【試し読み】初恋ドクターに溺れるほど甘やかされてます

作家:有坂芽流
イラスト:nira.
レーベル:夢中文庫セレナイト
発売日:2018/1/5
販売価格:400円
あらすじ

「私の親友のことが好きなんでしょ」――美鈴の初恋の相手、櫂は兄の親友でもあり総合病院など手広く展開している医療系グループ企業の御曹司。美鈴は櫂が自分の親友を目で追う姿を切なく見守ってきた。たとえ櫂に想う人がいたとしても諦めきれない初恋。気持ちが無理なら身体だけでもいい、思い出が欲しい…初めての人になって欲しい、と美鈴は過激な挑発を櫂に仕掛ける。それから五年、兄と親友の婚約を祝うパーティで美鈴は誤ってプールに落ちてしまい、立派なドクターとなった櫂に手厚く介抱され再会を果たすのだが…。なかなか素直になれないお嬢様に、クールな初恋ドクターはまさかの溺愛系!? 両片思いジレジレラブストーリー

登場人物
辰巳美鈴(たつみみれい)
老舗製薬会社のお嬢様。プライドが高く、幼い頃から片思いをしている櫂の前でも素直になれない。
久住櫂(くずみかい)
医療系グループ企業の御曹司。親友の妹だった美鈴の挑発に乗り、初体験の相手となる。
試し読み

プロローグ 初恋ドクターの独白

 美鈴みれいと初めて会ったのはいつのことだっただろう。
 あれは確かまだ初等部の頃だ。初めて訪れた遥希はるきの家で、まるで絵画のように美しい光景に出会ったのが、最初の瞬間だった気がする。
 淡い日差しと花々の中に、埋もれるように佇んでいた天使のような少女。
「はじめまして。たつみみれいです」
 薄い水色のワンピースを纏い、無垢な瞳で俺を見つめた美鈴は、そう言って小さな手を差し出した。
 舌ったらずな甘い声。まるで砂糖菓子のような親友の妹に、俺の方が戸惑いながら小さな手を握り返したことを覚えている。
 握手の手を離した後、美鈴は俺の目をじっと見つめながら両手を伸ばしてきた。
「ダメだよ、美鈴。抱っこはお兄ちゃんがしてやる」
「やだ。こっちのお兄ちゃんがいい」
「美鈴、わがままはダメだ。俺の大切な友達なんだから」
 少し高圧的な遥希の声色に美鈴の表情が硬くなる。そして、小さな顔にバランスよく並んだ完璧な美貌が、みるみる歪んでいく。
──泣かせたくない。瞬時にそう思った。
「……抱っこすればいいの?」
 身体をかがめて美鈴に身を寄せると、迷うことなく首に抱きついてくる。そのまま腰を抱き、腕の上に腰かけさせるようにして立ち上がった。
 品の良い水色のワンピースが、風に吹かれてひらりと揺れる。
 それまで見たことも触れたこともない、甘い香りを漂わせた小さな存在。
 その日から親友の妹である美鈴は、俺にとっても庇護ひごすべき存在になった。
 だから彼女が俺たちの学校に入学してきてからも、本当の妹のように大切に気遣い守ってきたつもりだったのに──。

 夏の終わりを告げる雷鳴が轟く。
 ふたりきりの海辺の別荘で、突然すべての灯りが消えた。怯えて俺に縋った美鈴を抱きしめれば、濡れた髪から漂う女の香りに身体の奥が疼く。
美紅みくのことが好きなんでしょ?」
「彼女のことが好きなのは遥希だろ」
 いつもは軽く受け流す美鈴のこんな追及も、あの日は苛立ちを煽るばかりだった。
 あのふたりが相思相愛なのは誰だって知っている。それに、事実上中学一年から遥希に逃げ道を塞ぐように囲われている彼女に、同情こそすれ懸想けそうする気など毛頭無い。

「隠したって無駄なんだから。でも残念、今ごろあのふたり、なるようになってるかもね」

 わざと挑発的な言い方をしているのは分かっていた。
 あの頃の美鈴は、ことある毎に俺に絡んできた。それまでは多少勝気だけれど素直な少女だったのに、高校に上がった頃から急に扱いづらくなった。
 いくら思春期とはいえ、高校三年ともなれば少しは落ち着いても良さそうなものなのに。
 腕の中にある華奢な身体は、手加減を間違えば傷つけてしまいそうなほど儚い。
 大切に胸に閉じ込めて守ってやりたいのに、まるで追い詰められた小動物のようにこちらを威嚇するから、俺の方にも苛立ちが募る。
 生意気な目で睨んだかと思えば次の瞬間には泣き出しそうな顔をされ、庇護欲と被虐ひぎゃく欲が酷く刺激されてしまう。
……いっそひと息にむさぼってしまおうか。
 あの時美鈴の首筋からなおも漂った女の匂いに、俺の中に凶暴な感情が芽生えた。

「……なんだったら、美紅の代わりに私とする?」

 自分の感情を操ることには長けていたはずだった。
 けれど少女の殻を脱ぎ捨てた美鈴の魅力に、俺の理性はあっけなく吹き飛ばされる。

「最近ご無沙汰で、欲求不満なの」

 俺の胸につうっと指を滑らせる。華奢な肩、雨で濡れた服が張り付いた柔らかそうな胸とウエストからヒップへ続く魅力的なS字ライン。
 絹糸のように艶やかな極上の髪を細い指で耳にかけ、上目づかいで俺を見つめる。
 男を誘う慣れた仕草に、身体の芯が硬く脈打った。と同時に、脳裏がじわじわと黒い感情に浸食されていく。
──まさか、もう男を知っているのか。
 そんな疑念が心を埋め尽くし、怒りで視界が赤く染まった。
 陶器のように滑らかなその肌を晒し、誰かに吸わせたのか。まさか……体を拓いて、すでにそいつを受け入れたとでもいうのか。いったいいつの間に。
 ぎりぎりと奥歯を噛みしめ、怒りに震えそうな自分を必死で抑える。
 絶対に挑発には乗らない。そう心に決めていたのに、俺以外の誰かと絡み合う彼女を想像しただけで、押し寄せる激情に気が狂いそうになる。

「……偉そうにしてても案外つまんない男ね。せっかく誘ってあげてるのに」

 失望したように放った彼女の言葉に、歯を食いしばって持ちこたえていた最後の一線がぷつりと切れた。
 ずっと見守ってきた無垢な少女。美しく成長し、眩しくて次第にまっすぐに見つめることすらできなくなった存在。
……いつの間にか心のすべてを奪われていた、大切な最愛の女性。

「そんなに言うなら、望みどおりにしてやるよ」

※この続きは製品版でお楽しみください。

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