【試し読み】クールな秘書は俺様副社長の重い愛から逃げられない
あらすじ
俺様で傲慢な副社長・西門の秘書を務める弥生は、そのクールな見た目とは反対に、性格は不器用で意地っ張り。半月前に初めてできた彼氏にも「俺が思っていた女とは違う」と言われ、あっさり振られてしまう。ひどい言葉にショックを受ける弥生だったが、一方で彼を引き止めたいとは思えず涙も出てこない。すべては可愛げがない自分のせいだと落ち込む弥生に、西門は「お前をいい女にしてやる」と言うと、突然キスをしてきて──!? 西門の自分勝手な行動に苛立つ弥生だったが……「本当に気が強い女だな。でも、嫌いじゃない」自分をからかうような態度と、たまに見せる優しさや甘い顔。本心が読めない西門に、弥生は翻弄されてしまい……?
登場人物
クールな見た目で氷の才女と言われるが、不器用で意地っ張りな性格で恋愛下手。
西門ホールディングス副社長。眉目秀麗だが俺様な性格で秘書である弥生と衝突することも。
試し読み
1
「今仲、俺の予定はどうなっているんだ?」
「午後の予定は、吉沢様との打ち合わせとなっております」
「それは親父の仕事だろう。……たくっ」
「そう言われましても、副社長だからです」
(……またはじまった。というか何度言ったらわかるのかしら、うちの次期社長様は)
ガラス窓から輝くような太陽の光が差し込んだエントランスホールを歩きながら、今仲弥生は舌打ちをしている隣の男に呆れ果てる。副社長である西門悠生の秘書になって半年、彼がこのような態度をするのはいつものことだとわかっていても、あまりにも次期社長としての自覚がなさすぎるのだ。
眉目秀麗な美しい顔立ちで、高級なスーツを着こなす男性。それに加えて仕事にも敏腕ぶりを発揮しているのに、どういうわけか弥生にはこんな態度を見せてくる。
「ねえねえ、またあのふたりが言い争っているよ」
「美貌の副社長と氷の才女。これであの言い争いさえなければ絵になるのに──」
白で統一された空間で弥生の耳にそんな会話が飛び込み、ちらりと周囲を見る。と、二人組の女子社員が、うっとりとした様子でこちらに視線を向けていた。
きっと彼女たちは眉目秀麗な西門を見ているのだろう。そんな視線を嫌というほど向けられているので、それが手に取るようにわかっていた。
弥生にすれば俺様で傲慢な西門は苦手な存在だが、彼といると素の自分でいられるような気がするのだ。
「しかし、おまえが氷の才女ね……。外見はともかく、俺からすればほど遠いのにな」
「そんなことを言うのは副社長だけです」
「これでも褒めてるんだ。秘書としては最高だからな」
どこが褒めているのかわからないので、弥生は首を傾げる。だが、西門の観察力に驚いたことは何度もあった。
大抵の人が弥生をクールな女性だと言う。弥生もまた、意地っ張りな性格が災いしてそう見せるようにしてきた。
なのに西門だけは、本当の自分を見抜いているかのように思えるときがある。
「とにかく、副社長はもう少し次期社長としての自覚を持ってください」
「俺の秘書は本当につれないな」
「…………」
まったくもって一筋縄ではいかない副社長には困ってしまうことが多く、それが悩みの種だ。だけどそれを本人に言ってしまえば、もっと弥生を困らせようとするのが目に見えている。
だからこういうときは無言でいるしかない。そう思いながら歩いている方向に視線を向けると、西門は少し前を歩いていた。
さっきまでは自分と並んで歩いていたはずなのにと思うが、社内ではいつものことだ。
「弥生ちゃん、いま会社に戻ってきたの?」
かわいらしい声が聞こえて振り返ると、そこには弥生に向けて愛らしい笑みをこぼす受付嬢がいる。幼なじみで同じ会社に入社した金元冬香だ。
「うん、そうだけど……。仕事中だからあまり声をかけないでって言ったでしょ?」
「いいじゃない。お客様はいないんだし、私と弥生ちゃんは幼なじみなんだもん」
冬香の言う通り、いまの時間は来客者はいない。だからと言って、仕事中に話しかけてくるのもどうかと思う。
けれど当の冬香はまったく気にしていない様子で話しかけてくる。無邪気で天然な性格は彼女が幼い頃から変わっていない。
それゆえに困惑させられることも少なくないが……。
「そういう問題じゃなくて……」
「社員を労うのも受付嬢の務めでしょ?」
「まぁ、そうかもしれないけど」
にこやかな笑顔で正論を言われてしまえば、それ以上注意するのもためらう。つまり冬香は要領がいいのだ。
その結論に達した弥生は肩を竦めて、小さくため息をつく。なにを言ってもこの調子で、どうしたものかと考えたところで我に返って踵を返す。
不器用な性格の自分と違いすぎるとわかっていても、注意してしまうのはいつものことだし、こんな結果になるのもいつものことだった。
エントランスホールを離れてエレベーターに到着したところで、西門の姿を見つけてほっと息をつく。すらっとした鼻梁で眉目秀麗の顔立ちと引き締まった筋肉質の体躯は、やはり美貌の副社長と言われているのも頷ける。
そんなことを無意識に考えていた弥生は思考をかき消すように首を横に振り、西門に近づいた。
「遅くなって申し訳ありません」
西門を待たせてしまった手前素直に謝るしかない弥生は、足を止めてしまったことを後悔する。
「おまえはもう少し肩の力を抜いたほうがいいぞ」
「なっ、なんですか!? それ」
(副社長って本当にわかりづらいタイプだよね……)
彼の秘書になって半年が経つが、その性格を把握しきれず困惑するときがある。傲慢な俺様だと思えば、こうやって自分を労ってくるから困ってしまう。
「それより、部屋に戻ったら営業部に書類を届けてくれないか」
「かしこまりました」
「よろしく頼むな、今仲」
「はい」
エレベーターを待つ間に用件を言いつけられた弥生は返事をし、副社長室に帰ってからの段取りを脳内で組み立てる。常に仕事のことを考えてしまう真面目な自分に呆れてしまうが、それも弥生の性格だ。
「そんなしかめっ面で、どうせ仕事のことを考えてるんだろ」
「なっ……なにも考えていません」
まるで心の内を読んだかのように、そう言い放つ西門の言葉に心臓がどくんと跳ねる。その一方でそんな顔をしていたのかと気になっていた。
西門から書類を渡された弥生は、その足でエレベーターに乗り営業部へと向かう。すると、そこで前方からこちらに向かってくる男性と目が合った。
「今仲」
自分に声をかけてきたその男性は戸倉正義。爽やかな表情でにこりと微笑む彼に、弥生は軽く会釈をする。しつこいほどつきあって欲しいと言われて、つきあいはじめたのは半月ほど前。
初めて彼氏ができたはずなのに、内心ではこんなものかと少し冷めてしまうのはどうしてだろう。たしかにまだ日も浅いこともあるが、ふたりの間にぎこちない空気が漂う。
「えっと……、営業部に用事?」
「副社長に頼まれて書類を届けに来たの」
「副社長秘書も大変だよね」
正義はスマートフォンを持っていた左手を後ろに隠しながら、にこやかな笑みで話している。そんな恋人に違和感があるものの、気のせいだと思い直した。
「急で悪いんだけど、今夜時間あるかな?」
「えっ……?」
「いつもの喫茶店で待ってるから、会社が終わったら会おうよ」
「……うん」
つきあう前はしつこく迫られていたはずなのに、いざつきあってみると誘われるのも少なくなった。恋人同士になればそんなものなのかと思う反面、自分にとってもちょうどいい距離である。
そこで耳元に唇を寄せられる。咄嗟に身体を強ばらせた弥生は、無意識に彼を遠ざけた。
「やっぱり、まだキスもさせてくれないのかよ」
「ここは職場じゃない。そんなことできるはずがないでしょ」
「おまえはいつもそうなんだな」
ぎこちない空気に加えて不穏な空気が混じりはじめたのは、いつからだろう。そう思ったところで正義にキスさえも許せずにいるのも事実だし、実際に恋人らしいこともできていなかった。
だからこそ正義が、そんな弥生にイライラしていると伝わってくる。
「ここで話していても埒があかないから、あとでな」
「わかった」
去っていく正義の背中を見送りながらも、恋に向き合うことすらできないでいる自分が歯がゆくてたまらない。ほんの少しでも彼の気持ちに添えるような行動ができたらよかったのだろうか。
そんなことを思うけれど、やはりキスを許すまで気持ちが追いついていない。
つまり、弥生は周囲が思っているほどクールではない。それどころか不器用すぎる性格と言えるだろう。
だからこそ本当の自分とかけ離れた評価をされ、悩むのだ。
(そんなことを考えていてもしかたないけど……)
強がってみるものの、心の中に悪い予感が広がる。そんな弥生の心の内を表すかのように、窓の外ではぽつぽつと雨が降り出した。
終業時間を迎え、退社する頃には本格的な雨模様に変わっていた。そんな中で傘を差して、正義から指定された喫茶店に来ていた。茶系の壁紙と観葉植物に彩られた空間は、正義に初めて連れてこられたときから弥生の心を落ち着かせてくれる。
けれどそこに正義の姿はなく、店員に案内されて窓際の席に着き、コーヒーを注文する。いつもなら同時に来ることが多かったふたりなのに、一度歯車が噛み合わないと感じたらちょっとしたことでもすれ違いが生じた。
世間一般の恋人たちはどんなふうにつきあっているのだろう。ふいにそんなことを考えてしまうけれど、それを聞けるはずもない。
辺りを見渡し、ため息をつく。弥生のほかにひとりの男性客しかいない静かな店内にはクラシックの音楽が流れ、心地よい空間を作り出している。
けれどいまの弥生の心にはそれさえも届かない。そんな状況の中、カランとベルが鳴り響く。そこで入ってきた正義と目が合った。
「先に来てたんだな」
「今日は定時で終わったから……」
「そうか」
短めの会話に不穏な空気が色濃くなった瞬間、弥生はこの恋の終わりを確信する。つきあって日が浅いのに別れることになるのは、ふたりの性格の不一致からだろう。
「今仲、俺と別れて欲しい」
予想できた言葉を言われて、飲んでいたコーヒーのカップをテーブルの上に置く。わかっていた言葉とはいえ、想像以上につらい。
「つきあってもキスもさせてくれないし、つまんねぇ女だよな」
「それは、心が通じ合ってからするものじゃない」
「つきあってる時点でそういうのは了承済みだろう。だからつまんねぇんだよ」
ずっと感じていた心のずれを指摘され、弥生は言い訳すらも思いつかない。正義が自分に対しての不満を打ち明けたからと言って、彼に唇を許せるような女ならもっと上手につきあえていたはずだ。
「いまだって俺を引き止めようともしないんだな」
「私が引き止めたら考え直してくれるの?」
「そういうことを言ってるんじゃないだろう」
噛み合わない会話に、早くここから立ち去りたくなるほど苦痛で、彼を引き止めたいと思うことすらできない自分に苛立つ。そもそも別れを決意した人間になにを言えばいいのだろう。
それなのに、明らかに不愉快という表情をした正義が信じられなかった。
「今仲は俺が思っていた女とは違うな」
「え?」
「なんつーか、いつもクールでキスとかも器用にこなせる奴だと思っていた」
正義の言葉に打撃を受ける弥生に、さらに言葉が続けられる。
※この続きは製品版でお楽しみください。