【試し読み】呪われ王子とわけあり結婚~危ない求愛から逃げられません!~

作家:花木きな
イラスト:龍胡伯
レーベル:夢中文庫セレナイト
発売日:2020/7/31
販売価格:600円
あらすじ

呪いに長けた特殊な力を持つ血筋に生まれたリアは、その力を見込まれてフィン殿下の妃となる。何者かの呪いにより命を脅かされているフィンは、子どもを守りながら共に生き抜ける強い女性を望んでいるという。つまりは血筋を残すための政略結婚。リアは、王太子として責任感に満ちた彼に抱きはじめた淡い想いと、妃として命を狙われるかもしれない恐怖に揺れてしまう。そんなリアに対する罪悪感からか、フィンは決して無理やり抱こうとはしない。その優しさに触れ、せめて望まれた役目を果たして力になりたいと、彼の呪いを解くため奔走していたのだが――「どうやら俺は独占欲が強いらしい」フィンの求愛にどんどん遠慮がなくなって……!?

登場人物
リア
死者の魂の救済や呪いを解く特殊な力を持つ。優しく誠実なフィンに次第に惹かれていく。
フィン
何者かの呪いにより命を脅かされている。リアの力を見込み、妃として迎え入れる。
試し読み

一、王太子殿下の王城事情

 私の部屋を訪れたブルーミン王国第一王子フィン・ルートヴィッヒ殿下から微かな亡霊の気配が感じ取れた。
 今すぐにでも状況を確認したいけれど、許可が下りるまで頭を上げるわけにはいかない。
 衣擦れの音と殿下の息遣いに耳を澄ましながら、天蓋てんがい付きの大きくてやわらかなベッドの上で顔を伏せた。
「顔を上げよ」
 感情の読めない声音に、心臓を高鳴らしながらゆっくりと上半身を起こす。
 目と鼻の先には、想像を遥かに超えた美男子が静かな眼差しで私を見据えていた。
 心の奥にまで深く突き刺さるような視線を受けて息を呑む。
 妃として招かれたけれど、フィン王子の父親である国王陛下が現在病床に伏せているので、婚礼の儀は先に延ばすことになった。
 だから顔を合わせるのはこれが初めて。
 この方が私の夫となる人……。
 殿下は今年二十一歳になったばかりだ。それなのになんて鋭くて力強く知的な顔つきをしているのかしら。一分いちぶの隙もなく、一国の王子という威厳が惜しみなく溢れ出ている。
 それに、噂には聞いていたけれど本当に綺麗な髪と瞳だわ。
 銀色の髪は灯りに照らされて微かに輝き、青い瞳は透き通っていて吸い込まれそうになる。
 だが、その美しさとは対照的に目の下には青黒いくまがあり、顔色も優れないように見受けられた。
 亡霊がまとわり憑き、長い時間をかけて生気を吸い取っているに違いない。
 亡霊とは、今はほろびた過去の存在である人間の魂が蘇ってきたのではないかと恐れられているもの。
 強い力を持つ術師であれば亡霊の姿を見られたかもしれない。でも私は微弱な力しか持っていないから、意識を集中させて念を辿らない限り亡霊の正体について見極められないのよね。
 かといってこのまま放っておけば、遅かれ早かれ命の火が消えてしまう可能性だってある。
 どうしよう。
 これからこのベッドの上で行われようとしていることと、分秒を争う事案があることに、なにを優先すればいいのか正しい判断ができなかった。
「リアといったな。歳は?」
「十八です」
 殿下は意外そうな表情を浮かべた。
 長躯の殿下の瞳には、小柄で華奢な私は子供のように映っているのかもしれない。
 身体の細さと同様に顔もほっそりとしていて、鼻は小ぶりで目だけがやたら大きい。色白ではあるが見方によっては病弱にも見えかねない。
「そう怖がらなくても取って食ったりしない」
 ……不思議だわ。
 殿下の落ち着きのある物腰と声音は、緊張で強張ってしまった私の気を静めてくれた。
 やっぱり最初に伝えよう。殿下のお身体のほうが大切だもの。
 ごくりと生唾を飲み込んでから恐れ多くも口を開く。
「失礼を承知の上で申し上げますが、殿下から亡霊の気配がします」
 殿下は大きく目を見開いた。
「……なに?」
 それは心の底から驚いているという声で、嫌悪感は混じっていないように感じた。
 よかった。私の無礼な発言に怒ってはいないみたい。
「我が一族、ウィンクラー家には代々特殊な力が宿ります。私は力が弱いほうですが、死者の魂の気配を感じ、術を使って魂を救うくらいならできます。そして亡霊や生きている人間から発せられる呪いを解くことも可能です。殿下もご存知かと思いますが、呪いというのは道具を使い、呪った人間を不幸にして苦しめ、死に至らしめる場合もあります」
 妃として静かに暮らしていくために、能力については明かさないと決めていた。
 それなのにこんなにも早く、しかも自らの意思で告げる羽目になるなんて。
 でもこればかりはしかたない。だって相手は王太子殿下なのだから。
 彼の命をお守りするのが国民であり妃の務め。たとえ私の能力を私利私欲に利用されてもそれが運命なのかもしれない。
 心の中でひっそりと覚悟を決めたところで、殿下がおもむろに口を開いた。
「それは知っている」
「知っている、というのは、呪いについてでしょうか?」
「リアの力についてだ」
「え!?」
 驚きのあまり素っ頓狂な声が出た。慌てて口を押さえると、殿下は可愛らしいものでも見るように目元をやわらかくする。
 鋭さが消えた優しげな表情は、勝手に抱いていた殿下の印象からかけ離れていた。
 こうしてみると、まだ幼さが残る二十一歳らしい顔つきをしている。
「ずっと会いたいと思っていた。綺麗な髪だな」
 腰まで伸びた私の金色の髪を一束掴んで、はらりと落とす。その動作が妙に艶めかしく感じられ、肌に触れられたわけでもないのに小さく肩が震えた。
 一気に鼓動が早くなり、胸に手をあてて細い息を吐く。
 これくらいでいちいち動揺していたら殿下のお相手など務まらないわ。しっかりしなくちゃ。
「で、殿下のほうが、美しいかと……」
 静寂さを感じさせる鋭い目が、私の緑色の瞳を真っ直ぐに射貫く。
 ブルーミン王国民の髪色は、そのほとんどがはちみつ色や金色、茶色などだ。だから殿下の銀髪はかなり珍しい。
「今すぐにでも俺に取り憑いているという亡霊について聞きたいところだが、今夜はとにかく疲れている。すまないがひと眠りさせてほしい」
「それはかまいませんが……」
 私の返事を聞くなり殿下はベッドの上に仰向けの体勢で横になった。
 閉じられた瞼をそっと覗き込む。長い睫毛は微かに揺れているが、目が開かれる気配はない。
 自分に得体の知れないものが取り憑いていると聞いても狼狽うろたえる様子がないし、会ったばかりの妃を放置して眠りにつこうとしている。
 マイペースな振る舞いに肩透かしを食らった。
 不思議な人だわ。一国の王子だというのに強欲さも傲慢さもどこにも感じられないし。
 それからしばらく息を殺して美しい顔を眺めていたけれど、殿下の吐息が寝息に変わる様子はない。
「あの、殿下」
「なんだ?」
 殿下は目も開けずに素っ気なく答える。
「お手に触れても、よろしいでしょうか? そうすれば、微弱ですが私の力を送れます。少しは楽になるかと思います」
 言い終わるや否や目の前に手が差し出された。
 心臓がドキドキと高鳴る。
 術師としていつもやっていることなのに、相手が殿下というだけでこんなにも緊張するなんて。
 微かに震えている自身の手を、節くれだった手にそっと重ねた。
 大きな手はひんやりとしていて、火照った私の身体と心を鎮めるには丁度いい。
「眠れない日々が続いているのではないですか?」
 殿下は薄っすらと目を開けて苦々しくつぶやく。
「ずっと夢見がよくない」
「よく眠れるよう、まじないをかけます。安心してお休みください」
 私の言葉になにか言いたげな眼差しを向けてきたけれど、口を開かず再び目を閉じた。
 会ったばかりの私を信用してくださったのよね。
 嬉しさからほころんだ口元を引き締めて、邪気を祓うために意識を集中させる。やがてどこからともなく澄んだ空気が流れ込んできた。
 それからしばらくして殿下が小さな寝息を立てて眠り始めたので、亡霊の正体を暴いてみようと試みたけれどうまくいかない。
 術師は亡霊の意思を感じ取ったり、呪いから発せられる念を辿って根源を見つけられる場合もある。というのも、恨み辛みなどが強ければ辿りやすいが、希薄であればあるほど曖昧になるからだ。
 なんというか、もやがかかっているようだわ。命を脅かすほどのものではないようだから、それはそれでよかったけれど……。
 今日のところはゆっくり眠れても、毎日こうして邪気を祓う作業は根本的な解決にはならないし、術を使うには大きなエネルギーが必要となるので私の体力が持たない。
 さて、どうしようかな。
 考えを巡らせていると、形のいい唇から小さなうめき声が発せられた。
 表情を観察すると、苦しそうにしているのは僅かな時間だけですぐに穏やかな顔に変化した。
 死に至らしめるものではなくても、こうして少しずつ生気を奪うようであれば徐々に心身に支障をきたす。現に殿下の寝不足は深刻に見えた。
 王太子殿下という立場はやはり敵を作りやすいのかしら。だとしても、死してなお恨まれるなんて……。
 せめて今日だけでも休ませてあげたいと思い、横たわる大きな身体の脇腹を優しくトントンと叩きながら一晩中見守り続けた。

 夜明けと呼べるだけの明るみが空に広がった頃。眠りから覚め、瞬きを繰り返す殿下の額を気遣うようにそっと撫でた。時折うなされて汗をかいていたけれど今はすっかり引いている。
「おはようございます。少しは疲れが取れましたか?」
 上から覗き込む私の顔をぼんやりと見つめていた殿下は、ゆっくりと身体を起こすと、天蓋の向こう側にある窓に目を凝らす。
「もう朝か?」
「はい。まだ陽が昇ったばかりですけれど」
「こんなに熟睡できたのは、記憶にないくらい久しぶりだ」
 熟睡といってもそう長い時間寝ていたわけではない。
「リアと話をする前に、少しだけ眠るつもりだったんだけどな」
「そうだったんですね」
 本来であれば昨晩、私は殿下と夜の営みをするはずだった。
 殿下は一応そのつもりでいたと受け取っていいのかしら……。
「普段からこんなにも朝が早いのですか?」
「そうだな」
 ただでさえ短い睡眠時間だ。昨夜のように毎日うなされているとなれば、かなりの疲労が蓄積されているはず。
 たった一晩眠れたからといって顔色がよくなるはずもない。早急に対処したほうがいいわよね……。
 この事態をどうやって伝えよう。そもそものんびり話をしている時間はあるのかしら。
 それに顔色の悪さは睡眠不足以外にも原因がある気がするわ。
「食事はきちんと取られていますか?」
「胃が痛くて、食が進まない」
 ストレス性の胃炎かもしれない。もちろん睡眠不足も胃が荒れる原因になる。
「療養食の管理はしてもらっていますか?」
「いや、特には」
 ブルーミン王国は基本的に脂っこくて香辛料をふんだんに使った料理が多い。
 王城に来て贅沢な食事に驚かされたけれど、私よりも殿下に出される料理のほうがもっと豪華なはず。
 胃の不調を訴えているときにそんなものを毎食出されていたら、口にする気も起きないだろう。
「お腹いっぱいにならなければ質のいい睡眠も得られないですよ。それに、なにより楽しく食事をするのは心にとても大切なのです」
「食事に心がどう関係するのだ」
「楽しい気分で食事をすると、体内の副交感神経が優位に働いて身体がゆったりと落ち着いた状態になります。そうすると唾液もたくさん出て、胃腸が活発に動き、食べ物をきちんと消化して栄養をとり込めるのですよ」
「リアは医学にも長けているのか」
「そんな大層な話ではありませんよ」
 これくらいの知識は書物で学べば簡単に身につく。
「殿下には、少しでも心休まる時間を増やしていただきたいです」
 黙ったまま無表情で私の顔を見ていた殿下は、しばらくして「ふっ」と息を吐いた。
「リアとなら、子をしてもいいかもしれないな」
 脈絡のない話を感慨深い面持ちで言われて唖然とする。
 ……え、いきなり、なに。
 妃になった以上それは至極当然だし、そのつもりでお渡りを待っていた。
 昨晩、殿下はすぐに寝てしまったけれど、やっぱりその気になれなかったということ?
 魅力がないのは自覚していても、面と向かって言われると少なからずショックだ。
 項垂れていると、急に背筋を這うような悪寒がしてぶるっと身体を震わす。
 また邪気が漂い始めたわ……。

※この続きは製品版でお楽しみください。

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