【試し読み】お薬の時間です!~狼騎士隊長の担当看護師に任命されました~

作家:日向そら
イラスト:椎名秋乃
レーベル:夢中文庫プランセ
発売日:2021/1/8
販売価格:800円
あらすじ

街の診療所に勤める看護師ニーナは、医師ヤマトから患者の往診を頼まれる。新しく生まれる弟のためにと、謝礼につられて向かったお屋敷にいた患者は、街の女の子達がこぞって熱を上げる有名人、獣人騎士団の隊長だった! しかし患者である彼は何故か寝台の上で手足を拘束され、明らかに尋常ではない。こんな危険な状態だなんて、ましてや獣人なんて聞いてない。もしや噛まれるのでは……!? と後悔するニーナだが、睨まれたと思えば擦り寄られ、唸られたと思えば尻尾を振られ、獰猛かと思えば紳士的で――!?「……もう逃がせない」美形な獣人騎士としっかり者看護師の純愛ストーリー!

登場人物
ニーナ
診療所に勤める看護師。大家族の長女でしっかり者。患者の往診を頼まれ、お屋敷に向かう。
オズワルド
美形ぞろいの獣人騎士団の隊長。手足を拘束された状態でニーナの処置を受けることになる。
試し読み

一、獣人は善き隣人?

 まだ早い時間だというのに、活気に溢れる賑やかな下町の商店街の中。
 少々寝過ごしてしまったせいで、息を弾ませて職場へ向かっていたニーナは、道行く町人達が皆、一定方向を見つめている事に気付いた。その中でも特に若い娘達は、客引きの声にも負けない賑やかさで盛り上がっている。
 彼女達の視線を追いかければ、人だかりを割るように臙脂えんじ色の騎士服に身を包んだ二人組が前からこちらへと向かってきていた。
(珍しい。どうりで女の子達が通りを見てると思った)
 小柄なニーナなら首が痛くなるまで見上げなければならないほど、背が高い彼らの頭には──獣の耳が生えている。年頃の娘としては凝視できないが、ふわりと揺れているマントの下のお尻には尻尾が隠れているだろう。商店街の騒がしさに忙しなくピクピクと動く耳は犬だろうか狼だろうか、なかなか人間には判断が難しい。

 ニーナが住む人間の国シュケルトが、遠く離れた大陸にある獣人の国エルティノと国交を結んでからおよそ二十年。
 五年前にシュケルトの第二王女とエルティノの第三王子との婚約が決まった事から、シュケルトに来る獣人達も一気に増え、種族の違いを乗り越え、婚姻を結ぶ者も増え始めた昨今。獣人はすべからく美形だという事と、一度想いを寄せた相手を死ぬまで愛するという一途な彼らの特性が若い娘に受け、人間の娘と獣人の恋物語がシュケルト国内でベストセラーになるほどだった。
 ゆえにそんな時に婿入りする第三王子に帯同してきた、見目麗しく地位もある十数名の獣人騎士団が大人気となるのは必然だっただろう。
 彼らの業務はもちろん第三王子の護衛であるが、二つの国の軋轢を少しでもなくしたいという第三王子の采配によって、シュケルトの騎士団と共に街中の警備に携わる事となり、ニーナのような一般市民も彼らの姿を見る事ができるようになった。
 獣人達は身体能力が高く、圧倒的な戦闘力を誇り、軽犯罪から貴族令嬢の誘拐劇まで鋭い嗅覚であっという間に犯人を見つけ出し、即時に事件を解決していった。おかげで王都の犯罪率はぐっと下がり、今ではニーナが住んでいる下町の夜歩きすら安全と言われるほどの治安の良さを誇っている。
 そんな事情から、獣人達は『善き隣人』として、姿形こそ違うものの、今ではおおよそのシュケルト国民に受け入れられていた。

(今日の巡回は、獣人の国の騎士さん達なのね)
 ニーナは遠巻きに彼らを見つめる女の子達のように、整った容姿に胸をときめかせる……訳でもなく、田舎の実家で飼っている牧羊犬達を思い出して口元を緩ませた。
 しかしそれは彼らにとっては失礼にあたるだろう。ニーナが看護師として勤める診療所の物知りおじいさんから聞いた話によると、猿と人間くらいに確固たる差があるらしい。
 例えばニーナなら『君を見ていると猿を思い出す』なんて言われるようなものだ。
(それは失礼過ぎるわ……。って、いけないいけない)
 耳が良いと言われている彼らは、呟きすらも聞き取るらしい。ニーナはきゅっと唇を引き結んで素知らぬ振りをして彼らの脇をすり抜ける。
 それにニーナ自身も王都に来てすぐ、初めての給料で買った家族への贈り物をひったくりに遭った時に、獣人の騎士に取り戻してもらっている。診療所に来る常連達も何かしら助けてもらった事があるらしく、みんな『獣人達はいい人だ』と口を揃える。
 そしてなにより獣騎士達には熱狂的な若い女の子のファンが多い。こんな場所で彼らの悪口なんて呟けば、ニーナが一人暮らしをしているアパートの窓ガラスくらいは割られてしまうかもしれない。
 うっかり声に出さなくて良かったと思いつつも、それとはまた別に、一度胸に抱いた郷愁はなかなか消えないもので。
(……みんな元気かな)
 兄妹全員で牧羊犬を操り、羊を追い立てていた過去の光景がニーナの脳裏に蘇る。込み上げた寂しさを誤魔化すようにニーナは首を振った。
(長い休みには帰ってるっていうのに、寂しく思うなんて子供みたいだわ)
 ニーナは肩にかけていたショールを胸元でしっかり握ると、診療所へと急いだのだった。

 今年二十歳になるニーナは、郊外で羊を放牧して暮らしている大家族の長女だ。
 両親と下に弟が四人。弟達が大きくなり、放牧を任せられるようになった十五の年に、叔母を頼って王都へやってきた。顔の広い彼女のおかげで格安のアパートを借りる事ができたので、そこからほど近い診療所の看護師見習いとして働き始め、もう五年になる。
 最初こそ故郷とは全く違う、羊より人が多い環境に戸惑い、いつも賑やかだった家族の団欒を思い出して一人で過ごす夜に涙した事もあった。しかし見習い期間を終え、日常の業務と医療の進化に付随する終わりのない知識の獲得に忙殺される今現在は、看護師の仕事に誇りを持ちつつ、……ごくたまにうんざりしながらも、充実した生活を送っていた。
「えっと……鍵、鍵」
 丈夫さだけが取り柄のような、煉瓦造りの診療所の裏口に到着したニーナは、肩にかけていた鞄のポケットから預かっている鍵を取り出した。
 錆ついて少し癖のある鍵を開けて扉に入ったニーナは、建物に入るなり口元に手を添える。そして天井に向かって「おはようございます!」と少し大きめの声で挨拶した。
 既に日課となってしまったこの行動は、ニーナが勤める診療所の医師ヤマトが、老齢だというのに、滅法朝が弱いせいだ。……いや、朝が弱いというのは語弊かもしれない。
 ヤマトは昔、薬学の研究者として王城勤めをしていたほど優秀なのにもかかわらず、自分の好きな研究だけをしたいからと言って、町医者になった変わり者だ。
 しかも没頭すると寝食すら忘れてしまうので、寝不足や貧血で倒れたヤマトをニーナが寝台まで運ぶ事数十回。まさに医者の不養生をそのまま体現したような人物だった。
 最近も何やら新しい薬を研究しているらしく、昨日ニーナが散々言っておいたにもかかわらず、結局徹夜したのだろう。
(もう、先生ったら! マリアさんにまた叱ってもらわなきゃ!)
 マリアというのは、街で人気のパン屋に嫁にいったヤマトの娘だ。母親を早くに亡くしているせいかしっかりした娘で、結婚するまでニーナに看護師としての知識と技能を叩き込んでくれた先輩でもあった。
 研究馬鹿にくわえて、男やもめである父が心配らしく、嫁にいってからも一週間に一度は診療所に顔を出し、だらしないヤマトを叱り飛ばしている。
 そして毎回ニーナに『逃げないでね?』『お父さんをよろしくね?』と念を押しては、お菓子を差し入れてくれるのだ。甘いものが大好きなニーナにとっては、ちょっとした楽しみの一つになっていた。
 マリアの賄賂……いや、気遣いなのだろうが、今のところニーナに診療所を辞める理由はない。だらしないヤマトに呆れる事はあるが、全く言う事を聞かなかった弟達より百倍マシである。
 ほどなくして二階から、ぎしっと床を踏む軋んだ音が聞こえた事を確認してから、ニーナは裏口すぐ近くの小さな部屋の扉を開けた。
 元は裁縫室だったらしいそこは、今ではニーナの更衣室だ。予備のシーツや備品が積み上げられた一角で、ニーナは身支度を整える……とは言っても、下ろしていた髪を纏めてボンネットを被り、白いエプロンを身につけるだけなので、五分もあれば完了だ。
 おかしなところはないかと姿見の前に立てば、そこにいるのは『ヤマト診療所のしっかりした看護師ニーナ』だった。五人姉弟の長女に生まれたせいか、もはや『しっかりした』というのは、幼い頃から常にニーナにくっついてきた枕詞だ。
 ……嫌でもないが、嬉しくもないそれは、いつからか『可愛げがない』に変わっていた事を知ったのは、つい昨日の事。
 仕事帰りに近くの食堂で隣り合わせた客の話を偶然聞いてしまい、発覚したのである。
『あんな可愛げのないババア、誰が嫁に貰うんだよ!』
 よくよく確認すれば、その前の日に擦り傷でぎゃあぎゃあ叫んで、並んでいた子供を押しのけ、診察室に乗り込んできた大工の男だった。ただの擦り傷だと診断した後も、椅子を空けようとしない男に少々苛立ち、頸動脈けいどうみゃくを指で撫でながら『手元が狂ったら入院する事になりそうですね?』と、にっこり脅したのが悪かったのだろうが──。
 しかしまだ二十歳であるニーナに『ババア』とは言い過ぎだが、心当たりがない訳ではない。
(ひっつめてボンネットに全部髪の毛を押し込んじゃうのが、年上に見られる原因なんだろうけど……)
 カウンターの真横にいたのにもかかわらず、男が気付かなかった事から察するに、看護師姿のニーナは相当老けて見えたのだろう。
 ──その後同じように聞いていた食堂の肝っ玉の据わった女将が、男を蹴り飛ばして追い出してくれたのだが、それでもニーナの心が晴れる事はなかった。
 結婚適齢期真っ只中にいるニーナだが、いわゆる恋人いない歴イコール年齢でも焦らずに済んでいるのは、このまま独身でも一人で暮らしていけるだけの稼ぎがあるからだ。
 しかし、別に頑なに一生独身でいたいと思っている訳ではない。一年前に実家に戻った時も、両親は口を揃えて、『こっちに戻ってもうそろそろ結婚したら?』なんて無邪気に促してくるし、口の悪い弟達は『おっそろしーねーちゃんと結婚してくれるような人、いるわけないじゃん!』などとのたまう始末。
 ニーナだってうら若き乙女だ。素敵な人がいるのなら普通に結婚したいが、なにせ毎日が忙しく出逢いがない。週に一度の休みも家の掃除や食料品の纏め買い……と細々とした事に時間を取られて、一日があっという間に終わってしまう。
 そんなこんなで、『一生独身だったらどうしよう……』と思考の迷路に陥り、孤独死という人生の終盤まで想像してしまい、眠ったのは明け方近く。つまりそれが今日寝過ごしてしまった理由だった。
 ──なので少し埃の被った姿見に映るニーナの顔は、どことなく暗い。
 唯一の自慢である母譲りの明るいミルクティー色の髪も、丁寧に梳かす暇もなかったので、ボンネットからふわふわと幾筋も零れていた。
「世間はほつれ髪が色っぽいって流行りなのに……」
 ニーナがやれば、ただの生活に疲れたおばさんである。『こなれ感』というものがどこかに売っているのならば、お金を払ってでも買いたいものだ。
 そうして、後れ毛をしっかりとボンネットにしまい込むと、『しっかりした看護師ニーナ』へと頭を切り替えた。

 診察室や待合室の掃除の類は昨日には済ませているので、少なくなってきた薬の在庫をリスト化していく。
 その後、予備の医療器具を丁寧に消毒していると、二階へ続く階段からヤマトがのっそりと下りてきた。かろうじて白衣を身に着けているものの、その下のシャツは草臥くたびれていてズボンからはみ出しており、ニーナはそれこそ弟にしていたように腰に手を当てた。
「もう、先生! そんな格好で患者さんの前に出たら、駄目って言ってるじゃないですか!」
 そう注意すれば、ヤマトは「朝から元気じゃのぉ」と肩を竦ませて、適当にシャツを押し込むとそそくさと診察室へ入っていった。
 ニーナも溜息をつき最後の消毒を終えて、診察室に入り所定の位置に戻す。
 その隣で億劫そうに今日の予約分のカルテを見ていたヤマトが大きな欠伸をした。そして眠気を覚ますように瞼を何度も瞬かせた後、思い出したように視線を上げた。
「そうじゃニーナ。診療前にちょっと話があるんじゃがいいかの?」
「はい……?」
 珍しく置かれた前置きに首を傾げつつ、ニーナはヤマトのそばへ歩み寄ると、促されるまま患者席に座った。
 そして数分後。

「私が、ですか?」
 ヤマトの話は至極単純だった。
 夕方の決められた時間にヤマトの知り合いの家に往診し、注射を打って欲しい──との事で、話自体はそう珍しくない内容である。
 ヤマトが調合した薬は生薬も多く、混ぜ合わせてから一定期間内に服用しなければならない薬は、患者にも何度か処方していた。
「診療所に来れないくらい重篤じゅうとくな患者さんなんですか?」
「重篤……まぁ、そういう事になるかの。それよりもな? 今回患者に処方する薬は儂が新しく開発した薬なんじゃ。じゃからニーナには、薬を投与してから三十分は患者の側にいて、経過観察してもらいたいんじゃよ」
「はぁ……」
 どこか得意そうに言ったヤマトにニーナは曖昧に頷く。
 渡されたメモに書かれた患者の家は、特に遠くもない。経過観察し特に際立った変化がなければそのまま家に帰ってもいいとまで言ってくれているので、勤務時間は普段よりずっと短いくらいだ。その上、患者はお金持ちで手間賃としてニーナにも──ちょっと驚くくらいの金額をくれるらしい。
 実はつい先日、ニーナは万年新婚夫婦の両親から六人目が出来た、との手紙を受け取ったばかりなのである。お祝いがてら先立つものを送ってやりたいと思っていたところなので、まさに渡りに船の申し出だった。
「ああ、それに患者は男じゃが、同じ建物に同僚が何人も詰めておるから安心せい。まぁそんな事をする男でもないしな」
「そうなんですね……」
 同僚が詰めている、という事は、どこかの大店の寮か何かなのだろうか。
 しかしそれならば何も心配はない。むしろ貴重な臨時収入である。
 ついでに診療所はニーナの代わりに、マリアが夕方にやって来て後片付けをしてくれるそうだ。むしろ二年前まで現役の看護師だったマリアならニーナ以上にてきぱきと仕事を終わらせてくれるだろう。
(お金以外にも何か送れそうだわ……何を買おう? 新しい産着? それよりもお母さんに滋養のあるものを送る方がいいかしら?)
 ニーナは思いがけない臨時収入にほくほく気分で、薬を届ける事を了承したのだった。

     *

 その日の夕方。
「……本当に、ここ?」
 ニーナは貴族街でこそないものの、賑やかな通りから少し離れた場所にそびえ立つ大邸宅を見上げて、顔を引き攣らせた。
 何度も視線を往復させてヤマトから渡されたメモと、玄関扉の横の鉄板に記された数字を確認する。何度見てもここがヤマトの知り合いである患者の住居である事は間違いない。
 生まれた時から庶民であるニーナには、かなり敷居が高い建物で、玄関口に使われている大理石に乗る事すら躊躇してしまう。
 よく磨き込まれた大理石の床は、強張ったニーナの顔を映しており、凝った玄関明かりも真鍮の取っ手やドアノッカーまで、それほど詳しくないニーナが一目でわかる程、高価なものだ。……確実に足を踏み入れるには前日から心の準備が必要な建物である。
(ちょっとヤマト先生! こんなに立派なお屋敷に住んでるような患者さんだって、最初に言っといてください!)
 つい三十分前、少し早めに診療所にやって来たマリアと共に、見送ってくれたヤマトの顔を思い出して頭を抱える。
「……ああ、もう」
 とはいうものの、こんなところでぼうっとしているわけにもいかない。何しろ今ニーナが持っている薬は、時間制限があるのだ。効果が薄れたり、なくなってしまえば困るのはヤマトではなく、患者である。
 ヤマト曰く患者の病にはまだ名前がついておらず、先天性であり感染する事はないが、不定期に発作に襲われるらしい。特効薬はまだ開発されておらず、ニーナが持っている薬が試薬第一号という事で責任重大なのだ。
『それくらい重要な仕事なら、最初くらいヤマト先生が行った方がいいんじゃないですか?』
『いや、その……う、な。……ああ! 実はその薬、抽出するのに酷く時間がかかるんじゃよ。直接様子を見たいのはヤマヤマなんじゃが、こちらも目が離せなくてな。すまんが、儂の分もしっかり観察してきておくれ』
 患者の病状について説明された時の会話を思い出せば、なんとなく……いや確実に、何か企んでいるような物言いだと今更気付いてしまった。
(……訪問先が大豪邸だって知ってたからかな?)
 前もって患者は貴族か、金持ちだと言われていたら、おそらくニーナは断っていただろう。使用人だという可能性も残っているが、そういった場合、裏口から来るように促されるものだ。
 しかしあの態度なら他にも何かありそうだ。指定された時間まで余裕がなかったので、そのまま話を切り上げて診療所を出てしまったが、明日はきっちり問い質さなければ。
 とりあえずニーナは頭を切り替えて、薬の入った医療用の鞄の持ち手をぎゅっと握り込み、深呼吸して息を整えた。
(よし、行くぞ!)
 心の中で気合を入れて、ドアノッカーをむんずと掴む。
 カンカンカンカン、と鼓動と同じくらいの早さで四つ扉を打ちつければ、待ち構えていたようにすぐに開かれた扉の中から、ヤマトと同じくらいの男性が顔を出した。
 優しげな相貌にほっとしたのも束の間、彼が執事服を着ている事に気付き、患者ではないのかと少しがっかりする。
 年齢的に彼こそヤマトの友人だと思ったのだが、病人が執事のお仕着せを身に着けているわけがない。おそらく彼の主が、今回の患者なのだろう。
(こんな大きなお屋敷なんだもの。使用人がいないわけないわよね)
「こんにちは。ヤマト診療所から来ましたニーナです」
 ニーナが控え目な笑顔を作ってそう名乗れば、執事は心得たように頷いた。
「ええ、聞いております。どうぞお入りください」
 皺の刻まれた目尻を下げてそう言った執事は扉を押さえると、ニーナを中へと招き入れてくれた。
(外も立派だったけど、中もすごい……!)
 そっと足を踏み入れた玄関ホールも想像以上に広く取られていた。明るい陽射しが窓から燦燦さんさんと注がれ、天井から吊された大きなシャンデリアの存在感を際立たせており、硝子の欠片の一つ一つがきらきらと輝いている。
 その豪華さに呆気に取られていたニーナだが、はっと我に返り慌てて顔を引き締めた。幸いな事に前を行く執事に気付かれた様子はなく、しずしずと後ろに続く。

※この続きは製品版でお楽しみください。

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