【試し読み】俺様オーナーの甘すぎる誘惑~強引なオトナの関係に酔わされまして~

作家:春密まつり
イラスト:上原た壱
レーベル:夢中文庫クリスタル
発売日:2021/1/5
販売価格:500円
あらすじ

飲料メーカーで企画開発をしている帆乃香は、行きつけのバーで初めて会ったバーテンダーに仕事の愚痴を聞いてもらっていたが、褒められてつい飲みすぎてしまい、そのまま彼と一夜を共にしてしまう。翌朝、もうあの店には行けないと後悔するが、身体の気だるさに反してなぜか仕事の調子が良く、後輩との関係も良好に。彼に慰めてもらったおかげ? と思っていたそんな時、取引先で、一夜の相手・一颯(いぶき)と再会する。「あの日お前もよかっただろ?」再び誘惑されて始まったオトナの関係。手慣れていそうな彼へ湧きはじめた想いに蓋をする帆乃香だったが、一颯は身体だけじゃなく心まで甘やかしてきて――?

登場人物
八木帆乃香(やぎほのか)
飲料メーカー勤務。仕事の愚痴を聞いてもらったバーテンダー・一颯と一夜を共にする。
星名一颯(ほしないぶき)
バーテンダー。一夜の相手だったが、偶然再会し帆乃香とオトナの関係を続けることに。
試し読み

「やっぱりここのカクテルはすごくおいしい」
 八木やぎ帆乃香ほのかは、感嘆の息を洩らしながらバーのカウンターに突っ伏した。飲みすぎている自覚はあるが、まだまだ飲み足りない。まだ水曜日だけど、今日はいつも以上に酔ってしまいたい気分だった。
「次は何にしようかな~」
 顔を上げてメニューを眺める。
「飲みすぎではないか?」
 カウンターの向こうにいる、身長が高くスラっとして堅い口調の男性がグラスを磨きながら帆乃香を見下ろしている。
 ここのバーは自宅マンションから徒歩圏内で、人もほどよく少なくて気に入っていた。大人が多くて落ち着いているので居心地もよく、通い詰めているからか店員に顔を覚えられるようになったし、帆乃香も覚えるようになっていた。けれど彼を見たのは初めてだ。新人だろうか。
「……結局リーダーなんて嫌われ役なのよ」
 飲みすぎだというわりに、新しいカクテルを用意してくれた。お水と一緒に出されたけれど、カクテルだけを一口飲んだ。
「後輩に注意すればおつぼねって陰口を言われて、課長にはちゃんとまとめろって言われて……」
「板挟みというやつか」
 仲が良かった他のバーテンダーはとても聞き上手でついつい会社の愚痴を話してしまっていたが、おそらく新人の彼はまた違った話しやすさがあり、入店から黙々とカクテルを飲み続けていただけだったが、ついには仕事の愚痴をこぼし始めてしまっていた。
「今日も後輩のミスで課長にすごく怒られて、そこまで大きなミスではないから手順の変更を提案したら「仕事はできるがかわいげのない女だ」って怒鳴られて……しかも後輩がトイレで会話してたの聞いちゃったの」
「なにをだ?」
「結婚できなさそうなかわいそうなお局……って」
 帆乃香はもう一度バーカウンターに突っ伏す。
「仕事が楽しいから専念してただけなのに、もうそんなこと言われる年齢になったんだなって思ったらやるせなくて」
「……今いくつだ?」
「二十八歳ですけど……あなたは?」
「三十五だ。まだまだ若いじゃないか」
 三十五歳からしたら若いかもしれないが、後輩が多い今の職場にいるとそんな気はまったくしない。
「でも一般的には結婚適齢期って言われてるじゃない……二十三歳の後輩に比べれば私なんて」
 自分で言っていて空しくなるが、止まらなかった。追加注文したはずのカクテルはもう飲み干してしまった。
「注文する前に、せめて水を飲め」
 初対面のくせに過保護だ。けれど最近会社では後輩の世話ばかりしていたり、上司からは理不尽な指示ばかりされて、久しぶりに面倒を見られている気がして楽になった。
 帆乃香は彼に言われた通り水を一口飲んでから、次のカクテルを注文した。
「これで最後だぞ」
 目の前に置かれたのは、ピンク色の甘そうなカクテルだった。頭の中に女の子らしくて可愛らしい後輩の顔が浮かぶ。ああいう子なら、きっとすぐに結婚できるのだろう。
「どうせ結婚できないのもわかってるし……仕事以外で男の人と出会うことなんてないし」
「……」
 新人バーテンダーはついに黙り込んでしまった。
 さすがに愚痴も飽きてしまったのだろう。帆乃香はカクテルを飲み干し、さすがにもう帰ろうと会計をお願いするために顔を上げた。すると、バーテンダーはじっと帆乃香を見つめていた。
「……こんなにきれいなのにな」
 パチパチと瞬きをする。お酒の飲みすぎで幻聴でも聞こえているのだろうか。久しく人に褒められることもないので、そう思うしかない。
「都合のいい耳でよかった……」
「聞こえなかったか? お前は自信を持てばいい。今まで通り過ぎた男はセンスがなかっただけだ」
 真剣な表情で見つめられながらのセリフは、酔っている頭にも沁み込んでいった。
「……お兄さん優しい……さすがバーテンダーはお世辞がうまいね」
 先日対応してくれていたバーデンダーも優しく親身になって話を聞いてくれたが、彼ほど人を褒めたりはしなかった。
「お世辞じゃない。今日ずっときれいだと思って見てた」
 でもこの人はさすがにおだてが過ぎる。恥ずかしくなって、うつむいてカクテルに口をつけようとしたが、グラスが空になっていたので代わりに水を飲んだ。
「っ……そういうことみんなに言うの? トラブルになるからやめたほうがいいよ」
「お前だけだ」
「……私酔いすぎてるのかな。でももう一杯飲みたい気分」
 甘いセリフに気分がよくなり、さらにお酒が飲みたくなる。
「残念だな、もうすぐ閉店だ。帰れるのか?」
 いったい何時まで飲んでいたのだろう。平日だというのに。明日起きられるだろうか。お酒の匂いは消していかないとまた上司に嫌味を言われてしまう。後輩にだって笑われてしまう。お酒の酔いと眠気が混ざり合い、帆乃香はカウンターに突っ伏したまま目を閉じた。
「店閉めたら送る」
 低音の甘い声が、鼓膜を心地よくくすぐった。

「ほら、着いた」
「……え……?」
 目を覚ますと、帆乃香は白くて広いベッドの上にいた。声がした方向を見上げると、見慣れない顔の人がいて、ぼんやりと眺める。
「まだ酔ってるのか?」
「あー新人さんだあ」
 口調で、彼が誰だったかはっきりと思い出した。初対面のくせに少し高圧的で、なのに褒めてくれる優しいバーテンダーだ。でも、バーテンダー特有のベストは着ていない。
「大丈夫か? 水飲め」
「ありがとう……」
 蓋の開いたペットボトルの水を手渡されて、起き上がり、口にする。喉を通る冷たい水が気持ちいい。
「まったく飲みすぎだとあれほど」
「……だってあなたがおだてるから気持ちよくなっちゃって」
 本当はもっとお酒と一緒に彼のセリフを聞いていたかったけれど、いつの間にか眠ってしまっていたみたいだ。
「いいのか? 知らない男とホテルに来て」
 見るからに誰かの部屋ではなくホテルだということは気づいていた。しかも、ビジネスホテルやラブホテルなどではなくちょっといいホテルの部屋みたいだ。ビジネスホテルの三部屋分くらいの広々とした部屋に、清潔なベッドと高級そうなアンティークの家具。
「……優しいから別にいいよ」
 水をもう一口飲んだ。見上げて彼の顔をまじまじと見つめる。薄暗いバーではよく見えなかったが、こんな顔をしていたのだとぼんやり眺めていた。凛々しくきりりとした意志の強そうな瞳。黒い髪と同じ色の黒い瞳に吸い込まれそうだ。
「そんなに見るな」
「……ごめんなさい。こんなかっこいい人にお世辞でも褒められたんだって思ったら」
「だから、お世辞ではないと何度も」
「きゃっ」
 持っていたペットボトルを奪われ、トンと肩を押されベッドにまた沈む。すぐに彼の手が帆乃香の顔に横に置かれ、まっすぐ見下ろす。
「そんなに油断すると襲われても文句言えないぞ」
 お酒のせいで頭がふわふわとしていてちゃんと考えることができないのに、まっすぐ見つめてくる鋭い視線が熱を持っていることはわかった。
 男の人からそんな目をされたのはいつ振りだろう。
 前に彼氏がいたのは大学時代なので別れてからもう何年も経っている。就職後は仕事に夢中だったので、いい人と出会うこともなかったし出会いを求めに行くことも滅多になかった。バーで愚痴っていてもこんな展開になったことなんてなかった。
 こんな機会二度とおとずれないかもしれない。
「わ……私でよければ」
「ふ、なんだそれ」
 わずかに口元を緩めた彼は、そのままゆっくりと顔を近づけてくる。帆乃香が逃げないか様子を見ているみたいに時間をかけて、唇が重なった。
「ん……」
「……嫌になったら言えよ」
 こくりと頷くと、もう一度唇が落ちてくる。
 キスをするのも久しぶりだ。甘い感覚に、帆乃香の思考はとろけていく。お酒を飲んでいる時よりも気持ちがよかった。
「ん、ぅ」
 深く唇が重なり、彼の親指によって唇が開かされ舌を受け入れる。分厚い舌が帆乃香の咥内をかき回し、舌を吸い上げる。唾液の混ざる音が帆乃香の頭の中で響く。お酒の熱は冷めてきたので、今身体を灯しているのは違う熱だ。
 しばらく味わっていなかった感覚に、胸が高鳴る。
「……なあ。名前は?」
 舌先で唇をなぞられると背筋が震えた。
「……八木、です」
「下の名前は?」
「帆乃香」
「……帆乃香、だな」
 男の人の声で呼び捨てにされ、ドキリとした。どれだけ仕事以外で男の人と関わっていなかったのかと自覚する。
「あなたは?」
一颯いぶき
「いぶき、さん……」
「そう」
 一颯は満足そうに微笑み、帆乃香の首元に顔を埋める。首筋を吸われて背中が浮いた。ちゅ、と何度も首筋を吸い、その間に一颯の手は帆乃香の服を脱がしていく。慣れた手つきに、さすがモテそうなバーテンダーだと思いながらも、考えないことにした。
 どうせ一夜限りだ。
 大人なのだからこういう日があってもいい。

※この続きは製品版でお楽しみください。

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