【試し読み】俺様御曹司の戦略的友情契約

作家:神城葵
イラスト:海月あると
レーベル:夢中文庫クリスタル
発売日:2021/1/29
販売価格:800円
あらすじ

とある事件の容疑をかけられたことが原因で、突然すべてを失ってしまった亜里紗。ことの発端は被害者のあいまいな証言によるもので、あるとき亜里紗のもとに被害者の息子である悠が謝罪に現れる。彼は亜里紗の人生を元通りに戻すことを約束すると、仕事や住居を用意し、さらに友人を失った亜里紗のために「友達」となってくれる。そして、友人関係が始まって二年。悠に惹かれていることを自覚しつつあった亜里紗は悠に友人関係の解消を告げるのだが、それを聞いた悠は亜里紗を押し倒して……!? 「二年我慢した。いつかおまえが俺を好きだと思ってくれるようにって、馬鹿みたいに願って」──贖罪から始まった、俺様御曹司との大人の恋。

登場人物
葉月亜里紗(はづきありさ)
商社に勤務し平凡な人生を送ってきたが、ある事件の容疑をかけられ、仕事も家族も失う。
蘇芳悠(すおうはるか)
事件の被害者の息子。すべて失った亜里紗へのお詫びとして仕事や住居を用意する。
試し読み

 葉月はづき亜里紗ありさの「平凡」な人生は、二年前に一変した。
 一般的な家庭に生まれ育ち、そこそこの大学を卒業し、商社に営業で採用されて一年、取引先に顔と名前を覚えてもらって仕事にも慣れてきた頃──それまでの人生が終わった。
 一人暮らしの、セキュリティは高めでその分少し狭いマンションに、厳つい男性二人がやってきた日曜日の朝。彼らがちらりと見せたのは警察手帳だった。
 聞けば、先日近所で引ったくりに遭った女性が怪我をした為に強盗致傷が成立し、その聞き込み調査だという──とは名ばかりで、明らかに亜里紗を「容疑者」と見ている。
 もちろん、亜里紗はそんなことはしていないが、確たるアリバイがなかった。事件当日、つまり前週の土曜日は、近くのコンビニで買い物をしたあとは、ぷらぷらと散歩していたからだ。
 あちこちにある監視カメラに亜里紗の姿は映っているが、肝心の犯行現場付近は監視カメラの死角で、個人宅のセキュリティカメラなどにも映らない絶妙な位置だった為、土地勘のある者の犯行だと推測されていた。
 そして、意識を回復した被害女性が言うに、犯人は二十代ほどの髪の長い女で、黒っぽいシャツとジーンズ──亜里紗はそれに合致していた。厳密に言わせてもらうなら、髪は「長い」というよりはセミロングだが。
 その日はアリバイの説明と身分証明だけで終わったが、「強盗致傷」の犯人を警察が放置するわけがない。
 容疑者、それもかなり有力と判断されたのか、亜里紗の家にも職場にも警察からの問い合わせ電話や任意での事情聴取協力依頼が二ヶ月以上続いた。
 そうなると、職場ではあらぬ噂が流れる。「営業の葉月さん、強盗か何かで警察に疑われているらしいよ」から、いつの間にか「売春がバレた」「いやクスリらしい」といった根も葉もない内容に変わった。
 前もって事情を説明したはずの上司からの視線も日を追うごとに冷ややかなものになり、恋人には別れを宣告され、トドメは両親からの「弟妹の将来に差し障るから分籍してほしい」という事実上の絶縁依頼。
 三ヶ月足らずで、亜里紗は心労で五キロ以上痩せた。元々が標準体重より細かったので、痩せたというよりやつれたに近かった。
 それも職場では「クスリを抜いているからだ」と噂を裏付けしたことになり、マンションでは近隣の人達に敬遠され、大家からは警察沙汰を起こすような人は出ていってほしいと管理会社経由で通告されて心身共に疲労しきっていたところに、家族にすら見放されて心が折れた。
 分籍手続きをして両親に控えを送り、連絡先を変えた。さすがにすぐには転職と引っ越しはできなかったが、会社としては辞めてほしがっていることもわかっていたし、マンションは退去勧告されている状態で、学生時代や社会人になってからの友人だと思っていた人達も離れていった。
 どんどん追いつめられている自覚はあったが、無罪の証明などどうすればいいのかわからなかった。弁護士に相談もしたが、民事ではなく刑事事件に関わることなので、警察に抗議することもできず、そうなると周りの人々への釈明も難しいと言われた。
 頼れる人もいないまま、まともな判断ができなくなってきたところに、人事部長から「今自主退職するなら、規定を変えて退職金を出す」と言われ、その場で退職届を書いて受理された。退職日までは有休消化と自宅待機でと指示され、誰にも挨拶もできずに逃げるように会社を去り、帰りにマンションの退去手続きもした。
 翌週にはマンスリーアパートを契約し、最低限の荷物だけで引っ越しを済ませたあと、ハローワークや派遣会社に求職手続きをした日。
 帰宅したら、部屋の前に、ファッション雑誌から抜け出したような美形が立っていた。
 亜里紗を見るなり土下座したその男が、蘇芳すおうはるか──今、亜里紗の目の前に座って、ファミレスのドリンクバーを堪能している。

 そもそもは、悠の母、雪乃ゆきのが「強盗致傷」事件の被害者だったことに起因する。蘇芳雪乃は、世界レベルで著名な蘇芳グループの創業一族の本家の一人娘で、総帥でもある。
 政財界に絶大な影響力を誇る蘇芳グループのトップが強盗致傷の被害者となれば、警察も威信をかけての捜査にならざるを得ない。同時に、グループへの社会的かつ経済的な影響を考慮し、蘇芳家はマスコミなどを押さえ込んだ。
 倒れていたところを通行人が通報し、駆けつけた警察官にぼんやりした記憶で犯人について語ったあと、雪乃は大事を取って入院していたという。
 本人は事件を思い出すと恐怖に震える為、警察もあまり事情聴取はしなかったというが、被害者への配慮と同時に雪乃の社会的地位がモノを言ったと思われる。
 そして一ヶ月以上が経過した頃、まだ犯人は捕まらないのか、それならこちらでも調べると雪乃の夫が警察に宣告し、権力財力をフル活用して調べた結果、どうやったのか容疑者数人の個人情報を手に入れた。
 それを雪乃に見せたところ、どの写真も「違う」と言うので裏付け調査をし、警察が追っている中に犯人はいないらしいと判断した蘇芳家は、私的に「その道のプロ」に犯人の捜索を依頼した。──そして、亜里紗が退職を迫られた当日、犯人は逮捕されていたという。
 警察から亜里紗に「容疑者を逮捕しました」など連絡はなかった。だから仕事を辞め、引っ越したものの、自分が無罪だと証明されたことを知らなかった。
 それは亜里紗以外の容疑者達も同様だったらしい。
「今回、母の件で受けられた被害の補償と謝罪をさせていただきたく──」
 玄関前で土下座されても困るので、近くのファミレスで話すことにしたら、名前と連絡先だけのシンプルな名刺を差し出した悠は、深々と頭を下げながら切り出した。
「今回の事件で、会社を退職せざるを得なかったと伺いました。また引っ越しもされていますし、慰謝料にはそれらも上乗せして──」
 顧問弁護士だという男性も同席し、破格といえる慰謝料と、退職した会社と転居したマンションの大家や管理会社に対して亜里紗の名誉回復を行うと説明を始めた彼らの言葉に、亜里紗は首を横に振った。
「いりません」
「……お怒りはご尤もですが」
 整いすぎていると思うくらいに端正な顔に、心底申し訳なさそうな表情を浮かべた悠を、魂の籠もっていない芸術品のようだと思いながら、亜里紗はアイスティーに口をつけた。
「怒ってるとかじゃなくて……」
 こんな時、白紙の小切手なんて本当に用意するんだ、と少し笑いたい気持ちで、亜里紗はもう一度拒絶を繰り返した。
「今回のことで私が失くしたものには、取り返しがつかない──お金でどうにもならないものがあるんです」
 仕事は、探せばいい。自主退職だし、彼らが前職場に対して名誉回復してくれるというなら、再就職に支障はないだろう。正社員が無理でも、生活できるだけの収入を得る為ならパートの掛け持ちでも何でもやる。
 恋人も友人も、亜里紗を信じてはくれなかった。誰にも信じてもらえなかったのは、亜里紗本人に問題があるのかもしれないと思い悩んだ。
 だから、分籍のことは言いたくなかった。もう知られているだろうけれど、家族にも見捨てられたとは口にしたくなかった。
「前の会社や近隣の方々の誤解を解いてくださるなら、それでいいです」
 亜里紗の言葉に、弁護士──守谷もりやが「そうなりますと、相場だと慰謝料としては百万から数百万前後ですが」と悠に確認する。
「慰謝料も不要です。会社から退職金をいただいたので、当面の生活費はありますから」
「ですが、それではこちらも申し訳が立ちません」
「──蘇芳さんの『申し訳』の為に、私に仕事や住まいだけでなく、プライドも捨てろとおっしゃるんですか?」
 仕事も住まいも恋人も友人も失った。事実を知れば、恋人はわからないが、友人は戻ってくるかもしれない。だが、一番苦しい時に信じてくれなかった人達を受け入れることは、亜里紗には無理だ。その程度の関係でしかなかったのだと、思い知らされたから。
「……失言でした」
 もう一度頭を下げた悠に「いいえ」と首を振って、亜里紗はこの不快で不毛な会話を打ち切ろうとした。
 そう、不毛だ。真実がわかったところで、失ったものは取り戻せない。
「ですが……せめて、母から直接謝罪だけでもさせていただけませんか」
「犯人に似ている女になんて、お母様はお会いしたくないのでは?」
「あなたが犯人に似ているわけではありません」
 だが、蘇芳雪乃が曖昧な記憶で曖昧な証言をしたおかげで、亜里紗は何もかも失くしたのだ。そう思うと、やりきれない。
「私も、お会いしたくないので」
「そう……ですね。葉月さんのお気持ちを考えれば、当然です」
 納得してくれたかと思ったら、「ですから」と悠が続けた。
「だからこそ、こちらとしてはできる限りの謝罪と補償を」
「そんなもの、強要しないでください」
 溜息まじりに答え、亜里紗はふと気づいたことを問いかけてみる。
「……もしかして、私が謝罪や補償を受け取らないと、あなたが責められるんですか?」
 雄弁は銀、沈黙は金。黙ってコーヒーカップに手を伸ばした悠の反応から、亜里紗は自分の質問が的中していると理解した。
「あなたのお母様は……何人かの人生を狂わせた挙げ句、その後始末すらご自分ではなさらないんですか」
「一応は、今も自分の言動を反省しているようですね。他人様の人生をめちゃくちゃにしたと泣き暮らしています。──ただ、あの人の場合、困ったわどうしましょうと泣いていれば、結局は周りがどうにかしてくれる人生を送ってきたものですから」
 母親に向けるには、辛辣な内容だ。今までも、母がトラブルを起こしたら悠が「どうにかして」きたのかもしれない。
 ──この人、私とおんなじかも。
 亜里紗は「噂」という形のないものに、悠は母親に。
 自分には責任がないのに、振り回されて疲れ果てている。
「……なら、修復してくれますか。私の人生」
「させていただけるなら。──職場も住まいも、ご希望があるなら、こちらで手配します」
「元の会社に戻りたいとも思わないので……」
「葉月さんは何もかも失われました。ですから、すべて満たされた状態に戻るよう当家が補償させていただきます」
 同じレベルの待遇の職場と住居を提供すると言う。蘇芳グループなら簡単だろう。子会社の下、孫会社どころか曾孫会社でも、亜里紗が勤めていた職場より上かもしれない。
「では、手配が完了したら私の方から連絡させていただきます」
「あ、はい」
 普段なら個人的な連絡先の交換は用心する亜里紗だが、この時はいわゆる「やさぐれモード」だったので特に気にせずに悠に自分の番号とIDを教えた。よく考えたら、同席している守谷を通じて連絡を取ればいいのに、そこまで頭が回らなかった。
「悠さま」
「他の方とは、金銭で解決した。あとは葉月さんに許していただくだけだし、守谷はもういい」
 亜里紗に対する丁重な態度とは正反対の傲岸不遜ごうがんふそんな口調でそう言って、蘇芳悠は清涼な笑みを見せた。

※この続きは製品版でお楽しみください。

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