごだった。
「先生、私のこと覚えていませんか? 山岡美波です」
 私の問いかけに先生はこちらに視線を動かすが、目が据わっている。こんな状態ではまともな判断ができないだろう。私は諦めて苦笑いを浮かべた。
『真面目』という言葉が彼のためにあると言っても過言でない。どんなときも冷静でいつも完璧な人だった。そんな先生が酔いつぶれて鍵をなくしているという姿が愛らしく見えてしまう。
 このまま朝までここに放置しておくのは可哀相だし、先生の鞄の中に手を入れるのは忍びない。
 私の部屋で寝かせようかと考えるが、男性を簡単に部屋に入れるのはどうかと悩む。でもこんなに酔っ払っていたら、きっと手を出してくることはない。悩んだ挙げ句、朝まで先生を自分の部屋で預かることにした。私の部屋の鍵を開けてから先生の脇に手を入れる。
「先生、立てますか?」
「……あぁ」
 何とか立たせて私の肩に先生の手を置いてもらい、抱えるようにしてゆっくりと歩く。私より十センチほど身長が高い彼を支えるのは大変だったが、部屋の中に運び込むことに成功した。
 間取りは1LDK。玄関に入ると左手にお手洗いとバスルームがあり、まっすぐ進んでいくとリビングルームがある。そのさらに奥に寝室がありベッドと机やチェストが置いてある。ベッドに先生を寝かせて、私は呼吸を整えた。
(運ぶのきつかったー)
 呼吸を落ち着かせてから覗き込むと、安心したように眠っている。
「まさかこんなところで再会するなんて思わなかったなぁ」
 メガネをそっと取ってベッドの隣にある机に置いた。きっちりと結ばれたネクタイが苦しそうなので、緩めようと近づくと心臓がドキドキとしてきた。まるでお持ち帰りをしてきた男性の心境みたいだ。
「これはそんな破廉恥な行為じゃない。正当な行動!」
 小さな声で呟いてから、ネクタイの結び目に指を入れてゆっくりと緩める。先生が少し動いたのでビクッとなって手を離すが、たまたま動いただけみたいだ。
 ネクタイを外してハンガーにかけた。ぐっすりと眠っている先生を見てクスッと笑う。
 学生時代の私だったら、こっそりキスしていたかもしれない。先生のことが大好きだった。先生の姿を見ていると、甘い恋心を思い出す──。

 私は小さい頃から水泳をやっていて、部活動だけは一生懸命頑張っていた。水泳部のエースとして大会にも頻繁に出ていた。しかし、高校一年生のとき試合で怪我をしてしまいドクターストップがかかってしまった。
 将来はプロも目指せると言われていただけに人生を賭けていたと言っても過言ではない。時間をかけて治療をして体を慣らしていけば、いずれ泳げるようになるかもしれない。けれど何年かかるかわからないと言われていた。
 その頃の私にとって、一年というのはものすごく大きな差だった。
 毎日必死で練習していたから、練習をしなくなるとすぐにタイムが遅くなるということはわかっていた。
 いつ復帰できるかわからない怪我への不安と、ライバルに置いていかれる恐怖が強くなり、プロになる道を諦めてしまった。
 諦める道を選んだということは、それほど大きな夢ではなかったのかもしれない。本当に心から好きだったら何が何でも頑張っていたのではないかと思う。
 目指すものがなくなってしまった私は、自分は世界一、可哀想な人だと自分で暗示をかけていた。
 自暴自棄になり、髪の毛を茶色く染めて、スカートを短くして、チャラチャラと毎日を過ごすようになった。
 友人とカラオケやゲームセンターに通う日々だった。そのときは楽しいけれど家に帰ってくると心が空っぽになってしまったような感覚に陥っていた。
 勉強をすればどこかの大学に行けるかもしれないと思いつつも、努力をしても無駄になってしまうことがあるのだと知った私は頑張ることをやめた。
 一度挫折をしてしまった私は、うまくいかない場合をどうしても思い浮かべてしまい怖かったのだ。
 高校二年生のときに篠田先生が担任になった。神経質で真面目そうというのが第一印象だった。クラスメイトは先生のことを『真面目メガネ』なんてあだ名をつけて、陰で呼んでいた。
 先生の担当教科は数学。
 数式を黒板にスラスラと書いている後ろ姿は、とても姿勢がよかった。私と違ってきっと運動をしないで勉強ばかりしていたんだろうなと勝手に想像していた。

※この続きは製品版でお楽しみください。

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