【試し読み】別人みたいなアイツと復活愛~俺様社長がグイグイ迫ってきます!~
あらすじ
二十歳の時、麻莉奈は修也から「終わりにしよう」と言われ、一方的に振られた。取り付く島もない態度にどれほど傷ついたことか。八年経った今も心の片隅でチクチクする痛い過去。それなのに会社が吸収され、新社長に就任したのが修也ってどういうこと!? さらにはいきなりの異動でまったく知識のない秘書に任命されて……これもまた修也の一方的な指名だった。おかげで社内では色目を使ったなどと後ろ指をさされ、大迷惑。そんな麻莉奈に修也が迫ってくる。「俺を好きになって……麻莉奈」冗談じゃないと思うものの、社長命令と言われて二人きりになれば、あの時のことが蘇ってしまって――お願いだから、そんなにグイグイ迫らないでっ
登場人物
八年前に一方的に振られ、傷ついた心が癒えないまま、思わぬ形で修也と再会する。
新社長として現れ、秘書として麻莉奈をそばに置く。社長命令として少々強引に迫ることも。
試し読み
プロローグ
「終わりにしよう」
そう言った恋人──君塚修也の声は淡々としていて、いつもとなんら変わらない。
二週間ぶりのデートは修也の部屋だった。
ここ最近は忙しかったらしく、なかなか会えなかった。「話がある」と言われて嬉々として来たものの、いつまでも話しだそうとしない修也の重い口がやっと開いたと思えば。
夢でも見てるのかな──そう現実逃避しかけて首を振る。
「なに、言ってるの?」
動揺を必死に隠しながら麻莉奈が聞くと、彼は艶のある黒髪をグシャリとかき上げて、長いまつ毛をそっと伏せた。
こっちを向いてと修也のシャツを掴む。いつもはあまり変わることのない彼の表情には、苛立ちの色が見えた。
細くなった目元は長いまつ毛で覆われていて、眉間にはくっきりとシワが寄っている。
一八〇近い身長で、怖いほどに整った顔つきの修也は、少し目を細めるだけで冷淡な印象になる。口数が少ないからよけいに周囲にはそう見えるだろう。
相手を威嚇しているわけでもないのに怖がられてしまう。そんな誤解をされていることが麻莉奈としては悔しくてならなかった。もっとニコニコ笑っていたら、きっとみんな修也を好きになる。だがそれは麻莉奈の望むところではなく、心中は複雑だ。
二人でいる時はたまに笑うし、麻莉奈ほどではないが言葉を返してくれる。
少なくとも麻莉奈が知る修也は、理由も言わずこんな風に不機嫌な顔を見せる人ではなかった。
(なんで……?)
大学でほかに好きな人ができた。
価値観の違い。
社会人になるタイミングで区切りをつけたい。
そんなよくありがちな理由を頭の中で並べ連ねてみても、本当のところはわからない。
別れ話になるような出来事など、今の今まで何一つなかったはずだ。
(理由も、言ってくれないの?)
麻莉奈はなにも語ろうとしない修也を、どこか諦念の思いで見つめた。
二歳上の修也は麻莉奈の育ての母の、姉の息子だ。
つまり、いとこという関係だが、自分たちの間に血の繋がりはない。実母は麻莉奈を産んですぐに亡くなった。
父の再婚相手である母は、本当の娘のように麻莉奈を可愛がってくれたのだが、初めての子育てに迷うこともあったらしくよく姉に頼っていたそうだ。
だから、物心もつかない頃から頻繁に君塚家に出入りし、修也の母親である聡美とも親しくしていた。いつからそばにいたのかわからないくらい、当たり前のように修也の姿がそばにあった。
必要以上に話さないし、楽しそうにしていたわけでもないのだが、修也は不思議と麻莉奈といることを望んだ。そして麻莉奈も二人でいるのを当たり前のように思っていた。
二人の関係が変わってきたのは中学くらいだったように思う。手が触れたり、肩が触れたりするたびにドキドキしていたら、なんとなく目が合って、キスをしていた。
初めて彼に抱かれたのは高校の頃だ。
君塚の家で、伯父たちが仕事でいない間の艶事は罪悪感があったが、一度触れあってしまったらもう止められなかった。
『俺が大学卒業したら、結婚しよう』
汗ばんで濡れた髪をかき上げながら修也が言った。麻莉奈はポカンと口を開けて聞いていた。
『私が……じゃなくて?』
『そんなに待てない。籍だけでもいい』
『ずっと一緒にいられるならいいよ。結婚……結婚かぁ』
ニヤニヤしてしまった麻莉奈の頬を愛おしそうに撫でてきた彼は、普段はそう変わることのない表情を崩し、心底幸せそうな笑みを浮かべて『楽しみだ』そう言った。
互いに気持ちが盛り上がっていたのは否定できない。プロポーズに躊躇いなく頷けるくらいには彼への愛情は大きかった。
(出会って、十八年くらい……? もう熟年夫婦レベルだし)
修也は大学を卒業し、この春から父親が代表を務める会社に就職が決まっている。
生活が合わなくなる、なんて今まで何度もあった。それこそ、高校受験、大学受験で数ヶ月会えないなど、自分たちの付きあいにだってそれなりに波があったのだ。
それでも、別れを選んだことは今まで一度もなかった。たとえケンカになったとしても離れられない、そういう絆が自分たちにはあると思っていた。
(そう感じてたのは、私だけだったのかな……)
もしかしたら、修也は麻莉奈との関係を清算したかったのかもしれない。本気で好きだと思っていたのは麻莉奈だけだったのかもしれない。
一生を誓いあった夫婦だって、ある日突然上手くいかなくなることがある。むしろ、小さい頃からそばにいた相手と恋人関係になる、そんな麻莉奈たちが珍しいと友人に言われたこともあった。
たしかに以前は「結婚したい」と思ってくれていたのかもしれないが、修也の気持ちが変わった可能性だって十分にあるだろう。
言葉少なだし無表情だしで怖がられてはいるが、遠巻きに見つめる女性の視線が恋情を含んでいると麻莉奈は知っている。今までは麻莉奈以外の女性に修也が興味を示さなかっただけ。
(誰か、ほかに好きな人ができたの?)
そう考えて、心が悲鳴を上げる。嫌だ。修也がほかの誰かを好きになるなんて想像もしたくない。その誰かを憎んで、呪ってしまいそうだ。絶対に知りたくない。受け入れられない。
胸がグチャグチャになりそうなほど不快な感情が込み上げてくる。息が上がり涙がこぼれそうになるが、唇を噛みしめてなんとか耐えた。
こんな時にも強がりな自分は、感情のままに振る舞うことができない。修也はそんな麻莉奈の性格を理解しているはずだ。だから、なにも言わないのだろうか。
「なんで? 意味がわからないよ」
両手で自分の髪をグシャグシャにかき回す。麻莉奈の滑らかな茶色の髪はもとよりクセがつきにくく、乱したとしてもスルリと下に落ちるだけだ。
興奮のせいか頬が熱い。透き通るように白い麻莉奈の頬は、赤く染まっている。
ムッと唇を尖らせて、全身で〝納得できない〟と訴える。涙を堪え赤らんだ目を向けると、修也が虚を衝かれたような顔をした。
「終わりにしようってなんなの?」
「言葉のままだ」
フイと目を逸らされる。
とても冗談を言っているようには思えない。そもそも、修也が冗談を言ってふざけているところなど、一度も見たことはなかった。
嘘だと思いたかった。だが、取りつく島もない修也の態度に不安は増していく。
「私、なにか怒らせるようなことした?」
縋るように聞いても、修也は目を合わせてもくれない。
「私のこと、好きじゃなかった? 大学卒業したら結婚しようって言ったじゃない。私のことからかってたの?」
自分で言っておきながら、胸がジリジリと焼きつくように痛い。
(なんでよ……ねぇ)
声を出そうとすると唇が震えて、上手く言葉にならない。悲しくて悔しくて頭が混乱する。
好きじゃなかった、ほかに好きな人がいる、そんな言葉は聞きたくない。結婚するつもりはなかった。からかっていただけだ、それで頷けるはずもない。
では、修也に理由を言わせてどうするのだろう。どんな理由だったら納得できるのか。
(納得なんて……できるはずないじゃない!)
どんな言葉を与えられたところで「それならしょうがないね」なんて理解を示すことなどできない。
もともとそう言葉は多くない人だけれど、たしかに麻莉奈を愛してくれていた。
愛してくれていた、とそう思っていた。
けれど、今、その自信が脆くも崩れ去ろうとしている。
わからなくなってしまった。本当はどうだったのか。
彼から向けられる情欲を、愛情と勘違いしていたのではないのか。それを否定できるだけの根拠はない。長年の付きあいだから知っている気になっていただけかもしれない。
将来を誓いあったカップルが別れることなんて、よくある。
自分たちは絶対に大丈夫だと、どうして今まで彼の愛情を信じていられたのだろう。
「今までのことは、全部、私の勘違いだったの?」
「麻莉奈……俺は……っ」
麻莉奈は咄嗟に彼の胸ぐらを掴んで唇を塞ぐ。
彼の口から語られる言葉を聞くのが怖かった。自分から聞いておいて、そうだと肯定されるのが嫌だった。
すると、彼は目を瞬かせて身体を固くした。黒い瞳が困惑に染まり、いつもなら腰に回る手は今日は下ろされたままだ。
誘うように身を乗りだして、彼の口腔に舌を差し入れる。絡まる舌はこんなにも熱いのに、気持ちはどんどん冷えていく。修也の鋭い視線が突き刺さっても、麻莉奈は自分を止めることができなかった。
「はっ……んん」
必死に舌を動かして口蓋や歯裏までもを舐めると、慣れた身体が反応を示す。下腹部が熱を帯びてゾクゾクと甘い痺れが駆け抜ける。重ねた唇の隙間から漏れる修也の息遣いも、荒くなっていた。
別れるなんて、きっと冗談だよね──このまま、修也の肌に手を這わせたら、いつもと同じように麻莉奈を愛してくれるはずだ。そう思い修也の下肢に手を伸ばすと、彼のキツく細められていた目がますます吊り上がり、痛いほどに腕を掴まれる。
「やめろ……っ!」
咎めるような、焦ったような口調で修也の唇が離れていく。
「なんでよ」
握りしめた拳で修也の胸元を叩くと、ため息が返された。
そして修也はバツが悪そうな顔をして、濡れた唇を拭う。気まずい沈黙が落ちる。
「ねぇ、なんで……?」
修也のシャツを掴んで揺さぶるが、彼の目がこちらを向くことはなかった。
本当は理由を聞きたいわけではない。ただ、考え直してほしかった。冗談だと言ってほしかった。修也が本気で麻莉奈と別れたいなど、到底受け入れられなかっただけだ。
「ひどいよ」
だが、きっともう無理なのだろう。
彼の意志は強固だ。終わりにしようという彼の言葉が嘘や冗談でないのなら、麻莉奈には頷く以外の選択肢は与えられていない。これ以上なにを言ったところで、修也の気持ちが麻莉奈にないのなら辛いだけだ。
(修也は、私と別れて、平気なんだね……)
この先も親戚として顔を合わせることもあるだろう。両親や伯母たちは麻莉奈と修也の関係を知らない。仲の良いいとこだと思っているはずだ。急に話さなくなったり、態度がおかしかったりしたら怪しまれる。
麻莉奈が平気な顔をしてないと修也が困る。特に、麻莉奈を溺愛している父に知られでもしたら、責められるのは修也だ。別れたくはないが、彼を困らせるのはもっと嫌だ。
麻莉奈は自分を落ち着かせるように深く息を吐いた。
「わかった」
もう声は震えてはいない。
不思議と冷静でいられた。涙がこぼれることもなかった。
麻莉奈が受け入れたことに驚いたのか、はたまたもっとごねて拗ねるとでも思っていたのか、修也は顔色を失っていた。
自分が振ったくせに。まるで自分が振られたみたいに。
「私、帰る」
「ああ」
修也の顔は見なかった。
立ち上がり、部屋から出る時も振り返らなかった。
第一章
満員電車の中、いつもドア付近に立つ男子高生と女子高生のカップルの姿がないことに気づき、麻莉奈は視線だけを動かし周りを見た。
(卒業したのかしら……)
毎年この時期になると、電車で見る人々の顔ぶれが変わってくる。よくカップルがいたその場所には、真新しい制服に身を包み小声で楽しそうに話す二人の学生がいた。
そして、新社会人のどこか緊張したような面持ちはすぐにわかる。初めて見る顔ぶれは、だいたい電車の停車位置がわからずドア付近に乗っていることが多い。
自分もそうだったと、周りにバレないように麻莉奈は口元だけを緩めてクスリと笑った。
社会人生活は六年目。
二十八歳にもなると、学生時代のときめきも新社会人の頃の緊張もどこかに置き忘れてきてしまっている。が、彼らの心情が移るのか、楽しそうな学生を見るとどうしても昔の辛い恋を思い出してしまう。
(あれから八年か……もう、いい加減に忘れたいのに……)
別れる未来がくるとは思っていなかった。若かったけれど、結婚する相手は彼以外いないと信じていたし、彼もそのつもりでいると思っていた。
それなのに、別れは突然やってきた。
いまだ八年前の傷口は完全には塞がっていない。忘れたいのに、忘れられない。
ふとした時に思い出す。そしてまた傷つく。今日はどうやら思い出してしまう日らしい。若い頃よりもメンタルのコントロールは上手くなったと思っていたが、あの日の修也の言葉が頭の中に響いてくると、なかなか動揺は抑えられない。
麻莉奈は自分を落ち着けるように息を吐き、電車の窓に映る自分の顔を見つめた。眉を顰めてはいるが、それでも麻莉奈の美貌は損なわれない。
女性にしてはそこそこ高い身長のおかげで、数センチのヒールでもスタイルがよく見えるし、もともと細身で華奢であるからか印象は儚げだ。目鼻立ちの整った顔つきはキツさや嫌味がなく、軽く化粧をするだけで目を引いた。
肩の下まである艶のある長い髪を後ろで一つにまとめているだけの一見地味なヘアスタイルは、麻莉奈の美貌をより引き立たせていた。
電車のアナウンスが聞こえて、ゆっくりと速度を落としていく。
会社のある最寄駅に着いて、麻莉奈はなんとか胸に余る感情を振り払い、電車を降りた。
今日は新社長の就任挨拶が朝礼で行われる。
麻莉奈が働く『セキュリティーホーム』は都心にある防犯グッズなどを扱っている会社だ。大手とは言えないもののいくつもの特許を取り、その道ではよく知られている。
この春から大手警備会社であるSAFE総合警備システムの子会社になったのだ。業績が悪化したとは聞いていないから、詳しい事情は総務部で働く麻莉奈にはわからないが。
SAFE総合警備システムは、法人向けの情報セキュリティーや警備員の派遣などを中心に、国内はもちろん海外でも高い評価を得ている企業だ。
(社長は降格だけど、副社長として実務に携わるそうだし、社員のリストラもなさそうだからよかったわ)
新しく就任する社長は本社役員との兼任だというから、実質的な舵は副社長が取ることになるだろう。
大きく社内人事が変わるようなことにならなかったことからも、悪い扱いにはならなさそうだ。
麻莉奈は同僚に挨拶をして、そのまま朝礼が行われる講堂へと向かった。
講堂は体育館のような造りになっていて、入社式や労働組合の議会などにも使用される。麻莉奈が入り口から講堂を見回すと、すでにほとんどの席が埋まっていた。出社が遅かったのか、空いているのは最前列だけだ。
(仕方ないか……)
麻莉奈が席に着くと、ほどなくしてマイクのスイッチが入れられた。前社長である副社長が壇上に立ち、講堂に集まる社員たちの前で挨拶をする。このあと、新社長の紹介があるのだろう。どういった経歴なのかを説明されたが、あまり興味もなく右から左へと聞き流してしまう。
壇上には、麻莉奈から見て右側にいくつかの椅子が並べられていた。
その中で、一番中央寄りに座っている男性の顔をしばらくの間見つめ、麻莉奈は首を傾げる。どこかで見た覚えがあるのだ。
年齢は二十代後半か三十代前半。
隣に座る腹のポテっとした役員とは、足の長さもスタイルも比べものにならない。頭が小さく足が長いので、頭が大きく足が短い隣の役員と比べると、遠近法がおかしくなってしまったような気さえする。
離れた位置からでもわかる、左右に分けた真っ黒で艶のある髪から覗く面立ちは、思わず二度見してしまうほどに整っていた。キリッとした目に男性らしい眉は、見るものを惹きつける引力のようなものがある。
つい男性を凝視していると、視線に気づいたのか男性もこちらを見た。なぜか、麻莉奈を見て笑ったような気がした。
慌てて目を逸らすが、頭の中に思い浮かんだ名前に鼓動が自然と速くなっていく。
(嘘……でしょう……)
壇上にいたのは、初恋の相手──君塚修也だった。
愕然としながら、震えそうになる口元に手を当てる。そうしなければ、叫んでしまいそうだった。ドクドクと心臓が激しい音を立てて、タイムスリップでもしたかのように、あの日の苛立ちや悔しさが鮮明に蘇ってくる。
勘違いではないか、そう思い視線をそっと壇上に戻すが、やはり何度見たところで間違いない。そして、彼はもうこちらを見てはいなかった。
(私に、気づいた……?)
講堂は広い。いくら一番前に座っていたからといって、修也が気がついているとは限らない。目が合ったと思ったのも気のせいかもしれない。
(新社長って……まさか)
麻莉奈の疑問の答えは、壇上にいる副社長の口から語られた。この春から、SAFE総合警備システムの後継者である修也が、新しくセキュリティーホームの社長に就任することになったと。
そういえば、幼い頃、伯父の会社は情報セキュリティーの会社だと聞いたことがあった。麻莉奈には関係がなかったし、情報セキュリティーの意味もよくわからず聞き流してしまっていたが。
(こんな偶然って、ある?)
※この続きは製品版でお楽しみください。