【試し読み】絶倫魔王は新妻聖女の秘蜜に夢中!?
あらすじ
「君の蜜を、夜ごと俺に吸わせてくれ!」――王女として育ち婚約も決まって幸せだったヘンリエッタ。しかし突如、魔王に生贄として捧げる聖女に選ばれてしまう。泣く泣く嫁いだヘンリエッタだが、魔王コンラッドは寡黙ながらも優しく、夜ごと極上の愛撫で蕩かされて!? 次第に魔界での新婚生活にも慣れ、コンラッドを慕い始めていくヘンリエッタ。彼の本心を知りたい──相棒の魔法鳥から渡された薬を使うと、コンラッドの心の声が聞こえるように! 「愛している」そんな彼の本音を聞けば、恋心はますます燃え上がるばかりで……。ヘンリエッタに隠された秘密と、魔王の花嫁に選ばれた真の理由とは──。
登場人物
婚約が決まり、幸せな人生が待っていたはずが…魔王に生贄として捧げる聖女に選ばれてしまう。
魔王。漆黒の服を纏い、逞しい体躯を持つ。寡黙で近寄りがたい雰囲気だが心根は優しい。
試し読み
プロローグ
逞しい胸板、筋肉のついた二の腕、人を射抜くような冷たい紫色の瞳──。
恐ろしいほどに存在感のある魔王に、聖女ヘンリエッタは抱かれていた。
(ああ、また今日も……)
大きな掌が、ヘンリエッタの白い胸を包む。
ゴツゴツとした手が滑らかな肌を這い回ると、それだけで全身が粟立つような感覚に襲われる。白銀色の長い髪を揺らして、ヘンリエッタは息を呑んだ。
(駄目よ、感じてしまうわ)
魔王の手は、思いのほか優しい。まるで大切なものを扱うような仕草に、ヘンリエッタの心にさざ波が立つ。
『なんて可愛いんだ。食べてしまいたい……愛している!』
突然、魔王の声が上から降ってきた。
(コンラッド様……!)
熱烈な言葉に驚いて、ヘンリエッタは魔王を見つめる。
しかし彼は、いつものように険しい表情をしているだけだ。
その声の調子は、普段の彼とは違う。彼自身の声ではなく、洞窟の奥で響くような、不思議な声音……。
『ヘンリエッタ、なんて美しくて可愛らしくて……そしていやらしい姫だ!』
ふたたび、声が降り注ぐ。
(そんな、コンラッド様! いやらしいだなんて……)
恥ずかしさと喜びのあまり、ヘンリエッタは目をしばたたかせて魔王を見る。
魔王は、少し切なそうな表情でヘンリエッタを抱き締めている。
(コンラッド様の本音を聞けるなんて、嬉しくてたまらないわ)
ヘンリエッタは思い出す。
この城へやってきてからすっかりヘンリエッタの良き相談役となっている、極彩色の魔法鳥のことを。
(パティがこの薬を教えてくれたおかげね)
陶然とした表情で、ヘンリエッタは彼を見つめる。
『そんなに可愛い瞳で、俺を見ないでくれ』
魔王はヘンリエッタをぎゅっと抱き寄せた。
「コ……コンラッド様?」
その動きに、ヘンリエッタは戸惑ってしまう。
『ヘンリエッタよ、どうか怖がらないでくれ』
無言のまま、魔王はヘンリエッタをぎゅっと抱き寄せる。背中に触れる大きな手は、優しくヘンリエッタを撫でる。
(コンラッド様、違います、私は決して、怖がってなどおりません)
大柄な男がふとした合間に見せるその弱い姿に、ヘンリエッタの胸はときめく。
魔王コンラッドは実は人間と変わらないのかもしれない──そんな風に思ってしまう。
(ああ、良かった。パティに相談して。パティの言葉は、間違いではなかったようね)
魔王の胸に顔をうずめて、ヘンリエッタは独りごちる。
魔法鳥パティが差し出してきた秘密の薬。それはたしかに、恋人たちの夜に効果を発揮するようだった──。
第一章 王女は聖女に選ばれて
ブライトフィールズ王国は、大きな島の東側に位置する国である。高い山がなく開けた土地に草原の広がる温暖で多湿な農業国であり、大陸との間での交易も盛んだ。島国のため他国から攻められることもなく、ここ数百年の間は平和を維持してきた。
ヘンリエッタはこの国の王女として生を受けた。二人の兄と三人の姉に囲まれた末っ子で、何不自由なく育てられたヘンリエッタは、無邪気で好奇心が旺盛な性格の少女へと成長した。
長く伸ばした光り輝くプラチナブロンドと夕日のような茜色の瞳は、この国ではとても珍しいもので、国民からの人気も高い。
末娘であるヘンリエッタは、先代の王妃でもある祖母を特に慕っている。
──高貴な身分の者にしかできないこともある。あなたも、王族に生まれたものとしての役目を果たすのですよ。
祖母はいつもヘンリエッタにそう言い聞かせてきた。彼女は隣国の王女として生まれ、政略結婚によりこの王国へ嫁いできたのだ。祖国とブライトフィールズ王国の融和のために、たくさん努力を重ねた功労者だ。
(私もお祖母様と同じ使命を負っているの。国民一人一人の痛みや悲しみを想像できる王女でなければならないわ)
今は平和な王国だが、しかし病める者や貧しい者はたくさんいる。王女として生まれたからには、ヘンリエッタ自身ができる限りのことをしなければならない──常にそう考えている。
──とはいえ、ヘンリエッタも一人の女性だ。
楽しいことや美しいものが大好きである。家庭教師による授業のかたわら、余暇の時間には油絵を描き、あまり上手ではないピアノを弾いたり、恋愛小説を読んだり、友人たちとお喋りしたりと、充実した青春時代を過ごす。
そして流行のドレスをあつらえ、社交界デビューして──トントン拍子に事は運び、ヘンリエッタは十八歳で婚約した。
婚約相手であるサマセット公爵家の長男エリックは、栗色の柔らかい髪と瞳を持つ美男子で、社交界の華である。気取った性格ゆえヘンリエッタとは少し馬が合わないが、結婚相手としては申し分ない。ヘンリエッタに嫉妬する貴族令嬢もいたが、二人は国民から温かな祝福を受けた。
(私は王女。王族としての務めをまっとうして、幸せになるのよ)
ヘンリエッタの人生は、何もかもが順調だった。そう思い込もうとした。
──しかしそんなヘンリエッタに、悲劇が襲うことになる。
ある蒸し暑い夏の夜、王都の中心にある丘の大木に雷が落ちた。実に数百年ぶりとなる、魔王からの聖女選定の啓示である。
古来より、ブライトフィールズ王国は魔界と密接なつながりを持っていた。魔王の持つ力は強大ゆえ、その存在自体が他の邪気から王国を守ってくれる。その対価として、王国は啓示を受けたときはすみやかに聖女を選び、魔王の妻として捧げる。聖女は伝統的に、身分を問わず国中の未婚の女性から占いによって選ばれていた。
慣例に従い、王都の丘にある神殿では、聖女を選ぶ儀式が開かれた。司祭が転がした賽の目が示す生年月日の娘が、国中から集められた。
その中に、なんとヘンリエッタも含まれていたのである。
(私、どうなってしまうの……!)
ヘンリエッタは打ちひしがれ、さめざめと泣いた。
奇しくも婚約が決まった身である。婚約者のエリックは、女遊びが過ぎるとの噂を聞くものの、ヘンリエッタには優しい。彼から求婚してきたのだから、大切にしてくれるのは間違いがないだろう。公爵家の長男で国王の遠戚に当たるため、家格や資産などの面でも釣り合いが取れている。ヘンリエッタは次期公爵夫人として、平穏な未来が約束されているのだ。
(このまま順調に、幸せな人生を送れるはずだったのに……)
ヘンリエッタは心労のあまり、食べ物も喉を通らなくなった。
そして一週間後、生贄に捧げる一人を選ぶ祭りが開かれる。該当者は五人いた。一人ずつに番号が付けられ、ふたたび長老が賽の目を振った。
出た目は三番──それはヘンリエッタを示していた。
(そんな……まさか)
会場はどよめきに包まれる。
ヘンリエッタはその場に崩れ落ちた。
涙がポタポタと零れ落ちて、床を濡らす。
(どうして私が選ばれてしまったの……!)
王女として、何一つ不自由なく育ってきた。素直な性格だと言われるが、自分では少し世間知らずな気もする。社交界から羨まれるような婚約も決まり、幸せの絶頂だ。
(なのに……どうして?)
聖女を魔王に捧げる儀式までの間、ヘンリエッタはずっと泣き暮らして過ごすのだった。
ヘンリエッタが聖女に選ばれたことは、国内で大きな話題となった。なにせそれまでは国王の末娘ということで、国民全体の妹のように大切に慈しまれてきたのである。だから聖女に選ばれたことを悲しむ者は多かったのだ。
しかし聖女は自らの犠牲と引き換えに国に繁栄をもたらす尊い存在でもある。選出されたからには、きちんと役目を果たさなければならない。
(どちらにしろ、私が心を強く持てばいいのだわ)
仕立てたばかりのウェディングドレスを見つめながら、ヘンリエッタは溜め息を吐く。ふんわりと優雅に広がる裾は繊細なレースで彩られ、ヘンリエッタの愛らしさを強調する意匠となっている。ヘンリエッタはもう、このドレスを着ることはない。体に沿ったラインの巫女のための衣装を着て、魔王へ嫁ぐのだから。
(せめてもの記念に、結婚式のためにあつらえた装飾品を着けられないかしら……)
両親が王国随一の宝飾職人に作らせたルビーとダイヤモンドの首飾りを思い浮かべ、ヘンリエッタは溜め息を吐く。それは王女のティアラと対になる、上品で美しいものだった。
「ヘンリエッタ、そんなに悲しい顔をしないで」
婚約者のエリックが、ヘンリエッタの手をそっと握った。
公爵家の長男である彼は、社交界では遊び人だとの評判だ。けれどもヘンリエッタと二人でいるときは、誠実な青年である。
「でも、私はあなたと結婚する予定だったのに──」
「そうだ、僕も辛い。君が魔王の花嫁となってしまうだなんて……」
過剰なほどに悲しみを含んだ声で、エリックは言った。
「ごめんなさい、エリック」
「君を魔王のもとから助け出すよ」
エリックは社交界屈指の色男である。まるで歌劇のヒーローのような台詞を口にして、ヘンリエッタを抱き締めた。
腰に乗せたウェディングドレスが、赤い絨毯の床にはらりと落ちる。
「それは危ないわ。私は魔王に選ばれたの。国民やあなたの身の安全とこれからの繁栄のためにも、きちんと役目を果たさなければ」
「ヘンリエッタ。君はなんて偉大なんだ」
エリックはヘンリエッタの手の甲にそっと唇で触れた。
それが彼の最後の口付けだった。
それからヘンリエッタは大切な家族にも別れを告げた。これまで育ててくれた感謝の気持ちを伝えたかったのだ。
大切に見守ってきた祖母は、泣きながらヘンリエッタを抱き締めた。
──大丈夫。私は国民のために魔王へ嫁ぐのです。
ヘンリエッタの意志の固さを見て、祖母は驚いたようである。
──ヘンリエッタ。あなたはなんて立派なの。ブライトフィールズ王国の王女として、立派に魔王の妃となりなさい。
祖母は、ヘンリエッタの手を握りそう励ました。
──任せてください、お祖母様。
もう泣かないと決めた。聖女としての運命を受け入れると決めたから。
ヘンリエッタは瞳に強さの宿った顔を上げ、しっかりと前を向くのだった。
王都を見下ろす高台に、魔王を奉る石造りの神殿がある。何百年も前から静かに人々を見守ってきたそれは、現在では儀式のときにだけ使われるため、ところどころの柱が折れ、朽ち果てている。
(ああ、ついに生まれ育った世界とお別れをするのね)
ヘンリエッタは神殿の中心に佇んでいる。
その華奢な身に纏っているのは、普段とは違う、白い絹のドレスだ。胸のあたりで切り替えが入り、その下は足首まで、ストンと流れるように落ちている。神話に登場する巫女のような衣装だが、これが魔王への生贄の花嫁衣装と昔から決まっているらしい。結婚を祝して作られた、大きなルビーを美しいダイヤモンドが囲むデザインの首飾りは、人間界で暮らした証として、王女のティアラとともに身に着けた。ヘンリエッタを哀れんだ宝飾職人は、せめてもの餞として、ドレスの肩と裾を彩るルビーの飾りを作った。
背筋を伸ばし前を向くヘンリエッタには王女の風格が漂い、美しい。
周りには難しい顔で正装をした王族や司祭がおり、ヘンリエッタの様子を遠くから、神妙な面持ちで見守っている。婚約者エリックも、ヘンリエッタに未練がましい視線を向けていた。
(私、ついに魔王の花嫁になるのだわ)
先ほどから空には雲が立ちこめ、昼間だというのにあたりは薄暗い。
そして魔王から迎えが来る、午後三時。
ゴロゴロッ──。
空に雷が閃き轟音があたりに響いた。
(な、なに?)
恐怖のあまり、ヘンリエッタは身をすくめた。
目映い光が、ヘンリエッタを包む。
(え……?)
あまりにも一瞬の出来事で、ヘンリエッタの理解が追いつかない。体は宙を舞い、空に吸い込まれていく。
(私、空を飛んでいるの?)
地上がぐんぐん遠くなっていく。煉瓦造りの建物が並ぶ街が、ヘンリエッタの育った立派な城が、豆粒のように小さくなっていく。
次第に体が水蒸気に包まれる──それはヘンリエッタが地上から眺めていた雲なのだと気付く。
傍らにいつの間にか黒い影が寄り添っていた──彼が自分を娶るという魔王だろうか。
(本当に、魔界へ連れ去られてしまうの?)
不安を覚えた刹那、光のトンネルに吸い込まれた。極彩色の幾何学模様と神々しい光が、ヘンリエッタを包む。
神秘的な体験に、ヘンリエッタは戸惑う。傍らの黒い影は何も語らない。鼓動が、高鳴っていく。
そして光の洪水を抜けた先に現れたのは──雲の中に浮かぶ島であった。
(何? ここが、魔界?)
島には街があり、まがまがしい古い石造りの城が、その中心にそびえ立っている。
隣にいる黒い影が、ヘンリエッタの腕をぎゅっと掴む。
その影の導くままに、ヘンリエッタは街の上空を飛び、城に吸い込まれていく。
門を越えるといよいよ城の扉の前だ。重厚な古ぼけた木製の扉が、ゆっくりと開いていく。
その前に広がった光景に、ヘンリエッタは息を呑んだ。
(こんな、まさか──)
目の前にあったのは──古ぼけた外見からは想像もできない、色彩豊かな城の内装だったからだ!
(どういうこと?)
ヘンリエッタは、隣に立つ影に目を向けた。
影はヘンリエッタに向き直る。漆黒の服を纏った、大柄な男のようである。黒髪に紫水晶のような神秘的な瞳をしている。容姿端麗で、色がとても白い。鼻筋がすっと通っていて、唇は薄い。そして切れ長の瞳の眼光は鋭かった。睨まれたら身がすくんでしまいそうだ。
そんな男の瞳が、まっすぐにヘンリエッタを見つめている。
(この方が、魔王?)
あっけにとられて見つめていると、おもむろに男が口を開いた。
「ヘンリエッタ、今日からよろしく。俺はコンラッドだ。歓迎するよ、さあ、ともに行こう」
魔王はぶっきらぼうに言うと、ヘンリエッタに向かってぎこちなく微笑んだ。
(……コンラッド、様)
初めて聞く名前、そして魔王の意外な表情。
ヘンリエッタは、胸を掻きむしられるような心持ちになったのだった。
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