【試し読み】落とし物で結ばれる御曹司との極上恋愛

作家:宮小路やえ
イラスト:一夜人見
レーベル:夢中文庫クリスタル
発売日:2020/10/7
販売価格:500円
あらすじ

OLの柚香は、一人暮らしを始めるため物件探しの日々を送っている。なかなか理想の部屋に巡り合えない中、落とし物を届けたことがきっかけで不動産会社の御曹司・隆一と出会い、物件を紹介してもらうことに。部屋が決まった後も何かと連絡をくれる隆一に、柚香は紹介者として気遣ってくれているのだろうと思っていたのだが……。ある日、柚香は隆一から食事に誘われ、そのままホテルのスイートルームで一夜を共にする。隆一に惹かれながらも、自分ではあまりに不釣り合いという思いから「本気にしたりしない」と強がってしまうのだが、そんな柚香に隆一は「もう恋人だ」と言ってきて……? 平凡なOL・柚香の初めての恋は、極上の御曹司と。

登場人物
植村柚香(うえむらゆずか)
一人暮らしを始めるため、物件探しの日々を送っている。喫茶店で拾った落とし物を隆一に届ける。
東條隆一(とうじょうりゅういち)
不動産会社の専務で次期社長。落とし物を届けてくれたお礼に柚香に物件を紹介する。
試し読み

プロローグ 柚香の思い出

 祖母の白い手が、色とりどりの花であっという間に水盆に美しい世界を作っていく。
 五歳の植村うえむら柚香ゆずかは、祖母と和室で過ごす時間が好きだった。
「柚香は大人しい子だねぇ」
 じっと祖母の所作を見つめている柚香を見て、祖母の和歌子わかこはいつも微笑んでそう言っていた。
 身体も弱くないし、友達もそれなりにいる。だが、外で同い年の子と遊ぶよりも、幼稚園から帰ると祖母といる方が柚香は楽しかった。
「おばあちゃん、ゆずかもやってみたいなぁ」
 祖母のような人になりたい。五歳にして、柚香は貴婦人の鑑のような祖母に憧れていた。
「そうだねぇ」
 祖母が柚香の頭を撫でる。ふわりと、花の匂いがした。
「柚香が六歳になったらね」
「なんでろくさいなの?」
「昔からそういうのよ。大きくなったら、自分で調べてごらん」
 来年が楽しみだねぇ、と祖母が笑った。柚香も、今すぐ稽古をつけてくれないのは残念だったが、つられてにっこりと笑った。
「柚香はどんな大人になるんだろうね。でもこれだけは覚えておいてね。運命の出逢いだけは、何があっても手放しちゃだめよ」
「うんめい? であい?」
「あら、まだ難しかったかしら。でもいつかきっとわかるわ」
 だが柚香が、祖母から手ほどきを受けることはなかった。年の暮れに体調を崩した祖母が、そのまま帰らぬ人となったからだ。

 あれから、十七年──。
 二十三歳の誕生日を半年後に控えた柚香は、災難に見舞われていた。

第一章 喫茶店で見つけたもの

「はぁ……なかなかないなぁ」
 歩き疲れた柚香は、休憩のために喫茶店に入った。
 チェーン店ではなく、アンティーク調の扉に古ぼけたOPENの看板がふと目についた店だった。
 人の多いガヤガヤしたチェーン店は、どうにも落ち着かなくて苦手だった。友人と一緒なら問題ないのだが、一人だと周囲の音が気になってしまう。
 初めて入った喫茶店だが、JPOPをクラシック風にアレンジしたBGMが流れており、多少の談笑は聞こえるが騒がしくない。空調が効いていて、七月にさしかかろうとする暑気でかいた汗が引いていく。
 店内の客は、カウンター席に男性が一人、四つあるテーブル席のうち一つに親子と思しき女性二人。ボックス席は仕切りがあるため、扉からは見えなかった。
 空いているからと、ボックス席に案内された柚香は、ほっと一息をついた。そして、ウェイターにアイスティーを頼んだ。
(実家から通えなくもないけど、やっと一人暮らしを許可されたのに)
 私立の大学を卒業後、柚香は地元大阪の食品会社に事務員として就職した。高校も大学も同じく大阪。親の要望で「実家から通える範囲で」と言われて選んだ進路だった。
 経済的なことではなく、単純に両親が「柚香はおっとりしているから、一人暮らしよりも家から通う方が安心」という、過保護な理由だった。
 柚香自身、あまり地元を離れるつもりはなかったため、実家から通うことに抵抗はなかった。
 ただ、一人暮らしに憧れはあった。
 就職したものの、通学時間に比べて倍以上の通勤時間が必要となったため、これを機に両親に「一人暮らしをしてみたい」と相談したのだ。
 意外にもあっさりと許可は出た。ただし、物件には色々と条件がついた。
 自炊のしやすい二口以上のコンロ、オートロックで二階以上、ペットは近隣が飼っていると夜に吠えるかもしれないから不可、入居している住民の評判が比較的良いところ……そうなると、予算内ではなかなか見つからない。
 いや、奇跡的に一件だけ、卒業間近に見つけたのだ。審査もほぼ通るから問題ないとまで言われたのに──柚香は、入居できなかった。
 理由はブッキングだった。
 連絡の行き違いにより、柚香と同時期に申し込んだ別人が入ることとなってしまった。
 同条件でとなるとなかなか見つからず、担当者は今、必死で類似した物件を探してくれている。だが西日が強すぎたり、事故物件の隣だったりと、微妙に惜しい部分があって、どうしても決めかねていた。
 ずるずると、家探しを始めてから三ヶ月が経とうとしていた。
 柚香は実家から職場に通い、休日は物件探しに明け暮れていた。
(住めば都とはいうけど)
 今日も、条件に合う物件が見つかったので、と連絡を貰って内覧に来た。部屋はとても良かったのだが、担当者にとっては不運なことに、隣室の住民がギターをかき鳴らして歌い始めた。その音があまりに大きく壁を振動させて、柚香は首を横に振ってしまった。
 担当者は根気よく付き合ってくれているが、そろそろいい加減にしろと言われそうだ。
(やっぱり、運命の出逢いってあるなぁ。ね、おばあちゃん)
 祖母の言葉が甦る。運命の出逢いは何があっても手放してはいけない。
 まさにあの物件は、柚香にとって運命だった──ブッキングに柚香の非はない。むしろ譲ってしまったせいで、自分どころか不動産の担当者も困らせている。
(私、ダメダメな大人になったな)
 親だけでなく、友人からも「おっとりとしている」と言われてしまう。優しい性格と言ってくれる人もいるが、単純に争うのが苦手なだけだ。
 だが妙なところで頑固で、付き合いの長い親友の美樹みきからは「意外と諦めが悪いのよね、あんた」と嘆かれる始末だ。
 そして今、その頑固さは悪い方向で発揮されてしまっている。いい加減諦めるべきなのに、まだ理想の部屋にこだわっている。
 何度目かのため息をこぼして、柚香は運ばれてきたアイスティーを、無糖のまま口に含んだ。
 美味しい。あっさりとした後味で、色も透き通っており、氷と相まって見た目も涼しげだった。市販のものでなく、ここで淹れたもののようだ。紅茶に詳しいわけではないが、ニルギリだろうか、と柚香は推測した。
 この喫茶店は大正解だ。落ち込んだ気持ちも浮上してくる。
 柚香は、挙動不審に思われない程度に、店内を見渡した。向かいの席の後ろに仕切りがあるため、ドアは見えないが、カウンターや店の奥の様子はわかる。
 年季の入った雰囲気があるが、清掃が行き届いている。この手の店は雑多に物を置いていることも多いが、ここは整然としている。
 天井のクーラーは比較的新しいもののようで、特定の席に風が集中しないように設定されている。エアコンの直風が苦手な柚香にとってはありがたかった。
 談笑しているのは、親子と思われる女性二人。買い物が終わって休憩しているのだろう。楽しげに話をしているが、騒がしくはない。娘の方は柚香と同い年ぐらいだった。
 カウンター席の男性は、こちらに背を向けているため、顔はわからない。
 糊のきいた上質なスーツを着ている。少し俯きがちなのは、本か何かを読んでいるからのようだ。猫背ではない。むしろ、普段から姿勢が良いのではないかと、柚香は思った。
 華道を教えていた祖母が大好きだった柚香は、その人が姿勢の良いかどうかわかる。
(今日は日曜日だし、ランチの時間も過ぎているけど……休日にしてはしっかりしたスーツだな)
 あまり邪推をするのも失礼だが、プライベートとも思えない格好が、柚香は気になってしまった。
 見た感じでは、年の頃は二十代後半か、三十路でも半ばではなさそうだ。髪型は、やや癖毛で短い黒髪を後ろに流している。
「そろそろ映画館へ行かなきゃ」
「じゃあ出ましょ」
 母娘がテーブルから立ち上がった。どうやら映画までの時間つぶしだったようだ。娘がバッグとコスメブランドの紙袋を持って先に出て、母親はレジで娘の分も支払って後を追っていった。
 それに続く形で、ヴーッとバイブ音が店内に響いた。柚香はとっさに自分のスマートフォンを確認した。だが画面は真っ暗だった。
東條とうじょうだ。ああ、今は……わかった」
 着信があったのは、カウンターの男性だった。低めだが通る声だった。
(とうじょう……?)
 それほどマイナーな名字ではないが、ここ最近どこかで聞いた気がした。
 すぐに通話を切った男が、急いで立ち上がった。床に置いていた革の鞄を手にして、レジへと向かう。
 その時に見た横顔に、柚香は眼を奪われた。
 清潔感のある、姿勢の良い男性だとは思っていたが、高く通った鼻筋に涼しげな眼が印象的で、思わず視線で追いかけてしまった。
 男はカードで手早く会計すると、無駄に足音を立てずに喫茶店を後にした。それと入れ替わるようにして、別の客が二組入店した。
 男は急いでいる様子だったが、慌てて見苦しいということはなかった。所作一つ一つが流れるようだった。
(格好良い人だったな……)
 とはいえ、ああいうタイプと自分は、全く縁がないだろう。そう思った時、柚香は彼がいたカウンターに、コーヒーカップだけでなく、一冊の文庫本が置かれていることに気づいた。
 しかし、新しい客の対応をしているウェイターも、キッチンで作業をしているマスターも、気づく様子がなかった。
「あの、すみません」
 柚香は立ち上がってカウンターに近づき、ウェイターではなく、キッチンにいるマスターに声をかけた。
「さっきのお客さんの忘れ物みたいなんですけど」
「え? ああ、ホントだ」
 マスターは手が離せない様子だった。ウェイターに声をかけるべきだったか。しかし彼は彼で、もう一組に接客を始めていた。
「置いといてください、忘れ物ならそのうち来るでしょう」
 マスターはそう言うが、まだ出て行って時間は経っていない。
「あの、私でよければ外を見てきます」
「え?」
「席にバッグを置いていきます、パッと見ていなかったらすぐ戻りますね」
 急いで出て行った様子だが、大通りを見渡すぐらいならできるだろう。
「ああ、ありがとう、そうしてもらえますか」
 人のさそうなマスターの返事を聞いて、柚香は文庫本だけを手にした。
 文庫本には、黒革のカバーがかけられていた。書名はわからない。だがカバーの方は細かい傷があり、年季の入ったしなり方をして折れたところが柔らかかった。
 ドアを開けて、左右を見渡す。左側にはいなかったが、右を見ると、男は三十メートルほど離れた先のタクシー乗り場にいた。
「あっ!」
 柚香はマスターにアイコンタクトをして、タクシー乗り場へ駆け出した。
 彼の前に並んでいるのは一人だけだ。続けてタクシーがやってきたら間に合わない。
「すみませーんっ! 忘れ物です!」
 柚香は思わず叫んだ。だが肝心の男でなく、列の先頭にいた老齢の女性が「えっ」と困惑したように顔を上げた。
「あ、ちがくて……えっと、スーツの人!」
 スーツを着ている人は他にもいる。
 だがようやく、東條と名乗っていた男が柚香の方を向いた。柚香は通行人を避けながら走った。
 柚香とすれ違うように、先頭の女性はようやく着いたタクシーに乗り込んだ。次のタクシーが来れば、男の番だ。
「あの……すみません、さっきの喫茶店で……忘れ物です」
 たった三十メートルほどだが、叫んだり人を避けたりして走ったせいで、柚香は軽く息切れした。呼吸を整えるために俯きつつ、文庫本を両手で差し出した。
「あ……」
 男の戸惑ったような声が頭上から聞こえた。
 柚香は顔を上げた。
(うわ……)
 横顔でも綺麗な人だと思った。
 だが見上げる形で真正面から見て、切れ長の黒い眼に吸い込まれそうになった。ほのかにオーデコロンの匂いがして、それがよく似合っている。
「カウンター席に座っていた方……ですよね? これ、貴方のじゃないんですか?」
 突然声をかけられて驚いているのか、なかなか男は反応しなかった。もしかして人違いかと、柚香は不安になった。
「いや、俺のだ。申し訳ない、鞄に仕舞ったつもりだった。ありがとうございます」
 低くも通る声。間違いない、この人だ。
 柚香は安堵から、自然と口元を緩めた。
「よかったです。間に合って」
 柚香がそう言った時、乗り場に着いた二台目のタクシーのドアが開いた。男の番だ。
「すまない、今、急いでいて……」
「あ、はい、どうぞ行ってください! ごめんなさい、引き止めてしまって」
 柚香は頭を下げた。
 あと一歩遅かったら、マスターに託すしかなかった。そうなると、男はまた喫茶店へ引き取りに行かざるを得ない。間に合って本当によかった。
 男がタクシーに乗り込もうとした。
「貴女の名前は」
「えっ? あ……植村柚香です」
 ドアが閉まる直前、男に問われて、柚香は反射的にフルネームを答えた。
「俺は東條と言います。大事なものだったんだ、感謝します」
「いえ、お気遣いなく。渡せてよかったです」
 改めて東條と名乗った男が、ふっと眼を細めた。
 その笑顔に見とれていると、ドアが閉まった。柚香が連れではないと運転手が判断したのだろう。
 ほんの短い間のやりとりだった。
 走り去るタクシーのリアウインドウを、柚香はぼうっと見つめていた。
(あんな男の人がいるんだなぁ。住む世界が全然違う)
 まだ鼻腔に、彼のまとっていたコロンの微かな匂いが残っている気がした。
 後ろに人が並び始めたことに気づいて、柚香は我に返った。後ろにいる人に会釈をしてから、列を離れた。
 喫茶店に戻ると、まだ二組の客はいた。
「すみません、ありがとうございました」
 マスターに礼を述べられて、柚香は「いえ」と微笑んで返した。
 柚香は、自分の鞄を置いていたボックス席に戻った。アイスティーの氷は溶けてしまっていたが、仕方ない。
「ありがとうございました。こちら、マスターからです」
 ウェイターからも礼を言われた。それだけでなく、彼は新しく入れたアイスティーのグラスと、ランチのデザートである、苺のミニムースケーキをテーブルに置いてくれた。
「いいんですか?」
「ええ。さっきの方は普段あまり来られないんですけど、マスターの大事なお客さんなので。サービスです」
 常連なのか、と柚香は思ったが、詮索するのはやめた。
「そんな……いえ、嬉しいです、ありがとうございます!」
 こういう時、変に遠慮しないように──これも祖母の教えだ。感謝の気持ちは素直に受け取れ、と。
 ちょっとした人助けができただけでなく、思いがけないサービスまで受けた。部屋が決まらなくて落ち込んでいた気持ちが、かなり上向きになっている。
(我ながら単純かも)
 と、自分に呆れつつも、甘みと酸味のバランスが絶妙なムースケーキに舌鼓を打った柚香は、これからもこの喫茶店に通うと密かに決めたのだった。

※この続きは製品版でお楽しみください。

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